帰宅
「遅くなってしまった…どうしよう。」
「申し訳ない!私がはしゃぎすぎたばかりに…」
「あぁ、いいよ。どうだった?楽しかったかい?」
「はい。それは勿論。世の中の流れがいかに早いのか、ひしひしと感じられました。感嘆の一言に尽きます。」
「そうか。そりゃあよかった。よかった。」
手荷物を山ほど抱えた二人の男が夜道を歩いている。
周りには街灯が淡く灯る。今日だけでいくら使ったことだろう。
軍服姿の男、崇坊 運はそう思った。
今日買ったものは土産の菓子、キャラメル、チョコレート、カステラ、ビスケット、ウェハース、おはぎ、饅頭、羊羹、飴玉など。
子供達への玩具、ブリキの如雨露や鍋、おままごとの食器類、セルロイドの人形や櫛や簪に筆箱。
教育用品に赤い鳥などの雑誌、辞書などを数冊。
子供達と行冥の衣料品。
衣料品だけで100円は使ったからなぁ。
まあ折角将官様になったんだ、功一級の金鵄勲章まで持ってる身としては屁でもないな。
もともと一日中ぼけっとしてたら金が入るような仕事を与えられてた身だ。
働こう!うん!そうしよう!
「そろそろ、だな。」
「運殿が預かって下さっていると聞きましたが、あの子達はいい子にしていましたか。」
「あぁすまんな、それなんだが暫く家に帰ってなかったからわかんないんだよ。」
その節はすまんな。刑事みたいな仕事をしてたもんで忙しくてな。
「いい子達なのですが…少し心配です。久しぶりに会うのはこんなに緊張するのですね。」
顔が少し陰った。心配症だな。
「…もう会えないかもしれない、そう思ってたからだろうな。」
行冥は眉をハの字にして笑った。
「そうなのでしょうね。」
やはり心配症め。
「ほら。着いたぞ。」
俺の家は築十四、五年のまだまだ新しい洋風の一戸建てだ。
家族…になった嫁と息子と、あと行冥みたいな知り合いの子達を泊めたりとそこそこ楽しく暮らしている家だ。
俺は自分の家が好きだ。都心にあるせいで周りがお高くとまった連中だってこと以外はな。
「おぉ、良い匂いが香ってきますな。」
すんすんと鼻を鳴らす行冥の顔は穏やかだ。
坊主よりも坊主らしい坊主だな。悟ってるに違いない。
とは言いつつも、確かにいい匂いだ。
わざわざ味噌汁でも作ってくれたのかもしれない。
「カステラもアイスも饅頭も食べてから炊き込みご飯も食べてなかったか?体に見合う胃袋なんだな。」
こいつは大変な食いしん坊なのかもしれんな。
「おっと、これはお恥ずかしい。」
また食事に連れて行こう、そう思った。
いい感じに砕けてくれた行冥の様子にほっこりとしたところで運は家主の風格もほどほどに扉に手をかけた。
「ただいま。」
「おかえりなさいませ
……あなた。」
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ーー
ー
十数年も前。
俺は琴葉に出逢った。
本当に気まぐれの偶々であるな。
十何年も前は憲兵司令部付きでもなかったから違うとこに住んでたんだ。
たしかその時はボロい借り屋だったな。
昔から知り合いが家に泊まりに来ることはあったんだが、いつもは男鰥の一人暮らしだからと頓着しなかったんだが、壁が薄いせいで隣の家の母屋からの怒鳴り声も聞こえるんだ。
回り回ってそれがいい方向に行ったわけだが。
そん時住んでた家の隣から毎日のように快くない声が聞こえてきて、それがまた日に日に酷くなってくんだよ。
その時の俺はまだ我慢してたんだよ。
国でも神でも借り屋でも、ご近所トラブルに首を突っ込んでいい思いをしてないからな。
今までで一番悪かったのはそのまま戦争に駆り出された時だな。いい加減にしてくれよ。
さてさて、それで1週間近く耐えてたんだがある日のこと。
女の悲鳴が聞こえたわけだ。
しかも肉を打つ音まで聞こえた。
あとでわかったが頬を手で叩いた破裂音だった。
俺は嫌いなものがある。
それは俺が嫌だと感じるもの全てだ。
………身も蓋もないって?いいだろ!俺は曲がったことだけはしてこなかったからな!
