それが私のヒーローアカデミア   作:ゆーえゆ

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2話目です。


#02 走る前には

 

 

#02 走る前には

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、瞳子が雄英に行くって決めたなら、早速特訓しようか」

 

 

 

 私が進路を雄英に定め、互いに己の目標を確かめ合った翌日。

 その日は休日だったのだが、朝起きて早々に光羽に声をかけられた。

 朝5時のことである。

 

「……? 朝ごはん作らないと……」

 

 孤児院においては朝食は私、光羽、オーナー夫婦の4人が持ち回りで作ることになっていて、今日は私が当番のはずだった。孤児院としての規模は小さい方ではあるが、それでも私を含め少年少女が10名以上も暮らす大所帯なので食事を作るのにもやや時間がかかる。

 

「チビちゃんたちが起きてくるまでにはまだ時間あるし、あたしも朝ごはん作るの手伝うからちょっと走りに行こうよ」

 

 ランニング自体は雄英に行くのを決めるより前から習慣として続けているものであるが、光羽がわざわざ特訓というくらいだから、なにか走る以外にもやりたいことがあるのだろう。

 私としては特に否やはない。

 

 軽い支度をしてから玄関に向かう。

 光羽はジャージ姿に淡い茶髪を一本に結んでおり、まさしくこれから走る気満々といった風情でいた。私は肩より伸びた自分の髪に触れ、そういえば結んでないな、と思う。

 私は光羽に『少し髪をまとめてくるから待ってて』と伝え、洗面所に向かった。

 

 

 

 

 

 鏡に向かうと、いまいち眠気が抜けない冴えない顔が見返してきた。頭に巻いた眼帯を一度外し、右目を閉じたまま髪を結える。“個性”の都合上、右眼を閉じて暮らすことを強いられている私だが、さすがに10年もこの生活を続けていれば慣れてきた。

 私の“個性”は『魔眼』。

 右眼で見たものを石にする。

「見る」とはすなわち視野に入れることであり、うっかり右眼で風景でも見ようものならまとめて灰色の広がる荒野にしてしまうため、普段は眼帯で覆って閉じている。

 

 世に“個性”は多々あれど、これほど日常生活に向かないものも少なかろう。幸い自分だけは石化することがないので鏡を見ても自分が石になることはないが、代わりに鏡に映った部屋を石にしてしまう。

 

 眼帯を付け直す。

 洗面所を出て光羽が待つ玄関へ向かおうとしたところで、逆に洗面所に入ってこようとする人影と鉢合わせた。

 

「!?」

「……おはよう、瞳子。今日は早いな」

「……オーナー! おはようございます!」

 

 入ってきたのはこの家の主人、私がオーナーと呼ぶ人物だった。

 本名を薬師浸という。

 実の親を失っている私にとっては育ての親に当たる恩人である。

 

「……はあ、何度も言うがオーナーと呼ぶんじゃない。同じ家に暮らす家族だろう。いつまで経っても瞳子は他人行儀だな」

「っごめんなさい。……じゃあなんて呼んだらいいですか?」

「そうだな……『ダディ』とか?」

「それはちょっと」

 

 私にも年頃の女子としての恥じらいというものがある。

 

「じゃあ『パパ』とかでもいいぞ? 最近は光羽も呼んでくれなくなったから寂しくて」

「真顔で義娘に自分の性癖を押し付けないでください」

 

 光羽は赤子の時に拾われたので、養子縁組でオーナーの養女となっている。苗字が同じなのはそのためである。そういえば昔はパパ呼びだった気もするが、今では義父さんになっていると思い返す。

 

 私はといえば、孤児院に引き取られた際に施設のオーナーであると紹介された時からオーナー呼びが癖になってしまってなかなか治らないのだ。

 

「まあいい。今日は瞳子が朝食当番だったか。今日は何を作るんだ?」

「それがちょっと、ご飯作るより前にランニングに行ってこようって光羽が言ってて、私も付き合おうかなと。今から出るところです」

 

 本当は私の特訓ということなのだが、言い出したのは光羽なので内実はさほど変わらないだろう。私は走るために軽く結んだ髪をアピールする。

 ランニングはそもそも私たちに体を鍛えさせるためにオーナーが提案したことなので、別に反対はされないだろう。

 私がオーナーと話していると、ふいに玄関の方からパタパタと走ってくる音がした。

 

「もー、瞳子遅いよなにやってんの! 早くしないと朝ごはん作る時間とかなくなっちゃうでしょうが!」

「光羽」

 

