ヴィランの襲撃によってメチャクチャになった救助訓練の後、警察による事情聴取なども終わった放課後。
私が帰ろうと校舎を出ると校門の近くに一台の車が停まっており、そこには光羽とオーナーが待っていた。私の姿を見て光羽が駆け寄ってくる。
「瞳子! 待ってたよ! A組が授業中にヴィランに襲われたって聞いた時はもう心配で心配で……!」
「光羽……オーナーも、迎えにきてくれたんだ」
「義父さんにはあたしがメールしたの。まあ先に学校から事件については連絡あったみたいだけどね。
それより瞳子、怪我はない? ヴラド先生からは生徒に重傷者はいないって聞いたんだけど」
「え? あ、うん。怪我とかは特にしてないよ。先生方が守ってくれたし……」
私がそう言うと光羽はほっとしたように溜息をつく。心配をかけてしまったみたいで、自分に責がないこととはいえ申し訳ない気持ちになる。
「瞳子が無事で良かったが、まあともかく2人とも早く車に乗れ。詳しい事情は車内で聞く」
立ったまま話していた私たちを、車の側にいたオーナーが呼ぶ。私たちはオーナーの車に乗り込んだ。
オーナーの運転で孤児院に向かう。私は穏やかに揺れる車内で今日のヒーロー基礎学の授業で起きたことを話しながら、自分でも事件について反芻していた。
13号先生の“個性”使用に関する心構えの話。
いざ演習開始と思ったその時突如襲撃してきた
私たちを逃すため単身ヴィランの集団に立ち向かった相澤先生。
飯田くんを脱出させるために黒霧と呼ばれていたヴィランと交戦したこと。
相澤先生が巨体の敵に倒されるのを見たこと。
オールマイト先生の到着。
そして、緑谷くんが助けに向かったことが気がかりで自分も広場に降りていったこと……
「何だと!? なんて危険なことを……仮免も持たない学生がプロの応援だなどと……! 先生方は避難指示を出してたんだろう? 怪我をしなかったから良いものの、二度とするんじゃないぞ?」
「そうだよ! オールマイトが応援に来てたなら全部任せとけば解決してくれるはずでしょ? 他の生徒は止めなかったの?」
「ご、ごめんなさい……」
当然ながら2人には怒られる。私自身もあの時どうして走り出してしまったのかきちんと理解できていない。考えるより先に体が動いていた気がする。
結果としてはクラスの誰も死ななかったし、首魁は逃がしてしまったとはいえ大多数のヴィランは逮捕された。
しかし今回の私の行動がどんな理由であれ危険なものだったということには変わりないし、自分の力不足もはっきりと味わった。
身体能力も“個性”の使い方もまだまだ未熟だ。
「……家に帰ったらトレーニングしたい」
「だーめ。明日も臨時休校になったし今日は休みなよ。体は疲れてなくても、こんな出来事があったら精神的に削られてるはずでしょ。瞳子はいつも一人で抱え込みがちなんだからさ」
見透かしたようにダメ出しされ、私はうっと詰まる。
「いくらヒーロー科とはいえ、入学してほとんど日も経たない内にこれほどの騒動とはな。
初めてのヴィランとの実戦だ。緊張もしただろう。目に見えないところで疲労というものは溜まるものだし、光羽の言う通り今日は休みなさい」
「…………はい」
オーナーにも止められ、私は渋々頷いた。
「まあ戦いの中で何があったかは知らないけど、焦る気持ちも分かるけどね。雄英体育祭も近いわけだし。鍛えておきたいよね」
「え……? ああそうか、もうそんな時期なんだ……」
雄英体育祭。
全国に向けて発信される、雄英の中でも特に規模の大きいイベント。それがまもなく開催されるということを光羽に気付かされる。いつも孤児院のみんなでテレビの前に集まって見ていたけれど……
「そうか。今年は見る側じゃなくて、参加する側なんだね……でも今日みたいなことがあったし中止になるんじゃ?」
「そこはまあなんともいえない感じ。あたしは開催された方がいいな。
せっかく雄英に入学できたんだから自分をアピールしていきたいし、体育祭はその絶好の機会だもの」
光羽の前向きさはずっと見習いたいと思っているのだがなかなか性分というのは変えられないもので、私は自分が体育祭に出ることに対してあまり実感が湧かなかった。あまり目立つのが得意ではないというか、つくづく自分はヒーロー向きじゃないなと思ってしまう。
「アピールとか、私できるのかな……体育祭って生徒同士の競争でしょ? 自信ないな……」
A組の面々とも競う事になる。全体的にインパクトの強い人が揃っているだけに、自分が埋没してしまう予感がする。
それに何よりも——————
「自信がないのが瞳子の欠点だよ。瞳子の“個性”はすごいんだからもっと自分に自信を持てばいいのに。みんな全力でやるんだから気合入れて行かないとついていけないよ?
