中将の視察   作:[この名前は既に使用されています]

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過激な挨拶

 

「えっと、提督。僕たちがここに来ることは、前もって向こうに伝わっているんだよね」

 

 

「そのはずだが……」

 

 

 現在。掃き溜め鎮守府の門の前。時刻は到着の予定通り、十三時。昼食は既に三人とも来がけにファミリーレストランで済ませ、迷うことなく無事に鎮守府までたどり着くことができた。

 

 鎮守府に対し、別の鎮守府の提督が視察に訪れる、というのはそれほど珍しいことではない。単にその鎮守府の運営が円滑に行われているのかを確認するため、という名目や、提出された報告書に怪訝な内容がある場合、または単に上層部の勢力争いに引っ張り込むために視察に訪れる、ということはままある。

 

 そうした場合、視察される側の鎮守府から出迎えがあるのが通例だ。いや、別に通例というだけで強制されているものではないため、絶対にあると断言できるものではなく、また無ければ文句をつける類のものでは決してないのだが。

 

 しかし、この場合、視察にくる側……つまり俺は曲がりなりにも中将という地位についている。向こうは少佐である。階級から見れば数段上。出迎えをしないというのは、向こうからすればこちらに悪印象を与えかねない悪手である。向こうが士官学校上がりの軍人であることを考慮しても、何の理由もなく行わない、というのはやや考えにくい。

 

 それが無いとなると……

 

 

「……何かあったか」

 

 

「かもね」

 

 

「ぽい?」

 

 

 冷静に検討している様子の時雨に対して、夕立は不思議そうに首をかしげている。別に現状をわかっていないわけでもないだろうが、そうした仕草が夕立らしいといえば夕立らしい。

 

 

「考えられるとすれば、まずは伝達ミス……かな。ねぇ、提督。僕たちの艤装はもうこっちに届いている手筈だったよね」

 

 

「ああ。少なくとも昨日には届いているはずだ」

 

 

 駆逐艦の艤装は、戦艦や空母のそれと比べれば嵩張るものではない。しかし、手荷物として持ち運べるほど小さいものでもない。

 

 この掃き溜め鎮守府において、時雨や夕立が艦娘としての技量を振るう機会はあると考えた方がいい。その時に艤装がない、なんてことになるのは問題だ。しかし、移動と同時に持ち運ぶのは難しい。となれば、あらかじめ艤装のみを配送するというのは理に適った選択だろう。

 

 実際、艤装は何も問題がなければ、昨日には届いている予定である。

 

 

「つまり、僕たちが来るということそのものを理解していない……って事態はあり得ないと考えていいわけだね。そうすると、到着時間の勘違いか……もしくは」

 

 

「俺たちが来るとわかっていても、出迎えできない事情があるか」

 

 

「そういうことだね」

 

 

「むー……提督さんも時雨も、無駄に深く考えすぎっぽい。そんなの行ってみればわかることよね?」

 

 

 言いながら、夕立は錆びついた門に手をかける。それなりに重いもののように見えるが、夕立は一人で苦も無く開ける。

 

 俺と時雨は顔を見合わせて、それから苦笑する。実際のところ、夕立の言う通りなのかもしれなかった。俺たちはどちらも考えすぎるきらいがあるし、どうして出迎えがないか、なんてのは、確かに行ってみればわかることだ。考えるより行動したほうが早い。

 

 こうしてみると、夕立を連れてきたのは本当に正解だったかもしれない。行動派の彼女がいることで無駄な時間を省けることも少なからずあるだろう。

 

 俺たちは夕立が開いた門をくぐり、鎮守府内部へと入り込む。勝手に入っていいのか、なんてことはこの際考えない。見る限り警備もいない。それほど予算が回されていないのだろう。予算が潤沢でないのは建物の様子を見れば想像がつく。

 

 

「そういえば提督、僕と夕立はこの鎮守府について、簡単な概要にしか目を通していないんだけれど……この鎮守府に所属している艦娘はどういう事情があってここにいるんだい?」

 

 

「どういう事情、か。それはちょっと一概には言えないな。艦娘として重大な欠陥がある、と判断されたり、指揮に反抗的な態度を示し続けたり……目立つところでは提督への傷害……なんて事例もあったかな」

 

 

「……なるほどね。ちなみに、ここの提督については?」

 

 

「階級は少佐。年齢は十九。士官学校を卒業したばかりで、恐らくどっかのお偉いさんに目をつけられてここに飛ばされた……ってくらいしかわからん」

 

 

「士官学校を卒業したばかりでいきなり提督やらされるなんて……随分だね。なんのノウハウもわからないだろうに」

 

 

「さぁ、どうだろうな。少なくとも士官学校の成績はトップクラスに良かったらしい。ひょっとしたら指揮に関しちゃ俺より上かもしれないな」

 

 

「どの口が言うんだか」

 

 

 時雨はくすくす笑いながら呟く。俺を評価してくれるのはいいが、彼女のそれはやはり過大評価であるようにしか思えない。

 

 

「そういえば提督さんって何歳っぽい?」

 

 

 俺たちより一歩先を進んでいた夕立が、俺の右隣まで戻ってきて訊ねる。先ほどの会話から連想して、俺の年齢が気になったのだろう。

 

 

「そういえば僕も知らないな。いくつなんだい?」

 

 

「さてね……何歳だと思う?」

 

 

「えー……わからないっぽい……でも三十歳は超えてないように見えるけれど……」

 

 

「僕もそう思うよ……少なくとも二十代だよね?」

 

 

「どうだろうな」

 

 

「なんではぐらかすのさ……」

 

 

