「東の海に大量の深海棲艦が集まりつつある……との情報が入っています」
大淀さんから、そんな台詞を聞いたのは数日前のことだった。場所はうちの鎮守府の執務室。秘書艦は現在、開発に関する報告を受けに工廠へ出向いており、この部屋には俺と大淀さんしかいない。
彼女は両手に地図を抱え、俺へと視線を向けている。
「東の海……ね。具体的にはどこの話だ、それは」
「ここです」
大淀さんは抱えていた地図を机に広げると、その一点を指差す。そこは俺の所属する鎮守府からは随分離れた海である。
この国には多くの鎮守府がある。いや、考えてみればそれは当然のことだ。日本という国は四方八方全てを海に囲まれた島国であり、そして怨敵である深海棲艦はあろうことかその海から湧いてくる。
言うなれば常時敵に包囲されているようなものであり、よって沿岸に多数の鎮守府を備え、敵の侵攻を抑えながら制海権を奪還する必要性がある。なのだから、鎮守府は一定間隔に配置されており、それぞれ守るべき領域が……これについては具体的に定められているわけではないが、決められている。
大淀さんが示した海は、俺のいる鎮守府からは随分と遠い。東の海といっても位置が随分と違う。この鎮守府に関係ないと断言してもいい海域だ。
さて、その事実から推測できることはいくつかある。大淀さんほどの艦娘が、鎮守府の業務に何も関わってこない海域、ひいてはそこで巻き起こっている問題をわざわざ俺に伝えはしないだろう。遠い東の海で深海棲艦が集結している事実。それが我が鎮守府に関係してくるとなると――。
「つまり『イベント』か」
「ええ、間違いないでしょう」
イベント。
簡単に言えば、深海棲艦が大量に集まり、こちらに襲撃を仕掛けてきたり、あるいは逆に「深海棲艦が集まっているのだからこちらから一気に叩いてしまおう」なんて作戦を立て、実行したりするような大規模作戦を指す。
このイベントに関しては多くの鎮守府が共同で行う。その鎮守府がどこに配置されているか、なんて問題は二の次だ。我が鎮守府も、過去、遠いところでは欧州にまで出向いたことがある。
「ええと、それで? そのイベントが近々起こるから、資材の備蓄や艦娘の錬成を、それに備えて計画しろ……って話かな」
実際問題、イベントに参加しない、という選択肢は殆どない。参加し、一定の戦果を挙げれば大本営から有用な装備が報酬としてもらえるというのが一点。第二に、手柄次第じゃ地位も名声も上がるというのが一点。激戦区の突破に一役買ったとなれば、ちまたじゃ『甲勲章』なんて呼ばれる勲章だって授与される。たかが勲章と侮るなかれ、これは大本営に返却することで資材を融通してくれたりするのだから侮れない。実を言えば俺は返却したことはないのだが。執務室の後ろの棚にはいくつかの甲勲章が無造作に投げ込まれている。たまに駆逐艦たちの遊び道具になっていたりする。勲章を大事にしろ、とは俺からは言えない。なぜなら俺自身、以前貰った『海峡章』と呼ばれる勲章を、カップ麺の蓋の重しに使っていたからである。後で山城に殴られた。
「いいえ」
しかし大淀さんは、首を横に振った。俺は眉根を寄せる。
近々イベントがある。そのイベントには我々も参加することになるだろうが、大淀さんの要件はそれに関することではない。
今一つ話が見えない。
「提督、イベントにおいては、その発生海域に一番近い鎮守府が前線基地として使われる……というのは知っていると思います」
「そりゃあ、まあ。うちの艦隊だってイベントには何度も参加しているからね」
イベント海域で被弾した後、いちいち元の鎮守府にまで戻っていたら時間と労力の無駄である。よって海域に最も近い鎮守府を前線基地として、そこで補給や入渠、編成や会議を行うのは理に適っている。