——あたしも容赦しないから。本気でぶつかってきなよ」
「……!」
そうだ。光羽とも戦わなければいけないかもしれない。訓練で組手をしたことは何度もあるけど、本気で“個性”を使って戦ったことは今まで一度もない。もちろん私が“個性”を封じてたこともあるのだけれど……
光羽の“個性”は、なんというかやれることが多い“個性”で見た目も映えるものなので、きっと体育祭でも活躍するのだろうなと思う。
私はそんな光羽に追いつきたい。そのためには私も自分にやれることを全力でやらなければいけないだろう。それは体育祭でも同じ。
「そうだね。私も……頑張らないと」
「ふ。ウチの娘たちもとうとう全国デビューか。まあ正直なところあまり危険なことはして欲しくないしマスコミの取材が来ることも考えると鬱陶しいが、子供たちが人気になると思うとなかなかどうして嬉しいものだな!」
「オーナー、全国デビューとか言わないでください……なんかやっぱり気後れしてお腹が痛くなります……」
「義父さん! 瞳子に変なプレッシャーかけないで! せっかくいい調子だったのにー!」
光羽やオーナーと話していると、今日あったヴィランの襲撃もなんでもない出来事だったかのように思えてきて気が楽になる。不安や無力感も不思議とどこかに行ってしまって落ち着くことができた。
緊張がほぐれ、車の振動の心地よさに段々と眠気が襲ってくる。私は二人の会話を聴きながらぼんやりと眼を閉じた。
初めての実戦も近く訪れる雄英体育祭も今は忘れて、ただ
一日の臨時休校が開け、再び雄英に登校できるようになったその日。
私がA組教室の巨大な入り口をくぐると、クラスメイトたちはそれぞれに休校中にあったことやこの間のUSJ襲撃事件のことを語り合っていた。
「おはようございます……」
「あら、おはようございます月見さん。昨日は如何お過ごしになられましたか?」
私は近くにいた八百万さんと挨拶して話し始める。
「八百万さん……いや、あんまり普段の休日と変わりなかったよ。勉強したり、軽く運動したり、妹や弟たちのご飯作ったり……」
「素敵な休日ではありませんか! お料理は普段からなさるのですか? わたくしは家ではあまり料理をしないものですから……」
「ああ、うちは少し大家族、と言っていいかわからないけど、ちょっと作る量が多いから、私を含めて保護者と年長組で持ち回りで食事を作ることになっててね。料理は昔からやってるよ。八百万さんがいつも食べてそうな高級料理からすればだいぶグレードは低いだろうけど……」
「わたくしは“個性”の都合上普通の方より脂質を取らなければなりませんので、それを知っておられるシェフの方が専用にメニューを作ってくださいますの。ですからご自分でお料理をされる方は尊敬致しますわ」
八百万さんは結構なお家柄の御令嬢のようで、話していると私たち一般庶民から見て少しズレたところがあるのだが、案の定というか今回もシェフなる単語が出てきた。ツッコまないけど。
「今日から学校再開するんだよね……?
