中将の視察   作:[この名前は既に使用されています]

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暴力沙汰

 ……全く、くだらない茶番だ。

 

 彼女たちは、恐らくこの掃き溜めとさえ呼ばれる鎮守府を守るつもりで、武器を取ったのだろう。これはここに来るまでの間も散々考えたことだが、この鎮守府がまともに鎮守府として機能しているとは到底思えない。ここに配属されている艦娘は、少なからず問題があると判断された艦娘のみだし……配属された提督は士官学校を出たばかりのビギナーだ。それでまともに回る方がどうかしている。

 

 そして彼女たちがこちらに向けている装備は随分と年期の入った代物だ。霞に至っては彼女の初期装備であるはずの12.7cm連装砲の下位互換を装備している。資材や設備の状況も良いとは考えにくい。

 

 そんな状態の鎮守府に、いきなり中将が視察にくるとなればどういう事態が発生するか。鎮守府そのものの解体。提督の解任。最悪その場で処分を下される恐れもある……そんな風に、彼女たちが考えるのは不自然なことではない。実際に、俺にはそれを行える権限がある。

 

 彼女たちにとって、この掃き溜めとさえ称される鎮守府が、どういう場所なのかはわからない。しかし、こんな場所でも彼女たちにとっては安息の地である可能性は否定できない。

 

 ――あるいは、新たに着任したという、若き提督が安息の地にしたのかもしれないが。

 

 とにかく、そんな状況を切り抜けようとした彼女たちは、一つのシンプルな答えにたどり着いた。

 

 視察させなければいいのだ。

 

 視察期間の間、視察にくる中将とかいう人間を拘束して、軟禁でもしておけばいい。

 

 その理論にはどう考えても穴があることは明白だが……俺が今日ここに視察にくることは、急に決まったことである。短い間に対策を練り切れないのは当然といってもいい。だが、いくらなんでもこの方法は短絡的だ。少し考えれば失敗に終わることは誰にだってわかる。

 

 だから、茶番なのだ。

 

 

「……くだらない」

 

 

「あ? 今なんか言ったか? ……おい、中将さん、お前今の状況わかってんのかよ。主砲三つに囲まれて、少しでも変な動き見せたらぶっ殺す。お前には大人しく着いてくる以外の選択肢はないんだよ」

 

 

「いいや、そうはならないな。何故なら君たちは俺を殺せないからだ」

 

 

「ああん?」

 

 

 俺の言葉に摩耶は凄む。

 

 

「簡単な話だ。君たちはこの鎮守府、あるいは自分たちを守るためにこんな行動をしているんだろう? まともに視察されてはどんな判断を下されるかわからない……そんな焦りからこんな愚行に出た」

 

 

「ぐ、愚行だと?」

 

 

 愚行だろう。鎮守府に入った瞬間にいきなり取り囲まれて主砲を向けられ、軟禁宣言されるなんぞ、視察して内情が悪いと判断するより、よっぽど強固な対処を下す判断がされる可能性が高い。

 

 そこに全く思い至らなかったのか。いいや、そんなわけがない。それでもなお、実行したのだ。結局のところ、これは『鎮守府』を守るために動いた、という事実が欲しいだけの自己満足的な行動に過ぎない。茶番とはそういう意味だ。

 

 

「だからこそ、考えればわかることだ。この状況下で俺……視察にきた中将を殺してしまうことが、この鎮守府にどれだけ致命的な打撃を与えるのか。俺が死んだら連絡が途絶える。どれだけ巧妙に俺の死体を隠蔽したとしても、この鎮守府に視察にきた日から、俺の行方が知れない、という事実だけはどうしようもなく残る。調査が入ればそこで起こったことはあっという間に白日の下にさらされる。そうなれば最も困るのは君たちだ」

 

 

「……この、好き勝手いいやがって……」

 

 

「だから最初も撃たなかったんだろう。わざわざ待ち伏せして、奇襲をかけた。なのにも関わらず、あくまで取り押さえるために飛び掛かるだけだった。俺を殺していいなら、最初から不意打ちで撃ち殺せばいい。いくら夕立でも、砲弾までは防げない」

 

 

「えー、提督さんのためなら、夕立、砲弾だって防いでみせるっぽい」

 