実際、俺も、うちの艦隊も前線基地である鎮守府に何度もお邪魔しているし、うちが前線基地になったことも一度だけある。
「今回のイベントにおいて、イベント海域に最も近い鎮守府はここ……」
そういって、大淀さんは地図の一点を指差した。当然だが、鎮守府の位置までは地図に記されていない。俺自身、すべての鎮守府の場所と名前と特徴を覚えているわけではないので、そこにあるのがどんな鎮守府であるかなど見当もつかない。
しかし、ため息交じりにマップを見つめる大淀さんの顔を見れば、なんとなく想像はできる。
「つまり、今回前線基地となる予定の鎮守府に、何か問題がある……ってことかな」
「話が早くて助かります、提督」
そういって、大淀さんは眼鏡の位置を調整する。レンズがきらりと光ったような気がした。
「――掃き溜め、と呼ばれる鎮守府をご存じですか?」
「……まあ、噂程度には」
掃き溜め。
なんとも酷い名称である。しかし、その名前は提督なら、あるいは艦娘なら、一度は聞いたことがあるだろう。
掃き溜め、ゴミ捨て場、墓場……蔑称はいくらでも耳に入る。
曰く、そこは問題を抱えた艦娘が送られる場所だと。
曰く、そこは見限られた提督が左遷される場所だと。
曰く、そこは艦娘の墓場であり、提督の捨て場なのだと。
良い噂は微塵も聞かない。
どうしようもない艦娘……もはや反乱分子とさえいえるほど反抗的だったり、深海棲艦と戦う上で致命的な欠点を背負っていたり……そういった艦娘が、最後に行きつく場所。
そして、どうしようもない提督……無策に突っ込み艦娘を無駄に沈め、その上で戦果もあげられず、資源を無駄遣いし、大本営から見限られた輩……そういった提督が、最後に行きつく場所。
言うまでもなく、そんな場所が鎮守府としてまともに機能するとは思えない。まともに機能するとは思えないが、大本営はそんな鎮守府を未だに残している。
当たり前だ。そこは唯一、身内を切り捨てるためのゴミ捨て場なのだから。提督も艦娘も、国防という極めて重要な機密に深く関わっているため、よほどの理由がない限り、安易に首を切れない。削ぎ落すのにも方法を選ばなくてはいけない。
そのためにあるのが、掃き溜め鎮守府である――
「――って噂だけれど」
「私が調べた限り、大体その認識であっているかと」
「ふうん……」
で、だ。
大淀さんがこのタイミングで掃き溜め鎮守府(ひどい言いようだが、俺はこの鎮守府の正式名称を知らないのだから仕方あるまい)の話をしたということは、言うまでもなく。
「……今度の最前線は、そこってことだね」
「まさしく。そして問題としているのも、そこです」
「なるほどね。そりゃ困ったな」
イベントにおける前線基地は非常に重要度が高い。作戦行動に移る多くの艦娘が、そこで補給を受け、入渠を行い、出撃していくのだから当然だ。
その鎮守府が、噂によればまともに機能しているとは思えない『掃き溜め』といわれる鎮守府であるとなると……これは、もはやイベントにおける最重要課題といってもいいだろう。
「それだけではありません。イベント終了後も、該当海域には残存兵力が展開したままである可能性が高いです。で、あれば、我々が該当海域から撤退したあとも、当該鎮守府には国防を担ってもらう必要があります」
「機能不全を起こしたままじゃ不味い、と。いや、それを言うならこれまでだってそうだと思うけれど……そういえば聞いたことがあるな。深海棲艦の出現が比較的穏やかな地域があるって」
「お察しのとおり、この地域はあまり多くの深海棲艦が出現しないことで有名でした。だからこそ、ここを『掃き溜め』に選んだのでしょうね、大本営も」
「ただし、それもこれまで、と」
だから結局のところ、現状の問題点は一つに収束するのだ。
