雄英高校ヒーロー科。
その入試倍率は300倍とも言われる。針の穴のように狭き門だ。
私はその会場の入り口に立ち、集まってくる人の多さに気圧されていた。果たして何人集まっているのか。一万は下るまい。
試験前の緊張感あふれるピリピリと張り詰めた空気が、受験生の間に流れている。
……この会場にいる全員がライバルなのだ。
「あまり、競争は好きになれないけど」
私は呟く。
それでも合格という目的のため、彼らよりも上の成績を残さなければならない。
覚悟を決めて足を踏み出す。
私が歩いていると、私の眼帯が気になるのかちらちらと私の方に向けられる視線を感じる。
眼帯に驚かれることは昔からよくあるが、正直言ってこの空気の中であまり目立ちたくはなかった。思わず足の動きが速くなる。
と、私の目の前を歩いていた受験生の一人が突然に何かに蹴躓いたかのように転びかける。
「!」
私が思わず手を伸ばしてその学生服の襟を掴んでしまうのと、横から伸ばされた別の手がその子に触れるのはほぼ同時だった。
「……あれ?」
手に掛かる相応の重量を予想していたが、まるで掴んでいるのが鳥の羽根か何かかのように、全く負担がない。
見ると、その癖毛の緑髪の男の子は地面につかずふわふわと浮いている。はたから見ると私が片手でその子を持ち上げているように見えたかもしれない。
私が横から差し出された手の持ち主を見ると、そこにいたのは朗らかな雰囲気をしたショートボブの女の子だった。
「大丈夫?」
「うわあっ! っていうかえええ!?」
男の子が軽い悲鳴をあげる。
女の子はゆっくりとその体を支えながら地面に下ろす。
「私の“個性”。ごめんね勝手に。
でも、転んじゃったら縁起悪いもんね!」
どうやら、女の子の方は人を浮かすことができるらしい。どうりで重さを感じなかったはずだ。
「なんだ、私が手を出す必要なかった」
私が言うと、二人とも私の方に眼を向けた。眼帯を見てぎょっとしたような顔になる。勝手に助けようとしたのは私だけれど、この反応はちょっと傷つく。私は眼帯を隠すように顔を背けた。
「あ、ごめんね! 眼帯してる人って珍しいからつい……」
「いいよ。慣れてるから。こちらこそ試験前でちょっと緊張して過敏になってた。変な反応してごめんね」
私がそう返すと、女の子はほわほわした笑顔を浮かべて、
「緊張するよね〜」
「え、あ、あわわ、ええと」
「こんな空気の中だし、浮き足立つのは仕方ないよ」
間にわたわたする男の子を挟んでその女の子と会話する。女の子のほんわかした雰囲気に緊張がほぐれて、私は少し気が楽になった。
「お互い頑張ろう! じゃ!」
女の子はニコッと笑うとすたすたと歩いて行ってしまう。衆目を集めつつあったし、私も行かないと。
「足元に気をつけて歩きなよ? 試験はこれからなんだから」
私もそう言って男の子の元を離れた。私も集中してかからなければ。
「オレのライブにようこそ!!! エヴィバディセイヘイ!!!」
実技試験の説明会場。
すり鉢状に座席が並ぶホールに集められた私を含む受験生たちは、そこで担当の試験官の説明を聞くことになっていた。
……なっていたのだが、出てきたのは教師とは思えない風貌の、それこそライブハウスのDJでもやっているのが似合いそうな男性だった。開幕パンチの効いた挨拶に圧倒された私たちは誰一人返事をしない。
「こいつぁシヴィー!! なら受験生のリスナーに実技試験の内容をサクッとプレゼンするぜ!!! アーユーレディ!? Yeah !!!」
シーン、と静まりかえった会場。誰もそのノリについていけてない。
ボイスヒーロー・プレゼント・マイクという歴としたプロヒーローらしいのだが、私は正直オールマイトやエンデヴァーなどの有名どころくらいしかヒーローに詳しくないので、彼がどういうことをする人間なのかよくわからない。
この調子で試験中ずっと続けるのか、と思うとちょっとげんなりした。
「入試要項通り、リスナーはこの後10分間の模擬市街地演習を行ってもらうぜ!!! 持ち込みは自由、プレゼン終わったら各自所定の試験会場に向かってくれよな!」
私は試験概要が書かれた紙を見る。
端的に言うと、ポイントが割り振られた自立ロボットを仮想ヴィランに見立ててその撃破ポイント数を競うものらしい。それだけ聞くと試験というよりゲームか何かのように感じる。
「演習場には仮想ヴィランを多数配置してあり、攻略難易度によって1〜3ポイントがつけられている。各々の"個性”を用いて可能な限りこの仮想ヴィランを行動不能にするのがリスナーの目的だ! もちろん他人への攻撃などアンチヒーローな行為はご法度だぜえ?」
つまり、私は他の受験生を巻き込んで石化させてはいけないということ。ヴィランは行動不能にすればいいので「見る」だけでいいというのは楽ではあるが、多数の受験生が動き回る混戦の中でやるとなると気をつけなければいけない。
私はふと試験概要に書かれている4種類目のヴィランの説明がなされていないことに気づく。質問するべきかと考えていると、私より先に会場内の誰かが手をあげて同じ内容の疑問をプレゼント・マイクに投げかけていた。ついでに私語をしていた受験生が注意され、付近の学生がクスクスと忍び笑いする。
「オーケーオーケー! 受験番号7111くん。ナイスなお便りサンキューな!
