雄英はヒーローを育成する学校ではあるけれど、当然ながら高校として一般教科の授業もおこなっている。例えば今教壇に立っている英語のマイク先生のように、プロヒーローの先生方が各教科を担当してくれているのだ。
その姿はなんというか私の中のヒーローのイメージが崩れるものではあるのだけれど、そんな文句を言っている暇はない。
なにせ日本一の進学校。通常の授業といえど全体的にハイレベルで進行も早い。そんな授業についていくためには必死で勉強しなければいけない。
「はいじゃあここの英文の中で間違ってるのは?
エヴィバディヘンズアーップ! 盛り上がれェ!」
……ええと、関係詞の位置が違うのかな。ということはこの文?
そうこうしている間にチャイムが鳴る。
「よーし今日はここまでだリスナー! 解散!」
授業でやった内容の復習もそこそこに、私は午後の授業、次講のカリキュラムに胸を躍らせる。
ヒーロー基礎学。
端的に言うと、ヒーローになるための実技・実地授業である。
相澤先生は個性把握テストの際に『面白そうなんて心づもりで3年間過ごす気か』と言っていたけれど、そうはいってもなかなか楽しみな気持ちは抑えられない。
実際にヒーローとしての勉強であることが理由なのはもちろんだが、さらにもう一つ、みんながなぜヒーロー基礎学の授業を楽しみにしているかというと……
「わーたーしーがー!!! 普通にドアから来た!!!」
そう言って教室に入ってきたのは、あのオールマイトだった。赤いスーツ、赤い裏地の青いマントを身に纏う姿はテレビや新聞のニュースでずっと見ていたそのままで、生で見るとその迫力に圧倒される。
確かに今年から教師として着任していたのは聞いたけど、こうして実際に見ると今年雄英に合格できて良かったなと思う。
なにせ彼はNo.1ヒーロー。全ヒーローの頂点に立つ英雄なのだ。
「本物のオールマイトだ! すげえ、本当に雄英で教師やってるんだな」
「シルバーエイジの
「オールマイトに教えてもらえるなんて……」
「HAHAHA少年少女! 私の担当はヒーロー基礎学! ヒーローの素地を作るため様々な訓練を行う科目だ。単位数も最も多いぞ!」
その言葉に沸き立つ私たち。
一体オールマイトはどんな授業をするんだろう。
「早速だが今日はコレ! 戦闘訓練!」
「!! 戦闘訓練……!」
実際に対ヴィランを想定して戦う訓練。
戦闘と聞いて何名かがそわそわとし始める。まあヴィランとの派手な戦いって、ヒーロー活動の華だもんね。
「そしてそれに伴って、こちら……!」
オールマイトが何やらリモコンを操作すると、教室の壁からロッカーがせり出してくる。そこには私たちの名簿の順で01〜20までの番号が割り振られていた。
さすが雄英。教室のシステムも最新らしい。
「入学前に送ってもらった『個性届』と『要望』に従ってあつらえた
「「「おお……!!!」」」
ヒーロー免許はまだ持っていない私たちではあるけれど、その衣装は実際に訓練や学外の実習で用いられるヒーロースーツである。それぞれが考えてデザインした自分だけの一点モノ。
ヒーローになるという目標と想いが込められたコスチュームがこんな早くにお目見えしたことに、クラスメイトたちが思わず立ち上がる。
「着替えたら順次グラウンド
「「「はーい」」」
女子更衣室にて。
私たちA組女子は制服からそれぞれもらった戦闘服に着替えていた。
雄英に合格した学生には国から『被服控除』というサポートが受けられる。入学前に自らの“個性”と身体情報、希望のデザインなどを提出すると、雄英と提携している関連会社がそれに合ったコスチュームを作ってくれるのである。
私に関していうと、やはり戦闘では右眼を使うことになることになるので眼と頭部を保護する形の開閉バイザーと、黒地に白のラインが走る動きやすい防弾・防刃繊維のジャケットとグローブ、同色で走りやすさと動きを阻害しない程度にプロテクターの入ったズボン、そしてこれまた動きやすさをメインに据えた機能性ブーツ。
