「ポケットモンスター⋯⋯縮めてポケモン」
歓声の中、スタジアムの中心で1人の男が語り始める。
直前までのざわめきは鳴りを潜め、その男の語り口に誰もが注目していた。
「彼らは陸に、海に、空に⋯⋯街に。私達のすぐそばに生きる、不思議な不思議な生き物達」
青紫色の派手なスーツを着たその男は、観客へ向けて恭しく一礼する。
「自己紹介が遅れてしまいましたね。私はマーギャン。昨年に引き続き、バキリスリーグの実行委員長を務めさせて頂きます」
マーギャンと名乗った男はポケットから小さなボールを取り出す。上半分が赤色、下半分が白色のスタンダードなモンスターボールだ。
ボールの中心にあるボタンを押すと、モンスターボールはカプセルの様に開き、中から赤い光が飛び出す。
光の中から現れたのは、長い耳をした紫色のポケモン⋯⋯ニドリーノ。
「セントラルアイランド、ダリア島、モナルダ島。3つの島から成るこのバキリス地方は古くより、豊かな自然と暖かな気候で、世界中の皆様から観光地としても親しまれて来ました」
マーギャンはニドリーノのトゲに注意を払いつつ、その頭を撫でる。
ニドリーノは彼になされるがまま。それでもとても気持ち良さそうにその手を受け入れている。
「今宵私がお届けするのは、開催まで間もなくとなりましたバキリス地方が誇る一大イベント。バキリスリーグを記念したエキシビションマッチにございます」
ニドリーノをボールに戻し、マーギャンがスタジアムの中心から移動した。
そして舞台裏の人々に指示を出すように右手を上げる。
「さて、では早速入場して頂きましょう!」
スタジアムの両端にある入り口から爆発が起こり、歓声が一段と大きくなる。
「まずはこちらから!バキリスリーグ最強のジムリーダー!エスパータイプの使い手。『無限の瞳』リナリア!」
西側の入場口から人影が現れる。
ベージュの髪を後ろで纏めた、赤い瞳の女性だ。
エスパータイプをモチーフにしたデザインのユニフォームを着ている。
彼女は観客に手を振りながら歩みを進め、スタジアム中心のバトルコートに立った。
「そしてもう1人。皆さん、誰が現れるかはもうご存じですね?ええ、そうです。バキリスが誇る英雄!無敵のポケモントレーナー!『クイーン・オブ・バキリス』!チャンピオン、ダフネ!」
東側の入場口から歩いてくる女性。焦げ茶色の髪をセミロングまで伸ばしている。彼女はリナリアよりも少し暗い赤色の瞳で、真っ直ぐに対戦相手を見つめる。
そして不敵に笑みを浮かべると、スタジアムの中心にあるバトルコートに立つ。
「リナリアなら楽しいバトルができそうだね。エキシビションマッチだけど、本気で行くからね」
「それはこちらのセリフですよ。ダフネ。貴女を正式な場で倒すのが私の夢なんですから。こんなところで負けないでくださいね?」
2人の視線が交差し、火花が散る。
「では両者モンスターボールを構えて下さい」
エキシビションマッチの審判を務めるのはマーギャン。彼は右手を高くあげると、
「エキシビションマッチ、開始ぃっ!」
その腕を勢いよく振り下ろした。
「見た!?昨日のバトル!!」
「うん!リコも見てたんだね!」
「当たり前じゃない!やっぱりチャンピオンって凄いわね!」
牧場と風の町、マウリタウン。町の面積のほとんどを牧場が占めていて、ケンタロスやミルタンクの鳴き声を優しい風が運んでくる。
北風が吹き始め、少しずつ乾季が近づいてくるこの頃。
あたしは幼馴染みのラクナと一緒に、昨日見たエキシビションマッチの感想を言い合っていた。
エスパーポケモンの猛攻を、速さを活かした最小限の動きで躱しながら的確に弱点をついていく。
昨日テレビに出ていたチャンピオン・ダフネ。彼女は10年前、12歳でチャンピオンの座に着いたらしい。
そしてあたしも12歳になった。この地方では12歳になるとポケモントレーナーになる許可が与えられ、申請すれば最寄りの博士から最初の相棒となるポケモンを貰える。
そうしてポケモンと共に、この地方をめぐる旅に出るのが慣習だ。
「リコもついにポケモントレーナーになるんだね」
あたし達が目指しているのはカレンポケモン研究所。ラクナの付き添いで何度も歩いた道を、今日も進んでいく。
「うん!あたし、チャンピオン目指してるから!」
「応援してるよ、リコ」
「あたしもラクナの事応援してる!ポケモン博士になりたいんでしょ?」
「うん。ポケモンってやっぱりすごいよ。知れば知るほど知らないことが増えてく。すっごく楽しい!」
