中将の視察   作:[この名前は既に使用されています]

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加賀の思い

「はい……どうも、ありがとうございます。ええ、荷物は以上です。問題ありません」

 

 

 ばたん、と、トラックのドアが閉まる音がして、それからエンジン音が響く。鎮守府の門の前から走り去るトラックの後ろ姿を見ながら、俺は受け取った荷物を改めて確認した。

 

 配送業者が運んできてくれたのは、三つの鞄。それぞれ色の違うキャリーバックである。俺が持っているのはプラスチック製の黒色のキャリーバックで、時雨が持っているのは藍色の布製のもの。夕立が持っているのは黄色と白のストライプ柄のものだった。キャリーバックなのに自前で持ち運ばずに配送業者に頼む、というのは、なんだか機能の無駄遣いな気がしてならないが、まあどうでもいいことである。

 

 無事、三人とも荷物を受け取ることが出来て、一息つく。

 

 

「待たせたね」

 

 

「いえ、仕事ですので」

 

 

 俺たちが荷物を受け取っている間、手持ち無沙汰にしていた加賀へと声をかける。彼女は特に退屈そうにする様子もなく、俺たちを待っていてくれた。

 

 加賀という艦娘は、大抵の場合クールな性格をしている。冷静で、感情を表に出すことが少ない。それでいて、意外に激情家。そういう印象がある。

 

 目の前にいる加賀も、今のところそのイメージから外れることはない。まだ出会って一時間も経っていないのだから、その内面までは推し量れないが……しかし、あたえられた指令を静かにこなすその様子は、俺の知る加賀のイメージと重なるものであった。

 

 

「夕立と時雨も、荷物に不備はなかったか?」

 

 

「大丈夫っぽい」

 

 

「うん、問題ないよ」

 

 

「そうか。それじゃあ加賀、面倒をかけて悪いけれど、俺たちが宿泊する部屋まで案内してもらえるかな」

 

 

「ええ。こちらです」

 

 

 言いながら、加賀は歩き出す。向かう先は、最初にこの鎮守府に到着した時に門の向こう側から見えていた、かなり年期の入った灰色の建物である。あの建物が、宿泊施設となっているのだろうか。

 

 

「ねえ、加賀さん。一つ聞いてもいいかな」

 

 

 歩きながら、時雨が訊ねた。

 

 

「大丈夫よ。何かしら」

 

 

「今向かっている建物……あの灰色の建物のことなんだけれど、随分と古い建物みたいだね。ああ、宿泊場所に文句を言いたいわけじゃないから安心して。ただ、深海棲艦との戦いが始まって、まだそんなに経っていない……戦いが始まってから鎮守府が作られたのなら、あんなに古いのは不自然だと思ってね」

 

 

 それは俺も鎮守府に到着したときに考えていたことだった。その時は、海辺ということもあるし、手入れがされていない故の劣化だろう、と考えていたが……しかし、それにしたって古びているように見える。時雨の疑問はもっともだ。

 

 加賀は答える。

 

 

「さっきの時計の件もそうだけれど……細かいところに気が付くのね。その通り、あの建物は戦いが始まってから建築されたものではないわ」

 

 

「やっぱり。となると……」

 

 

「この鎮守府は、民間の宿泊施設を改造して作られたのよ。だから、あの建物が出来たのはもっと昔の話」

 

 

「なるほどね。納得がいったよ」

 

 

「昔は海が見えるホテルとして運営されていたらしいわ。でも、深海棲艦が現れるようになってから『海に近い』というのはマイナスイメージでしかなくなった。しばらくして海辺は危険指定されて、そもそも運営が出来なくなった。そこを海軍に買い取られて、鎮守府に改装……というのが顛末らしいわ。詳しくは知らないけれど」

 

 

 いや、十分詳しいと思うが。

 

 

「加賀はここに配属されて長いのか?」

 

 

 俺の問いに、加賀は首を横に振った。

 

 

「そんなに長くはありません。古株なのは、不知火や摩耶、それに瑞鳳あたりですね。その辺りの事情は事前には――」

 

 

「事前に見た情報には含まれていなかった。実際のところ、俺がこの鎮守府に視察に来るのは結構急に決まったことでね。事情が事情だ、ゆっくり情報収集している時間もなかった」

 

 

 深海棲艦の脅威……そしてイベント開始までの期限は差し迫っている。俺が予め読んできたデータは、大淀さんが即席で集めてきてくれた極めて簡素なものだ。個々人の事情について、本当に簡単に書いてあるだけの内容だった。

