それが私のヒーローアカデミア   作:ゆーえゆ

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19話目です。これまた期間が空いてしまって申し訳ありませんでした。
主人公と切島くんの対戦からです。


#19 体育祭 その6

 

 

 

 

 光羽と青山くんの試合が終わり、私は本戦に出場する生徒たちのために用意された控え室に向かっていた。八百万さんと常闇くんの試合が終われば私の番だ。

 緊張から手のひらが冷えていくのを感じる。

 今更ではあるけれど全国に放送されるあのステージの上で注目を浴びるのだと思うと震えてくる。今までの予選では緑谷くんや轟くんなどの派手に立ち回った人たちがいたこともあり、私自身はさして目立たないでいられたけれど、一対一の試合ともなればそうはいかない。スタジアムに集まった観衆だけでもあの数で、登場する生徒たちを口々に寸評しているというのに。

 眼帯のこともあり人目を引くことには慣れているけれど、今回のは規模が違う。

 

「はあ。でも雄英って、そういうところなんだ。今日に限ったことじゃなく、これからもずっと」

「お、どうしたどうした? 悩み事ならお姉ちゃんが聞くよ?」

「……え?」

 

 思わず漏れた独り言に、何やら聞き覚えのある声で小癪な返事があった。

 見ると私が歩いている廊下のすぐ先の曲がり角から光羽が歩いてきていた。試合後特に負傷もしていなかったと思うので、このままスタンドまで戻るのだろうか。

 

「光羽……試合見てたよ。二回戦進出おめでとう」

「ありがとって言いたいところだけどさ、一回戦であたしだけもう一回試合しなきゃいけないんだよね。そっちのクラスの芦戸ちゃんって子と」

「あ、そういえばそうだったね。じゃあそっちも頑張って」

 

 芦戸さんには悪いけど、光羽が負けるとも思えない。

 簡単に話し終えようと言葉を切ると、改めて光羽が私の顔を覗き込んでくる。私より少し背が高いこともあり、姉という発言がそれっぽく聞こえてしまう。実際は同い年だし私ももう少し身長が欲しい。

 

「それで。何かブツブツ言ってた瞳子は心配ごとでもあるの? 試合が不安?」

「試合は……」

 

 どちらかと言えば試合そのものよりも、人前で堂々と振る舞えるかどうかというか。

 

「んー。まあ確かに学生のうちから全国に向けてアピールするのなんて雄英体育祭くらいだもんね。それで雄英がどうのとか言ってたわけか」

「テレビに出るようなヒーローって、すごく堂々としてて自信があって。私はそんな風にはなれないだろうって思ったんだ。今更な話なんだけどね」

 

 私は別に目立ったり自己顕示欲があること自体は普通のことだと思う。だけど世間の目というのは残酷で、派手に立ち振る舞うことには相応の覚悟が必要になる。私はそれがどうも苦手で、ヒーローになろうという目標はあってもトップヒーローになりたいとは思わないし思えない。

 光羽は私の言葉をどう思ったのか軽く首を傾げ、こう言った。

 

「あたしは別に本人に聞いたことがある訳じゃないから想像で喋るけど——例えばオールマイトとか、いつも堂々とヒーローしてるけど、それは結果に過ぎないと思うよ?」

「結果?」

「ずっと人々を(たす)けてきたこと、多くの(ヴィラン)を倒してきたことの結果として多くの人に認められた。だから自分のことも認められるようになったんだと思うよ。彼がそこに至るまで挫折とか失敗があったのかどうかは知らないけど、誰だって自分に自信がなくなることはあるよ。それがたとえ平和の象徴と呼ばれる人でもね。

 それでも前に進めるとしたら、自分の原点(オリジン)に向き合って、それに従って生きてきたことを思い出してるからだと思う」

 

 難しいことを言う。

 私を見つめる光羽の目、そこには不安げな誰かの姿が揺らめいている。

 

「要は、何事も経験ってことよ。自信ってのは経験で身に付くもんなの。だから瞳子が試合に自信ないのも最初だけで、そのうちに慣れていくと思うよ」

「そういう……ものなのかな?」

「そうそう。それに怖いことを言うけど、周囲からの評価が怖くて死地にいる人を救助に行けないなんてことはヒーローにはあっちゃいけない。その局面が瞳子に来ないとも限らないでしょ?」

「…………」

 

 それもまあ、その通りで。

 私は改めて光羽に頷いた。

 