掃き溜め鎮守府が、機能不全を起こしているという、ただその一点が解消されれば、多くの問題が解決する。
……いや、まて、嫌な予感がしてきた。なんで大淀さんはそんな話を俺にする? イベントに参加する、その上で問題がある……ただそれだけで終わるだろうか。いや、終わるわけがない。問題の提示をするだけして「さぁどうしましょう?」なんて生温いことを言うような大淀さんではない。
必ずその一歩先がある。そして、この場合その一歩先とは……
「……冗談じゃない」
苦々しく吐き捨てた俺の様子を見て、大淀さんは小さくため息をついた。
「お察しになられたようですね、提督。誤解がないように先に言っておきますと、これは私の考えではなく、大本営から下された指令です」
「なんで俺が……俺以外に適任者はいるだろう。鎮守府運営のイロハなら……そうだな、例えば提督養成学校だったか? そこの教員でも寄越せばいい。俺よりよっぽど向いているぞ」
俺に下された指令。
それは言うまでもなく、現在機能不全に陥っていると推測される、掃き溜め鎮守府の立て直しだろう。イベントまでのその鎮守府をまともに機能するようにする……短期間で、そんなことをやってのけるのがどれほど大変か。人を指導したことのない俺でも簡単に想像できる。
「提督養成学校ではなく、士官養成学校ですね。なんにせよ、大本営は提督をご指名のようですよ。随分買われているようで」
「いいや、違うね。そりゃ嫌がらせだ」
大本営に好かれているとは、思わない。俺くらいの若さで中将なんて地位にいる若造が気に食わない、って輩が大勢いるのは容易に想像できる。日本は年功序列社会だ。雇用形態の歴史を見ればどれほど根深くそれが根付いているのか一目でわかる。最近は深海棲艦との戦争、という極めて切羽詰まった状況もあるのだろう、成果主義的な側面も見え隠れしているが、心情的にそれが浸透するにはまだまだ時間がかかる。
それだけじゃない。俺が大概掲げている艦娘運営における思想も大本営の一部には歓迎されていない。特に「艦娘擁護派」だか「人権派」だかには好かれていなし、その逆である「艦娘兵器派」だか「道具派」だかにも、あくまで利用価値を見出されているだけで好かれてはいないだろう。イベント前に面倒な仕事を押し付けてやろう、という魂胆が見え見えである。
「どうしますか? よっぽどお嫌でしたらお断りする手段もいくつか考えられますが」
中将という地位、そして人脈を生かせば、命令を突っぱねる手段はいくらでも思いつく。後ろの棚に放り込まれている勲章の数は伊達ではないのだ。若さと無謀さで俺はこの地位まで成り上がったわけではない。別に成り上がりたかったわけでもない。この椅子に座っているのはただの結果だった。
「……期限は?」
俺は小さく大淀さんに呟く。
「特に指定はされていません。ただし……イベント開始。後で詳細をお渡ししますが……深海棲艦に動きが見られても立て直しができていないようなら、失敗、ということになるでしょう」
「賭け事は嫌いなんだけれどな」
導火線の見えない爆弾を処理しろ、と。どんな賭けだというのだ。深海棲艦がいつ動くかなど、誰にもわからない。そもそも立て直しといっても具体的にどのラインまで持っていけばいいのか。いや、それについては俺の裁量か。どうせうちの艦隊もイベントには参加するのだ。やっつけ仕事をすれば自分に返ってくる。
「……この仕事、場合によっては一週間やそこらで終わるもんじゃないぞ」
当然だが、その間、うちの鎮守府に俺はいられない。指揮もできなければ指示も出せないのだ。自分を過大に評価するつもりも、有能さをアピールするつもりもないが、はたして俺抜きで鎮守府はどれほど回るのだろうか。