 しびれを切らして呼びにきたらしい。

 

「ってあれ義父さん? おはよ」

「む。おはよう光羽」

「二人で話してたの? 瞳子はこれから特訓しにあたしと出かけるんだから、朝ごはんはちょっと遅れるかもしれないし二度寝でもしてたら?」

 

 オーナーを軽くあしらう光羽。二度寝は良くないと思うけれど。

 だが、オーナーはそこではないところが気にかかったようだった。

 

「待て。特訓と言ったか? 瞳子はランニングと言っていたが」

「ああうん。ランニングもするけど、他にも軽く体を動かしてこようと思って」

「あまり過度の運動はするなよ? 最近は朝も冷え込むようになってきたし、瞳子は受験生なんだから風邪を引いたら大変だ」

 

「あー、そのことなんだけどさ」

 

 光羽がニコッと笑って私を見る。

 

 

「瞳子、雄英受けたいってさ」

 

 

 心臓がどくんと跳ねた。私は恐る恐るオーナーの顔色を窺う。

 昨日の光羽との会話が脳裏に蘇る。

 光羽は『私はヒーローになれる』と言ってくれたけれど、誰もが同じことを言ってくれるとは思わない。むしろ普段の私を知っている人ほど反対するのではないか。

 根暗で、人見知りで、臆病な私のことを、ヒーローに向いていると言う人はそう多くないだろう。ましてオーナーはヒーロー免許を持つ歴としたプロヒーローだ。

 

 メディカルヒーロー『ドクトル・ギフティ』

 

 普段はあまりヴィラン退治に精を出さず、本業である研究者として活動しているためヒーローランキングには顔を出さない裏方人間だけど、私にとってもっとも身近なヒーローである。

 彼は私が雄英を受験するのを許してくれるだろうか。

 オーナーは少し考え込むように黙った後で、ゆっくりと口を開いた。

 

「……ああ、つまり特訓というのは、雄英入試に向けた特訓ということか。それで光羽が誘ったんだな」

「ん。そういうこと」

 

 オーナーが私をじっと見る。普段はクールではあってもどこかとぼけた眼が、今は厳しさをもって私を射抜く。

 

「瞳子。雄英のヒーロー科に行くということは、つまりは将来的にヒーローになるつもりということだが、きちんと理解しているか?」

「……はい」

「プロヒーローというものは、職務上命を落とすこともある危険な仕事だ。それは俺のように後方で働く人間も同じこと。どんな場所でも、どんな状況でも、誰かのために命をかけて戦うという覚悟が必要なんだ」

「……分かってます」

「言葉で言うのは容易い。俺の知っている限りでも、プロヒーローとして殉職した人も何人かいるし、そもそもヒーローになる前のインターン活動で亡くなった学生もいる。それも今のお前達より長い時間訓練をし“個性”を鍛え、経験を積んだ優秀な人々がだ」

「……ッ!」

「それでもまだ、ヒーローになりたいか?」

 

 私は唇を噛み締めて俯く。

 

「生半可な覚悟でヒーローになりたいというのであればやめておけ。お前は賢い子だ。ヒーロー以外でも多くの道がある」

 

 それでも、それでも私は。

 

「……それでも、私は光羽の隣に立ちたい」

 

 子供の頃の私のように、痛みに苦しむ誰かを一人でもなくすために。

 私を救ってくれた光羽のように、泣いている誰かに手を差し伸べるために。

 

「私は、ヒーローになりたいです」

 

 私の答えを聞いて、オーナーはわずかに瞳を揺らすと、静かに息を吐いた。

 

「……はあ。なんとなく分かってはいたが、光羽に次いで瞳子までヒーローになりたいと言い出すとはな。瞳子は昔っから光羽と同じことをする」

「駄目……ですか?」

「……プロヒーローとして言うならば、オールマイトが平和の象徴として活動しているこの時代で、お前たちのような子供がヒーローになる必要はないし、危険な道に進ませるのを良しとすべきではないだろう」

「……ッそんな!」

「だが」

「!」

 

 はっとオーナーの顔を見ると、オーナーはゆっくりと私の頭の上に手を置いて、穏やかな声でこう言った。

 

「だが、保護者として、あるいは不肖ながら親として言わせてもらうならば、自分の娘が誰かを助けるために戦う優しさをもった子に育ってくれたことは誇らしい」

 

 手のひらがくしゃくしゃと私の髪をかき混ぜる。

 

「その優しさは、きっとヒーローにとってとても大事なものだ。ヒーロー飽和社会と呼ばれ、個人の才能だけが高らかに主張される現代において、その大事なものを心の中に持ち続けていられる者がどれだけいることか。

 きっと瞳子はいいヒーローになれる」

 

 その言葉と、載せられた手のひらの温かさに、思わず左目の視界が滲む。

 私はジャージの袖で顔を拭った。

 

「あーあ、瞳子を泣かせたー。ママに言っちゃお」

「!? それはだめだ! 俺が怒られてしまう!