4種めのヴィランは0ポイント! そいつはいわばお邪魔虫だ! 各会場に一体ずつ配置されている。倒せないことはないが倒してもポイントにはならない! リスナーには上手く避けるのをオススメするぜ」
倒せないことはないが倒す必要はない、か。個人的には他のポイントを持つヴィランと比べて特に対処するのに時間を取るものではないと思うけれど、一応留意しておく。今回の試験はヴィランの奪い合いになると思うので、他の受験生が戦わないのであれば、私もスルーしよう。
「オレからは以上だ! 最後にリスナーへ我が校訓をプレゼントしよう!
かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った。
『真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者だ!』と。
……それでは皆、良い受難を」
私はその言葉を聞いて、少し心に気合が入った気がした。
「ハイ、スタート!」
私が指定された演習場Bに着いて門を見上げていると、プレゼント・マイクのそんな声が響き渡る。試験開始の合図。全く前兆もなく告げられたそれに、受験生の多くが混乱する。
私はカバンから双眼鏡を取り出す。
「どーしたァ!? 実戦にカウントダウンなんざねえんだよ! 走れ走れェ!」
小さく息を吸って走り出す。私に続き、多くの受験生も我先にと演習場内に駆け出した。ヴィランの数は限られているだろうから、ポイントは早い者勝ちになる。ぐずぐずしている暇はない。
会場内は一般的な街並みを模した作りになっていて、ビルや家が整然と並んでいる。一つの高校にこれほどの施設があるなんて、雄英にはどれだけ予算があるんだろう、と試験にはあまり関係のないことが頭に浮かび、私は頭を振って試験に集中した。
私はあるビルの屋上まで駆け上がり、手に持った双眼鏡を覗き込んで仮想ヴィランの姿を探していた。私の右眼は望遠鏡や双眼鏡などを通した視界でも効果を発揮する。どれだけ遠くても見つけさえすれば行動を停止できる私の“個性”は、こういう形式にとっては有利に働くものだ。ビルの上であればヴィランに攻撃されることもなければ他の受験生の戦闘に巻き込まれることもない。
見つけたヴィランを片端から「見て」石化させていく。
ところでやっている作業が地味すぎて、ちゃんと私がやっていることが試験官に伝わっているだろうか不安になってくる。
立ち回りや戦闘力を見る試験のはずなのに、私自身はあまり動かずに試験を進めているのも心配だ。
「私の“個性”は、こうして使うのが一番効率がいいのは確かだけど」
ポイント獲得自体は順調なのが、逆に私に不安を起こさせる。こんなにトントン拍子に進むものだろうか。
そんなことを思い始めたとき、
天を衝くような巨躯。ビルの屋上にいる私が、それでも見上げるようなサイズ。
0ポイント
私のいる区画からは少し離れた場所に現れたそれは、周囲の建物を破壊しながら道路を進んでいく。その足元で動いていた受験生たちが悲鳴をあげて逃げていくのが遠目でもわかる。
「ああ、あれは避けた方がいいと言われるわけだ」
双眼鏡で観察しながら思う。いくらヒーロー志望のエリートたちであっても、そうそう敵う相手じゃなさそうだ。
離れた場所にいるから落ち着いていられる私だが、あんなのが目の前に現れたらきちんと動けるかどうか。光羽やオーナーに教わった格闘術なんて全く通用しないだろうし。
私が今いるビルに近づいてくる前に私も移動しておくべきか、と考えていたところで、双眼鏡があるものを捉える。
0ポイント敵の足元。そこにはがれきに足を挟まれて動けない受験生がいた。
「! あれは」
遠目からなので判別が難しいけれど、ショートボブの女の子に見える。今朝入試前に話した子だとなんとなくわかった。
あのままヴィランが進んでいけば足元にいる彼女は潰されてしまう。
「いやでも、いくらなんでも試験でそこまでするはずが……」
そんなことを思いつつも、現実にヴィランは動き続けている。
迷っている暇はない。
「得点にはならないけれど、止めないと」
私は双眼鏡でヴィランに焦点を当て、右眼を開こうとした。
その時、
「……っ!? ヴィランが消えた!?」
いや違う。急にヴィランが吹き飛んで、双眼鏡の視界から消えただけだ。
私は何が起こったのかわからず、双眼鏡をもう一度覗き込む。
大きく体勢を崩されて倒れたヴィランはあちこちに亀裂が入ってスクラップ同然になっていた。行動不能、と判断していいだろう。