「そうですわね……先生方はどのように考えておられるのでしょうか」
「先生方といえば、相澤先生……現場にいた人の中で一番重傷だったけどまだ入院中だよね? 今日のHRは代理の先生が来るの——」
「みんな! 朝のHRが始まるぞ! 席につけーー!」
「おう……って、ついてねえのお前だけだ飯田」
私の疑問は委員長である飯田くんが急に教壇に立って大声を上げたことで中断された。もうこんな時間か。ある意味タイムリーだ。
答え合わせとなるか。果たして飯田くんが席につくのと同時に教室に入ってきたのは、生々しくも顔面を包帯でぐるぐる巻きにして骨折した腕を吊った相澤先生だった。
「……おはよう」
「「「相澤先生、復帰早えぇ!?」」」
「俺の安否はどうでもいい」
私たちの驚きもよそに平然と歩を進める相澤先生。
先生は私たちに向き直ると、厳しい声色でこう告げる。
「先日の事件、過程はともかくとして全員無事で良かった。だからといって気を抜くなよ? まだ戦いは続いている」
「っ! まさかまたヴィランが……!?」
私たち生徒の間に戦慄が走る。USJの事件の衝撃も冷めやらぬ中で一体何が起ころうとしているのか……
というところで、私は先生が言わんとしていることになんとなく検討がついた。
「——雄英体育祭が迫っている!」
「「「クソ学校っぽいのきたあああああ!!!」」」
やはり先日光羽が話題にした通り、学校では体育祭に向けて活動が始まっていくらしい。となると、襲撃があった影響などはどうなっているのだろうか。
私以外にも生徒の中に疑問に思った人がいて口々に発言する。
「いや待って待って!」
「また襲撃されたりしたら……!?」
「だからこそ敢えて決行することで雄英の危機管理体制が盤石であることを示すのが狙いらしい。警備は従来の5倍に強化するそうだ。
学校側もトップ校としてのしがらみがあるから中止にはできないようだ。
相澤先生は続ける。
「日本に於いて、かつてのオリンピックに代わり全国を熱狂させるイベントだ。多くのトップヒーローもこの体育祭で結果を残してる」
そして結果を残した雄英生は卒業後にプロにスカウトされ、サイドキックとして事務所入りして本格的に活動していく、というのがヒーローとしての出世街道のスタートライン。
私はそこまで出世したいなどとは思わないけれど、トッププロに注目されるとなると否が応でも力が入る。
「当然、名のある事務所に入ったほうが経験値も話題性も高くなる……年に一回、計三回だけのチャンスだ。ヒーローを志すなら絶対に外せない。気張っていけ」
「「「はい!!!」」」
普段はローテンションであまり熱意らしい熱意を見せない相澤先生だが、今回は行事が行事なだけに生徒に気合を入れるべく発破をかけてくる。
その言葉に私たちA組の返事も綺麗に揃うのであった。
昼休み。
みんながにわかに活気付いて体育祭のことを話し合う中、私は一人教室を出て教員室に向かって歩いていた。目的は相澤先生だ。
部屋の前に到着して、深呼吸を一つ。
ノックする。
「……1–Aの月見です。相澤先生に用事があって来たのですが……お時間大丈夫でしょうか?」
「来たか。入れ」
室内に入ると相澤先生はいつもの寝袋を下半身に巻き付けて何やら片手で書類を弄っていた。ヴィランとの戦いの負傷でかなり不便そうだ。
前々から思っていたのだが、その寝袋はちゃんと洗っているのだろうか。なんというか相澤先生は全体的に不潔じゃないかと感じるのだが、皆慣れてしまってA組では誰も指摘しない。いつか聞いてみたいと思う私だった。
相澤先生は私の方を向く。
「それで要件はなんだ。ある程度は想像がつくが」
「ええと、その……私の“個性”のことで相談したいことがあって……」
以前から“個性”のコントロールと使い方を先生に相談しようとは思っていた。最初の戦闘訓練の時は自分である程度戦い方を考えたが、USJの時の相澤先生の戦闘を見たことや、黒霧や脳無と呼ばれたヴィランとの戦いから、自分が対処できないような相手のことも想定に入れた立ち回り方を学びたいと改めて感じたのだ。
何もできずに後悔することは、もうしたくない。
「月見、お前が学びたいというのは向上心があって良いことだと思うが、先日の事件に関しては全面的に教師側、学校側の手落ちだ。お前ら生徒が責任を感じることじゃない。俺がやられた後の話も聞いたが、むしろお前はよくやったと褒められるべきだろう。お前が“個性”によって敵を撤退させたことで結果的に被害は少なく済んだし、危険度の高いヴィランも捕縛できた」
「……でも相澤先生も13号先生も大怪我をして」
「それも俺たちの力不足だ。ヴィランとの戦いで負けたことに言い訳はできない。もしお前が『自分が何かできたかもしれない』なんて思っているなら不要だ。自分の身も守れずにヒーローは名乗れん」
