中将の視察   作:[この名前は既に使用されています]

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鎮守府からの電話

『ああ、提督さん? どう? そっちには無事に着いた?』

 

 

 俺たちの部屋は、幸いにしてちゃんと三部屋用意されていた。外から見えていたあの灰色の建物は四階建てで、俺たちの部屋は全てその最上階にあった。エレベーターから見て右奥から、連続した三部屋。それが俺たちに割り当てられた部屋だった。

 

 元々は民間の宿泊施設だった、というだけあって、部屋にはそれぞれルームプレートが備わっていた。話し合いの結果、410号室は夕立が、411号室は俺が、412号室は時雨が利用することになった。俺の部屋と隣になっていたほうが、有事の時に対応しやすい……という話だったが、正直警戒しすぎのように思える。

 

 それぞれがルームキーを受け取り、とりあえず荷物の整理を行い、それが終わり次第、一階で集まることになっている。一階にはまだ加賀が残っており、全員で集まり次第、工廠へ時雨と夕立の艤装を見に行く予定だ。

 

 部屋の中は一般的なビジネスホテルの一室、といった感じだった。恐らくもともとはツインの部屋なのだろう。それなりに広さがあり、クローゼットや給湯器、それに風呂なども備わっている。ベッドは一つだけだが、それなりの大きさで、眠るのに不便はなさそうである。

 

 キャリーバックを開き、ベッドの上に荷物を広げていると、不意に携帯電話に着信があった。

 

 俺は携帯を二つ所持している。一つは私用で利用する一般的なもの。もう一つは、鎮守府で利用する明石さん特製の特殊携帯端末である。俺の鎮守府では、これを全ての艦娘に持たせ、これを介して様々な連絡や掲示を行っている。

 

 着信があったのは、鎮守府で利用している携帯端末の方だった。画面を見ると、そこには一人の艦娘の名前が表示されていた。

 

 

「アトランタか。ああ、無事に到着したよ」

 

 

『そう。それなら良かった』

 

 

 連絡してきたのは、防空軽巡洋艦、アトランタだった。日本の艦娘ではない。彼女はとあるイベントの際、出撃先で保護した艦娘である。当時は紆余曲折あったが(彼女たちの過去、史実のことを思えば仕方がない)現在は随分と鎮守府に馴染んでくれているようで何よりである。

 

 

「それで、どうかしたか?」

 

 

『ん。別に、特に用事があったわけじゃないけれど……ほら、提督さん、行く前に色々言ってたからさ。大丈夫だったのかなって』

 

 

「ああ……まあ、ひと悶着はあったよ。けれど、大きな問題にはならなかったから心配はいらない」

 

 

『ふうん……そっか』

 

 

 出向く先……つまり掃き溜め鎮守府のことは、多くの艦娘に伝えていた。当然、攻撃的な艦娘がいる可能性があることも。別に隠す理由もないから話してしまっていたのだが、こうして電話をかけてきたところを見ると、心配をかけてしまったようである。そこら辺の機微が、どうにも俺にはわからない。

 

 

「そっちはどんな様子だ? 特に変わりはない?」

 

 

『んー、そうだね……特に問題は……あ、そういえばさっきゴトが「私も向こうに行く!」って新幹線のチケットを発注しようとして、大淀に止められていたよ』

 

 

「なにやってんだあいつ」

 

 

 ゴト……ゴトランドもイベント先で保護した艦娘の一人だが、彼女の行動は未だに謎が多い。どうにも距離感が近く、行動が読み切れない艦娘である。いや、距離感というならばアトランタもそうだし、その辺りは海外艦特有のものなのかもしれないが。

 

 アトランタとゴトランドも、一緒に行動している様子をたまに見る。海外艦同士、軽巡同士、というシンパシーもあるのだろう。他にもガリバルディやアブルッツィ、パース、ロイテル、ヘレナなどとも仲良くしていることが多い。

 

 

『あのままじゃ本当にそっちに飛んでいきそうだし……提督さんのこと、心配してたみたいだから、後で電話してあげて』

 

 

「了解。この後にでも連絡するよ」

 

 

 何分、急な出張だったため、挨拶が出来ていない艦娘も多い。記憶が正しければ、出発した日のゴトランドは鎮守府近海航路に出撃していたはずだ。彼女にも心配をかけてしまったようである。

 

 

『うん、それがいいと思う。それでさ……時雨と……えっと、あー……Nightmareも、元気?』

 

 

「時雨と夕立? ああ、特に問題はないよ。二人とも元気にしている」

 

 

 アトランタの言葉を聞いて、思い返す。そう言えばアトランタは夕立と仲が良かった……と、言っていいのかはわからないが、節分の時なんかはよく一緒にいるのを見た。彼女に『仲がいい』といえばもしかしたら否定されるかもしれないが、しかし傍から見ればアトランタは夕立、それに暁にも随分と懐かれているように見える。

 

 攻撃的な艦娘がいるかもしれない場所に、その夕立が一緒に来ているのだから、心配にもなるものなのかもしれない。ならば本人に直接電話すればいいのに、と思わないでもないが、アトランタの性格からして照れくさいのだろう。流石にその辺りの機微は想像できる。

 

 

『そっか……元気なんだ。まあ、Nightmareのことだから心配はしてないけれど……』

 

 

 夕立の強さはアトランタも良く知っている。それ故の言葉だろう。海上の艦娘は基本的にみんな強いが、夕立に関しては陸上でも強い。人間の体の使い方が抜群に上手いのだ、彼女は。しかし、いくら夕立が強いとしても、心配しない理由にはならない。言葉では心配していない、と言いつつ、無事だと聞いてアトランタの声は露骨にほっとした様子になっていた。

 

 

