ポケットモンスター糸   作:糸の花

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6話 バキリスリーグ開催前夜

「ジョーイさーん!行ってきまーす!」

「お世話になりましたー!」

 

 船尾にあるデッキから、港のジョーイさんに向けて手を振る。ジョーイさんも何か言いながら手を振り返してくれたけど、周囲の喧騒に掻き消されてその声は聞こえなかった。

 本当にお世話になった。やっぱりジョーイさんになるだけあって、凄く優しい人なのだろう。

 

「さて、セントラルアイランドまでしばらく暇ね」

 

 リーグ開会式が行われるセントラルアイランドは、このバキリスフェリーに乗って1時間ほどの距離だ。

 バキリス地方は、大きく分けて3つの島から成る地方だ。

 あたし達の住んでいる豊かな自然の島、モナルダ島。工業が発展し人が集まった代わりに自然が失われつつあるダリア島。そしてセントラルスタジアムがあり、他にも様々な娯楽に溢れた観光都市のあるセントラルアイランド。

 あたし達はモナルダ島から⋯⋯もっと言えばマウリタウンから出たことはない。何もかも見たことないものだらけだ。

 

「ここから1時間かぁ、長いような短いような」

「そうだね。リコは船酔いとか大丈夫?酔い止めもあるしエチケット袋もあるし、辛くなったらすぐに言ってね」

「ありがと。今のところは平気よ」

 

 ラクナのリュックには色々な薬が入っている。酔い止めだけじゃない。風邪薬に、人間用の傷薬に、痛み止め。

 ラクナは昔から心配性だ。あたしが5番道路や4番道路に行こうとしても止めてきたし、あたし1人で無理矢理行った日には必ず追いかけてきた。そんな性格は今も発揮されてるみたいだ。

 デッキに用意された椅子に座って海を眺めるコリンクを見ていると、やけにキラキラとしたものが瞳に映る。

 

「あれ、ミロカロスじゃない!?」

「えっ!どこどこ!?」

 

 ラクナはすぐに反応し、手すりから身を乗り出すんじゃないかという勢いで海を見る。

 海の中から、美しいポケモンが跳び跳ねる。色鮮やかな下半身の尻尾に、綺麗なピンク色の頭のヒレ。

 

「ほんとだ!いつくしみポケモンのミロカロスだよ!」

「ほー⋯⋯レアなポケモンだ。欲しいなぁ」

 

 いつの間にか、ラクナの隣に綺麗なお姉さんが立っていた。ジュペッタの絵が描かれたスタジアムジャンパー。黒いショートヘアの先は赤紫色に染まっている。

 

「あ、ごめんなさい、邪魔でしたか?」

「いいよいいよ。っていうか私の方が邪魔だね」

「そんなことないですよ!お姉さんはミロカロスが好きなんですか?」

「ミロカロスっていうか⋯⋯珍しいポケモン全般だね。レアなポケモンはつい欲しくなっちゃう⋯⋯ここからじゃボールは届かないか」

 

 そうラクナとお姉さんが話している内にミロカロスは海の中へと消えていく。

 ラクナが誰かと会話しているのを見ると何だか心がざわついて、無意識の内に2人に近づいていた。

 

「ミロカロスは綺麗だった?」

「うんうん!リコ、教えてくれてありがとう!」

「仲良いね、君達。ああ、そうだ。これあげるよ」

 

 お姉さんはポシェットからミックスオレを2つ取り出し、あたし達に1つずつくれた。

 

「ミックスオレ、良いんですか?」

「いいのいいの。間違って買ったやつだから、それ。人に頼まれたんだけどさ、サイコソーダが良いならそう言えっていうの」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

「ありがとうございます!」

 

 ミックスオレは様々な木の実を材料にしたジュースだ。甘酸っぱくて年齢を問わず大人気。

 ジュースを飲むあたし達を、お姉さんは少し優しい目で見ている。ちょっとだけ怖い印象があったけど、人は見た目によらないのかも。

 

「君達はバキリスリーグに参加するの?」

「あたしは参加します!」

「僕はポケモン博士になるために色々と勉強です!」

「ほー、良いね。それで珍しいポケモンに反応してた訳だ」

 

 お姉さんはラクナの事をじっと見つめ、何かに気づいたように眉を動かす。

 

「それ、スマホロトム?」

「え?はい!見ますか?」

「うん、見せてよ」

 

 ラクナがスマホロトムをお姉さんに見せる。開いているのはさっきも見ていたミロカロスのページ。

 