 

 話がややこしくなるのでスルー。

 

 

「必然的に、君たちには俺を殺すことができないことになる。少し考えればわかる。殺した方がよっぽど今より酷い状況になるからだ。君たちに俺を殺せない以上、その主砲による脅しは何の意味も持たない。当然、君たちの言葉に従う理由もなくなる」

 

 

「……ッ、こいつ」

 

 

 俺の言葉に、霞は目つきを一層剣呑に尖らせる。

 

 

「ふざけた奴ね……よくもまあ、こんな状況でそんな口が叩けるわ。命握られているのよ、あんた」

 

 

 ……命を握られている、か。残念なことに、それも思い違いだ。なんのために、この二人を連れてきたと思っているのだろう。

 

 俺はゆっくりと首を横に振る。

 

 

「俺からすれば、君たちの脅しに付き合う理由は微塵もない。だから、こんな時間を無駄にするだけのくだらない茶番に付き合っている暇はないが……それでも、君たちがあくまで『脅し』をやめないと言うなら」

 

 

 いいだろう。

 

 

「別にそれでも構わない、そっちの土俵で付き合ってやろう」

 

 

 暴力沙汰なら、備えをしてきた。

 

 俺は、夕立の肩をぽん、と軽く叩いた。

 

 

「――!」

 

 

 人も艦娘も、走り出すには加速が必要になる。いきなりトップスピードで動ける生物はいない。いや、何もそれは生物に限った話ではなく、車だろうがバイクだろうが、あらゆる物体は物理法則の制限を受ける。

 

 よって、夕立のその動きも、いきなりトップスピードで動き出したわけではない。ただ、その加速が余りにも速く、トップスピードに乗るまでの時間が異様なほど短かったというだけの話だ。

 

 一歩。

 

 ほとんど一歩にしか見えないような跳躍で、夕立は駆ける。急激に動き出した夕立の動作に、三人は主砲を向けるが、その狙いが彼女に定まることはない。一瞬のうちに霞との距離を詰めた夕立は、勢いのまま掴みかかる。

 

 

「ッ、こ、この!!」

 

 

 主砲を撃つには距離が近すぎる。それは霞にとってもそうだし、他の二人からしてもそうだ。距離が近すぎるがゆえに、霞は夕立に狙いをつけられず、他の二人は霞への誤射を恐れて撃つことができない。一瞬でショートレンジにまで入り込んだ夕立へ、霞は砲撃ではなく、手にした砲身で殴りつけることで迎撃しようとする。

 

 だが夕立はそれをあっさり見切ると、身を屈めて砲身を避ける。と、同時に攻撃が空ぶったことでバランスを崩している霞の腕を掴むと、足払いをかけながらその場に引き倒す。

 

 

「ぐッ!」

 

 

 素早く霞の背後に回り込むと、夕立はその膝裏を蹴り、膝をつかせる。12cm単装砲を持った彼女の手首をひねり上げる。霞の手から武装が零れ落ちる。

 

 地面に落ちる寸前の12cm単装砲を夕立は蹴り上げ、見事に左手でキャッチした。霞の右腕を背中側に回し、拘束。霞を盾にする形で、奪った単装砲を不知火へと向けた。

 

 

「動いたら撃つっぽい」

 

 

 思わず口笛でも吹きたくなる手際の良さだった。一瞬のうちに霞と不知火の行動を制限した。どこかの特殊部隊の訓練でも受けているんじゃないかと疑いたくなる動きだったが、そうでないことは彼女の着任時からの付き合いである俺が一番よく知っていた。

 

 

「霞……!!」

 

 

 だが、単装砲を向けられた不知火は、少しの躊躇もなく夕立へと走り出す。砲を向けられていて、なおかつ動けば撃つと脅されている状況だというのに、微塵の躊躇いもない。

 

 

「……へぇ」

 

 

 その様子を見た夕立は、小さく口元を半月に歪めると、拘束していた霞の右手を離して、彼女の背中を蹴り飛ばした。

 

 

「がッ……!」

 

 

 霞が地面に転がった瞬間、わずかに不知火の目線が霞へとぶれる。その隙に夕立は手に持った12cm単装砲を、こちらへと迫りくる不知火へと――投げつけた。

 

