中将の視察   作:[この名前は既に使用されています]

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三人称視点


入渠ドックにて

「イカれてやがるぜ、あの中将とかいう奴ら」

 

 

 この鎮守府に入渠ドックは、大きく分けて三つの施設から成り立っている。

 

 一つは、入渠室。簡単に言えば、艦娘の傷をゆっくりと癒すための風呂である。戦闘で負傷した時などに使われるほか、場合によっては普通の風呂として使われる場合も少なくない。

 

 二つ目は、集中治療室。ここは通常の入渠では追い付かないほどに大きな怪我を負った艦娘の治療を行う際や、あるいは高速修復材と呼ばれる治癒促進剤を使用する際に使われる部屋である。

 

 三つは、現在摩耶達がいる部屋。休憩室である。入渠終わりの艦娘や、風呂上がりの艦娘などが屯する場所であり、過ごしやすいように椅子やソファー、テーブル、給湯室などが備え付けられている。

 

 部屋の中には四人の艦娘の姿があった。

 

 一人は、重巡洋艦、摩耶。彼女はソファーに深々と座り、悪態をつきながら天井を見上げている。

 

 一人は、駆逐艦、霞。彼女は壁にもたれ掛かり、腕組みをしている。その表情は酷く憮然としたものである。

 

 一人は、駆逐艦、山風。彼女は椅子の一つを部屋の隅にまで運び、縮こまるようにしてその上に座っていた。膝を抱えて体育座りのような恰好だ。

 

 一人は、戦艦、扶桑。彼女は部屋の入り口付近に立っていて、どんよりとした空気の室内に対してどうしたものかとアワアワしていた。

 

 摩耶と霞は、先ほどのいざこざによって怪我を負っていたが、二人については比較的軽傷だったこともあり、少し汗を流す程度の入渠で既に傷は完治している。不知火については骨折を伴う大怪我だったこともあり、まだまだ完治に時間がかかるようだった。高速修復材を用いればその限りではないが、資材的に潤沢であるとは到底言えないこの鎮守府。無駄遣いはできない。

 

 

「まったくね……大概のクズはここで見てきたつもりだけれど……あんなの初めてだわ」

 

 

 壁に寄りかかったまま、摩耶の言葉に同調したのは霞だった。襲撃時のことを思い出したのだろう、忌々しそうに眉根を寄せている。

 

 摩耶は大きく「あー」と唸ると、濡れたままの髪をかき上げた。

 

 

「主砲を突きつけて脅しても、眉一つ動かさずに、まるで路傍のゴミでも排除するみたいに状況を処理しやがった……なんなんだマジで」

 

 

 自身を殺傷し得る兵器を突き付けられて、冷静でいられる人間はどれほどいるだろう。少なくとも、たいていの人間は慌てふためくか、命乞いをするか……そうでなくたって、抵抗の意思がないことを示すためにホールドアップくらいはするものだ。

 

 だが、先ほど相対した連中は全く違う。

 

 同じ艦娘である時雨や夕立については、まだわかる。最前線に所属する駆逐艦ならば、日常的に命のやり取りの中に身を置いていることは想像に難くない。ならば、主砲を突き付けられた程度で怯えた様子を見せないのはむしろ当然だと言えた。

 

 だが、中将は? あれはただの人間だろう。主砲なんて大げさな代物を持ち出すまでもない、例えば摩耶ならば誇張なしに指一本で中将を殺せる。艤装を付けた艦娘と、人間の差はそれほどまでに大きい。

 

 だと言うのに、あの状況下であの人間は、少しの動揺も見せなかった。一切感情が揺れ動いてなかった。突き付けていたのは人どころか深海棲艦さえ屠る艦娘の主砲だと言うのに、まるで水鉄砲でも見るかのような目で、酷く退屈そうにこちらを見ていた。

 

 イカれている。

 

 摩耶がそう言ったのも無理はない。

 

 

「……やばい、つったら中将だけじゃなくて、中将が連れてきた二人……夕立と時雨。あいつらもやばかったな」

 

 

「そうね……」

 

 

 霞の表情に苦いものが混じる。最初に中将に飛び掛かったのは霞だ。そして、その不意打ちをあっさり夕立に防がれたのも霞である。その後、夕立に最初に拘束され、主砲を奪われ、さらには盾のように扱われたのも霞だった。徹底した敗北。苦い思い出になるのも無理はない。

 

 

「狂ってるわ。なんで艤装を付けたわたしたちが素の駆逐艦に負けるのよ……」

 

 

「不知火に至っては脚まで折られている。どうしたらんなことになるっつうんだ」

 

 

 摩耶と霞が苦々しく吐き捨てる。今思い返しても、何故負けたのか、その理由がわからない。状況では圧倒的に有利だった。数の利もあったし、装備でも勝っていた。おまけに向こうには足手まといなはずの人間が一人。なのに負けた。

 

 摩耶は思い返す。

 

 ほぼ詰ませた状態のはずだった、あの盤面をひっくり返したのは、夕立という一人の駆逐艦の存在だ。まるで最初からトップギアかと錯覚するほどに早い動き出し。一瞬で霞や不知火を制圧するその手際。砲口を突き付けられても微塵も怯まない胆力。誰もが目を奪われる派手な身のこなし。

 