「ほー、データも詳しく書いてあるんだね。これはコレクションに役立ちそうだ。兄貴にねだろうかな」

「コレクション、ですか?」

 

 お姉さんの言葉が少し気になって聞き返してしまう。

 

「うん。私、珍しいポケモンを集めるのが趣味なんだ。知ってる?ポケモンには普通の色とは違う色のポケモンが――」

 

 お姉さんはそこまで言うと、腕時計の時間を確認して「やべ」と呟く。

 

「ごめんごめん、時間だよ。私の名前はトリカ。もし旅の途中で出会うことがあったら、その時はよろしくね」

「あたしはリコです!」

「僕はラクナです!」

「リコちゃんにラクナ君⋯⋯オッケー、覚えた。じゃあ、また」

 

 トリカさんに手を振って別れる。見た目は怖いけどいい人そうだ。ポケモンをコレクションしているらしいけど、そういう人もいるのだろう。ポケモンとの接し方はバトルだけじゃないんだ。

 

「綺麗な人だったわね」

「そうだね。珍しいポケモン、かぁ」

「どうかしたの?」

「ううん、僕も色々なものを見ていきたいな、って。博士になるためにもね」

「見れるよ!きっと」

 

 しばらく海を眺めていると、船内がざわついて来ているのに気づく。何か事件があったような悪い喧騒じゃない。

 あたし達はコリンクを連れて、船尾側から船首側へと移動する。人だかりを避けながら海を見てみると、喧騒の理由はすぐに分かった。

 

「凄い、あれがセントラルアイランドよ、ラクナ!」

「うん。この距離からもスタジアムが見える⋯⋯本当に大きいんだね!」

「うんうん!」

 

 少しずつ近づいてくる。バキリスリーグの開会式はまだ先なのに、凄くドキドキしてきた。

 

「ラクナ」

「どうしたの?」

「あたし頑張るよ!だから、隣で見ててね!」

「うん、勿論だよ!」

 

 

 

 

 フェリーが着いたのはセントラルアイランド東の町、ラオイシティ。観光案内所に遊園地、映画館、ゲームセンター。いろんな誘惑の溢れる、娯楽と観光の町だ。

 

「凄い町ね、どこを見ても人ばっかり」

 

 スマホロトムを構えて写真を撮る観光客に、スーツを着たサラリーマンやOLさん、ちょっとガラの悪いこわいおじさんに、町の治安を守るために目を光らせるお巡りさん。

 あたし達の住んでいたマウリタウンの何倍の人口があるのだろう。

 でも人の多さと引き換えに、自然らしきものは全然ない。セントラルスタジアムの裏に立つ大きな山がこの町から見えるけど、それ以外には街路樹程度しか緑の無い町だ。

 

「ゲームセンター!1度行ってみたかったの⋯⋯!」

「ダメだよリコ!お小遣いは大切に、ね」

「あはは、つい⋯⋯」

「まずはポケモンセンターに宿泊の手続きをしてこようか」

「うん、賛成!」

 

 ポケモンセンターを探していると、コリンクが空腹感を感じているのに気づく。

 コリンクは何かの匂いを察知したみたいで鼻をひくつかせていた。

 

「コリンク?お腹空いたの?」

 

 コリンクが鳴いて答える。確かに今日はほとんど食べてないし、お腹が空いてくる時間だ。

 

「あはは。じゃあ、先にご飯にしようか」

「そうね!ねぇコリンク、美味しそうな匂いの場所、分かる?」

 

 コリンクは嬉しそうにジャンプすると、あたし達を案内するように走り始める。

 

「あんまり走ると危ないわよ!」

「食欲旺盛だね」

 

 コリンクに案内されるままにやって来たのは、パイルスライスの専門店だ。

 パイルスライスはバキリス地方の伝統料理。薄くスライスしたパイルの実に、シュカの実で作ったクリームを乗せる。あとはこれをそのまま食べたり、焼いたり、揚げたり。食べ方は色々だけど、甘辛くて子供から大人まで人気のおやつだ。

 このお店では焼きパイルスライスを売っているようだ。シュカの実以外のクリームも取り扱っている。

 

「パイルスライスだ!あたしこれ大好物なのよね!」

「リコのお母さんがよく作ってたよね」

「うんうん!ママのパイルスライス、本当に美味しかったなぁ⋯⋯!」

 

 お店の前で話していると、店員のおばちゃんがあたし達に気づいて話しかけてくる。

 

