5番道路は、背の低い草むらが広がる穏やかな野原だ。ジグザグマが走り回りながら餌を探し、所々に生えた木にはポッポが巣を作っている。
ここのポケモン達はおとなしく臆病なので、あたしたちが歩いているような舗装された道に飛び出てくることはほとんどない。
ポケモン達の生活を覗き見しながら、ラクナと並んで歩いていた。
「もうマウリタウンも見えなくなっちゃったわね」
「うん。結構歩いてきたけど、大丈夫?」
「平気平気!この程度なんてことないわよ!」
コリンクもあたしに合わせて元気な鳴き声をあげる。せっかくだし、この子は連れて歩く事にしている。あたしよりずっと小さい体だけどまだまだ体力が有り余っているようで、道端の花を弄ってみたり、ちょっと走ってあたし達を待ってみたりと遊び回っていた。
「僕もツタージャを出してみようかな。ほら、出ておいで」
ラクナがボールからツタージャを出す。ツタージャはラクナを見てまた顔をそらしてしまう。
「ツタージャ、しばらく一緒に歩いてみたいんだけど、良いかな?」
ラクナはもう慣れた様子で、しゃがんでツタージャと視線の高さを合わせて聞く。
ツタージャは相変わらず無口だけど、小さく頷いた。
「ありがとう。それじゃあ行こうか。辛くなったらすぐに伝えてね」
2人と2匹で道を歩く。本当は空を飛ぶタクシーを使えばコラバシティまではすぐなんだけど、まだまだ開会式まで時間はあるし、ゆっくり旅の練習をすることにした。
バキリスリーグの参加者は、空を飛ぶタクシーの利用に少し制限が掛かる。具体的には1度行った町にしか送ってもらう事が出来ないのだ。その代わり利用はタダ。
こんな制限が掛けられているのは、バキリスの事をよく知ってもらいたいからだそうだ。バキリスリーグにはこの地方の出身者だけでなく、他の地方からも参加してくる人はいる。そういった人にバキリスの魅力を伝え、観光業を盛り上げるのが目的らしい。
それから30分ほど歩くと、小さな小屋が見えてくる。バキリスリーグ参加者のために用意された、休憩所の様なものだ。飲み物を売ってくれる自動販売機があったり、トイレや仮眠室もある。
「ラクナ、ちょっと寄ってく?」
「そうだね。ツタージャもちょっと疲れてきたみたいだし」
ラクナは少し不機嫌な様子のツタージャを抱えていた。コリンクと違ってあまり歩くのは好きじゃないみたい。
まだリーグは開催されていないから、小屋には誰もいない。ラクナは自動販売機からおいしい水を買うと、ツタージャに飲ませていた。
それを見てるとこっちも喉が乾いてきた。おいしい水を買って、コリンクと分けあって飲む。
「コラバシティにつくまではボールの中にいようか、ツタージャ?」
普段は無表情なツタージャが、今回は珍しくすぐに頷く。歩きたくないという感情がひしひしと伝わってくる。
1度休んでしまうと歩き出すのが少しだけ億劫でのんびりしていると、誰かが走ってくる音が聞こえてきた。
「よっし!休憩だぜ!⋯⋯って、誰だ?」
日焼けした肌。薄汚れたタンクトップに赤い短パンが印象的な、あたし達と同じくらいの年の男の子だ。
彼は小屋で休んでいたあたし達をみると、凄い敵意を向けてくる。
「おいおい、ここは俺の基地だぞ!勝手に入るなよ!」
「勝手にって⋯⋯ここは共用スペースだし、皆の場所だよ?」
ラクナがツタージャをボールに引っ込めつつ反論する。だけど男の子はその態度に怒ったようで、地団駄を踏みながら叫ぶ。
「うるせぇうるせぇ!皆の場所は俺のものだ!文句言うなら俺とバトルしろよ!お前ら、ポケモントレーナーだろ!」
「あなたいきなり何なのよ!」
だけどもまぁ。バトルを挑まれれば断れないのがトレーナーの性。
「まぁいいわ!あたしがバトルしてあげる!」
「おう!良い度胸だな!ずっとここで鍛えてきた俺のポケモン、なめんなよ!?」
小屋を出て、少年と向かい合う。審判はラクナがすることになった。1対1のシンプルなバトルだ。
「あたしはリコ。あなたは?」
「俺はトム!さぁ、どこからでもかかってこい!」
ラクナが片手を上げる。あたしとトムは、バトル開始の合図を待つ。
「じゃあ、バトル開始!」
「お願い、コリンク!」
「やっちまえ!ホルビー!」
トムが出してきたのは、長い耳を持つ灰色の毛のポケモン。
あたしはスマホロトムを取り出し、図鑑の機能を使う。
【ホルビー】 あなほりポケモン
ノーマルタイプ
耳で穴を掘るのが得意。地下10メートルに及ぶ巣穴を一晩で掘ってしまう。
「おまえ!それスマホロトムか!?」
「うん、そうよ!」
「すっげー!俺もほしいぜ!これは負けられないな!いくぜホルビー、でんこうせっかだ!」
「コリンク、体当たりで応えて!」
2体のポケモンが勢いよくぶつかり合う。あのホルビーのでんこうせっか、凄いスピードだ。
「コリンク、にらみつける!」
コリンクがホルビーを睨んで威嚇する。ホルビーはその視線に後退りし、トレーナーを不安そうに見上げた。
「びびってんじゃねー!ホルビー、どろかけだ!」
ホルビーが足元の地面を耳でえぐり、泥の塊を投げつけてくる。
「コリンク、こっちはでんきショック!」
コリンクが体を震わせて発電し、小さな雷が飛んでいく。
雷と泥は空中でぶつかり、小さな爆発が巻き起こる。
「でんきなんか効かないぜ!」
その爆発の中から幾つか泥が飛んできて、コリンクに降り注ぐ。
「どろかけはじめんタイプの攻撃……!コリンクには効果抜群だよ。気をつけて、リコ」
「やられちゃったわね⋯⋯でもここから逆転よ!もう一度でんきショック!」
「ならこっちもどろかけだ!」
再び雷と泥がぶつかり、爆煙がバトルフィールドを包む。
「そこよ!回り込んでかみつく攻撃!」
煙の中から飛んでくる泥を避けつつ、相手の右側に回り込んだコリンクが牙を向く。
「ホルビー!避けろ!」
だけどその牙はホルビーには届かない。どろかけの泥が顔にかかっていて、視界が悪いんだ⋯⋯!
