亀更新になるかもしれませんが、とりあえず1話目。
#01 月見瞳子:オリジン
両親が亡くなったとき、私は4歳だった。両親の顔はおぼろげにしか覚えていない。
何があったのか、それも詳しくは覚えていない。親子3人で出かけた先で連続殺人犯が事件を起こして、それに巻き込まれたのだと後から聞いた。
赤い光景の中で全身が痛くて、特に右眼がひどく痛んだことだけはよく覚えている。
私の記憶の中では色彩だけが鮮明で、逃げ惑う叫びも、泣き声も、血を吐いて苦しむ吐息も、どこか遠いことのようにうっすらとしか感じられない。ただ、その赤色は事件以降も私の右眼に焼きついていて、多分生涯消えることはない。
私だけが生き残った。
ヒーローが到着した頃には、現場で息があったのは私だけで、私の家族や周囲にいた人々は皆倒れており、犯人は凍りついたように動かなくなっていたらしい。痛みと恐怖の中で発現した私の“個性”が暴走した結果だった。
その事件の犯人は逮捕されたらしい。たくさん余罪があって、死刑判決が出たらしいとも聞いた。事件後その犯人に私が会うことはなかったが、今は獄中にいるのだろうか。
その事件で私は実の家族を失い、代わりに右眼に“個性”を得た。
親戚らしい親戚のいなかった私は都内にある私立孤児院に引き取られ、そこで暮らすことになる。そして、後に私にとってかけがえのない家族となる人々に出会うのだ。
発現した“個性”に戸惑い、見慣れぬ家、見慣れぬ同居人に戸惑い、新しい生活に戸惑う幼き私は、事件のトラウマもあってか、周囲の人間が全て恐ろしい人物のように思えて、与えられた自室に閉じこもった。食事も取らず、暗く閉め切った部屋の中でずっと怯えながら泣いていたのだ。あのままの状態なら、小さな子供など簡単に死んでいたかもしれない。
彼女がーー
光羽は孤児院で先に暮らしていた子供で、私と同い年だと聞かされていた。元は捨て子で、孤児院で赤子の頃から育ったらしい。
鍵をかけていたはずのドアがいつの間にか開いていて、ベッドの上で体育座りする私の前に彼女が立っていた。逆光でよく顔が見えないのに、彼女が微笑んでいることはなんとなく理解できた。
一人きりじゃ寂しくない? という言葉を覚えている。
泣き疲れて動きもない私の隣に彼女は座り込み、しばらく何も言わずにじっとしていた。
孤独で、悲しくて、恐ろしかった世界の中で、なんとなくその穏やかな空気が安心するもののように思えて、私は掠れた声を出した。なんで? どうして? と。
何に対する質問だったのかはよく分からない。どうしてドアが開いたのか、どうして声をかけてきたのか。どうして隣に座ったのか。
……どうしてわたしのおとうさんとおかあさんはいなくなったのか。
……どうしてわたしをひとりだけで残したのか。
意図のはっきりしない私の疑問に、光羽は少し困ったような顔をしたが、やがてゆっくり私の手を取って言った。
『泣いてる人がいたら、一緒にいてあげるべきでしょ?』
あまりにも単純な『ただそうするべき』という思いから生まれた言葉と行為。
私はそれを聞いて、幼心に思ったのだ。
ああ、まるでヒーローみたいだ、と。
それが私の
その感情に名前をつけるなら、それは「憧れ」だっただろう。
心身ともにボロボロだった私に手を伸ばしてくれた人。
自分も彼女のようになりたいと憧れた。彼女の助けになりたいと願った。
「最高のヒーローになる」なんて掲げるわけじゃない。
私にとって最高のヒーローはいつも彼女で、私はいつも彼女に手を引かれて歩いていた。だから私の目標は、彼女の隣にたっても恥ずかしくないヒーローになること。
いつかの彼女のように、泣いている誰かに手を差し伸べられる人になることだ。
「進路希望調査?」
私は投げかけられた言葉をリピートした。
自室にある机の前に座っていた私は椅子を回してその声の方を向く。
私に声をかけた人物は私のベッドに腰掛けて携帯端末でニュースを見ながら、もう一度言葉を発した。
「そう、進路希望調査。先生が『
「進路か……うーん」
私こと、
「どこか行きたい高校とかないの? 相談なら乗るよ?」