「うん少し、少しだけだけど勇気出た。ありがとう光羽。……試合してくるね」

「はいはい、頑張ってね〜。心はいつでもPlus Ultra(プルス・ウルトラ)で!」

 

 そういうと光羽はひらひらと手を振りながら逆方向へと歩いていく。見慣れた背中がいつもよりも大きく見えた。そこに翼はなくてもきっと私は光羽に敵わないけど。それでも彼女に追いつきたくて。

 私は足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 常闇くんと八百万さんの試合は、常闇くんが八百万さんに『創造』を使わせる隙を作らせず攻め続けることで八百万さんの場外負けとなった。八百万さんも推薦入学の実力者だけど、こと戦闘においては常闇くんの『黒影(ダークシャドウ)』が上を行ったようだ。八百万さんは何もさせてもらえなかったことに悄然として肩を落とす。

 

 そして二人の試合が終わったと言うことは、いよいよ私と切島くんの試合が始まる。

 私たちの名前がマイク先生によって会場に響き渡る。

 

『さァて第七試合はこれまたA組男女の試合! 眼帯外すとおっかねえデンジャラスガール! ヒーロー科月見瞳子! (バーサス)! 男気一筋ど根性硬化! ヒーロー科切島鋭児郎!』

『あんまりデンジャラスとか言ってやるな。本人気にしてんだから』

『ソイツはソーリー! 二人とも準備はOKかあ!?』

 

 私と切島くんはステージの中央で向き合う。スタンド席から向けられる重圧は、フィールドに立った時点で戦闘前の緊張に塗りつぶされ、あまり気にならなくなっていた。

 

「月見! 悪ィけど思い切りいくぜ!? おれも勝ちてえからよ……怪我したくなきゃ降参してくれ」

「……そこはお互い様かな。別に私が女子だからって加減する必要はないよ」

 

 切島くんは口の端をニッと曲げて好戦的な笑みを浮かべる。殴ったり蹴ったりの喧嘩なら体格、筋力で劣る私に勝てる余地などなかっただろうけど、生憎とこれは“個性”ありの試合だ。

 そして“個性”だけ見るなら、切島くんは純粋な近接戦闘型。この障害物のないステージではやれることは限られる。

 

『READY START!!』

 

 開始宣言が響いた瞬間、私は眼帯を外した。

 

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

 

「切島開始っぱなから突撃ィーー!!! 男らしく正面突破する気かあ!!!」

「…………無闇な特攻は控えろと実技の授業で教えてる筈だが」

 

 隣で叫ぶマイクに、俺はステージから目を離さずに口を挟む。

 第七試合、月見と切島の試合は開幕と同時に切島が月見目掛けて『硬化』しつつダッシュするところから始まった。

 “個性”の性質から遠距離攻撃手段を持たない切島は攻撃するためには接近しなくてはならない。自身の防御能力が高いことを活かして真正面から突き進むというやり方は愚直だが、相手次第ではそれで攻略することも可能な戦法だ。物理的な攻撃手段に頼る相手——例えばA組だと爆豪なんかには一定の成果を上げただろう。本人の主義というのもあるかもしれない。

 ただしそれは相手が『硬化』を貫けないという前提での話だ。そして致命的なことに、切島が相対している女子生徒に関しては防御力は意味をなさない。

 

 予想した通り、決着に時間は掛からなかった。

 月見が右眼の眼帯を外して切島を()た瞬間、『視認する』という極めて単純かつ即効の“個性”発動により切島は石にされていた。

 月見の勝ちだ。

 

 俺は教え子二人の短い試合を見て内心に思う。

 ……プロヒーローにアピールする場なのは確かだが、この試合のように両者の条件が平等でない試合をただ垂れ流すというのはやはり合理性に欠けるのではないかと。

 

 一瞬すぎた終わりのため、会場に間の抜けた空気が漂う。そして何が起きたのかが徐々に理解されるにつれて、ざわめきが広がっていく。

 無理もない。遠目からでは切島がなぜか駆け出してすぐに急停止したようにしか見えないだろう。構図だけ見ると第一試合の緑谷vs心操の試合と重なる部分がある。あの試合と決定的に違うのは、切島の側に打開手段がないということ。

 微動だにしない切島に対し確認のためにミッドナイトが近づいていく。月見はそれを見ながら眼帯を付け直していた。緊張したような、どこか怯えたような表情が見える。

 