「よく避けたホルビー!でんこうせっか!」
「コリンク、かみつくで受け止めて!」
でも相手から当たりに来るなら、こっちの攻撃だって当てやすい!
コリンクの頭にホルビーが激突。一瞬気絶しそうになるのを堪えて、すぐにコリンクがホルビーの耳にかみつく。
「やった!そのままでんきショックよ!」
コリンクの体から放たれる電撃が直接ホルビーを襲う。
ホルビーは暴れまわってコリンクの噛み付きから逃れ、トレーナーの元に戻る。
「大丈夫かホルビー!?このまま続けるのは良くないな⋯⋯!ここで決めるぞ、でんこうせっか!」
ホルビーは頷き、コリンクに向けて走り出そうとするが、体がついていかないのかその場に転んでしまう。
「ど、どうしたホルビー!?」
「君のホルビーは麻痺しているみたいだね。コリンクのでんきショックが効いたんだ!」
「くっ⋯⋯!」
「チャンスよコリンク!とどめのたいあたり!」
身動きのとれていないホルビーの腹部にコリンクのたいあたりが激突。ホルビーは宙を舞って地面に落下し、目をぐるぐると回して気絶していた。
「ホルビー戦闘不能!リコの勝ちだよ!」
「やったぁ!」
「な、なんだとー!?」
コリンクは肩で息をしていたが、ラクナのその声を聞いて安心したのかその場に寝転がった。
トムはホルビーを大事そうに抱える。
「ちくしょー!覚えてろよ!こんどは負けないからなー!戻れホルビー!」
そうしてホルビーをボールに戻すと、脱兎のごとくコラバシティの方向へ走り出していった。
「騒がしい人だったね⋯⋯お疲れ様、リコ、コリンク」
ラクナがあたしとコリンクにおいしい水を渡してくれる。
「ぷはー!ありがと、ラクナ!コリンクも頑張ったね!えらいえらい」
コリンクの頭を撫でると、コリンクは嬉しそうに辺りを跳ね回る。
目と目が合えばポケモンバトル。ここに来てようやく、自分がポケモントレーナーになったんだという実感が湧いてくる。
「よし!そろそろ休憩も終わりにして、コラバシティに向かおうよ!」
「そうだね。ちょっと休みすぎちゃったくらいだし⋯⋯日が落ちる前に着けばいいけど⋯⋯」
太陽の光はだんだんと赤みを帯びて来ている。寝袋はあるし、この辺りの木の枝を集めて焚き火を作ることも出来るから野宿も出来ないことはない。でも進んでやりたいかと言われればノーだ。
お風呂に入れないとベタベタして嫌だし、ラクナには少しでもきれいに見て貰いたい。清潔感は大事なのだ。
「ここからあとどれくらい?」
「地図を見る限りはもうすぐだね。あと1時間くらい歩けば⋯⋯」
「1時間かぁ。頑張ろう、ラクナ」
「うん。早いところポケモンセンターに着きたいね」
各町にあるポケモンセンターは、トレーナーが泊まる宿泊施設が併設されている。ここの料金はバキリスリーグが建て替えてくれるから、トレーナーならリーグ開催の時期になると無料で使うことができる。
おいしい水のペットボトルをゴミ箱に捨てて、小屋を後にする。
コラバシティに向けて出発しようとしたその時、コリンクが何かに反応して立ち止まり、後ろを振り向く。
「どうしたの?コリンク」
少し耳を澄ませてみると、小屋の中からガサガサと音がする。
「あれ、何だろう?」
「行ってみる?」
「うん。様子を見てみよう」
すぐに踵を返して小屋の中に。
小屋の中には白くて丸っぽいポケモン。ガサガサと言う音はあのポケモンがゴミ箱を漁る音だったみたいだ。
「あのポケモンは⋯⋯?」
【ダルマッカ】 だるまポケモン
こおりタイプ
ガラル地方の姿。雪深い土地で暮らすうち炎袋は冷えきり退化。冷気を作る器官が出来た。
「僕の知ってるダルマッカと違う!」
「そうなの?」
「うん!」
ラクナは自分のスマホロトムを操作すると、ポケモンのページを表示して見せてくれる。
そのページに映って居たのは、目の前のポケモンにそっくりだけど真っ赤な姿のポケモンだ。
【ダルマッカ】 だるまポケモン
ほのおタイプ
ダルマッカのフンは熱いので、昔の人は懐に入れて体を暖めていた。