 いや、別に特に理由はなかった。しいて言えば俺の年齢なんて知られていようが知られていまいがどうでもいいことだったから、まともに答えようが答えまいがどっちでもよかった。

 

 そんな雑談を交わしながら生垣に挟まれた道を歩いていく。

 

 その瞬間だった。

 

 

「――!!!」

 

 

 不意に、右の生垣から人影が飛び出した。その影は尋常ならざるスピードで俺へと飛びつき――

 

 

「――っ提督さん!!」

 

 

「うぐッ!!」

 

 

 その手が俺に届く寸前、人影は割り込んだ夕立に蹴り飛ばされて、生垣の前まで転がる。

 

 時雨がさっと俺の前に一歩出る。

 

 

「提督、僕の後ろに。ようやくお出迎えみたいだよ」

 

 

「……出迎えというには殺気立って見えるけれどな」

 

 

 飛び出した人影は、艤装を装備した艦娘だった。考えるまでもなく、この鎮守府に所属する艦娘の一人だろう。なぜいきなり俺に飛び掛かってきたのか。なぜ艤装を装備して臨戦態勢なのか。そんなのは考えるまでない。

 

 左右の生垣から、さらに艦娘が現れる。不意打ちに失敗したからか、その手に持つ主砲を俺たちへ向け、警戒した様子だ。

 

 数は……最初に飛び出した艦娘を含め、三人。夕立に蹴り飛ばされて腹部を抑えているのは……朝潮型駆逐艦、霞である。タイムリーな感じだが、うちの霞に比べてやや幼い印象を受けるのは、改二ではないからだろうか。あと目の剣呑さも随分と違う。こうしてみると、うちの霞は本当に丸くなったのだとしみじみする。その手には12cm単装砲がある。

 

 右側の生垣からさらに現れたのは、陽炎型駆逐艦、不知火だった。まるでサブマシンガンのような形の主砲……もとは12.7cm連装砲か? をこちらに向けている。その目つきは非常に鋭い。

 

 左側の生垣から現れたのは、高雄型重巡洋艦、摩耶である。その手には20.3cm連装砲が構えられており、しっかりとこちらを狙っている。

 

 

「……物騒な歓迎だな」

 

 

「あんたが中将だな」

 

 

 そう呟いたのは摩耶だった。こちらに有無を言わさない力強い声。ここで「いや、違う」と否定しても受け入れてもらえそうにはない。何より将官クラスの徽章がついたコートを着ているのだから、これが言葉よりも雄弁に俺が中将であることを語っている。否定する意味もない。

 

 俺は肯定の意味を込めてひらひらと手を振る。その様子が馬鹿にしているとでも捉えられたのか、摩耶のこめかみがぴくりと動いたのが見えた。

 

 夕立と時雨は、突然現れた艦娘三隻に対して、身構えている。こうした事態を想定して彼女たち二人を連れてきたのだから、判断は正しかったと言うべきか。

 

 

「悪いけれど視察期間の間、あんたの身柄、拘束させてもらうぜ」

 

 

「……それはこの鎮守府の提督の命令か?」

 

 

「提督? いいや、違う、あたしの独断だ」

 

 

「わた、したちの独断……でしょ」

 

 

 先ほど奇襲に失敗し、夕立の蹴りをまともに受けた霞がゆっくりと立ち上がりながら言った。どうやらもう動けるらしい。いや、もともと艤装を展開している霞と、素の状態の夕立である。むしろ蹴り飛ばせるのも、あれだけのダメージを通せているのもおかしいのだが。

 

 ……しかし、独断ね。そして視察期間の間、拘束させてもらう……か。

 

 

「まるで僕たちに見られちゃ困るものがここにある、みたいだね」

 

 

「あ?」

 

 

 時雨の挑発するような言葉に、摩耶は露骨に眉根を寄せる。

 

 

「だってそうだろう? わざわざ僕たちの提督を待ち伏せて、鎮守府内部で襲って、拘束しようって言うんだ。それも視察期間が終わるまで、なんて条件で。見られたら困るものがあると考えるのが自然だと思うけれど」

 

 

「んなもんねぇよ! どうせお前らも……ちッ! これだから権力ってのは嫌いなんだ。いきなりずけずけと押し入りやがって……今度は何を奪っていくつもりだ?」

 

 

「何言っているのかわからないっぽい……でも、提督さんを傷つけるのは、許さない」

 

 

 夕立は今にも噛みつきそうに身構えている。彼女に守られている、というのはこれ以上なく安心できる要素ではあるが、勝手に暴れられても困る。俺は夕立の肩に軽く手を置いて彼女を抑え、摩耶へと視線を向ける。

 

 

「急に視察に来たのは悪かったよ。こっちにも事情があるんだ。色々と時間がない。君たちが何を危惧しているのかは想像できる。これまで上から不当な扱いを受けてきたんだろう、とも」

 

 

「……んだよ。自分たちは違う、とでも?」

 

 

「さぁ、どうだろうな。俺の仕事はこの鎮守府の視察、ひいては立て直しだ。立て直しに必要なことなら、大抵のことは行うつもりでここにいる。それが――君たちの言う『奪う』に該当するかどうかは、わからないとしか言いようがない」

 

 

「ああそう! 結局あんたもこれまでの奴らと同じクズってことね! 反吐が出るわ!」

 

 

 俺の言葉に霞が気炎を上げて主砲を向ける。

 

 

「不知火に引き金を引かせないでください……ご同行願います。中将」

 

 

 不知火も同じように、12.7cm連装砲の砲口を油断なくこちらへと向け、言葉を零した。

 

 ……主砲を構えた艦娘三人に囲まれている。

 

 一見、絶体絶命にしか見えない状況だった。

 

 

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