学級委員長決めとマスコミの雄英侵入事件があった日から数日が経った。
あれからだんだんとマスコミの活動も落ち着き、登下校のときに声をかけられることも無くなっている。あの時なぜマスコミが学校に侵入できたのか。雄英のセキュリティはどうなっているのかとか、一縷に不安を感じることはあるけれども、その後特に何か事件があったわけでもなく、私たちは平和に日々の高校生活を過ごしている。
そんなある日の午後、ヒーロー基礎学の授業でのことである。
「今日のヒーロー基礎学だが、俺とオールマイト、そしてもう1人の先生の3人体制で見ることになった」
「ハーイ! 何するんですか?」
「災害水難なんでもござれ、
相澤先生が『RESCUE』と書かれたカードを示す。この前のオールマイト先生のときは『BATTLE』だったので、授業ごとに違うやつを作っているのだろうか。
ヴィランと戦闘を行うだけがヒーローではない。事故や災害によって発生する人的被害から人々を救い出すのも立派な活動である。
かのオールマイトは日本でのヒーローデビューしたての頃、大災害に見舞われた現場でたった一人で1000人以上の人間を救出したという。
流石にそこまでいくとプロの中でも凄まじいものではあるけれど、ヒーロー志望である私たちにとって、そうした救助するための技術は習得必須といえよう。
「レスキュー! 今回も大変そう……」
「ねー!」
「バカおめー、これこそヒーローの本分だぜ!? 鳴るぜ! 腕が!!」
「水難なら私の独壇場。ケロケロ」
例の如く、クラス中がにわかにざわつく。
私も自分の気持ちがあがるのを感じる。
入試では
と、そこで相澤先生がクラスに釘を刺す。
「おい、まだ途中」
睨みつけられて静まり返るA組。
「今回はコスチュームの着用は各自の判断で構わない。中には活動を限定するコスチュームもあるだろうからな。訓練場は少し離れた場所にあるからバスに乗って行く。以上。準備開始!」
相澤先生がコスチュームのロッカーを操作する。
私たちはそれぞれ自分の準備をするべく立ち上がった。
バス乗り場。
コスチュームに着替えた私は、クラスのみんなと共に集合していた。
「あれ? デクくん体操服だ。コスチュームは?」
私と一緒に歩いていた麗日さんが緑谷くんに声を掛ける。見るとその言葉通り、緑谷くんはコスチュームではなく雄英指定のジャージ姿だった。
「ああ、戦闘訓練でボロボロになっちゃったから、サポート会社の修復待ちなんだ」
まあ確かに爆豪くんと戦闘訓練で激しい戦闘を繰り広げ、最終的には自分の超パワーでコスチュームの腕部分が吹き飛んでいたから、今それを着ることはできないか。
私は緑谷くんに言う。
「緑谷くんの“個性”じゃコスチュームの方がパワーに耐えられないって感じだし、修復できてもまたすぐボロボロにしちゃわない?」
「え? いや確かにそうだけど! ちゃんと僕が力を制御できれば大丈夫のはずで……(ブツブツ)」
「……ああそもそも、コスチュームより大怪我しちゃうことの方が大変か。私が言うのもなんだけど難儀な“個性”だね」
自分の体を壊すほどのパワー。今は扱いが大変そうだけど、いつか自在に使いこなせるようになればとても強力なヒーローになれるだろうなと思う。それこそオールマイトみたいな……
私が思案を巡らせようとした時、ピピーっというホイッスルの音が周囲に響く。
「1-A集合! バスの席順でスムーズにいくよう、名簿順で2列に並ぼう!」
「い、飯田くん、フルスロットル……」
飯田くんがバスの前で、委員長らしくクラス集合を呼びかけている。その職を緑谷くんから譲られてから、彼の行動は前にもまして堅真面目だ。
生憎と乗り込んだバスは座席が2列1組のものではなく向かい合って座るものだったが。
「くそう、こういうタイプのバスだったか……!」
私の正面の席に座った飯田くんががっくりと肩を落とす。
まあ、そういうこともある。
バスに揺られながらみんなと談笑する。
「私、思ったことはなんでも言っちゃうの緑谷ちゃん」
「あ! ハイ!? 蛙吹さん?」
「梅雨ちゃんと呼んで」
「あす…! つ、つつゆゆちゃ……」
「あなたの“個性”、オールマイトに似てる」
「あ、それは私もちょっと思った」
梅雨ちゃんの言葉に同意する。
ところで、以前私も梅雨ちゃんと呼んでと言われたのだけれど、なんというか照れるというか、未だにちゃん付けが慣れない。
「え、ええ!? そ、そうかな!!? いやでも僕はそのえー」
左右からの私たちの言葉に挟まれ、緑谷くんはとても慌てたような反応をする。彼はオールマイトファンみたいだし、似てると言われたのが嬉しいのかな?