…まぁ、それでだ。
言っちゃキレちまったんだよ。
それでも殴り込みに行くのは流石に理性が止めてな。
腰の拳銃を空にパーンッ!と4、5回。
案の定中から音は聞こえなくなったんだよ。
そんで5分くらい経ってからその家に乗り込んでった。
その時の俺は階級で言うと騎兵大佐だ。
しかも日露上がりで功三等の金鵄勲章もぶら下げてた。
扉をドンドンドン!っと叩いてな。
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「扉を開けろォ!先程発砲があったと通報があった!俺はここの近くに住む軍人で確認の依頼を警察から受けて参った!!ここを開けろぉ!」
開ける気配はなかった。
が、しばらくして中から女の人が出てきた。
「お仕事いつもご苦労様で…貴方はお隣の?」
「えぇ。!…………。」
応対してくれたのが琴葉だった。
窶れているのは鈍い鈍いといわれる俺でもわかった。
もう言葉が出なかった。
「あらっ、ごめんなさい…それで、何か事件でも?」
美しい顔には紅以外の赤が所々にみえる。
頬は淡く腫れていて、手指は隠しているようだが酷くひび割れていた。
「…………」
艶やかであるはずの唇の横には痛々しい殴打の痕が俺の視覚を痛めつけた。
涙の痕が両頬に見える。
「あっ、ごめんなさいっ、こんな格好で…転んでしまって…。」
自分の有様と俺の反応に気づいて弁明する様は余りに心苦しい。
どうすれば、俺は何をしようとしていたのか?
痛めつけられた女性ほどに俺から冷静を奪うものはない。
その時だった。
オギャアっ オギャアっ オギャアっ
赤子が泣いている。
「…………これをやる!それでは!」
体が勝手に動いたようだ。
手持ちの金を財布ごと渡す。
さらさらとくず紙にメモを残してからそれも挟んで渡す。
赤子が泣いているのだ。長居は無用。
「え、あ、あの!」
突然のことに驚いているらしい。無理もない。
声をかけられたが、早くに準備をしたいのでそのまま進む。
「これ、この紙に書いてあること…本気ですか?」
…紙、メモを先に読んだのか。
「…駅で待ってる…。その金は好きに使ってくれていい。」
待ってるぞ。
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俺は良い女が好きだ。
良い女は母親になれる女だ。
俺は良い男でいたい。
良い男とは父親になれる男だ。
母親も父親もそうだが、血が大事か否かなど俺たちが決めることじゃない。
だから、子供に俺が父親で良かったと言ってもらえるように子供のためなら何でもやろう。
君は俺の妻になってくれるか。
君は俺の子供になってくれるか。
問いかけはいつも同じだな。
変われない俺の隣にいて欲しい。
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ーーーーー
お隣に軍人さんが住むことになった。
偉い方らしい。
ーーーーー
伊之助が生まれた。
この子の為に私は生きよう。
お隣さんから産まれたこの子にと御祝いをいただいた。
優しい顔で産まれたばかりのこの子のことを見ていらしたのが印象的だった。
急ぎの用があるとの事でお話しできなかった。
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私はどうしたら良いのだろう。
私の身を守ってくれる人はいない。
でも私は伊之助を守らなければいけない。
夫は私を撲る。
姑は私を嫌い、私の苦しみを笑う。
ーーーーー
日に日に撲られる回数が増えていく。
夫は私から何を奪にも飽きたらないようだ。
伊之助だけは奪われまいと拳に身を晒す。
冬にはわざわざ冷やした酷く冷たい水で食器を洗わされる。
手がひび割れて痛む。
伊之助が暖かい。まだこの子は何も知らない。
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伊之助が今よりも大きくなった時、夫は伊之助にまで手を出すのではなかろうか。
私は伊之助を守る為にできる全てをしよう。
伊之助のためなら何でも捧げよう。
今日はお隣の軍人さんと初めてお話をした。
優しい方だった。子供が好きだと言っていた。
手が痛み、つい顔をしかめてしまった。
そしたら彼は高価な薬を惜しむことなく私に譲ってくれた。
差し上げます。私には必要がないものだ。ですって。
久しぶりに笑うことができた。
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暗い話題は考えたくない。