『容赦ねえ! 問答無用で石化かよ!?』

「まあ、切島は相性が悪過ぎたな。開けた場所で月見の“個性”を凌ぐのは困難だ。近距離での打ち合いっていう自分の土俵で戦える相手ならアイツももう少しやれたろう」

『石から戻るってのが分かってるからいいけどよ、ちょっと月見の“個性”ヤバすぎねーか? 会場に来てるプロたちもビックリ仰天してるぜ』

「…………」

 

 見たものを石にする、と初めて聞いた時は確かにそう思った。実際にこうして戦いの中で使っているのを見ても強力な“個性”であることは間違いなく、プロでもなかなか居ない類のものだと評価できるだろう。しかし俺は普段の月見の姿を思い返してマイクの言葉に素直に返すことはできなかった。

 真面目だがやや引っ込み思案、責任感が強い——というより抱え込みがちなところがあると表現するのが正しい性格。側から見ても強力すぎると感じられる“個性”との折り合いにはきっと苦労したことだろう。 

 あまり“個性”ばかり見て生徒を評価するのも教育者としてはどうなのか、俺は自問する。

 

 試合結果は明らかだったがステージ上では正式にミッドナイトが勝敗を告げる。

 

「切島くん行動不能! 月見さん二回戦進出!」

 

 会場からは拍手はない。余裕だったとか圧倒的だったとかそういう話ではなく戦いにすらならなかったような試合内容に対して、その原因である少女に向けられるのは好奇と幾ばくかの畏れを含んだ視線だ。

 それは第二試合の時に轟へ向けられたものと似ているが、No.2ヒーローの息子という前評判のあった轟とは違い、バックボーンの分からない不気味なものに対する畏れだった。ともすれば危険な(ヴィラン)を見るかのような。

 俺は溜息をつく。

 気持ちは分からなくはないが、仮にもプロヒーローを名乗る者たちが年若い少女に向ける評価にしては、それは些か不躾に過ぎるものだったからだ。

 ——ヴィランのようだといえば、この後の第八試合は麗日と爆豪だったか。

 

「次も荒れそうだな……」

 

 俺の独り言にマイクが渋い顔をする。

 まったく、今年は俺の担当は難しい連中ばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 試合が終わり、私はスタンドに戻ろうとしていた。ステージで感じた熱気とは裏腹の心細くすら感じる冷たさを抱えた通路に、私は思わず肩を震わせる。

 切島くんは石になったまま救護室へと運ばれ、多分そのまま今日の体育祭は終えるだろう。お互い手を抜かないと言ったとはいえ切島くんには悪いことをした。負けたとしてもその後の試合は見たかっただろうに。

 私がぽつぽつと歩いていると、ふと前方に誰かが立っているのが見えた。高校生離れしたスタイルの黒髪の女子生徒。それは私のクラスメイトだった。

 

「あれ? 八百万さん?」

「ッ!? 月見さん……!? お、驚かせないでくださいまし」

 

 声をかけると弾かれたようにこちらを振り向く。どうやら何か考え事でもしていたのか、私のことは気づいていなかったらしい。

 

「こんなところでどうしたの? スタンド席に戻ってるかと思っていたけど」

「……月見さんこそ、試合はどうされたのですか? わたくしの次の試合でしたが、会場に行かなくてはならないのでは?」

「? 試合ならもう終わったよ?」

「え……!? そんな、わたくしが負けてからそれほど時間は経って……!?」

「まあ確かに短い試合だったけど、見てなかったんだ?」

 

 まあ、見ていて欲しかったかと言われたら違うけれど。

 私の言葉に八百万さんはそうですか、と言って顔を伏せる。どうやら常闇くんに負けたことがショックでしばらく呆然としていたらしい。一試合終わったことにも気づかないくらいに。

 

「まったく気づきませんでしたわ…………」

「ううん、気にしないでいいよ。あまり見栄えする試合でもなかったから」

「月見さん、切島さんに勝ったんですのね。それに比べて……」

 

 随分と敗戦を引きずっているようだ。そのしょぼくれた姿は普段の凛とした彼女からは遠いものだったけれど、それほど悔しかったのだろう。私はなんと声をかけるべきか迷う。

 

「八百万さん……あまり試合結果を気にしすぎない方が」

「……ありがとうございます、月見さん。けれどわたくしは——」

 

 その声には覇気がなく、段々と小さくなっていく。

 私はどうしたものかと考えた末————彼女の手を握った。

 