『まあ、みんな無事ならよかったよ。いつ帰ってくるのかはまだわからないんだよね?』

 

 

「未定だな。長ければ……そうだな、最長で一ヵ月くらいにはなるかもしれない」

 

 

『ふうん、そっか……しばらく寂しくなるね。わかった。それじゃあ、また連絡するね。こっちのことは任せておいて』

 

 

「頼もしい限りだな。それじゃあ、またな」

 

 

『うん、また』

 

 

 通話が切れると、急に部屋の中が静かに感じられる。そのうち大淀さん辺りから連絡が来ることはあるかもしれない、と思っていたが、初日にアトランタから連絡が来るとは思っていなかった。

 

 鎮守府にいる全員に片っ端から連絡されても困るが、流石にその辺りは向こうで配慮してくれていることだろう。完全に想像する形になるが、恐らくアトランタが連絡してきたのも代表で連絡する、という取り決めがあったと考えていい。

 

 さて、荷物の整理はまだ終わっていないわけだが、その前に忘れないうちにゴトランドに連絡しておこう。もしかしたら一階で夕立と時雨、それに加賀を待たせてしまうことになるかもしれないが、それほど長電話をするつもりもない。待たせたとしても少しだろう。多少は勘弁してもらうこととしよう。

 

 連絡先から艦娘の一覧を呼び出して、軽巡の枠を開く。スクロールしていく中で、名前を確認していく。その中のGotlandと記された名前をタップし、携帯を耳に当てた。

 

 

『もしもし提督!? 大丈夫!?』

 

 

 呼び出しのコールが二回鳴った辺りで、そんな声がスピーカーから聞こえた。

 

 

「大丈夫だよ、少し落ち着いてくれ」

 

 

『あ……えっと、ごめんね? うるさかった?』

 

 

 先ほどと比べて落ち着きを取り戻したゴトランドの声。こちらを気遣ってくれている様子が声色からわかる。

 

 

「いや、そんなには」

 

 

『そっ、良かったー……それで提督、どうしたの? ゴトに電話してくれるなんて』

 

 

 不思議そうなゴトランドの声。電話の向こうで小首をかしげている様子が想像できた。

 

 

「いや、さっきアトランタから連絡があってね。そこでゴトランドが心配しているから電話してあげて、って言われたんだ」

 

 

『え? アトランタから? ……へぇ……そっか……ふうん……そうなんだ』

 

 

 アトランタの名前を出した瞬間、何故かゴトランドの声音が一オクターブ下がったような気がした。

 

 気のせいだと言うことにして、話を続ける。

 

 

「それで? 噂じゃこっちに来ようとしてたんだって?」

 

 

『う、いや、えっと……うん』

 

 

 まるで悪戯がばれてしまった子供のような声だった。行動力がある、というのも考え物である。

 

 

「なんでそんな」

 

 

『えー……だって、出撃から帰ってきたら提督いないんだもの。ゴトに挨拶もなく行っちゃうのはひどいと思います』

 

 

 拗ねたような声。普段は大人っぽい言動が多い艦娘であるが、こうしたところは子供っぽさが残っている。

 

 

「悪かったよ、事情が事情でね。時間があまりなかったんだ。でも、大淀さんから話は聞いていただろう?」

 

 

『まあ、ね? でも提督の口から直接聞きたかったかなー、って。できれば護衛にも着いていきたかったし……』

 

 

 彼女はそう言うものの、流石にゴトランドを護衛として連れてくるわけにはいかない。彼女は唯一無二の軽航空巡洋艦である。その性能は他のどの艦娘でも代用が利かないものだ。艦上爆撃機を運用できる軽巡、という意味では、由良さんや多摩、そして最近だと阿賀野型にも適正があることがわかってはきたものの、ゴトランドの搭載数は他と比べても抜きんでている。装備可能数の都合もあり、やはり代替が利く機会は多くない。

 

 

「ゴトには鎮守府の留守を護ってもらいたいんだけれどね。君だから出来ることも多いから」

 

 

『え? えっと……うーん……もう、提督、ずるいなぁ。そう言われたらそっちにいけないじゃない』

 

 

 まだ来るつもりだったのか。

 

 

「心配してくれるのはありがたいけれど、こっちは大丈夫だから安心してくれ。何かあっても夕立と時雨がいる」

 

 

『まあ、あの二人の強さは知っているけれど……ゴトが心配なのはそうじゃなくって』

 

 

「じゃなくって?」

 

 

『んー……それは、その……まあ、とにかく、声が聞けてよかった。そっちも忙しいんでしょ? それなのに電話してくれてありがとうね、Tack』

 

 

 なんだかはぐらかされたような気もするが、彼女が意味深に言葉を濁すのはいつものことと言えばいつものことなので、気にしても仕方がない。

 

 

『何かあったら、ゴトを頼ってね? すぐ駆けつけるから』

 

 

「その時はお願いするよ。よろしく頼む……それじゃあ、またな」

 

 

『うん、またね』

 

 

 通話を切り、携帯をポケットにしまう。

 

 この鎮守府に来てから、自覚はなかったが緊張の連続だった。摩耶たち四隻の襲撃、少佐との談話に、加賀の話……何かと気を張っている時間が多かった。

 

 そこにきて、鎮守府からの電話は思った以上にいい息抜きになったように思える。

 

 時間は限られている。少佐は自分の力で鎮守府を再建してみせると宣言したが、それが失敗に終わったときに備えて、俺も動かなければならない。息抜きばかりもしていられないのも事実だが、たまには向こうと連絡を取ってみるのもいいか。

 

 さて、何はともあれ、荷物を整理して一階へ向かおう。夕立たちが待ちくたびれているかもしれない。

 

 ベッドの上に広がった荷物に手を伸ばし、俺は片づけの続きを始めた。

 

 

 

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