家にいる間は常に暗い話題がつきまとう。
痛みや悲しみ、苦しみや悔しさ。
今日は彼が東京から帰ってくるらしかった。
最近は勲章をもらう式典やらに出るので忙しいらしい。
勲章を貰うような凄い方だなんて知らなかった。
近所の誰にでも礼儀正しく、子供にも優しい彼は以外と軍服が似合う
今度伊之助を抱いて欲しい。
きっと可愛がってくれるはずだ。
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夫が伊之助のお包みに手をかけた。
私は思わず声を上げた。
どれだけ撲られてもこれほど高い声を上げたことはなかった。
気づけば私は夫に掴みかかっていた。
夫に撲られるがそんなことは些細なことだった。
どうか、何方か助けてください。
伊之助が大きくなればきっとこの男はこの子にも手をあげるに違いありません。
そう願っていると外で何回か大きな音がしました。
銃声でした。
夫は動きを止めて部屋の奥に引きこもりました。
私はすかさず伊之助を抱き抱えて畳に座り込みました。
伊之助は眠ったままでした。強い子です。
ーーーーー
暫くして扉を開けろと声がしました。
ほんの短い間ですがすっかり眠ってしまっていたらしく急いで玄関に向かいました。
お待たせしました。
そう言って扉を開けて顔を上げるとその先には彼がいました。
いつになく真剣な表情でした。
どこかしら怒ってあるような、どこか噛み締めるような気迫を感じました。
彼は挨拶もそこそこに私をじっと見つめていました。
私は何時もなら彼に見つめられた気恥ずかしさで顔を赤らめたでしょう。
しかし急いで出たものだから鏡を見る間も無く、その時は顔にもくっきりと痣が残っていたようでした。
彼はとても辛そうに顔を歪めました。
あぁ、そんな顔をなさらないで。
貴方はただのご近所さんなんですから。
何も悪くないんですから。
何の関係も無いんですから。
ーーーーー
私は自分の身に何が起きているのかよくわかりません。
彼が来てすぐに伊之助が起きてしまい泣き出しました。
鳴き声を聞いた彼はきっと口を結ぶと私にずっしりと重みを感じるお財布を渡してきました。
そして、懐から紙の切れ端をだしてそれに万年筆で何かを書きつけてそれも私に渡したんです。
彼はそのまま行ってしまおうとするのです。
混乱した私はまず渡された紙に目を走らせました。
文字でも読んで落ち着こう、そう思ったのでしょうか。
そこには「今日駅で待っている。渡したお金を使ってどうにかして伊之助と二人で駅に来なさい。俺と暮らそう。」
そう書き殴られておりました。
私はつい声を張って彼の背に問いかけました。
本気ですか?と。
子を産める体ではあります。
しかし私はすっかり痛めつけられたキズものです。
伊之助だって謂わば連子です。
二人人間が増えるのを養うなど簡単には言えません。
だのに、あの方ときたらぽつりと駅で待ってると、そう言うだけだったんです。
ーーーーー
私は心を決めました。
夜になって周囲は暗くなっておりました。
彼からいただいたお金を使ってお酒を買いました。
いつもより良いお酒です。
あの男に飲ませると暫くして酔い潰れました。
私はあの男の酔い潰れて間の抜けた顔を覚えていません。
ただ、その男の顔を見た際に昼間に見たあの方の顔が思い出されたのは未だに覚えています。
私は伊之助のお包みを二重三重に重ねてから腕の中に抱きました。
あの日の夜は冷えたんです。
まだストーブは売られていませんでしたから。
それから、箪笥に入っている貴重品を幾らか。
嫁入り前に使っていたものだけ持っていきました。
あの男と関係するものは例えどんなに価値あるものでも伊之助以外は決してあの方のもとにゆくのに持っていきたくなかったのです。
結局櫛や鼈甲細工なんかの貴重品を懐にしまいこみ、忍足で家を出ました。
あの方からいただいたお金で道中足元を照らす灯りを買いました。
その後はひたすらに歩きました。
もう居ないんじゃなかろうか。
待っていてくれるだろうか。
そんな不安は全く抱きませんでした。
あ、一つだけ。
道中で虹色の目をした男性から声をかけられたことがありました。
「父様(ととさま)がお待ちだよ」、と。
そう言われた気がします。
その後はまるで惹きつけられるように彼がいる駅に向かいました。
彼の息子さんだったんだろうか、と今なら思います。
けれど、契った後の今でも彼は息子はいないと言うんです。
自分の息子は伊之助だけだから安心しろ、といつも言ってくれるんです。
私は気づけば駅に着いていました。
ーーーーー
Fateと鬼滅、片方ずつ投稿になるかも