「待てよ梅雨ちゃんに月見。オールマイトは怪我しねえぞ? 似て非なるアレだぜ」
と、梅雨ちゃんの向こうから切島くんが反論してくる。緑谷くんは否定されたのが残念なのかため息を漏らした。なぜか安堵しているようにも見えるけど。
「しっかし増強型のシンプルな“個性”はいいな! 派手でやれることが多い! 俺の『硬化』は対人じゃあ強えけど、いかんせん地味なんだよなあ」
切島くんは腕をガシっと尖らせながら言う。地味だとは思わないけれど、人には人の悩みがあるものだ。
「ぼ、僕はすごいかっこいいと思うよ。プロでも十分通用する“個性”だよ!」
「プロなー。しかしやっぱヒーローも人気商売みてえなとこあるぜ?」
「ボクのネビルレーザーは派手さも強さもプロ並み☆」
「デモお腹を壊しちゃうのはヨクナイね!」
「派手で強えっつったら、やっぱ轟と爆豪だな」
切島くんの言葉に、私たちは名前の挙がった彼らの方を見る。
戦闘訓練の時に見た『爆破』も『半冷半燃』も、どちらも確かにすごい威力だったし、色々な場面で応用が効きそうだ。プロになったらランキングも上位を目指せるだろう。
そう思いながら見ていると、爆豪くんも轟くんもあまり興味がなさそうにこちらを見ていない。
……ファンサービスとか出来なさそうだ。私は先ほどの自分の考えを心の中で修正する。
「爆豪ちゃんはキレてばっかりだから人気でなさそ」
「ンっだとコラ出すわ!」
「ホラ」
「この付き合いの浅さですでにクソを下水で煮込んだような性格だと認識されるってすげえよ」
「てめえのボキャブラリーはなんだこの殺すぞ!!」
せめて爆豪くんは言葉遣いをどうにかならないのかな?
爆豪くんが騒ぎ、飯田くんが注意しているのをぼんやりと聞いていると、不意に切島くんがこちらを向いて言った。
「派手っつーか“個性”の強さでいくと、2人とは違う意味で目立つのは月見だな!」
「え、ええ、目立つ!? 私が!?」
目立つなどというあまり好きではない言葉を聞いて私は変に声をあげてしまった。
「捕縛系はヴィラン逮捕で活躍できるぜ? それ以外はあんまり使い道わかんねえけど」
「見たものを石にするって言えばシンプルな“個性”だけど、やってることは凶悪だし」
「ケロ。私のお友達に『睨んだら相手の動きを止める』って“個性”の子がいるけど、それに似てるわ」
「眼帯も合わさって、どっちかってとヒーローっつうより
「ヴィ、ヴィランっぽい……」
やはり他人の目から見てもそう思われるのだろうか。私は凹む。
今はコスチュームだからつけてないけど、眼帯はあまりかわいらしいデザインのものが売られていないし、普段は派手すぎない程度のものをつけているのだけれど駄目だろうか。
「上鳴ちゃん、女の子相手に『ヴィランっぽい』なんて言ってたらモテないわ」
「な!? マジで!?」
梅雨ちゃんがフォローしてくれたけれど、よく聞いたらヴィランっぽいという言葉自体は否定していない気がする。
「もう着くぞ。いい加減にしとけ!」
「「「! っはい!!」」」
相澤先生の一喝でわいわいした空気が引き締められる。
私はバスの行き先を窓越しに眺める。白いドーム状の建物が近づいてくるのが見えた。
あれが今日の授業を行う場所だろうか。
「皆さん、待ってましたよ!」
バスから降りた私たちをそう言って出迎えてくれたのは、全身に宇宙服のような衣装を纏った人物だった。
「うわあ、スペースヒーロー『13号』! 災害救助の現場でめざましく活躍する紳士的なヒーローだよ!」
「わあ! 私好きなの13号!」
緑谷くんや麗日さんが嬉しそうに話すのが聞こえる。
私は緑谷くんの説明を聞いて、なるほど救助訓練だからそれを専門にしたヒーローが授業してくれるのだと納得する。
13号先生に案内されドームの中に入ると、そこにはプールやスライダーといった水関連のアトラクションや、災害想定のためと思わしき炎や土砂に取り巻かれた建物群など、どこぞで見たようなラインナップの設備が並んでいた。
「スッゲー!! USJかよ!?」
「水難事故、土砂災害、火災、暴風……エトセトラ。あらゆる災害を想定して僕が作った演習場です。その名も
「「「(ほんとにUSJだったーー!?)」」」
もはや狙ってやっているとしか思えないネーミングにちょっとどうかと思いつつ見ていると、相澤先生が13号先生に向かって近づいていく。
「13号、オールマイトは? ここで待ち合わせるはずだが」
「先輩それが……」