 ほら瞳子、顔を上げなさい。ランニングに行くのだろう? 朝食は俺が代わりに作っておくから、ゆっくり走ってくるといい」

 

 光羽とオーナーのそんなコントのようなやりとりにくすりと笑ってしまう。

 この人たちが家族で良かったと思う。私は幸せだ。

 

「それもそうだね。瞳子、早く行こうよ。あたしちょっと行きたいところがあるんだ」

「……うん」

 

 オーナーが私を撫でていた手を離す。

 それに少し名残惜しさを感じながら、私と光羽は玄関へ向かった。

 優しい視線を背中に感じながら。

 

 

 

 

 

 20分ほどふたりで走った後、光羽に言われるがままに私がついてきた場所は、近場にある大型河川の河川敷だった。なんの変哲もない、ただの河川敷である。

 

「光羽が来たかった場所って、ここのこと?」

「うん。ここで瞳子の特訓をやるよ」

 

 私は河川敷を見渡す。

 9月も終わりかけの朝。曇りがかった空の下で、河川敷には私たち以外の人影はない。

 

「まあそんな大したことじゃないよ。

 最初にやることは、ここのゴミ拾い」

「ゴミ拾い?」

 

 確かに河川敷にはキャンプの後片付けされていない場所や、投げ捨てられた空き缶などが点在しているが、それらを拾うことがどんな特訓になるのだろうか。

 光羽は頭はいいが、別になにか教え上手というわけではないからな……

 

「ゴミ拾い自体は大した意味はないよ。公共の場所の清掃作業は市民の義務でしょ?」

「義務ではないと思うけど…… 」

 

 光羽が何を考えているかはわからないけれど、とりあえずゴミ拾いをすればいいようだ。こんなことをすると分かっていたら、軍手や新聞紙などを持ってきたのだが。

 

「今は初回だし朝ごはんまでに戻らなきゃいけないから30分くらいしか時間取れないけど、そのうちこの一帯を全部綺麗にしたいね」

「この一帯を、私ひとりで!?」

 

 こういうのは本来、人手を募って大人数で行うものじゃないだろうか。

 私の言葉に光羽は苦笑する。

 

「ううん、もちろんあたしも手伝うけどね。でも入試本番まではまだ数ヶ月あるし、二人でも結構なんとかなると思うよ」

 

 そう言いながら、光羽は肩にかけていたポーチからゴミ袋を取り出して渡してくる。……これ、もしかしなくても定期的にやるのか。

 

「ここの河原、あたしが前に一回来た時から汚いなあ、綺麗にしたいなあって思ってて、でもなかなか機会がなかったから、瞳子の特訓にかこつけて綺麗にできるなら一石二鳥かなって」

「……」

 

 それを思いついたところで実行するのには至らないのが一般の考えだと思うのだが、未来のヒーローの卵はやはり違うなあと感じる。

 私と光羽は歩いてゴミを拾いながら話す。

 

「それにしても、ほんと良かったよ」

「? 何が?」

「義父さんが瞳子が雄英に行くのを許してくれたこと。あたしの時もちょっと揉めてさあ」

「……光羽は推薦もらってるし、私と違ってオーナーは光羽がヒーローになることを望んでたんじゃないの?」

「いやー、あんまり瞳子の時と変わらなかったよ? お前たちがヒーローになる必要がない時代だからーってさ。どうしても行きたいって駄々こねて押し切ったんだけど」

「……なんか、意外といえば意外だし、光羽らしいといえば光羽らしい」

 

 光羽のように実力ある人間になりたいとずっと思っている私であるが、そんな光羽でも苦労しないわけではないのだなという事実。オーナーの厳しさ。社会の厳しさ。

 所詮今の私たちは何者にもなっていないただの中学生に過ぎない。

 ヒーローになりたいという思いはあっても、自分が社会のために貢献するヒーローになれるビジョンもまた曖昧で。

 河原でゴミ拾いをするくらいが、今の私の身の丈に合っているのかもしれなかった。

 

