振りむけば、そこには一人の艦娘がいた。手には霞と同じく12cm単装砲を持ち、その震える砲口を俺へと向けている。
長い緑髪の少女……改白露型駆逐艦、山風。そこには四人目の艦娘の姿があった。
……なるほど。霞の不意打ちが失敗に終わった後、無策に摩耶と不知火が姿を現した時点で、何となく違和感は覚えていた。あの時点で二人が姿を現すメリットは薄い。そのまま隠れていれば、霞に注目している俺たち三人に対して、更なる奇襲を仕掛けることもできたはずだ。
だというのに、摩耶と不知火の二人は俺たちの前に姿を現した。その理由は何か。
簡単なことだ。摩耶と不知火という二人そのものがブラフ……囮として機能していた。敵を三人だと見誤らせ、もっとも致命的なタイミングで四人目……山風が現れる。その作戦は、確かに有効に機能する公算が高い。
だが、あちらの想定外は、彼女たちの制圧が余りにも一瞬だったことだろう。山風が出てくる隙がなかった。出てくる前に三人が制圧されてしまった。だから、彼女は今出てきたのだ。
その主砲を、夕立も時雨も離れ、完全に無防備になった俺に向けながら。
……ちらり、と、夕立と時雨に視線をやる。彼女たちはいつでも動ける、とばかりに視線を返す。姉妹と言ってもいいだろう山風の登場に、何か感じるものがあるだろうか、と思ったのだが、彼女たちはまったく意に介していないようだった。その目は変わらず戦闘態勢のままである。俺が一つ指示を出せばすぐさま制圧に乗り出すことだろう。
だが、まあ、今はそのタイミングじゃない。俺は動かなくていい、と言う意思を示すために、ひらひら右手を振りながら、山風へと視線を向ける。
「……随分と手が震えているな。人に砲を向けるのが怖いのか?」
「なっ……こ、怖くなんか……ない!! 本気だよ……!! あたしは本気……!! 三人を解放しないと……解放しないと、本当に撃つからね……!!」
「隠れていたのなら聞いていただろう? 君たちには俺を撃てない。撃てない理由がある」
「そんなの知らない……!! さ、三人を助けるためなら、あ、あたしは……!!」
「……なるほど。三人を救うためなら、俺を殺してもいいと」
馬鹿馬鹿しい問答だ。それがどれほど無駄な行為なのか、少し考えれば誰にだってわかる。俺を撃ち殺すことで状況が悪くなることはあれど、好転することはあり得ない。捕縛されている三人が大切なら、なおさら撃てないのだ。
だが、それをいくら言ったとしても、彼女は脅しをやめないだろう。どう見ても、物事を論理的に考えられる精神状態じゃない。
だから、この茶番を終わらせるためには、もっと端的な理由を突き付ける必要がある。
「もう一度繰り返そうか。君たちに俺は撃てない」
「だ、だから――あたしは――」
山風は繰り返す。俺はそれを無視して、突きつける。
感情論ではない、致命的な一言を。
「――
「――ッ!!!」
元々悪かった山風の顔色が、一瞬にして蒼白に変わった。ガチガチと歯が震え、主砲を持つ手の震えが酷くなる。もはやその手は俺を狙うことさえやめていた。
がしゃり、と、その手から主砲が落ちる。
「――な、なんで」
「おい!!!! 何をしている!!!!!」
と、その瞬間、鎮守府の方から怒鳴り声に近い大きな声がした。
見れば、二つの人影が走ってくるのが見える。一人は、海軍指定の冬服、提督の常装を着た青年。先ほど声を上げたのはこちらだろう。その後ろには、大胆に改造された巫女服のような制服に、長い黒髪の女性……戦艦扶桑の艦娘がいるのが見える。
青年の方は考えるまでもない。彼がこの鎮守府を束ねる提督、少佐だろう。服装もその推測を補強する材料になる。扶桑の方は……戦艦であることを考えると、騒ぎを聞きつけて鎮圧役として来たのか、あるいは提督と一緒に来たことから、秘書艦、という可能性も考えられるか。
少佐は血相を変えた様子で駆け寄ってくると、俺の姿を見て目を見開く。顔色がみるみる悪くなるのが手に取るようにわかる。
「ち、中将閣下……これは一体……」
俺の容姿はあらかじめデータとしてもらっていたのだろう、俺が身元不明の不審人物として認識されることはなかったようで一安心である。
だが状況はまったく安心できない。こちらが襲われた側……いわば正当防衛とはいえ、俺たちはこの鎮守府に所属する艦娘を三人拘束し、そのうちの一人に至っては脚をへし折っている。状況だけを見たら明らかにこちらが悪く見えるだろう。
さて、どんな態度で接するのが正解だろうか。少佐のパーソナリティに関しては未知の部分が多い。立場はこちらが上であるが、ここは彼の治める鎮守府。アウェイなのは俺たちの方である。
高圧的に接する……というのも一つの手だ。わざとらしく権力を振りかざして脅す。いきなり襲ってくるとは何事だ! と、憤る。効力を発揮する公算は高い手段だと言える。だが、同時にリスクも高い。ここに滞在する期間がはっきりしない以上、心象を悪くし過ぎるのも避けたい。
……どうしたものか。
考えた末、俺はビジネスライクな笑みを浮かべながら、少佐に向き直った。
「……初めまして、少佐。こんな形で顔合わせになるとはね。いや、ちょっと君の部下に歓迎を受けてね。初めて受けるタイプの歓迎だったから少し面食らったけれど、対処できたから問題ない」
「か、歓迎……? お前たち、何を」
「…………ふん」
「…………」
「……ッ」
「……あ、あ……そ、その……」
拘束されている三人と山風は、少佐と目を合わそうとしない。だが、現場の様子を見て何が起きたのか、想像はついたのだろう。少佐は強く歯噛みしながら俺に頭を下げる。