あまつさえ、イベントまで控えている。いや、それについては逆に、イベントまで十分な資源を備蓄することを目的とすることで、余計な出撃を行う必要がないのだから、指示や指揮が最低限で済む、というメリットはあるかもしれないが……。
「いいじゃない。行ってきなさいよ」
執務室の扉が開く音がした。
見れば、そこには行儀悪く脚で扉を開く本日の秘書艦……朝潮型駆逐艦、霞の姿があった。その両手には一杯の紙の束を抱えており、両手がふさがっているから脚で扉を開けざるを得なかったのだろう。
「あら、霞ちゃん」
大淀さんは入ってきた霞に対して、明るい声を上げる。大淀さんは殆ど完璧といってもいい才女であるが、唯一欠点をあげるとすれば、霞が関わると目の色が変わり、テンションがおかしくなることが多い、というところだろうか。俺はひそかに面白お姉さんモードと呼んでいる。今は流石にまじめな執務中なので、それほどでもないようだが。
「霞、話を聞いていたのか?」
「全部じゃないわ、さっき来たばかりだからちょっとだけ」
大量の資料を持つのを手伝おうとする大淀にやんわり断りを入れ、霞はその紙の束を俺の机の上に置く。マップが広がったままなので、その上から置かれることになったが……まあ別にいいだろう。既に必要な位置関係は大体覚えることができた。
「詳しい話はわからないけれど、しばらく出張にいく必要があるんでしょ? 別にわたしたちは司令官がいなくても留守くらい護れるわ」
そう言って霞は、一仕事終えたと言わんばかりに手を払う。
「わたしとしては、この大量の書類を処理してからなら、出張くらい行ってもらっても平気ね」
「……いや、なんだ、この書類の山は。工廠に行っていたんじゃないのか?」
「工廠よ。これは明石さんと夕張さんから。新装備の開発における資材調整の見解と、そのレポート。あと噴式戦闘爆撃機の有効利用を説いた報告書と、整備における他艦載機との相違点……だったかしら? とにかくいろんな報告書。ちゃんと目を通しておきなさい」
「これはまた張り切って書いたな……読み応えがありそうだ」
実際、彼女たちが書いたものであるならばその有用性は保証されている。しっかりと目を通す価値は十分にある。艦娘の兵装、艤装について一定の知識は持っているつもりだが、その道の専門家である彼女たちには到底及ばない。
「で? あんたが悩んでる仕事ってのは何?」
霞は興味深そうに問いかける。俺が大淀さんに目をやると、彼女は「実はですね……」と先ほどの内容を簡潔に繰り返した。
「……なるほどね」
霞は納得したように頷く。
「また面倒な仕事を押し付けられたわね……でも、司令官なら鎮守府一つ立て直すくらい、簡単だと思うけれど?」
「君らには共通して大きな欠点があるな。俺を過大評価しすぎる」
「あんたは過小評価しすぎなのよ。謙遜も過ぎれば嫌味って言葉、知らない? 司令官の有能性は結果が示しているわ」
それは背後の勲章のことだろうか、あるいは中将という地位のことなのか。あるいはどちらもか。
「別に自分を無能だというつもりはないさ。この年で中将なんて席に座らされている自覚はあるよ。ただ、それは艦娘運用においてのものであって、鎮守府の立て直しなんてのはまったくの専門外……別の仕事だ」
「その掃き溜め鎮守府にも提督はいるんでしょ? だったらあんたのその『艦娘運用方法』ってのを教えこめばそれで済む話じゃない」
「さてね……」
生憎と、俺の艦娘運用における思想は受け入れられる人間とそうでない人間に分かれる。
艦娘を完全に人間として捉え、人権だとのなんだのを叫ぶ輩だとしたら致命的に相性が悪い。結局のところ、俺の鎮守府運営指針とは『利便性』と『効率』……それに尽きるのだから。
「でも、聞いた話によればその掃き溜めには何人も艦娘を無駄に沈めているようなクズが左遷されているのよね。能力はともかく、あんたのやり方に異を唱える奴は少ないんじゃないの?」