 

 必然的に、それぞれの着任時期はわからないし、詳細な経歴などもわかっていない……先ほど加賀が話してくれたような、この鎮守府についての情報もそれほど多くは知らない。だから、こうした加賀との会話は非常に有益なものである。情報はいくらあっても無駄にならない。

 

 

「そうですか……ところで、中将提督。あなたの艦隊にも、加賀はいるのですよね」

 

 

「もちろんいるとも」

 

 

 一航戦は、航空戦力の中核を担ってくれている貴重な戦力だった。赤城さんに関しては、俺が着任してからすぐに来てくれたということもあって、多くの面で頼りにさせてもらっている。

 

 加賀さんに関しては、それなりに艦隊の規模が拡大してからの付き合いになる。彼女の多大な搭載数を持つ第三スロットに助けられた経験は多い。現在は赤城さん共々改二が実装され、航空戦の切り札と言ってもいい極めて強力な戦力である。

 

 

「そうですか……あなたのことだから、きっと上手に運用しているのでしょう」

 

 

 そんな加賀の言葉に、時雨は不思議そうに首を傾げる。

 

 

「……妙な言い方をするね、加賀さん。まるで提督のことをよく知っているみたいだ」

 

 

「そこまで詳しく知っているわけではないわ。出会ったのも今日が初めて。でも、中将提督……あなたは有名な人ですから」

 

 

「……それ、少佐にも似たようなことを言われたな。つまり、加賀。君は俺個人を、というより、俺の戦歴を知っている……ということか」

 

 

「ええ、その通りです」

 

 

 民間出身で、かつ、この若さで中将という地位についている俺は、良くも悪くも目立つ。有名だという自覚は正直な話ほとんどないが、戦歴に関しては軍内部で一部を除き公開され、提督や艦娘に関わるものならば誰でも閲覧することが出来る。俺が提督となるきっかけとなった、約四年前の深海棲艦による大侵攻から、先日行った北方サーモン海域掃討作戦まで、全てきっちり保管されていることだろう。

 

 こうした戦術の蓄積は、現提督たちの参考文献として機能することもあれば、今後の提督候補者たちの教材という意味でも有用なものとなる。俺自身、データベースから海域の情報や、深海棲艦の情報を引き出したり、応用できそうな戦術を探したりすることもある。

 

 

「見事なものですね。まるで先の先まで見通しているかのような推測。リスクとリターンを極限まで突き詰めた采配。徹底して無駄を省いた効率的な編成。艦娘の性能を十全に引き出すための合理的な奇策妙計……」

 

 

「過大評価だ。俺がやっているのはただの調整に過ぎないよ」

 

 

 そもそも絶対的な不利、という状況に俺は陥ったことがない。だからこそ、小さな調整一つで勝ちの目を拾える。そもそも、絶対的に不利な状況に陥ること自体が既に敗北を決定する事柄なのだから、そういう状況にならないように調整を繰り返すことこそが最も重要だ。

 

 何かしら大きな不幸が訪れて、そうした小さな調整では抗いようもない状況が訪れたなら、俺は今までのように十全の結果を残すことはできないだろう。そして、そういう状況に陥ったのなら、俺は少しの躊躇いもなく犠牲を強いる。

 

 そうして窮地を崩す。

 

 俺がこれほど高い評価を得ているのは、だから、運によるところも多いのだ。どうしようもない不幸に見舞われていない。ある程度の不運ならば許容できるようにリスク管理はしているが、それを大幅に超えるような凶悪な不運には見舞われていない。故に俺の戦歴に轟沈艦の文字はない。それだけの話だった。

 

 

「ご謙遜を」

 

 

 加賀は小さく呟く。俺はため息を吐く。決して謙遜などではない。だが、周囲から見ればそう見えるらしい、というのは何度も経験したことだった。

 

 加賀は視線を俺から外し、夕立に向ける。

 

 

「あなたのことも知っているわ。夕立」

 

 

「夕立っぽい?」

 

 

 急に名前を呼ばれて、夕立は意表を突かれたかのように加賀を見た。

 

 

「ええ、あなたも有名だもの。中将提督の鎮守府……そこの夕立と言えば、知っている人は多いでしょうね」

 

 

「へー、夕立有名人っぽい? なんか照れるー」

 

 

「夕立は何かと目立つからね。突出しているし」

 