「全然違う姿ね」
「聞いたことがあるよ。リージョンフォームって言って、住む環境により姿が変わるポケモンがいるんだ」
「つまり元々のダルマッカはほのおタイプだけど、寒い環境で過ごすうちにこおりタイプになったってこと?」
「うん。でも妙だね。バキリス地方は全然寒くないし、むしろ暖かいくらいの気候だよ。それにこの辺りにダルマッカがいるなんて聞いたこともないし⋯⋯」
「誰かのポケモンがはぐれちゃったのかな?」
ダルマッカはゴミ箱を倒して、あたし達が飲んでいたペットボトルを取り出す。それを逆さにして振って、わずかに残った水を飲んでいた。
「やっぱり、ここのポケモンじゃないみたい」
「そうなの?」
「うん。野生のポケモンなら水のありかは分かるだろうし、寒い環境で生きてきたポケモンだから餌もないのかもしれない」
「それでゴミを漁っていたのね」
ダルマッカの様子を観察してみる。誰かを探してる⋯⋯訳じゃない。トレーナーとはぐれた訳じゃ無さそうだ。ダルマッカから感じるのは⋯⋯空腹?すごくお腹が空いてるみたい。
「あの子、お腹が空いてるみたい」
あたしはリュックからオレンの実を取り出し、ダルマッカを驚かせないようにゆっくり近づく。
「ダルマッカ⋯⋯?」
ダルマッカはあたしの声に反応して振り向くと、びっくりして跳ね回りゴミ箱の影に隠れる。
「ごめんね!あなたを驚かせるつもりはなかったの。あなた、お腹空いてるでしょ?」
そう言いながらそっとオレンの実をダルマッカの前に置く。
ダルマッカはあたしを警戒していた様だけど、空腹には逆らえないようでオレンの実に飛び付き、ガツガツと食べ始める。
「美味しい?」
ダルマッカは微妙そうな顔をする。
「もしかしたら好みの味じゃないのかも」
「そうなの?」
「木の実にも色々味があるからね。オレンの実の渋味が嫌いなのかもしれない⋯⋯」
「じゃあ、これは⋯⋯?」
あたしはリュックからモモンの実を取り出して置いてみる。今度はオレンの実とは違って甘い実だ。
ダルマッカはモモンの実を拾って一口食べる。
すると目を輝かせて一気に食べきり、くるくると回って踊り始める。
コリンクもそれにつられてダルマッカと一緒にじゃれている。
「あはは、気に入ってくれたのね」
「うん。良かったよ。さて、どうしようか⋯⋯」
「ここに住んでるポケモンじゃないみたいだし⋯⋯」
「ポケモンセンターに行けば保護して貰えるかな?」
「そうしましょ!ねぇ、ダルマッカ。ご飯が食べられる場所まで一緒にいかない?」
ダルマッカはその言葉を聞くと、ジャンプして喜びながら大回転。
「すごい元気なダルマッカだね」
「うん!あなた、踊るのが大好きなのね!」
ダルマッカが楽しそうに跳ね回るのを見ながら、2人と2匹で歩き出す。
コラバシティはもうすぐだ!
3話でした。モブトレーナーの代表こと短パン小僧の登場です。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
以下は各設定です。
トム
コラバシティ出身の短パン小僧。自信満々で猪突猛進。ちょっと偉そうなのが玉に瑕だが根はいい子。
ポケモンへの愛情と信頼は深い。
散り散りの黒髪。少し汚れているタンクトップに水着としても使える赤い短パンを履いている。かなり日焼けしている。
名前の由来はタイム。
5番道路
視界の大きく開けた野原。比較的大人しく臆病な性格のポケモン達が生息しており、トレーナーとしてデビューした少年少女がよく集まり、修行としてバトルが行われている。
マウリタウン
牧場と風の町。リコとラクナの故郷。ケンタロスやミルタンクを育てる牧場があり、モーモーバターが有名。
町の中で1番大きい建物はカレンポケモン研究所。カレン博士の研究所だが、彼女はほとんどの間旅に出ており、不在のことが多い。
観光スポットに乏しく、のどかなだけの町であり過疎化が激しい。今日もまた若人が2人旅に出た。