 

 しばらく経って、光羽が「そろそろ終わりにしよ」と言い出したので、ゴミ拾いをやめて今までに集めたゴミを観察する。

 空き缶、ペットボトル、コンビニ弁当の容器、タバコの吸い殻、ぼろぼろの野球ボール、よくわからないプラスチックの破片、雨ざらしになって崩れかけた古雑誌、その他もろもろ。

 

「これ、どうするの? 持ち帰るの?」

 

 光羽は首を振る。

 

「いや、これはここで処理する。瞳子の“個性”で、全部石にしよう」

「!?」

 

 “個性”をこんなことに使っていいのだろうか。私は思わず光羽を見返す。

 

「どうせポイ捨てされたものだし、石にして砕いてしまえばそこらへんに転がってる石ころとそう変わらないでしょ?」

「で、でも、私の“個性”はコントロールが効かなくて、周囲のものもまとめて石にしちゃうかも……」

「それをコントロールするための特訓なんだってば。一つのものだけを「見て」固める訓練なんだよ。……普通は視野は広く持つべきだと思うけど、瞳子の場合は視野を絞ることで石化の対象をコントロールしなきゃいけないのが難儀だよね」

 

 私の“個性”は「見る」ということを発動条件としている。“個性”をコントロールするためには、「見る」という行為そのものをコントロールしなければいけない。

 

「まあ、失敗しても河原がちょっとゴツゴツするだけで大して目立たないし、今の時間なら人もいないから大丈夫だって。

 ヒーローになるのに、周囲の物や人を巻き込むような“個性”のままじゃダメでしょ?」

 

 はっとする。光羽の言う通りだ。今までは両親を失った事件を思い出すため厭わしくてあまり鍛えるなんてしてこなかった“個性”だけれど、ヒーローとして生きていくためには付き合っていかなければいけないのは確かなのだ。

 

「……やってみる」

「よし! その意気! じゃあ始めようか」

 

 私は右眼を覆う眼帯を外す。

 私の視界に入らないような位置から光羽が放り投げた空き缶を左眼で追いながら、そっと右眼を開けた。冷えた空気が容赦なく粘膜を刺激する。

 久しぶりに開いた赤く染まる視界で、クルクルと宙を舞う空き缶を捉える。

 

 

 雄英高校入試に向けた私の「特訓」の日々は、こうして幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




入試前の特訓回でした。原作でデクが海岸の美化活動をしていた時期の話です。美化活動という点ではやってる点は同じですね。
入試に向けて身体を鍛え、ヒーローとしての立ち回りや個性を光羽と共に磨いていくことになります。



オリキャラプロフィール①

名前:月見瞳子(つきみひとみこ)
ニックネーム:特になし(月見さん、瞳子、瞳子さん、瞳子ちゃんなどと呼ばれることが多い)
6月6日生まれ 
性別:女
身長:155cm
血液型:A型
髪の色:斑に赤色の混じる黒色。物語開始時点で肩を越すくらいまで伸ばしている。
好きなもの:和菓子、オーナーの奥さんが作る肉じゃが
嫌いなもの:華美すぎるもの、レバー料理
特技:家事全般、子供の世話
性格:根暗で人見知り(と本人は思っている)実際は自己評価が低く大人しいだけで、コミュニケーション能力は並程度はある。

個性:『魔眼』
発動型と異形型(眼球のみ)の複合個性。右眼で見たものを生物無生物問わず石化させる。例外として自分自身だけは石化しない。無色透明なものも石化できない。
状況によってはかなり広範囲を石化させることが可能であり、鏡の反射によって後ろにあるものを石化させたり、望遠鏡で本来見えないほどの遠距離から石化させることもできる。
石化したのが生物の場合は数時間〜数日の間石化し続ける(質量が大きいほど効果時間は長い)。無生物の場合は自然に元に戻ることはない。
幼少期のトラウマから、眼を使っていると時折過去の事件の記憶がフラッシュバックすることがあるため、本人はあまりこの“個性”が好きではない。

備考:幼い頃に実の両親を敵によって殺された現場にて“個性”が発現する。事件後警察から扱いが危険な“個性”だと判断され、身寄りもなかったことから安全管理のためにヒーローが運営している孤児院に引き取られて育てられた。
 

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