「それがですね」
霞の言葉に大淀さんは答える。
「一月ほど前に、例の鎮守府の前任者が解任されているんです。理由は横領による法的処置……資金を私的に利用していたのが原因のようですが……」
「はん、バレないとでも思ったのかしらね」
「それはともかく、その影響で今現在、その鎮守府には少し変わった経歴の方が提督として着任されています」
「変わった経歴?」
「はい」
大淀さんは俺の言葉に応える。
「士官学校を卒業したばかりの方です。無理に提督として着任させるために階級は少佐にまで引き上げられたようですが、年齢は現在19歳と非常にお若い方のようで」
「そりゃ俺以上に若いな」
まさか未成年とは思いもしなかった。
「しかし、士官学校を卒業したばかり? 噂じゃ何かやらかした奴が左遷されるんだろう、その掃き溜めには。なのに卒業してすぐにとなると……」
「何らかの事情がある、かと」
「裏がありそうね」
何かやらかすにしたって、士官学校を卒業したばかりの新参にやらかせる範囲なんぞたかが知れている。派閥争いにでも巻き込まれたか。あるいは権力者の尻尾を踏みでもしたか。
考えられることはいくらでもある。しかし、そうなると思想的に相容れない可能性もある……が、それについてはいくら考えても仕方がない。
考えを巡らせる俺に、霞は目をやる。
「何よ、嫌がっている割に、もう受ける気満々、って感じね」
「そう見えるか?」
「そりゃあそれだけ真剣に考えていればそう見えるわよ」
「別に受けたいわけじゃないんだけれどな。まあ、何点か条件をクリアできれば……不可能でもなさそうか、と思えてきただけだよ」
「ふうん?」
結局のところ、鎮守府の立て直しが可能か不可能か、なんてのはここで考えていても仕方がないことだ。実際に現場に行ってみなければ考えようがない。
よってここで考えるべきは、それ以前に発生するであろう問題……
「……大淀さん、例えば俺が一か月留守にするとして、どれくらい艦隊運用に差し支える? 正直に答えて貰って構わない」
「そうですね……私や、赤城さん、長門さん、それに初期から鎮守府を支えてくださっている吹雪さんなどが中心になって回せば……最低限の出撃や遠征、備蓄管理、開発管理なんかは、それほど問題にはならないかと。しかし、海域への侵攻や不測の事態に対しては、多くの問題が発生するでしょうね」
「不測の事態なら呼び戻してもらって構わない。最悪向こうから通信越しに指揮を執ってもいい。イベントが控えている以上、わざわざ侵攻作戦を実施するつもりもない……最低限回るなら、俺が不在でも問題ないか」
「ええ、お任せください」
なら、次の問題点だ。
「掃き溜め鎮守府に所属している艦娘たちの多くは、『反抗的』とみなされたり、あるいは何かしらの問題を抱えているとして上層部から異動を食らったりした艦娘だろう。だとしたら、権力者ってものに酷く敵対的な可能性が高い」
ここでの権力者とは、すなわち俺のことである。
「それは……ええ、そうですね。その可能性は否定できません。一応、他の鎮守府にいくわけですから、提督は『中将による鎮守府視察』といった名目で訪れることになるかと思います。そのことに反感を持つ艦娘は……少なくないかと」
「反感で済めばいい。最悪なパターンは――」
「攻撃されること、ね」
俺の言葉を引き継いで、霞は言った。俺は肩をすくめる。そのあたりの心理は、霞ならばよく理解していることだろう。出会ったばかりの頃の彼女の態度を思えば、当時の彼女の心境は容易に想像がつく。
「俺はただの人間。しかも民間出身。士官学校さえ出ていない。そもそも書類上は軍属であって軍人じゃない。本来なら中将って地位に俺がいるのはおかしい。必然的に身体はひ弱で、当たり前だが艦娘に殴られたら二発で死ねる自信がある」