あの一瞬で、誰かがヴィランを破壊したのだ。
「っそうだ、あの子はどうなったんだろう」
埃と煙に巻かれ、様子がよくわからない。
私は急いでビルを駆け降りて、事態が起きた区画へと走り始める。
しかし、そこでプレゼント・マイクの合図が響く。
「試験! 終了〜!」
私の雄英入試は、そんな釈然としない形で終わってしまうこととなった。
帰り道の電車の中で、同じ会場で見かけた真面目そうな眼鏡の男子を見つけた。
もしかしたら彼はあの現場で何が起きたか見ていたかもしれない。私はどうしても気になって、彼に声をかけてみることにした。
「……あ、あの」
「うお! なんだ君は!? 俺に何か用事だろうか!」
彼は私の声にビクッとして、大仰な動作で驚く。
おかげで周囲の乗客の視線が集まってしまった。
私は思わず自分の唇に人差し指を当てる。そんな騒がれてはたまらない。
「ちょ、うるさくしないで。電車の中なんだから。
ちょっと聞きたいことがあるの。あなた雄英入試のB会場にいたよね?」
「む、確かにそうだが。そういえば君も同じ会場にいた眼帯の……」
彼も私のことを記憶していたらしい。あまり目立たないようにしていたつもりだけれど、残念ながら私の顔は覚えられやすい。ほとんどが悪目立ちなのだが。
「実技試験の最後で、0ポイント敵が吹き飛んだよね。私は遠くからしか見れなかったんだけど、あなたはあの場所の近くで見ていた?」
彼は戸惑ったように答えてくる。
「見ていたといえば見ていたが、それがどうかしたのか? もう試験は終わっただろう?」
「あの時何が起こったの? それと0ポイント敵の足元に怪我をした女の子がいたと思うんだけど、彼女はどうなった?」
「ああ、ヴィランは受験生のひとりが飛び出していって倒したんだ。パンチ一発であのヴィランを倒してしまって皆驚いていたが、その飛び出した男子もパンチの反動でボロボロになってしまっていてな。空中から落下してしまっていた。
怪我をしていた女子は自力で抜け出して、その男子を浮かせる“個性”で助けたんだ。終了ギリギリだったが、見ていなかったのか?」
浮かせる“個性”、やはりあの時の女の子だったか。
それにしてもパンチ一発であのヴィランを倒せる受験生がいたとは驚きだ。どんな“個性”だったのだろう。
「……そうなの。二人は怪我は大丈夫だったの?」
「男子の方はリカバリーガールが治していた。女子の方は嘔吐していたがその後はさほど問題はなさそうだったぞ」
リカバリーガール、雄英の養護教諭のヒーロー。私は会場では見なかったけれど、ともかくその受験生が無事なら良かった。
「……教えてくれてありがとう。気になってたんだ。時間を取らせてごめんね」
私が礼を言うと、眼鏡の男の子はビシっと右の肘を曲げて変なポーズを取る。
「いや、いい。俺の名前は飯田天哉。私立聡明中学に所属している。君はなんと言うんだ?」
「月見瞳子。学校は
「うむ! 月見くん。雄英で会おう!」
こうして私は飯田くんと別れ、孤児院への帰途についた。
私が帰ると、光羽をはじめとして、孤児院の家族がみんな顔を出す。
「瞳子おかえりー。試験どうだった?」
「おねーちゃんおかえりー! ゆーえーこーこーってどんなとこだったー?」
「きょうね、みんなでカレーつくったよ。ひとみこねーちゃんかえってくるのまってたの!」
「うん、ただいま」
試験で疲れているけれど、みんなの笑顔を見て落ち着いた。
夕食をみんなと取ってから自室に戻る。
私は静かにベッドに横たわる。枕に頭を預けると自然と目蓋が落ちてきた。
シャワーを浴びようとか、着替えようとかいう思いはあったけれど、なんだか疲れがどっと押し寄せてきて、私はそのまま眠ってしまった。
うん、筆記の自己採点は明日やろう。
ということで入試編でした。デクやお茶子、飯田との初絡み。
書いてて思ったんですけど、実技試験が10分しかないのは短くないですか?あれで爆豪はよく77ポイントも稼いだな。他のメンツも結構点を取ってるし、そう考えるとエリートばっかりというのがよくわかりますね。
ところで、主人公を雄英に入れる都合上、A組から誰かひとりが抜けることになります。
砂藤くんが第一候補ですが、砂藤くんファンの方がいたらあらかじめ謝っておきます。申し訳ありません。増強型の個性がデクと被るので砂藤くんはストーリー上で活躍させにくいのが辛いところ。
月見瞳子
実技試験成績
ヴィランポイント:75ポイント
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