 そして、その派手な動きに乗じてひっそりと動き出していた時雨も相当の手練れだった。膝をつかされたところまではわかる。だが、一体いつ両腕を拘束された? そもそも鉄のワイヤー……ピアノ線、艦娘がそんなものを持ち歩いているという時点で、まずおかしい。

 

 

「……怖かった」

 

 

 部屋の隅で小さく呟いたのは、山風だった。

 

 

「あたしは……ほとんど……陰から見ていただけだったけれど……怖かった。みんなが……一瞬で、やられて……不知火の、脚が、へんな方向に曲がっていて……怖くて、出ていけなくて……」

 

 

「気にすんな。あんな状況じゃ、仕方ねぇよ」

 

 

「そうよ。それに、最後はちゃんと出てきてくれたでしょ」

 

 

「……うん。でも……それも、結局……」

 

 

 出てきたところで、山風の脅しは中将には通用しなかった。

 

 それを思い出して、摩耶は表情を歪める。

 

 確かに、中将の言うように摩耶たちの持つ主砲は空砲だった。流石の摩耶たちと言えど、視察に来た中将を殺してしまうことで何が起こるかは理解していた。そもそも、摩耶たちは人を殺すつもりなんて微塵もなかった。

 

 ただ、この鎮守府を守りたいだけだった。

 

 だから、万が一の事故が起こらないように、弾薬は装填しないことに決めていた。空砲だろうと、脅しの道具には十分だからだ。

 

 だが……それを見抜かれていた。

 

 まるで手のひらで踊らされていたかのような気分の悪さ。一体、何を思って空砲だと判断したのかは摩耶にはわからない。しかし、仮に空砲だと推測できたとして、確実な証拠もないのに、あんな大言を吐けるものなのだろうか。

 

 撃てるものなら撃ってみろ。

 

 あの時の中将は、そんな態度だった。もしも彼の推測が外れていて、摩耶たちが殺すつもりで来ていたならばどうするつもりだったのか。

 

 

「……イカれてる」

 

 

 摩耶は再度呟いた。

 

 

「……そんなに、凄かったの……? その、中将さんたちは……」

 

 

 小さく訊ねたのは、入口付近で、少し背中を丸めて立っている扶桑である。彼女は、あの乱闘騒ぎを目撃していないため、摩耶たちの評価に、やや懐疑的だった。

 

 

「凄くなんかねぇよ……ただ……なんつうかな。少し相対すればわかる。とにかくやべぇんだよ、あいつら」

 

 

「でも……中将さんは、摩耶ちゃんたちに処分を下さなかったでしょう? 本当なら、その場で解体処分を下されてもおかしくないくらいのことをされたのに……きっと、いい人だと思うのだけれど……」

 

 

「いいひと? あれが? はっ、冗談じゃないわ」

 

 

 扶桑の言葉に、霞は声を荒げる。

 

 

「あのクズの目……あの真っ黒でなんの感情も浮かんでいないあの目を見れば、冗談でもいい人なんて言えないわよ」

 

 

 霞は吐き捨てる。その目には人への不信感と、多大な忌々しさ……そして、若干の恐怖が見え隠れしていた。

 

 

「今までいろんなクズの目を見てきたわ。艦娘を道具だとしか思ってない奴。性的な目でしか見ないクズ。少しも仕事しない無能。なんで海軍に入れたのかもわからない馬鹿。私たちをゴミみたいに使い潰して微塵の罪悪感も持たない外道もいたわ。どいつもこいつもドブみたいに濁った目でわたしたちを見ていた。でも、その中にだって、あんな目をした奴はいなかった」

 

 

「あんな目?」

 

 

「あいつはわたしたちを()()()()()()思ってない。なんとも思ってない。見てすらない。見えてもないかもしれない。少しの興味もない目で、わたしたちを個とすら認識していないような目で捉えていた。きっと、ゴミと艦娘の区別さえついてないわよ、あいつ。どうしたらあんな目で人を見れるわけ? どうしたらあんな目の人間が生まれるわけ? 本当に……気持ち悪い」

 

 

 霞は思う。

 

 中将が、自分たちに処分を下さなかったのは、処分を下すほどの興味が無かったからなのではないか。

 

 優しさなどでは決してない。自分の命を狙われようが、襲撃されようが、脅されようが……あの中将という人間は、自分たちをまともに認識しなかった。ただどうでもいいだけのモノとしか見ていなかった。

 

 だから処分を下さなかっただけだ。

 

 霞には、そうとしか思えなかった。

 

 

「私にはそんな風には見えなかったけれど……」

 

 

「扶桑もしっかり対面すればわかるわよ。あいつの気味の悪さが」

 

 

 霞の言葉に、扶桑は困ったように微笑む。彼女からすれば、霞のその評価はいささか過剰なように思えた。実際、上層部や権力者というものに、彼女たちは酷く敵対的だ。そのバイアスが、目を曇らせているのではないかと、そんな風に思える。

 

 だが、扶桑の心の中で、例えようのないざわつきが生まれている。

 

 それは『嫌な予感』としか言いようがない、原初的な感覚。

 

 ――私の嫌な予感、当たるのよね……。

 

 扶桑は小さくため息を吐く。

 

 

「……これから、どうなるのかしらね」

 

 

 恐らく、中将一行は、少なくとも数日……長ければ数週間は、この鎮守府に滞在する。その間、トラブルが起きないとは思えない。

 

 中将がどんな人間であれ、今後発生する摩擦のことを考えると、憂鬱にならざるを得なかった。

 

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