 

 きゃっきゃとはしゃぐ夕立を見ながら、時雨は肩をすくめた。夕立が有名というのは、まあ、本当のことだろう。そうなった原因にも心当たりがある。

 

 

「ねぇ加賀さん、時雨は? 時雨も有名っぽい?」

 

 

 夕立の言葉に加賀は小さく首を振った。

 

 

「……生憎だけれど、時雨のことは今日会って初めて知ったわ」

 

 

「……別に有名になりたいわけじゃないけれど、そういわれると僕だけ除け者みたいでちょっとあれだね……」

 

 

 少し拗ねたように唇を尖らせる時雨。史実……つまり実艦としての時雨は『佐世保の時雨』とまで呼ばれた、これ以上ないほどの武勲艦である。しかし、その時雨が、俺の鎮守府においてはそれほど名が売れていない、というのは、なんだかチグハグである。

 

 

「まあ、時雨は堅実なタイプだからな。実力に関しては疑う余地がないが、夕立と比べれば派手さはないだろう」

 

 

「……誉め言葉として受け取っておくよ」

 

 

 俺の言葉に時雨は小さく笑う。別に本気で拗ねていたわけでもないだろうが、そんなところに外見年齢相応の少女らしさが感じられる。

 

 

「それで加賀、どうして俺たちにそんな話をする?」

 

 

 ただの雑談で……部屋に向かうあいだに、単に間が持たなかったから話をした、というのも十分考えられる。だが、それにしては加賀の言葉には妙な緊張感があった。

 

 加賀は立ち止まり、振り向く。

 

 

「……中将提督。私は、あなたの戦歴を評価しています。その卓越した指揮と編成に垣間見える巧みな采配……それを高く買っています」

 

 

 加賀の言葉に、俺はひらひらと右手を振った。そんな大げさなものではない、と言いたくなるが、いい加減、否定するのも馬鹿馬鹿しい。そもそも他者からの評価を、評価される側である俺が否定する、というのも考えてみれば傲慢な話だ。

 

 加賀は続ける。

 

 

「だからこそ、あなたに聞いてみたかった……視力を大きく損なった空母。あなたは、それが、戦力として使い物になると思いますか?」

 

 

「……なるほどね」

 

 

 その一言で、言いたいことはわかった。聞きたいこともわかった。望まれている返答も想像はできる。だからこそ、俺は考える。

 

 ここはどう答えるのが正解だろうか。

 

 加賀というこの艦娘は、現時点の評価では俺たちに敵対的ではない。俺の戦歴を評価してくれている、という点から考えれば、やや友好的だともいえる。この鎮守府においては、俺に対して敵対的な艦娘が多い。少なくとも四隻、摩耶、霞、不知火、山風は間違いなく敵対している。

 

 残る扶桑と神通、瑞鳳に関しては未知といってもいい。だからこそ、ここで加賀に対してどう答えるのか……すなわち、加賀の心象を左右するこの答えは、重要なものになる。

 

 

「……はっきりと言ってもらって構わないわ」

 

 

 考え込む俺に対して、加賀は言った。その声音は震えが隠せていないものだった。使い物にならない、と、そう宣言されるのが怖いのだろう。右目を失明し、左目の視力も大きく損ない、この鎮守府に左遷された加賀という艦娘。そのときにどんな言葉を浴びせられたのか。どんな扱いを受けたのか。そこでどんな心の傷を負ったのか。想像するのはそれほど難しいことではない。

 

 はてさて。

 

 

「……つまり、俺が片目を失った空母を運用するならばどう使うのか……この問いは、そう解釈してもいいのか?」

 

 

「ええ、構いません」

 

 

「難しい問いだな。これまでにハンディキャップを背負った空母を運用した経験はない。だからはっきりとは明言できないが……そうだな」

 

 

 いくつか考えは浮かぶ。

 

 

「第一に、空母というのは敵にいると非常に厄介な艦種だ。優先度の高い撃沈対象でもある。それは深海棲艦から見ても同じこと……そして、片方の視力がない、視力に欠陥があるというのは視覚的に判断しにくいものだ。戦場ならばなおさらだろう。つまり、敵からどう見えるのか、という点に関しては、視力がなかろうがあろうが差はないと言える。したがって、囮としては十全に機能する可能性が高い」

 

 

「囮、ですか」

 

 