ひそひそと何やら話し合っている。そういえば確かにオールマイト先生がいない。学校では相澤先生は3人でやると言っていたはずだけれど……
少しの会話の後、相澤先生は呆れたような顔をした。
「…………不合理の極みだなオイ。まあいい仕方ない。始めるぞ」
「では僕の方から、始める前にお小言を1つ、2つ……」
そこで止まるのかと思っていると、さらに「3つ、4つ、5つ……」とどんどん増えていく。
私たちは何が言われるのか戦々恐々としながら13号先生の言葉を待った。
「皆さんもご存知かと思いますが、僕の“個性”は『ブラックホール』。どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」
「その“個性”でどんな災害からも人を救い上げるんですよね!」
緑谷くんが合いの手を入れる。
「ええ……。
しかし、簡単に人を殺せる“個性”です。皆さんの中にも、そういった“個性”がいるでしょう」
13号先生が私たちを見回す。
どこか緩んだ空気だった私たちはその言葉に冷水をかけられたように静まり返る。
私の右眼だけではなく、そもそもヒーロー科の生徒というだけであの入試を勝ち残るだけの優秀な“個性”を持っていることの証明だ。全国的に見ても強力な"個性”の持ち主が多い。
誰かを守るヒーローが持つ力といいつつ、見方を変えればそれは簡単に暴力に変わり得るものだということでもある。
誰もが“力”を持つこの現代ではヒーローとヴィランは表裏一体。他者の為に力を振るうか、自分の為に力を振るうかの違いでしかない。
だからこそ、私たちはこの雄英でその正しい使い途を学んでいるのだから。
「超人社会は“個性”の使用を資格制にし、厳しく規制することで一見成り立っているように見えます。しかし、一歩間違えれば容易に人を殺せる“行き過ぎた個性”を個々が持っていることを忘れないでください」
私たちは身じろぎもできずに聞き入る。
「相澤さんの体力テストで自分の力が秘めている可能性を知り、オールマイトの対人戦闘でそれを人に向ける危うさを知ったと思います。
この授業では心機一転! 人命のために“個性”をどう活用するかを学んでいきましょう」
私は青山くんと芦戸さんを石にしたことを思い出す。
その気になればあの時彼らを殺すことが私には可能だった。
彼らは笑って許してくれたけれど、そんな恐ろしい力を私は持っている。
「君たちの力は人を傷付ける為にあるのではない、人を救けるためにあるのだと心得て帰ってくださいな」
以上ご静聴ありがとうございました、と13号先生が締めくくる。
「ステキ!」
「ブラボー! ブラーボー!!!」
生徒たちから歓声や拍手があがる。私も一緒になってぱちぱちと手を鳴らす。
傷付けるためではなく救うための力。私はそう言われたことが嬉しかった。
「よし、じゃあまずは……」
相澤先生が実際の授業の流れを説明しようとしたした時、ふと天井に据え付けられたライトが点滅する。
「……?」
私は周囲を見る。何か、心がざわつく。
赤い。赤い風景が脳裏によぎる。
「あ、相澤先生……」
「全員ひとかたまりになって動くな!」
相澤先生の鋭い叫びに、私たちは身を竦ませる。
見ると、入り口から降りた広場の中央。何もない虚空に黒い靄が広がり始めていた。
その靄の正体に私が思い至るよりも先に、その中から何かが顔を覗かせる。私はその雰囲気をどこかで知っていた。
「13号! 生徒を守れ……!」
靄から現れたのは、人の手のようなものを身につけた顔色の悪い男。
そしてそれに続くように、靄の中から次から次へと見るからにカタギの人間とは思えない集団が出てくる。それは服装や年齢など、統一感のない群れではあったけれど、一つだけ感じることがある。
そうだ。私が孤児院に来る前、両親を失った時の。幼い私は名前を知らなかったけれど、今なら分かる。誰かに対する、圧倒的なまでの
「なんだありゃ……? 入試ん時みたいにもう既に始まってんぞパターン?」
「動くな! あれは————
状況を飲み込めていないクラスメイトの言葉を相澤先生が黙らせる。
こうして私たちは雄英に入学して始めての敵と邂逅することになる。それが長い戦いの始まりの烽火になることは、この時の私たちはまだ知らないのであった。
というわけで10話目、USJ襲撃編の開幕です。
書き始めてからアニメをようやく履修し始めているんですが、このキャラこんな声だったんやな、というのが分かると脳内再生が捗っていいですね。
個人的には動く芦戸ちゃんがかわいくてアニメだと推しです。