「ともかく、スタンド席に行こうよ。

 ……八百万さんの体育祭はもう決着しちゃったかもしれないけど、まだ他の出場者の皆は全力で取り組んでるし、見ておいた方がいいと思う」

「それは……確かにそうかもしれませんわ……」

 

 緩やかに動き出す私たち。

 私自身あまりこうして誰かを励ますというのは経験がなく、どちらかといえばされる側だった。

 光羽ならこういう時、どんな風に……と考え、私はぽつりと呟いた。

 

「八百万さんは、すごいと思うよ」

「え? 月見さん、何を……」

「いつも授業じゃテキパキ発言してるし、成績もいいし……最初の体力テストの時、私は最下位だったけど、八百万さんは一位で、戦闘訓練の時も正確な分析をしてオールマイト先生を驚かせたりして、同じクラスだけどすごいなあってずっと思ってた」

「……買い被りですわ。こうして体育祭では一回戦敗退ですし……推薦入学者として、もっと目に見える形で成果を残さなければいけませんのに」

「轟くんとか光羽みたいに?」

「……月見さんは薬師さんと親しいのでしたね。幼馴染みとお聞きしました」

「うん。まあ、ほとんど家族同然に育ったんだけどね」

 

 他の推薦入学者の名前を出すと八百万さんの声が曇る。

 八百万さんと常闇くんの試合の直前には光羽の試合があった。もしかするとそれで気にしてる部分があるのかもしれない。光羽がこの後芦戸さんに勝てば、八百万さんを下した常闇くんと二回戦で当たることになる。

 私も子供の時は光羽と自分の出来の差を比べて嘆いたことはある。今でも我が幼馴染みが特別な存在だという意識は残っていて、八百万さんの気持ちも理解できなくはない。

 でも————

 

「『誰にだってできることとできないこと、得意なことと苦手なことがあって、どんな状況でも完璧に仕事ができる人はいない』」

「???」

「『欠点ばかり見ずに、自分のできることを探して自分を認めてあげた方がいい』って、これは昔光羽に言われた言葉なんだけど」

「…………」

 

 黙り込む八百万さん。

 

「私も人のことをとやかく言えるほどの人間じゃないけど、八百万さんもそんなに思い詰めたりする必要はないと思うよ。

 下学上達……だっけ? 失敗しても、次失敗しないために小さなことから努力していくのが成長ってものだと思うから」

 

 私が下手な弁舌を振るったところで、失った自信は八百万さん本人の行動によってしか取り戻せないだろうから、あくまで気休めだ。

 それでも八百万さんが落ち込んでいるのは見過ごせないし、普段通りの毅然とした彼女に戻ってほしい。

 果たして、八百万さんはふっと笑みを浮かべてくれた。

 

「仰る通りですわ。ありがとうございます月見さん。クラスの副委員長たるもの、あまり皆にだらしがない姿は見せられませんものね」

「うん。そうやってぴしっとしてるのが八百万さんらしいよ。私が委員決めの時投票したこと、間違ってなかったな」

 

 八百万さんは私の言葉に驚いたような顔をする。そういえば言っていなかったか。

 

「確か八百万さんの得票が三票だったよね? あれ、一票は私」

「そうだったのですか……それは……なんというか、ありがたいのですけれど、月見さんご自身はそれで良かったのですか?」

「私にはクラスを仕切ったりなんかできないよ。それができる人だと思ったから八百万さんに入れたの」

「……ではわたくしは、その期待にも応えなければいけませんね」

 

 私たちはA組の皆のいるスタンド席に辿り着く。

 八百万さんは私の方をじっと見つめていたが、私が座るように促すとやがて顔を上げ、皆の中に混じっていった。私もそれに続く。

 思わぬ会話だったけれど、八百万さんが前を向けたなら、恥ずかしい言葉を並べた甲斐があったというものだろう。

 

 

 

 ステージ上では、今まさに麗日さんと爆豪くんの試合が始まろうとしているところだった。

 雄英体育祭最終種目は、これからヒートアップしていく。

 

 

 

 

 




という訳で19話目、主人公の初試合でした。途中相澤先生視点が混じっております。

主人公はメンタルが弱く自分に自信がないタイプですが、孤児院育ちで年下の子供たちを世話してきたこともあり面倒見はいい方です。
八百万の成長は本来なら期末試験の『八百万:ライジング』で描かれますが、今作ではそれまでの繋ぎとして主人公と会話して普段のように振る舞えるようになった、ということで。

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