「いらっしゃい、甘くて辛いパイルスライス、好評販売中だよ!」

「美味しそう⋯⋯!」

「ふふ、美味しいよ。うちの自慢の商品だからね。お母さんの作るのも美味しいだろうけど、店売りには店売りの美味しさがあるのさ」

 

 そう言うと店員さんは小さなパイルスライスを2つ渡してくれる。

 

「ほれ、試食さ。例えばこれはナナシの実をクリームに使ったんだけどね。ナナシの実は凄く固いから家庭料理には向かないけど、どうだい?酸味がフルーティーだろう?」

「ほんとだ!甘酸っぱい!」

「うん!こんなパイルスライス食べたこと無いです!」

 

 ポケモン達にもいくつかパイルスライスを買っていく。コリンクとツタージャにはスタンダードなものを、ダルマッカにはマゴの実をクリームにした甘味の強いものを。

 おやつを手にいれたあたし達は公園のベンチに座り、ポケモンを出してパイルスライスを食べ始めた。

 

「美味しいね、ラクナ!」

「うん。ナナの実の甘苦さが美味しいよ」

 

 ナナの実かぁ。ナナの実は甘さの中にほんのりと苦味が混じった少し大人の味だ。あたしは苦いのは苦手だけど、ちょっとだけ気になるかも。

 

「ねぇ、よかったら一口ちょうだい?」「いいよ。はい、どうぞ」

 

 ラクナが差し出してくれたパイルスライスにかじりつく。イメージしてた程の苦味は無い。あたしでも美味しく食べられる位だ。

 

「美味しい!ナナの実を美味しく思えたの初めてかも!」

「それは言い過ぎじゃないかな⋯⋯?」

 

 ラクナが呆れたように笑う。コッチだけ食べるのも悪いし、あたしのもあげよう。

 

「じゃあラクナ、お返し!」

 

 あたしのパイルスライスをラクナに向ける。あたしのはフィラの実をクリームにした少し辛めの味付けだ。

 

「ありがとう、いただきます」

 

 ラクナがあたしのパイルスライスを食べる。するとすぐに顔を反らし、むせて咳き込んでしまう。

 

「か、からぁっ⋯⋯」

「あはは、ごめんごめん」

「だ、大丈夫大丈夫。ビックリしちゃって⋯⋯」

 

 ラクナがおいしい水で口直しをする。特別辛いのが苦手な訳じゃなかったと思うけど、そんなに辛かったかな……?

 コリンク達も美味しそうにパイルスライスを食べている。ツタージャは何かの匂いを嗅ぎ付けたのか、ラクナの持っているパイルスライスを見つめた。

 

「ツタージャ、ラクナのやつが食べたいのかな」

「そうなの?はい、どうぞ」

 

 ラクナがパイルスライスを差し出すと、ツタージャはナナの実のクリームをチロリと舐める。

 

「嬉しそうだね、ラクナ」

「良かった。もしかして君は苦いのが好きなのかな?」

 

 ツタージャは無表情だけど、もう少し食べたいのかラクナの足を弱く引っ張っている。

 

「気に入ったんだね、はい」

 

 ツタージャはラクナからパイルスライスを受け取ると、無表情で食べ続ける。

 半分ほど食べたところでピタリと止まり、ツタージャを見ていたラクナを見上げた。

 

「どうしたの?」

 

 ツタージャはピョンと跳ねるとラクナの膝の上に着地。そのままラクナに背中を預けるようにして座った。

 

「ラクナの事、本当に好きなのね」

 

 あたしがツタージャにそう言うと、ツタージャはあたしをじとっとした目で見た後、顔を剃らしてしまう。

 

「あはは⋯⋯」

「あまのじゃくな子だからね⋯⋯僕も大好きだよ、ツタージャ」

 

 ツタージャは一瞬固まると、再び無表情で食事を続ける。たまに両手を伸ばしてパイルスライスを持ち上げ、ラクナに食べさせようとしているのが微笑ましかった。

 

 

 

「ふぅ、お腹一杯!」

「美味しかったね。またここに来たら買おうよ」

「うんうん!大賛成!」

 

 おやつタイムを終えたあたし達は、改めてポケモンセンターを探していた。

 コラバシティよりもずっと広いし、背の高いビルが多いせいで見晴らしも悪い。そのせいで中々ポケモンセンターを見つけられずにいる。

 

「うーん?地図だとこのあたりなんだけど⋯⋯」

 

 ラクナがスマホロトムを片手に辺りを見渡すけど、ポケモンセンターらしい建物は無い。

 コリンクも不安そうにあたしを見上げている。あたしはコリンクの頭を撫でて安心させ、両手で抱きかかえる。

 