相澤先生の一見厳しく聞こえる言葉には、私たち生徒への不器用な思いやりが感じられる。
「……まあいい。もう俺たちの怪我のことは気に病むな。
本題に戻すがお前の“個性”のことだったな。具体的には俺に何を聞きたいんだ」
相澤先生は私から目を背け、再び書類と格闘し始める。
「あ、はい……! 相澤先生と私の“個性”って多分似ているところがあると思うんですけど、この前の襲撃の時に先生は一人で多人数を相手に戦ってましたよね。『見る』ことが発動条件だと囲まれるのは不利だったのではと思って……
それにあの脳無っていうヴィランみたいに、純粋に“個性”が通用しないこともあると思うんですけど、それはどうやって対策すればいいのかと」
私の言葉に相澤先生は軽く頷く。
「確かに自分の“個性”の弱点を把握しておくのは重要で、それを補う戦い方も必要だな。
例えば俺の場合“個性”を消そうとしても、対象が全身を覆う布なんかをつけていたら敵の本体が見えないから消すことはできない。
お前の“個性”を詳しく知っているわけじゃないが『右眼で見たものを石にする』というなら、俺と同様の結果になるはずだ」
確かに布を石にすることはできても、中の人間を石にすることはできない。相手の動きを阻害することはできるだろうが根本的な解決にはならない。
薄壁の向こうに隠れられるだけで、私の右眼は無力と化す。
「……そういえばあの黒い靄のヴィランも、纏っている靄を石にすることはできたんですけどその中の実体の部分は中途半端にしか……」
「そこは俺の“個性”とは少し違うが、まあ『見る』という認識が核となっている以上そういった弱点が生まれるのは当然だ。多人数に囲まれるというのも同じこと。
ならば確実に相手を視界に入れられるようにある程度の距離まで近づいたり、あるいは一旦自分に有利な距離まで退く機動力が必要だ。常に自分の“個性”を活かせるポジションに立ち続けることを考えろ。俺の場合は捕縛布でそれを補っている」
私は先生のように近接格闘に秀でるわけじゃない。
平面的、立体的に動き回るために何をすればいいだろう。パルクールでも習ってみるべきか。
「お前は入試の時、双眼鏡を使っていたな。あれは“個性”で視認できる距離を拡張する使い方だっただろう。相手に見つからない距離から一方的に“個性”で攻撃できるというのは対ヴィラン戦闘では非常に有利な点。それがお前の『ヒーローとしての持ち味』になる。
……まあ少々、ヒーローというには地味なところがあるのは否めないが、危険な“個性”を持つ
「っ!? ありがとうございます!!」
相澤先生はやっぱり厳しいところもあるけれど、こうやって生徒に親身になって指導してくれる先生なのだということが改めて分かって私は嬉しくなる。最初の個性把握テストの時の印象は間違っていなかった。
「珍しいわね。イレイザーが個人指導なんて。やっぱり似た“個性”だと気になるものなの? それとも何か彼女自身に含みがあったり?」
私たちの会話に不意に横から声がかかる。声の主は大人な雰囲気を漂わせる女性教師、ミッドナイト先生だった。会話を聞いていたらしい。
「ミッドナイト先生……」
「ごめんなさいね? 話が聞こえちゃったから。でもなんかいいわね。未来に向かって努力する若者とそれを応援する大人。青春だわ!!」
「ミッドナイト、これは担任教師として当然のことをしているに過ぎません。他意はない」
「あらあら、言うじゃない。入試の時から目をつけてたくせに」
「え!? 入試の時からって……あ、相澤先生?」
「…………実技試験での成績を評価しただけだ。お前の試験内容を見て“個性”を合理的に活用する能力があると思った。ならばそれを伸ばしてやるのが教師の務めだろう」
「つまりこの子に見込みがあると思ってるってことよね? 全くツンデレなんだからイレイザーは」
「…………」
相澤先生が言いくるめられている。私はなんだか物珍しいものを見る気持ちで二人の会話を聞いていた。相澤先生とミッドナイト先生、仲がいいんだな。
「俺のことはどうでもいい……はあ。
月見、それじゃあまた訓練のプランなどは考えておく。お前も何かやりたいことがあれば俺に言うようにしろ。体育祭の準備もある。無駄に使える時間はないぞ?」
「はい!」
相澤先生の言葉に返事をして、私は教員室を退出する。
ヒーローになるために何をすればいいか。体育祭や訓練のこと。これからの未来。
課題は山積みだけれど、私がするべきことの具体的な道筋が見えてきたような気がして、私はどこか明るい気持ちで教室に戻るのだった。
というわけで13話目、体育祭の前触れでした。
次回は体育祭の本番です。散々引っ張った光羽の個性が披露される予定です。取蔭さんの代わりに推薦入学者となったその実力は如何程か。