目に少しかかるくらいに長いベージュの髪。ラクナは、同じマウリタウンで育った親友。
ポケモンバトルを見るのは好きだけど、本人はトレーナーよりも博士になりたいらしい。ラクナは一緒にバトルを見ててもあたしの気づかない所に気づいたりして、観察力というか、分析力というか。とにかく博士には向いていると思う。
ラクナはトレーナーを目指している訳じゃないから、ポケモンを貰わない。旅に出るのはあたしだけだ。
「⋯⋯」
「リコ?」
「ううん。ちょっと寂しいな⋯⋯って」
「⋯⋯そうだね」
家が隣にあって、何をするにもラクナとは一緒だった。
だから、こんな風にラクナと話すのはもうすぐ最後になってしまう。勿論旅が終われば帰っては来るけど、そんなに長い間ラクナと会えないなんて想像もできない。
「ほら!見えてきたよ!カレンポケモン研究所!」
「本当ね!⋯⋯うん、平気平気!さぁ、行きましょ!」
カレンポケモン研究所は、マウリタウンの中で最も大きい建物だ。
ここに住むカレン博士は、ポケモンの歴史学のスペシャリスト。人とポケモンが共に歩いてきた歴史を研究しており、世界各地の様々な伝説に詳しいらしい。
ドアをノックする。鍵はかかってないし、何かしら研究してるから勝手に入ってくれと前もって言われていた。
「お邪魔しまーす」
返事は無い。何度かラクナの付き合いで遊びに来たことはあるから、カレン博士がどこにいるのかは大体想像がつく。
とても研究熱心な博士だ。今日も資料室に籠って死んだコイキングの様な目で何かを記録しているに違いない。
「資料室かな?」
資料室へ行こうかとしたとき、広いエントランスの中央にある水槽に目が行く。水槽の中にいたのは、鋭い爪?牙?を持つ虫のようなポケモン。
「これは⋯⋯アノプスだ!」
「アノプス?」
ラクナが興奮して水槽に駆け寄り、ポケモンの姿を四方八方から観察し、鞄から取り出したノートにスケッチしていく。普段は大人しいのにこう言うときだけ行動的なのも博士に向いてる。
「うん!アノプス。むかしエビポケモン。いわ・むしタイプ。大昔の海底に住んでいたポケモンでね、この鋭い爪を伸ばして岩場に隠れた獲物を捕まえていたって言われてるんだ」
目を輝かせてアノプスの解説をしてくれるラクナ。本当にポケモンが好きなんだなぁ。
ノートのページが埋まっていく。あれはラクナが作っているオリジナルの図鑑。自分で見たものを記録している様で、既に何冊も書き切っている。
「君は本当に詳しいね、ラクナ君」
頭上から声が聞こえた。吹き抜けになっている2階から、ちょっとボサボサの長い青髪の女性が顔を出している。
「「カレン博士!」」
「やぁやぁ、ごめんね。部下との連絡に時間を取られていてね」
階段を降り、カレン博士が私達の前にやってくる。
動きやすそうなジャージの上に白衣をマントのように羽織っている。前にここに来たときに白衣の意味があるのか聞いたら、カッコいいだろう?と返された。
博士にしてはかなり若いらしいけど年齢は不明。この前こっそり聞いたら、目を泳がせながらギリギリ20代だよ?と言っていた。
「さて、待たせてしまったね。早速君達にポケモンをあげるとしよう」
「ぁ、えっとその事なんですけど⋯⋯」
最初のポケモンが欲しい場合は近所の博士に連絡するのが一般的だ。だからあたしのママも、あたしが旅に出ることが決まってからすぐに連絡していた。だけどあたしはポケモンを受け取るつもりは無い。
最初に仲間にしたいポケモンは決めている。そう伝えると、カレン博士が少し驚いた顔をする。
「その子はどこにいるんだい?」
「えっと、5番道路にいます」
「5番道路って⋯⋯まさか君達、ポケモンも持ってないのに5番道路に行ったりしてないよね?」
カレン博士の質問に、あたしとラクナは目をそらす。
博士はそんなあたし達を見て、はぁ⋯⋯とため息をついた。
「いいかい?草むらからは野生のポケモンが出てくるんだ。5番道路のポケモンは比較的大人しいけど、怒らせてしまったらどうする?」
「「ご、ごめんなさい⋯⋯」」
「全く……さて、お説教はここまでだ。良ければ私にも会わせて貰えるかな?君のパートナーに」
切り替えの早い人で助かった。あたし達はカレン博士を連れ、マウリタウンの北へ。
マウリタウンは2つの道に挟まれた町だ。南にあるのは4番道路。4番道路には私とラクナがよく遊んでいた海岸の洞窟があり、その先にはテヌアタウンがある。そこまで行ったことはないけど。