「ずっと歩いてると疲れちゃうでしょ?しばらくこのままでいい?」

 

 コリンクが嬉しそうに鳴く。コリンクが動く度に、毛並みの良い肌が触れて少しくすぐったい。

 

「⋯⋯見つけた!」

「ほんと!?」

「うん、目の前にあるショッピングモールの中だよ。ポケモンセンター単体であるのかと思ってたよ」

 

 目の前にある背の高い建物。サワギモールという看板がとても目立っている。

 ビルの中に入ると、ポケモンセンターはこちらと書かれた案内板がすぐ目に入る。

 案内に従って進んでいくと、すぐにポケモンセンターが見つかった。

 

「お疲れ様です、今日はどんな御用でしょうか?」

「今日泊まれる場所を探しているんですけど、まだ空いていますか?」

 

 ラクナがそう聞くと、ジョーイさんは手元の端末を操作して何かを調べる。

 

「はい、2名様ですね。2人部屋でも大丈夫ですか?」

「大丈夫です!」

「リコ、良いの?」

「何が?」

 

 ラクナは何かを言おうとして、その言葉を飲み込んだ。

 リコが良いならそれで、と言ったので、その言葉に甘えることにする。

 

「では2人部屋で⋯⋯ポケモンはお預かりしますか?」

「ぇと⋯⋯それは⋯⋯」

「バトルもしてないし大丈夫です」

「はい、分かりました」

 

 ジョーイさんが頷き、あたし達を連れてエレベーターに乗る。

 ラクナの裾をちょっと引いて、小声でお礼を言う。

 

「ありがとね、ラクナ」

「気にしないで」

 

 ジョーイさんに案内された部屋は、コラバシティのポケモンセンターよりも豪華な造りだった。なにより広いし、ベッドの質も良い。町によってこういう所も違うんだろう。

 ツインベッドの側にはお洒落なランプがあり、さながらホテルの様だ。

 

「あたし、ここに住みたいかも⋯⋯」

「本当に凄くゴージャスだね。これが都会⋯⋯」

 

 窓から外を眺める。あたし達のいる部屋はかなり高い階にあるので、ラオイシティを一望することが出来る。

 沢山のビル。少し離れたところにはマンション。色んな人が集まる商店街に、ちょっと怖い人が集まっている裏路地。

 

「リーグの開会式は明日だから、寝坊しないように気を付けないとね」

「うん!スマホロトムのアラームもセットしたし、大丈夫!」  

 

 いよいよ明日だ。絶対に優勝して、チャンピオンになる。

 

「楽しみだなぁ」

 

 段々と暗くなっていく町に向けて、誰に聞かせるわけも無く呟いた。




ちょっと忙しくて投稿が遅れてしまいました。
ポケモン世界の木の実ってモチーフになった物と味が違うので混乱しそうですね。例えばマトマの実は辛かったり。


――以下設定――


トリカ
船上で出会った謎の女性。19歳。
珍しいポケモンをコレクションするのが趣味らしい。
ポケマスにいる同名のキャラとは無関係。
黒髪のショートヘア。毛先を紫色に染めている。瞳の色は赤紫色。
ジュペッタの絵が背中に書かれた黒と金色のスカジャン。黒いキャミソールを下に着ていて臍を出している。ジーンズのホットパンツを履いている。
名前の由来はトリカブト。


パイルの実
自然豊かなバキリス地方の特産品。他の地方のパイルの実と違い酸味が控えめで、代わりに少し甘味がある。球に近い形状。そのため見た目が似ているだけで別種とする説もある。
薄くスライスしてシュカの実のクリームを乗せたパイルスライスは甘辛く、人やポケモンにも人気のおやつ。


セントラルアイランド
バキリス地方の中心にある最も大きな島。世界各国のセレブが集まる観光地で、ポケモンリーグの最後であるファイナルトーナメントが行われるセントラルスタジアムがある。スタジアムを見下ろすようにサバンマウンテンがある。


ラオイシティ
娯楽と観光の町。セントラルアイランドの東にある町。サバンマウンテンに近くセントラルスタジアムのあるテケラオシティの開発があまり進まないこともあり、こちらは自然がほとんど残っていないほど開発された大都市。
お土産屋や観光客向けのアトラクションも多く、バキリス地方に来てラオイシティにずっと滞在する人も多い。
町の中心にはラオイジムがある。
地下水道や路地裏には怪しい人物やポケモンが多く、一歩人の目の付かないところへ入れば治安がかなり悪くなる問題点もある。
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