 

「なっ」

 

 

 まさか単装砲を投げつけられるとは思わなかったのだろう、投擲された単装砲に対して、不知火はとっさに手で顔を覆い防御の姿勢を取る。その瞬間、夕立は既に走り出している。刹那のうちに不知火との距離を詰めた夕立は、勢いそのままに、彼女の右脚――その膝を、容赦なく蹴り潰した。

 

 ばぎゃり、と、人体が破壊される気分の悪い音が響く。

 

 

「うぐッ、あ、ああああッ……あああ!!」

 

 

 不知火の右膝の関節が、逆側に曲がっていた。

 

 艤装を付けた艦娘に、肉体的な損傷を与えるのは難しい。だが、不可能ではない。艦娘は人間と同一の身体構造を有している。結果として、弱点も人間と同じになり得る。

 

 構造上、関節はどうしたって脆い。

 

 そして痛みとは関係なく、膝関節の破壊は物理的な行動不能を引き起こす。

 

 

「し、不知火!! この――ッ」

 

 

 膝を抑えて崩れ落ちる不知火を見て、立ち上がった霞が夕立を背後から強襲する。夕立は後ろを振り返りもせずに、飛び掛かってきた霞の腕を掴み、背負い投げのように地面に叩きつけた。

 

 

「ッ……ひゅッ」

 

 

 肺から空気が押し出される音が響く。

 

 夕立は倒れる不知火の背中を踏みつけ、行動を制限すると同時に、霞の右腕をひねり上げて、こちらも行動不能にする。完璧な拘束だった。一対二でよくもまあ、あんな立ち回りができるものだ。

 

 

「こ、この野郎……!! 二人から離れろ!!」

 

 

 駆逐艦二人を瞬く間に制圧した夕立に対して、摩耶が主砲を向ける。だが、遅い。それに、夕立に気を取られて、もう一人の動きに全く気がついていない。

 

 

「がッ!!」

 

 

 摩耶の後ろから、彼女の腕を掴み、捻り、膝をつかせたのは時雨だった。夕立の派手な動きに乗じて、こっそりと動き出していたその抜け目のなさは、流石と言うべきか。

 

 

「悪いね。僕は夕立みたいに並外れた力があるわけじゃないから、これで拘束させてもらうよ」

 

 

「……ぐッ……うッ……な、なんだこりゃ……クソ!!」

 

 

 後ろ手に回された摩耶の両手首には、細い鉄のワイヤー……ピアノ線がきつく巻き付いていた。いつの間に取り出したのか。普段から持ち歩いているのか。いや、時雨自身、今回の仕事は俺の警護だと分かってここに来ている。だったら、そのために準備してきたと考えるべきか。

 

 摩耶は拘束を解こうと藻掻くが、藻掻けば藻掻くだけ、ピアノ線は彼女の手首に食い込む。ぎちぎちと皮膚に、肉に、食い込んでは擦り切れていく。ぷつぷつと、細胞がちぎれる音が僅かに聞こえる。

 

 

「無駄だね。手首が大事ならやめておいた方がいい。皮膚が破れて肉がちぎれてもいいなら話は別だけれど……無駄な怪我はしないに越したことはないよ」

 

 

「くそ……くそ!!」

 

 

 二対三。主砲を向けられ、囲まれていた状況からここまで完璧に制圧するその手腕は、手放しで称賛されるべきものだ。この鎮守府に出向くにあたって、護衛として連れてくる艦娘の候補は何人か考えたが……この結果を見れば、彼女たち二人で正解だったと言えるだろう。

 

 さて……いきなり襲撃してきた三人は、無事に制圧できた。ここからどうしようか。先ほど摩耶は、この襲撃に関して「独断」だと言い切っていたが……それが本当ならば、この状況を少佐は知らないということか。

 

 厄介なものだ。

 

 と、完全に俺が、この状況が終わったものだと判断し、次にやるべきことについて考えを巡らそうとしていたその時――

 

 

「さ、三人を離して……!! は、離さないと……離さないと……そ、その人を撃つから……!!」

 

 

 背後から、そんな幼い声が聞こえた。

 

 

 

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