そして北側は5番道路。博士も言っていた通りおとなしめのポケモンが集まる草原で、初心者トレーナーの修行の場にもなってるって聞いたことがある。5番道路を抜けると、あたし達の住むモナルダ島で1番の都市、コラバシティに到着する。
「着いた!おいで、コリンク!」
草むらに向けて呼び掛ける。するとすぐに草が揺れ、あたしめがけて何かが飛び出す。
「きゃっ、もー、元気一杯だね!」
きゃうんと鳴きながら、コリンクがあたしの足に頬擦りする。
顔に比べて大きめな丸い耳。上半身が水色、下半身が黒色の毛で覆われた4足歩行のポケモン。
「なるほどコリンクか。ゲットしてもいないのに、随分懐いているんだね」
「はい。僕たち、ずっと一緒に遊んできたんです」
コリンクは始めてみるカレン博士の姿をまじまじと見つめている。カレン博士は旅に出ることが多く、研究所を留守にしていることも多い。だから今まで顔を合わせる機会が無かったんだ。
「よし、では君にはこれをプレゼントだ」
カレン博士はポケットからモンスターボールを取り出し、あたしに差し出す。
「ありがとうございます!」
「うむ。さぁ、初めてのポケモンゲットだね」
「はい!コリンク、あたしと一緒に強くなろう!付いてきてくれる?」
あたしはしゃがんでコリンクと視線を合わせ、モンスターボールを見せる。
コリンクはあたしの目をじっと見つめると、元気よく鳴いて答えた。
「よし、行くよ!モンスターボール!」
モンスターボールのボタンをコリンクの鼻先にそっと押し付ける。
ボールが開いて赤い光が飛び出すと、それはコリンクの体を覆う。光はコリンクを飲み込んだままボールの中に戻って行く。
ボールが3回程揺れると、カチッ、という音がする。捕獲に成功したんだ。
「おめでとう!これで君もポケモントレーナーだ!」
「やったー!コリンク、よろしくねっ!」
あたしはコリンクの入ったボールを空に掲げ、ジャンプ。
憧れたポケモントレーナーの第一歩を今!踏み出したんだ。
「じゃあ、早速!出ておいで、コリンク!」
モンスターボールが開き、コリンクが赤い光の中から現れる。
コリンクは鳴き声をあげ、あたしに飛びかかって顔を舐める。
「あははっ、もー!顔ぐしゃぐしゃになっちゃうよ!」
「コリンクも嬉しそう。良かったね、リコ!」
「うん!ありがと!」
「さて、それでは一度研究所に戻ろう。実はラクナ君にも用事があってね」
「僕ですか?」
予想外の事だったようで、ラクナが目をぱちくりさせている。
カレン博士は優しく微笑んで頷いた。
「うん。君に、だよ。ちょっと準備があるから一足先に戻っているよ。エントランスで待っていてくれ」
そう言ってスタスタと歩いていく。大人なだけあって、早歩きでも結構なスピードだ。
「ちょ、ちょっと待ってー!」
博士を追いかけてカレンポケモン研究所に戻る。あたし達は言われた通りエントランスで待ち、コリンクとじゃれあいながら時間を潰す。
「いやぁお待たせ。ごめんよ。少し探すのに手間取ってしまってね。まずはこれを2人に」
カレン博士は、あたしに水色の、ラクナには緑色の小さな機械を差し出す。
「これは?」
「まさか、これって⋯⋯!」
「ラクナは知ってるの?」
「うん!スマホロトムだよ!」
ラクナが興奮した様子で博士から貰った機械を弄っている。
プラズマポケモンのロトムは、色んな機械に入り込む能力を持っているらしい。その力を応用したのがこのスマホロトム。スマホの中にロトムが入ることで、ポケモン図鑑の機能を始めトレーナーを色々と手助けしてくれるという話だ。
コリンクはあたしのスマホに興味があるようで、ぴょんぴょんとあたしの周りを跳ね回っている。
あたしがしゃがんでスマホを見せると、コリンクはキラキラした目で頬擦りしていた。
「ははは。私が説明すること全部言われてしまったね。その通り。これはスマホロトムさ。ポケモン図鑑としても使えるから、君達のこれからの旅に大いに役立つだろう。試しにコリンクを図鑑に登録してみようか」
「えっと⋯⋯」
「このボタンだよ、リコ」
「ありがと、ラクナ」
ラクナに教えて貰った通りに操作する。
【コリンク】 せんこうポケモン
でんきタイプ
筋肉の収縮で電気を作る。武者震いは激しく発電している証拠。
「「おー!」」
「満足してもらえたかな?」
カレン博士は次に、大きな皮の鞄を取り出す。
「そして⋯⋯ラクナ君にはこれを。本当はリコ君にもあげる予定だったんだけどね」
鞄の中には、3つのモンスターボールが入っている。