“個性”の都合上スーツに攻撃性能は必要ないので防御性能と運動性能をメインに据えた戦闘服を希望した結果、ちょっと女子が着るには見た目がゴツくなってしまったかもしれない。
「ねえねえ! それカッコいいね! 女の子っぽさはないけど、なんかエージェントって感じがする!」
私が手に持ったバイザーを見たのか、隣から声をかけられる。
そちらを見るとグローブが宙に浮いている。
「あ、葉隠さんだっけ。透明人間の」
「そうそう! よろしくね月見!」
表情はわからないけれど、声の調子からしてとても明るい子なのだろう。その元気さはなんとなく光羽を思わせる。
「エージェントっていうか、まあこうやって届いたのを見るともうちょっと女性らしさが欲しかったかなって思わなくはないかも……」
「乙女心だねーっ!!」
「ってそういう葉隠さんはどんなスーツなの? まさかグローブとブーツだけ?」
「本気を出したら全裸になるよ!」
「…………」
羞恥心というものが彼女にはないのだろうか。“個性”を生かすためとはいえ、私だったら公衆の面前で全裸になるなんて耐えられない。
やりとりが聞こえていたのか、着替えた他の子たちも集まってくる。
「葉隠、そこは女子としてどうなのって思うんだけど……本人がいいなら別にいいのか?」
「ケロっ。恥じらいは大切よ
「うわーコスチュームが裸って、根性あるねえ」
「“個性”のためですから、露出が多少増えてしまうのは仕方がないことなのでは? わたくしも素肌から物を『創造』するので肌面積が広くなるように作ってもらいましたわ」
「や、ヤオモモもすっごい衣装……」
八百万さんの衣装は胸元から臍のあたりまでを晒した非常に露出度が高いレオタードで、メリハリのあるボディラインがはっきり出ている。同性である私ですら目に毒だと思うのに、これは同年代の男子たちに見せても良いものか。
「これでも注文していたものよりは露出が少なくなってしまいましたの」
「こ、この状態で!?」
なんというか彼女もちょっと変かもしれない。
と、あまりコスチュームの見せ合いに時間をかけている場合じゃなかった。
私は付けていた眼帯を外し、代わりにバイザーを装着する。
「おお〜、かっこいい〜」
「スタイリッシュね」
「というか瞳子ちゃんが眼帯外しとるとこ初めて見た気がするんだけど、外してもええの?」
「バイザーの上からじゃ眼帯の付け外しができないから、最初から外しておく必要があって」
「……その右眼、閉じてたけどやっぱり見えてないの……?」
「あーっと……。いや、ううん。
私の“個性”って、右眼で見ることで発動するんだけど、“個性”自体のオンオフはできなくてね。眼を開いている間ずっと発動しっぱなしで、それだと危険だから普段は眼帯で覆ってるの。別に見えないわけじゃないんだよ」
「そういえば体力テストの時は“個性”を使っておられないようでしたが、どのような“個性”なのでしょう?」
昨日飯田くんにも聞かれたなあ。あの時も答えそびれちゃったけれど。
「まあ、多分この後の戦闘訓練でわかるよ」
私はそうはぐらかし、みんなと共に授業の会場へと向かうことにした。どんな授業かは分からないけれど、戦闘訓練というくらいだからきっと右眼も使うことになるだろう。
「格好から入るってのも大事なことだぜ? 少年少女よ! 自覚するのだ……今日から自分はヒーローなのだと!」
私もクラスを見回す。みんなそれぞれ奇抜なものからシンプルなものまでさまざまな戦闘服を身につけており、なるほど制服の状態よりかはよほどヒーローらしい。
先生の一言を受け、みんなじんと心にくるものがあったのか一斉に静かになる。その場の空気がピシッと引き締まった。
「いいじゃないかみんな! カッコいいぜ!
さあ始めようか有精卵ども! 戦闘訓練のお時間だ!」
さて、
私がその言葉に身構えた時、完全にフルアーマーのロボットの如き戦闘服を纏った生徒が手を上げる。声からして飯田くんだろうか。
「先生! ここは入試の時の演習場ですが、また市街地演習を行うのでしょうか?」
先生はそれに対して指を振り、
「いいや、もう2歩先に踏み込む!