艤装を装備した状態の艦娘は極めて強力だ。運動能力に関しては人の領域を超えている。当たり前だ。高速の砲弾や魚雷が飛び交う戦場で、紙一重の攻防を繰り返すその身体能力や、長時間の航海を可能にする体力や耐久力。そんな身体機能を有する彼女たちに、生身の人間が抗う術は極めて限られている。
なんなら俺自身、成人男性としては平均以下の体力しかないと自負しているので、艤装を装備していない艦娘だろうが十回殴られたら十分死ねる。艤装を装備した艦娘は非常に強力だが、それは艤装を装備していない彼女たちが見た目通りの少女としての身体機能しか持っていないという意味ではない。
艦娘は、兵器としての側面が強いのだ。
度々白い眼が向けられる主張であるが、生憎と、俺はこの主張を取り下げる気はなかった。
「……護衛が必要ね」
霞は腕を組みながら言った。その通り、もしも俺がその鎮守府に行くならば、対抗できる戦力……同じ艦娘の護衛が必要だ。まかり間違って死んだら洒落にならない。
「護衛ですか……そこまで気が回りませんでしたが……確かに、万全を期すのであれば必要になりそうですね。何人かリストアップしますか?」
「いや……いい。連れていくなら、時雨と夕立にしようと思う」
「そのお二人ですか。何か理由が?」
「いくつかね。まず、当然だが駆逐艦は数が多い。戦艦や空母と比べて、連れていったとしても出撃や遠征において代替が利く。それに取り回しのいい艤装である方が、状況対応力が高い。次に、練度。時雨も夕立も既に九十台だ。戦力として申し分ない。それに夕立は、特に『対人戦闘』や『対艦戦闘』……『対多数戦闘』にも長けている。敵……とまでは言わないが、敵意を向けてくる相手が多くいる可能性がある場所に連れていくにはぴったりだ」
「なるほど……では時雨さんは?」
「頭脳労働担当。俺一人で一から十まで鎮守府の立て直しを図れるとは到底思えない。アドバイザーが必要だ。時雨は高い観察力があって、それを客観的に分析できる能力もある。俺は視野が狭くなりがちだからな。多角的に物事を考えたい。それに時雨自身、夕立との付き合いで『対人戦闘』や『対艦戦闘』には多くの経験がある。護衛としても十二分だ」
「いいんじゃない? 悪くない人選だと思うわ」
霞のお墨付きならば安心である。最初は霞を連れていくことも考えたが、彼女は直近の秘書艦だ。これから俺抜きで多くの書類を処理していかねばならないことを考えれば、鎮守府に残って運営に携わってもらうのが適任だろう。
「そうですね……実際、時雨さんと夕立さんが抜ける穴は決して小さくないですが……補えない範囲ではないでしょう」
大淀さんは眼鏡の位置を直しながら答える。彼女のその動作は何かを考えているときの癖である。既に彼女の頭の中では、俺がいない間の鎮守府運営に関する諸事項が展開されているのだろう。
「なら決定だな」
大淀さんが問題ないとするならば、よほどの想定外がない限り大丈夫だ。
さて、他の鎮守府に視察にいくとなると、それ相応の準備が必要になる。着替えや最低限の持ち物を纏めなければいけないし、鎮守府全体に留守にすることも通達しなければならない。そもそも時雨と夕立に同行の許可を取る必要もある。そこで断られたら……まあ、考え直すか、あるいは命令してでも連れていくしかないわけだけれど、無理やり連れてこられた先で十全に護衛してやろうと思う艦娘は少ないだろう。となると、その場合は考え直すのが無難か。
やることは多い。多いが……。
「……とりあえずは、この山のような書類を片付けなくちゃな」
霞が工廠から運んできた、大量のレポートを前に、俺はため息を吐いた。