「中将閣下! この度はご無礼の数々まことに申し訳ございません!! 私であれば、どのような処罰でも受ける次第です……!!」
「…………」
私であれば、ね。
その言外に、どんな意図が込められているのかは容易に想像できた。
少佐は続ける。
「ですから、何とぞ、この四人に対する処罰は……!!」
まあ、そう言うことだろう。つまり少佐は全ての責任を被ろう、というのだ。
曲がりなりにも中将という立場の俺に対して、挨拶がてらいきなり主砲を向け、拘束させてもらうと脅迫する。そんな事態、あっさりと解体処分を下されてもおかしくはない。少佐は、それだけは避けようと、微塵の躊躇もなく俺に頭を下げたのだろう。
必要なもののために、必要なことをできる。その資質はある。それがわかっただけでも収穫だ。
「お、おい!! ふざけんなよ!! これはあたしが勝手にやったことだ!! お前には関係ないだろうが!!!」
摩耶が叫ぶ。だが少佐は頭をあげようとしない。霞が歯がみする。不知火は脚が折れていると言うのにも関わらず暴れ、山風は強く拳を握りしめて震えている。
「……提督、どうするんだい?」
時雨は俺へと問いかける。どうするか。端的に言って、どう処分を下すか。俺には視察のための権限があって、それはイコールで問題が発生した時、処分を下す権限があることを意味する。そしてそれは、この場において誰にも拘束されることのない権利だ。
だから、この状況下、俺の一存でどうにでもなる。なってしまう。少佐に処分を下すか。四隻の艦娘に処分を下すか。あるいはどちらもか。
さて。
「……ま、いいだろ。今回はお咎めなしで」
「……は?」
俺の言葉に、少佐は間の抜けた声をあげながら頭をあげた。摩耶や霞、山風も呆然とした様子で俺へと視線を向け、不知火は暴れるのをやめる。
俺は言う。
「俺からすれば、これが初犯なんだ。執行猶予じゃないが、一回くらいは大目に見よう。そもそも、こういった事態は予測していたことでもある。それに、脅しといっても、持ち出してきたのは所詮、弾の入っていない空砲。万が一にも事故が起こらないように考えてのことだろう……つまり、殺意はなかった。司法なら……まあ無罪にはならないだろうが、今回は俺たちが急な視察に来た、って事情もある。情状酌量の余地は、あるって言ってもいいだろう」
「し、しかし」
「悪いが、今回はただの視察じゃないんだ。俺はこの鎮守府をどうにかするために来た。まだ正確な内情が解らないうちに、貴重な戦力になるかもしれない面子に……処分を下すわけにはいかない」
それはただ、選択肢を狭めるだけの行為だ。
この鎮守府が、仮に前線基地として、そして『イベント』後の制海権保持を任せられるほどの機能を取り戻せると判断した場合、掃き溜めの人材は有効に利用する必要がある。その人員を、どのような形であれ減らすのは、現時点ではまだ早い。
有効に利用できる可能性があるものは、徹底的に使い尽くす。
見切りをつけるのは後でいい。
「ただし、これは『一回目』だから……ってことを忘れないで貰いたい。つまり、二回目はない」
「――はっ! 重々言い聞かせます! ご慈悲に感謝いたします!」
「……あと、そこまで堅苦しくしなくてもいいよ。やりにくい」
士官学校を出たというだけあって、どうにも軍人意識が強いというか、上下関係の厳しさのようなものが根付いているようである。しかし、その堅苦しさは民間出身の俺にとってはただただやりにくいだけだった。閣下、なんて敬称も居心地が悪い。
「で、ですが……」
「過剰に畏まらなくてもいいってだけだ。要は普通にしてくれればいいんだよ。俺はその様子を見に来た」
「……わ、わかりました……」
言いながら、少佐は姿勢を正す。顔には冷や汗が浮き出ている。
俺は肩をすくめて、夕立と時雨に視線を向ける。
「夕立、時雨。三隻を自由にしてやってくれ」
「はーい」
「わかったよ」
夕立は霞と不知火の拘束を解くと、駆け足でこちらへ駆け寄ってくる。時雨は摩耶の腕に食い込んだピアノ線を外すと、回収して、こちらへとゆっくり歩く。
「少佐、見ての通り、そちらの艦娘……摩耶と霞、それに不知火は負傷している。特に不知火は骨折を伴う重症だ。この鎮守府に所属しているのは合計八隻でよかったか?」
「その通りです」
「八隻の内、半数に近い三隻が負傷状態というのは不味い状況だと言えるだろう。怪我をさせたこちらが言うことじゃないが、早急に入渠させることを勧めよう」
「ありがとうございます……扶桑、すまないが頼めるか?」
少佐は後ろに控えていた艦娘、扶桑に声をかける。ここまで心配そうに成り行きを見守っていた扶桑だが、少佐に頼られて「ええ……任されました」と安心させるように静かにほほ笑んだ。
扶桑はそのまま、地面に座ったままの不知火へと肩を貸しに行く。摩耶や霞は軽傷なので自力で立てるようだが、不知火は折れているのが脚だ。自力で入渠ドックまで行くのはいささかしんどいだろう。山風も扶桑と一緒に不知火を支えに行く。
俺はその様子を横目で見ながら、少佐へと顔を向ける。
「それじゃあ、少佐。色々と積もる話もあるだろうし……とりあえず、案内を頼めるかな」
「……お任せください。どうぞこちらへ」
少しの間、心配そうに艦娘たちの後ろ姿を見送っていた少佐だったが、俺の言葉に反応し、先導すべく歩き出す。俺は夕立と時雨に、一緒に来るように促しながら、その後を追った。