収支ニ怪シキ感有リ
やっと尻尾を掴んだ。
俺は部下に茶を淹れるよう命じて退室させた。
流石に俺も疲れた。
書類仕事も数えて千と何百年目の大ベテランとはいえだ。
ここ1週間と少しで過去約二十年分の首都圏を中心とする軍民官の省庁・部課は勿論のこと主要な財閥や企業、地方の地主に至るまでの一般収支合計に目を通しまくった。
不正、特に金の流れは滞っても盛んでもいい結果を生むとは限らないからな。
それに、最近は如何にも好景気に向かう雰囲気が気に入らん。
こう言う時は軍の上層部からも財閥からも何かと黒い噂が沸き立つ頃合いだ。
癒着への告発を抑制するための見せしめか、はたまた縁故の私怨による殺害か、何らかの組織による口封じか、単純に他の事件に巻き込まれたのか。
そう言う検討を行うためにも、俺はまず会計を洗ったわけだ。
…まぁ、今回の事件以前からきな臭い金の出入りを小耳に挟んじゃいたんだ。
それをはっきりさせたいという思惑もあったんだ。
流石に財務省に見せて貰うまでは大変だったがね。
何が大変って身元も示さずに行ったもんだから一回パクられちゃって大変だった。
ま、そのあとは意外にトントン進みましたな。
基本的に新政府の軍部意外とは仲が悪くないんでね。
俺はハト派の重鎮で極度のインテリだと思われてるらしい。
ま、とにかく大変だったから褒めて欲しい気分だね。
「"足跡消す"のは確かにうまかったが…ぁ俺にはまだまだ甘かったようだなぁ。」
執務室の机の上には二十数枚の紙が散乱。
どれも書類の上方に""極メテ重要ナリ持出厳禁"と赤筆で書かれている。
運はいつもの椅子に深く腰掛けると胸ポケットから万年筆を出す。
キャップを口に噛み咥えると、ゆっくりと一枚一枚吟味し始めた。
間も無く他の部署、具体的には現場周辺と関連者への聴き込み組、陸軍省から"特別な権利"をもぎ取る組、そして"知り合いの坊主"に関してのある一件について、その調書作成組からも報告が上がってくるだろう。
「…沈竈産蛙とはこの事だな。書類の洪水の後は、不正とは言い切れないが、どう頑張っても説明がつかねぇ用途不明の金品の授受がわんさか出てきやがる。民間からも夥しい数の不明金が出たり入ったりもしているな。」
不正。そう言い切れないのはあくまで義援金やら後援金扱いだったからだ。
大企業は足跡を消すのがさすがに上手いが、民間はそう上手くもいかない。
一昔前の金の動きを追うのは大変だったが、維新後に銀行やらがしっかり仕事をし始めたおかげでやりやすい。
「しかしまぁ、こんだけ地方の中でも際立っていればバレるのも時間の問題だったろうに…いや、内部にも鼠が入っていると言うことか?それとも太いパイプがあるのか?」
まぁいい。
そう言って万年筆でメモを書き込んでいく。
地方、軍部や個人だったら所属などを細かく入れていく。
経済界には余り目立った足跡がないことが浮かび上がってくる。
だいぶ濃く跡が残っていることがわかるのは軍部、警察、司法関係の特に現場勤務者。
軍人は少ないが、奈良の方面と首都圏一円の警察には多い傾向が見られる。
民間の業者委託も幾つかあるが、葬式会社への委託がやたら回りくどいというのは何かが匂うな。
次に地方の有力者のもとに広がる共同体においても幾つかの旧家などが該当する。
…家紋を藤の花に変えた痕跡が残っている家も多い。
元々の家紋や血縁などには関連性は見受けられないため、これらに今回の事件にまつわる金の動きとのなんらかの関連があるかどうかは不明だ。
お上がどう裁断を下すかはわからないが、少なくとも最初の手がかりらしきものは掴んだ。
だがなぁ…犯人の姿が一向に見えてこないのは何故だ?
この手がかりを元に何かしらの縁故がある人物や組織、団体を回るしかあるまい。
「…奈良と奥多摩ねぇ…。」
出張は免れぬと感じて涙する、現在徹夜で十連勤目の崇坊大佐であった。
現在の時間軸は原作開始十五年前より後です。