ラクナはそれを見て目を丸くして、博士とボールを交互に見ている。
「言っただろう?君達の旅に役立つとね」
「でも、僕、旅に出る予定は⋯⋯」
「君の親御さんには話をつけてあるさ。ラクナ君はポケモン博士になりたいんだろう?ならここはひとつ。私の研究の手伝いをしてほしいんだ」
「手伝い、ですか?」
カレン博士は一旦鞄を閉じて地面に置く。
「うん。手伝いさ。ポケモン博士になるには色々と方法があるけど……何にせよ何かしらの論文提出が必須になる」
そう言って彼女はポケットの中から小さな小瓶を取り出した。
中に入っているのは小さな糸くずだ。研究所の照明の光を反射して、虹色に輝いているように見える。
「これが何だか分かるかい?」
「糸⋯⋯ですか?」
「糸ね」
「そう。これがどこで見つかったか分かるかい?」
綺麗な糸だけど⋯⋯どこかで売ってたのかな。
「えっと⋯⋯お店?」
「あはは。うん。綺麗だよね」
暗に違うと言われているようだ。ラクナは顎に手を当てて考え、呟いた。
「ポケモンの⋯⋯体毛?」
「うーん、惜しい。いや、正解でいいかな?この糸はね、自然環境の中で見つかるんだよ」
そう言ってスマホロトムを取り出し、写真を見せてくれる。
写真に映っていたのは、水の多い洞窟で発掘作業をしている博士。彼女の持っている割れた岩の中に、あの糸が入っているのが分かる。
「岩の中に糸がある、不思議!」
「うん。化石?いや、どうしてこんなところに⋯⋯」
「不思議だろう?この糸は岩の中から見つけたものだけど、他にも色々さ。草の中、森の中、土の中。ラクナ君の言った通り体毛に混じって野生のポケモンが持っていることもある」
ラクナは博士から小瓶を借りると、色んな角度で観察を始める。
「この糸の先端⋯⋯石みたいになってませんか?」
「おぉ、そこに気づいたか。そう、その糸はまるで岩に溶け込むように入っていたんだ。そして面白いことにね、この糸は『いとをはく』って技で作られる糸と似た成分から作られているんだ」
「ポケモン由来の糸⋯⋯って事ですか?」
「うん。私はそう考えている。興味深いだろう?どんなポケモンが?何のために?私の最近の研究テーマでね」
カレン博士が目を瞑り、遠い何かを想う様にして語る。やがて博士は目を開けると、あたし達に向けて問いかけた。
「君達は知っているかい?このバキリス地方に伝わる伝説を」
「いえ、知らないです」
「伝説⋯⋯って?」
カレン博士は頷くと、 石版を取り出してあたし達に見せてくれた。
1人の人間と、1匹の人型のポケモン。その2人が互いを見つめ手を取り合う後ろに、大きな8本足のむしポケモンの様なものが描かれている。
「今よりずーっと昔。ヒトとポケモンが同じ立場だった頃」
カレン博士は石板の絵を指差しながら説明してくれる。
昔、このバキリス地方には小さな小さな島しか無かった。そこに、1人の男とポケモンが流れ着いた。
石板に描かれた大きなむしポケモンはその島に元々住んでいたポケモン。このポケモンは2人をとても気に入ると、自分の糸を使って島を大きくした。
やがて海を渡ってやって来た巨人とも仲良くなると、大きな島を3つに分けて運び、この地方には3つの島ができた。
その話を聞いて、ラクナは何かに気づいたような声をあげた。
「じゃあ、この糸は⋯⋯」
「私は、この糸に伝説を紐解くカギがあると信じている。君が何かを発見することができれば、それを論文にして発表すればいい」
「でも、良いんですか?これは博士の研究じゃ」
「構わないよ。私は事実が知りたいだけだ。そんなポケモンが存在するのか。存在するなら何処に居るのか。富や名声はもう要らないほどあるからね」
「⋯⋯やります!僕、この地方を旅して、この糸の謎を解明して見せます!」
「うん。その言葉を待っていた」
カレン博士は再び鞄を開き、ラクナに見せる。
「ここに3つのモンスターボールがある。くさタイプのポケモン⋯⋯くさへびポケモンのツタージャ。ほのおタイプ、ひぶたポケモンのポカブ。そしてみずタイプ、ラッコポケモンのミジュマル。好きな子を選んでくれたまえ」
ラクナは3つのボールを見て考えると、その内の1つを手に取る。
「⋯⋯君に決めた」
「ほう。その子は少し気むずかしいけど、良いのかい?」
「うん。僕はこの子と一緒に旅をします。さぁ、出てきて⋯⋯ツタージャ!」
キャラ紹介等は2話のあとがきにてする予定です。
2話はすぐ公開できるはずなので、次回も読んで頂けたら幸いです。