そう言うのは私の家族であり、私が暮らす孤児院の中でも私と並んで最年長にあたる
正直に言えば、行きたい高校はある。
「お、どこなの? おねーちゃんに言ってみ?」
「誕生日一ヶ月しか違わないじゃない……あんまり言いたくないんだけど」
『光羽と同じ高校に通いたい』だなんて、本人の前では恥ずかしくて言葉にしたくない。
けれど結局は時間の問題で、いずれは決めなければいけないことなのだからあまりうじうじしていてもしょうがないのかもしれない。私は溜息をついた。
「なんでよー。減るもんじゃないし、どうせわかることじゃん」
「……聞いても笑わないなら言う」
私がそう言うと、光羽は真面目な顔になって目を合わせてきた。いつも笑顔を浮かべているイメージの彼女には似合わない表情。
「笑わないってば。瞳子が自分で考えて決めたことだもん」
私は覚悟を決め、ぼそりと、
「…………雄英のヒーロー科行きたい」
と告げた。
世に超常が広まったのは、中国のとある地方都市で「発光する赤子」が見つかったことが始まりとされる。以後数十年が経ち、人はそれぞれが異能を持ち、それは“個性”と名付けられた。
火を吹くとか、手のひらから風を起こすとか、物を触れずに動かすとか、それまでではありえないことであっても、現代ではありふれた光景になっていて、私たちは違和感を覚えない。
“個性”は人によって差異があり、有用なものから無駄なものまで千差万別であるが、その中には悪用に使えるものもある。“個性”を使って悪事を働く輩のことを、人は『
華々しく活躍するヒーローだが、もちろん好き勝手に“個性”を振るってはならない決まりがある。無秩序に力を行使するのでは、敵とやっていることがそう変わらないという理屈である。世の中のヒーローは、きちんと国に認可されたヒーロー免許を持って活動している。
ではどうやってその免許を得るのか。
「……雄英に行って、光羽を助けられるようなヒーローになりたい」
私の精一杯の告白に対し、光羽は大きく目を見開く。
やっぱり驚かせてしまったか。私が雄英高校だなんて、はっきり言って分不相応の自覚がある。
雄英高校。
日本一のヒーロー養成校であり、現在のNo.1ヒーロー「オールマイト」やNo.2「エンデヴァー」ら、多くの有力ヒーローの出身校でもある。
活躍するヒーローになるなら雄英高校を卒業するのが必須とまで言われる学校であるが、当然ヒーロー志望の全国の中学生に人気が高く、入学のハードルは高い。学力的にも、入試倍率的にも、そして“個性”を扱うヒーロー候補としての実力的にも。
そして、それは私にとって進路を悩ましく思う原因でもある。
今現在私は在校している学校内では学力的にトップ層には含まれているつもりだけれど、ヒーローとしての素質が私にあるかと言えば、個人的に不安がある。私の“個性”は応用が効きにくく、さまざまな場面での活動を求められるヒーローには向いていないのだ。
そんな私が全国から我こそはと猛者が集まる雄英高校に挑むには気後れする。
目の前の光羽がいなければ、受験なんて考えもしなかっただろう。
薬師光羽という私の家族は、身内贔屓を抜きにしても才能がある人間だ。強力な“個性”を持っていることに加え、学力も私以上、面倒見が良く孤児院でも弟妹に慕われる明るい人柄をしており、実にヒーローらしい。本人もヒーロー志望を公言していて、私にとっては誇らしく、憧れている存在である。
『ヒーローの素質』と表現したけれど、まさしく彼女はそれを持っていて、誇張表現なしに彼女はプロとして活躍できるだろうと私は思っている。
プロヒーローをしている我が孤児院のオーナーからも光羽の才能は太鼓判を押されており、雄英に推薦をもらったのも当然のところだろう。
私の夢は、そんな光羽を助けることができる存在になることだ。
ヒーローとして支える力を身につけて、彼女の隣に立つ。
そのために彼女と同じ学校に通いたい、という思いは昔からあって、それゆえの雄英志望だったのだが、改めて口に出すと羞恥と畏れから手に汗をかいてしまう。
