「……思った以上に荒れているな」
「そうかな。僕は想像より綺麗だと思ったけれど」
「んー……噂よりは良いところっぽい?」
眼前には錆びた門。奥には、生垣に挟まれた道。そして、その先には一見して廃墟のようにも見える建物がある。コンクリート製の灰色の建物には飾り気がなく、一部にはひび割れのようなものも見える。築三十年は経っているように思えるが、深海棲艦との戦いが始まって未だ十年も経っていない。当然ながら鎮守府という施設は戦争が始まってから建てられたと考えるのが自然である。よって、あの劣化具合は、手入れがされていない故のものなのだと考えるのが妥当だろう。
となると、いよいよ噂は正しいようだった。我々が籍を置く鎮守府と比べるのは、なんというか無礼な行いであるように思えるが、しかしこれから俺たちがしばらく滞在する可能性がある地である。環境が気になってしまうのはむべなるかなというものだ。
横を見てみれば二人の少女が対照的な様子で門の向こう側にある建物――すなわち、これから俺たちが視察に訪れる鎮守府を眺めていた。
一人は、セミロングの髪を背中で三つ編みにし、一部がまるで犬の耳のように跳ねた黒髪の少女。瞳の色は青く、澄んだ色合いを浮かべている。
彼女は白露型駆逐艦、時雨。普段の制服の上から、今は紺色のコートを羽織っており、冷静な様子で鎮守府を観察している。
もう一人は、時雨とは対照的に、太陽のような金色の髪をストレートに流した少女だった。毛先に近づくにつれ、僅かに赤っぽく色味を帯びているのが特徴的だ。時雨と同じように、犬耳のような跳ねがある。瞳は赤い。光の加減によっては炎の赤のようにも、血の赤のようにも見える。
彼女は、同じく白露型駆逐艦、夕立。こちらも制服の上から、ダッフルコートのようなモフモフした外套を羽織っている。その様子は今まで行ったことがない『よその鎮守府への視察』という新境地に興味津々といった様子で、ワクワクしている雰囲気が全身からあふれ出している。
海風が凪いだ。
流石に十一月の海辺は寒い。俺は大本営から支給された、将官クラスの徽章が胸元にぶら下がったコートの襟を立てる。さすがに将官クラスに支給されるものだけあって、質のいいものだ。その防寒性には疑いの余地がないが、いかんせん、真っ白で派手、かつ汚れやすいというこの衣服の機能性には疑問が残る。
まあ確かに、提督なんぞ戦場に出ることもなく執務室でふんぞり返って指示を出したり書類を処理したりしているだけの仕事ではあるのだから、汚れが目立つか否かなどどうでもいいことなのだろう。いや、しかしコートというのは基本的に外に出る際に着用するものなのだから、やはりこの汚れやすさは問題であると考えざるを得ないわけだ。
まあ、どうでもいいことだが。
思考を打ち切り、俺は改めて門の向こう側の鎮守府を見る。
鎮守府にしてはさほど広くない敷地。見る限り建物は二つ。一つは先ほど描写した、廃墟のような壁をした灰色のコンクリート製の建物。その右側には、その建物よりは幾分小さいが、しかし築年数の経っていなさそうな学校のような建物がある。
さて、ここが鎮守府である以上、最低限の設備は備え付けられていると考えていい。ならば建造ドックや出撃ドック、入渠ドックもあるはずなのだが……建物の中に統合されているのだろうか。あるいは建物の影になって見えないだけで、別の建物が他にあるのかもしれない。
はてさて。
「……外観は想定内。内情はどうなっているやら」
「提督。不安なのかい?」
俺のつぶやきに、時雨が反応した。様子を伺うように顔を覗き込んでくる。
「不安? 不安というならこの仕事を受けると決めたときから不安だよ。なんせやったことがない仕事だからね。その上で向いているとも思えない」
「そうかな。僕はこの仕事、提督なら十分やれると思うけれど」
「夕立もお手伝いするっぽい! 大丈夫っぽい!」
そこは「ぽい」ではなく断言して欲しかったが、実際のところ抱えている不安のうちのいくつかは、時雨と夕立という二人の艦娘が同行してくれることで緩和しているといってもいい。
だから、やはり問題は俺の仕事の領分なのだ。時雨はああ言ってくれたが、いかんせん彼女は俺の能力をやや過大に評価する傾向がある。
「……向いているとは思わんがなぁ……まあ、やるだけやるさ」
何、心配ない。
失敗すれば、たかがこの国が山のように抱える深海棲艦との戦いの最前線のうち、たった一つが崩壊するだけである。
――近いうちに間違いなく訪れる、深海棲艦の大侵攻。
俺の仕事は、その前線基地となるこの鎮守府を、立て直させることだった。