ヴィラン退治は主に屋外で見られるが、統計でいえば屋内の方が凶悪ヴィラン出現率は高いんだ。
監禁、軟禁、裏商売……このヒーロー飽和社会……オホン、真の賢しいヴィランは
君らにはこれからヴィラン組とヒーロー組に分かれて、2対2の屋内戦をおこなってもらう!」
「基礎訓練もなしに……?」
「その基礎を知るための訓練さ。ただし今度はぶっ壊せばOKなロボじゃないのがミソだ!」
その言を受け、A組の生徒たちが一斉に質問を始める。
「勝敗のシステムはどうなります?」
「ブっ飛ばしてもいいんスか」
「また、相澤先生の時みたいに除籍とかあるんですか……?」
「分かれるとはどのように分かれ方をすればよろしいですか!」
「このマントヤバくな〜い☆」
「うーん聖徳太子ィィ!」
オールマイト先生はカンペを取り出し詳しい内容の説明を始める。こうして見ていると、かのトップヒーローも教師としては初心者なんだなあと感じて、私は少し微笑ましく思った。
「いいかい?
状況設定はヴィランがアジトのどこかに核兵器を隠していて、ヒーローがそれを処理しようとしている。ヒーローは制限時間内に核兵器を回収するかヴィランを捕まえること。ヴィランは最後まで核兵器を守るかヒーローを捕まえること!
コンビと対戦相手はクジだ!」
私は少し気になったことを質問してみる。
「あ、あの、核兵器の回収とは、具体的にどのようなことを行えばいいんですか? 例えば核兵器自体を無力化したり解体したりする必要はあるのでしょうか……?」
「それについては、ヒーロー側が核兵器にタッチしたら回収成功ということにしよう! 皆いいだろうか!」
なるほど。もしヒーロー側になっても、遠目で発見して核兵器を石化して終了とはいかないか。まあ仕方ない。
「チーム分けはクジという適当な決め方でよいのですか!」
「飯田くん、プロは他事務所のヒーローと急造チームアップをすることも多いから、そのためじゃないかな」
「なるほど……先を見据えての計らいということか……失礼致しました!」
「いいよ!!! 早くやろ!!!」
急造のチームアップ。私は将来的には光羽のサポートをする
人見知りをしていないで、誰とでも仲良くなれるようにならないと……
ということで、私はクジで同じチームになった男子生徒に挨拶しにいった。
「よ、よろしく
「……!(コクコク)」
これまで喋ったことがなかったけれど、彼はとても無口な子のようだ。
「えと、私は月見瞳子っていうんだけど……
私たちの番が来るまで少し自己紹介し合わない? 最初の戦闘訓練だし、コンビネーションとかもまだまだだと思うんだけど、少しでも……」
「う、うん……つ、月見さん」
最初の対戦カードである麗日・緑谷チームと爆豪・飯田チームだけが演習場に残り、私を含め他の組はオールマイト先生と共にモニタールームに行く。
戦闘訓練が始まった。
それを横目で見ながら、私と口田くんは部屋の片隅でお互いのことを話し合う。
出身の中学、好きな食べ物、それぞれの“個性”や戦い方……
「動物と話せるの? 面白い“個性”だね……! 色々使い道がありそう」
「……つ、月見さんもすごい“個性”だと思います」
「え? あ、ありがとう。あんまりヒーローっぽくないし、普段はなんの役にも立たないから私はそこまで自分の“個性”が好きじゃないんだけど……」
「入試では2位って聞いてましたけど、体力テストの成績が奮わなかったのはそういう“個性”だったからなんですね……」
私はあまりこの“個性”が、ひいては右眼自体、使うのは好きじゃない。それは口田くんに語った以外にも理由があって、それは右眼の視界に映る赤色が、両親を失った事件のことを思い出させるからだ。
あの痛みも、辛さも、悲しみも、2度と味わいたくはないのに。
だけど光羽に出会って私はヒーローになると決めた。これからの道のりで、いつかはこの苦しみも克服しなきゃいけない。
私が少し黙ってしまうと、口田くんが少し慌てたように部屋の大画面を指さす。
「あ、あの! 戦闘訓練の方を……(ゴニョゴニョ)」
「! う、うん……」
気を遣わせてしまった。口田くんはあまり喋らないけど性根は優しい人だ、と思う。
モニターの方を見ると、今まさに緑谷くんと爆豪くんが格闘戦をしているところだった。2人は何やら口論しているように見える。
あの2人はどうやら雄英に入る前からの長い付き合いらしい。昨日緑谷くんが少し語ったところでは、昔から緑谷くんは爆豪くんにいじめられてきたようで、今まさに爆豪くんが暴走気味に戦っているのもそのあたりに理由があるのだろうか。
緑谷くんの“個性”は増強型の超パワー。ただし使えば反動で身体にダメージがあるようで、爆豪くんとやりあう中では使っていない。爆豪くんの動きの先を読んで立ち回っている。
対して爆豪くんは手のひらで爆発を起こす“個性”のようで、それを生かして縦横無尽に室内を飛び回って爆破をしかける。爆豪くんの動きは凄まじく、天性の戦闘センスを感じさせる。
……光羽とどっちが上だろうか?