光羽と同じところに行きたいという思いと光羽と同じところなんて私には無理だという思いが、私の中で渦を巻く。
「……やっぱり無理かな……私が雄英なんて」
言ってから後悔する。そんな半端な覚悟なら最初から雄英に行きたいだなんて言い出さなければよかった。
光羽の顔を見るのが怖い。
それでもゆっくりと光羽の方を向こうとした時、ガシっと手を握られた。
「!?」
「いいじゃん! 一緒に行こうよ雄英高校!」
キラキラとしたオーラが光羽の周りに見えるような錯覚。光羽は花が開いたような笑みを浮かべながら私の手をブンブンと振る。
「瞳子は成績良いんだし、一緒に雄英行けたらいいなあってずっと考えてたんだよね。あたしだけ先に推薦で決まっちゃったからプレッシャーになるかと思って言わなかったけど」
「それを嫌味で言ってないのが分かるからなんかこう、複雑な気持ち……」
私の心境もお構いなしで、嬉しそうに語る光羽。学校の成績で言えば光羽の方がいいのに。
「……学力はまあ、なんとか足りるかもしれないけど。ヒーロー科は倍率高いし、私の“個性”ってほら、光羽と違ってあんまりヒーロー向きじゃないから自信が無くて」
「何言ってんの。ヒーロー向きじゃなかったらなんなの? ヴィランにでもなるの?」
「そういうわけじゃないけど……」
なぜだろうか。雄英に行きたいのが私の本心のはずなのに、行かない言い訳ばかりしてしまう。
光羽相手だとどうしても弱腰になってしまう。
「もー、瞳子は自分に自信が無さすぎ。誰かと比べてどうするの! 大事なのは自分がどうしたいか! それだけでしょうが。
ヒーローに向いてるかどうかなんて、ヒーローになってから考えればいいの!」
ぐさり、と突き刺さるような言葉。
「だって……」
「だってもクソもないわ! 瞳子が嫌だっていうなら、あたしが代わりに進路調査表に記入してあげる。義父さんも先生も否とは言わないわよ」
熱くなると口が悪くなるのが光羽の数少ない欠点だ。
それに一度決めたら絶対に譲らないところも。
「“個性”なんて関係ないわ。瞳子はヒーローになれる。あたしが保証してあげる。
……あたしと一緒に、二人でヒーローになってよ」
そのくせ、私を口説く手段だけは長けているのがタチが悪い。本人は意識していないんだろうけれど。
その言葉は私の中に重く重く響いた。
「私は、ヒーローになれる……?」
「なれる。
そもそも瞳子の“個性”って、瞳子が言うほどヒーローに向いてないわけじゃないと思うし。贅沢言っていたら無個性の人に怒られるよ?」
“個性”は才能だ。
「持つ者」と「持たざる者」を明確に区分する。
才能がある人間が才能のない人間の上にくることは、残酷なことではあるが社会にまかり通る一つの原理である。
そういう意味では私の持つ“個性”は確かに私の才能の一つであり、自身に才能がないと言うのは傲慢で嫌味なことなのかもしれない。
私はそっと、自分の右眼を覆う眼帯に触れた。
私と光羽の間に沈黙が降りる。
一旦会話が途切れてみると、今まで話した会話の青臭さに顔から火がでるほどの羞恥心が襲ってきた。
私ときたら、15歳にもなってなんて恥ずかしいことを……
「なんだか熱くなっちゃったけど、思い返すと嬉しいこと言ってくれたね、瞳子」
「……忘れて」
「『光羽を助けられるようなヒーロー』ね」
「忘れて!」
「ふふふ」
光羽がにやにやと笑いながら、私の言葉を反芻する。ああもう、普段の私はこんなに素直な人間じゃないのに。
「じゃああたしも宣言しとこうかな」
「?」
「瞳子に助けてもらうなら、あたしもそれに相応しいヒーローにならないとね。
あたしは雄英でトップを取りに行くよ」
こういうことを臆面もなく言えるところは、私には真似できないところだ。
ああ、眩しいな。
あの日からずっと、光羽は私の憧れだ。
瞳子と光羽の個性に関してはまた次回以降に。
原作では轟、八百万、骨抜、取蔭の4名が推薦入学者ですが、今作では光羽にその枠を譲る都合上、このうちの誰か一人が登場しないことになります。
キャラ詳細設定、プロフィール等もそのうち。