「その通り。空母の周辺には大抵の場合、護衛の駆逐艦がついている。発艦作業中は無防備だからな。だからこそ、優先度の高い目標であっても、相手は容易に狙うことが出来ない。ではここに、護衛も何もついていない空母が棒立ちになっていたら? 喜んで狙いに来るだろう。確実に撃沈するために二、三隻は派遣する公算が高い。そうすれば向こうの戦力は大きく分散される。その間に一方を叩けば、あっという間に戦闘は終結できる。早く終わればそれだけこちらの被害は減る」

 

 

「そんなに上手くいくものですか?」

 

 

「いや、いかないだろうな。今のはこちらの思惑がベストな形で通った場合だ。そもそも護衛もなしに棒立ちになっている空母がいたら、まず罠を疑うだろう。俺ならそうする。だが、罠がある、と相手に警戒させること自体が有効な手立てなんだ。相手の警戒先をこちらがコントロールすることで、向こうのテンポを乱し、裏をかく隙が生まれる」

 

 

 それが戦場を支配することの第一歩だ。

 

 

「……そういうものですか」

 

 

「あるいは、そうだな……片目が見えない、というのを有効に利用することも、場合によっては可能だろう。片目が見えないことを、まず相手に悟らせる。視覚的に判断させるのは難しいから、行動で示すことになるだろう。さて、右目が見えない相手に対して、向こうはどんな行動を取ると思う?」

 

 

「端的に考えるなら……死角から攻撃を加えるのでは?」

 

 

「だろうね。つまり、その時点で片目の見えない艦を相手取る場合、向こうは必ず死角に位置取りすると推測できる。そうすることで、相手の移動先をコントロール出来る。相手がどう動くのか予想が出来るなら、砲弾も魚雷も爆雷も容易に合わせることが出来るし、死角の方向を調整することで、都合のいい方向へ向かわせることもできるだろう」

 

 

「……なるほど」

 

 

 ……なんて、こんなのは今とっさに考えただけの詭弁である。実際に片目が見えず、視力に欠陥を抱えた空母を運用しようとすれば、もっと大きな問題がいくつも立ち上がることは想像に難くない。どうやって運用するのか……そのアイディアとして、ぱっと思いついたのがこれらだった、というだけである。

 

 俺自身は戦場に出向く人間ではない。だから、本当に敵を死角に誘導できるのかは試してみなければわからないし、実際に誘導することでどれほどのメリットが発生するのかも定かではない。アイディアには実験と立証が必要だ。加賀は俺の戦術を奇策妙計と称したが、それらの裏側には失敗案がゴロゴロと転がっている。実戦で利用できるほどに成功を収めているのは、一部に過ぎない。

 

 

「……私にも、まだ、戦える余地は残っているのですね」

 

 

 少しして、加賀はゆっくりと呟いた。

 

 

「……戦いたいのか?」

 

 

「当然でしょう。私は……私はずっと、戦ってきました。最前線で。ひたすらに。敵を打ち倒し、沈めてきました。空を支配し、制空権を奪い、艦隊に貢献できるのは――私の誇りだった」

 

 

 でも。

 

 と、加賀は続ける。

 

 

「たった一度の被弾で、私はそれを全て失ったの……それが、どれほど悔しいことだったか。どれほど、あの一度の被弾を……後悔したことか」

 

 

「…………」

 

 

「最前線へ戻れるなら。また再び、空の戦いへ舞い戻れるならば――私に……いえ、『加賀』にとって、それほど嬉しいことは、ありません」

 

 

 加賀は後ろを向く。

 

 一瞬だが、彼女の目が僅かに潤んでいるように見えた。

 

 

「……提督は……少佐は、あなたのやり方を否定しましたね」

 

 

 加賀は言う。先ほどの少佐との問答の事だろう。俺が艦娘を兵器として運用していること、少佐はそれに異議を唱えた。

 

 

「ですが、私個人としては、あなたのやり方に共感を抱いています。使えるものならば使えばいい。道具だろうと、兵器だろうと、その結果、戦えるのなら……私は、文句はありません」

 

 

「……そうか」

 

 

「私は今回の『イベント』を、契機だと捉えています。これは、私が、再び戦場に戻るための、絶好の機会です。だから、中将提督――」

 

 

「ああ」

 

 

「……どうか、しばらくの間、よろしくお願いします」

 

 

 加賀の言葉に、俺は何も言わなかった。

 

 黙って、歩き出したその背中を、追うだけだった。

 

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