そんなことをこっそり思いながら見ているうちに、爆豪くんが右の籠手を振りかぶり、向き合う緑谷くんも何かを覚悟したように拳を握った。
「まさか、あの超パワーで撃ち合うつもりなの……?」
爆豪くんの方も加減なく爆破をしそうで、そうなるとお互い重傷は免れない。
流石に先生が止めようとした瞬間、それは起きる。
拳と掌が交わるかと思った瞬間、緑谷くんが拳の軌道を変えたのだ。
「「「うおお! アッパーで天井をぶち抜いたあ!!!」」」
同じく見ていたみんなもその行動に驚く。
緑谷くんのパンチはその衝撃で建物を縦に貫くように破壊しながら穴を開け、上階で対峙していた麗日さんと飯田くんの均衡を傾けた。
破壊された柱と瓦礫を浮かした麗日さんは柱をバットのようにスイングして瓦礫を打つ。
飯田くんが瓦礫を凌ごうとしている間に、麗日さんは自身を飛ばしてハリボテの核兵器にタッチしてしまった。
「ヒーローチーム、WIN !!!」
緑谷・麗日チームの勝利をオールマイト先生が告げる。
その緑谷くんは、アッパーを打った方の腕をボロボロにして、爆豪くんの足元に倒れている。
……つまり、緑谷くんは爆豪くんとの戦いをハリボテのある部屋の真下のポイントになるように誘導し、最後麗日さんとタイミングを合わせてあの行動をしたということ。
「負けた方はほぼ無傷で、勝った方が倒れてら」
「試合に勝って、勝負に負けた、というところか」
「訓練だけど……」
私たちがざわめく中、オールマイト先生が戦いを終えたチームの面々を連れてモニタールームに戻ってくる。1人だけ緑谷くんがいないのは保健室に行ったからだろう。
「さあ講評タイムだ! つっても、今回のベストは飯田少年だけどな!」
「勝ったお茶子ちゃんや緑谷ちゃんじゃないの?」
名前を挙げられた飯田くんが驚く中、カエルのような女の子——蛙吹さんが先生に疑問を投げる。
「なぜだろうな〜? ……分かる人!」
「はい、オールマイト先生」
挙手をしたのは八百万さんで、彼女は理路整然とその根拠を話し始める。
飯田くんが一番状況設定に従って動いていたということ。
爆豪くんの行動は戦闘を見る限り私怨丸出しの独断先行であること。
建物内での大規模攻撃は愚策であり、緑谷くんの最後のアッパーも爆豪くんの大規模爆破同様に減点すべきであること。
麗日さんは中盤気が緩み、最後の攻撃もハリボテを核兵器としてきちんと扱っていれば不可能な行為だった……などなど。
「相手への対策をこなし、核の争奪も想定していたからこそ飯田さんは最後の対応が遅れました。ヒーローチームの勝利はこれが『訓練』だということに対する甘えから生じた反則のようなものですわ」
非の打ちどころの無い講評に、聞いていた私たちはおおー、と声をあげ、オールマイト先生は言いたいことを言われてしまったのかプルプルしながらサムズアップする。
「……ま、まあ飯田少年もまだ硬すぎる節はあるわけだが……正解だよ……くう!」
当事者である飯田くん、麗日さん、爆豪くんの方を見ると、感心したかのように聞き入る2人に対して、爆豪くんは八百万さんの言葉に目を見開いて歯を食いしばって震えていた。
なにか彼にとって衝撃的なことだったのだろうか。
「常に下学上達! 一意専心に励まなければトップヒーローにはなれませんので!」
八百万さんの凛とした宣言。
彼女は光羽と同じ推薦入学らしい。私は彼女のことを眩しく思った。
……緑谷くんや爆豪くんたちも、八百万さんも、みんなすごいなあ。
というわけで7話目、戦闘訓練回でした。
主人公が口田くんと交流を深めている間に、本編でのメインバトルである緑谷・麗日vs爆豪・飯田が進んだ形になります。
次回は主人公組のバトルです。対戦相手は芦戸・青山チームになる予定です。ようやくまともな主人公の活躍シーンが……