今、みことを抱き上げ、抱きしめている。
清潔感のある石鹸の香りと、爽やかなシャンプーの香りだろうか。まだ少し髪が濡れているような気がする。
彼女が前世の記憶のビアンカ嬢より、俺とあの男の身長もまた、184cmと同じ。前世彼女に侍っていた時の記憶の高さより小さい気がする。
心配してくれて嬉しい。彼女から触れてくれて嬉しい。あまりの喜びと愛らしさに、彼女を抱き上げ額にキスを何度も落とした。
暴れられてもいないし、少しは脈はあるのだろうか。
面倒だと思ったこの顔にも、少しは感謝すべきだろうか…などと思いつつ、みことの顔を見ると真っ赤に染まって愛らしい。
可愛いからとあまり強引に行き過ぎて嫌われたら困るのは俺だ。
それとも俺が貴女の好きなマクシミリアンの前世の記憶を持っていると伝えたなら、俺だけを見てくれるのだろうか。信じてもらえるわけはないか…。
「みこと、申し訳ありません。本国の癖が抜けてないみたいです。不快にさせていないと良いのですが…」
そういい抱き上げていた彼女をそっと下ろす。
「あうぅ……。恥ずかしいのであんまりお顔の、距離が近いのは……。私もさっきやっちゃったし、あまり言えないけど、でもでも…恥ずかしいですぅ…」
彼女は恥ずかしさを誤魔化すようにして、「お店に向かいましょう…」
彼女はそう言い、真っ赤な顔して歩き出す。
しばらく歩いて目的のお店についたらしいが、張り紙があり「本日は休業します」との文字。
曜日つきの腕時計で確認したらしく彼女はガッカリしたようにクチを開く。
「あ、今日木曜だっけ! おばちゃんの趣味の集まりの日か…忘れてた…。 って事はおじちゃんとこも、将棋の集まりで今の時間は開いてないな……。どうしましょう……。せっかくこんな所まで来てもらったのに…」
眉を下げしゅんと落ち込んだ表情を、見せた彼女、その姿は耳を下げたウサギのように見える。
可愛くてずっと見ていられそうだなと思っていると、彼女のお腹からくるるるるるぅ〜と音がなる。
「はうっ! 恥ずかしい〜……。今日は海に潜ってから、すぐ本屋さんに来ちゃったから、ご飯食べれてなかったんですよ。帰りにおばちゃんのお店で食べようと思ってたので…」
「海に潜るんですか?」
「あぁ私は海女の仕事してるので……。海女って言葉伝わっていますか?」
「はい、なんとなくは。海に入って海産物をとってくる……ことであってますか?」
「まぁ、大体そんな感じです。マクシミリアンさんに来てもらったのに。それになぁ、どうしようかな。実家の方も漁で生計立ててるので、いつもはお魚貰ったりするのですけど。 今日は出掛けるって話してたから…。 お魚勝手にもらう訳にも行かないし。ご飯あんまりうまく作れないし…。お店もしまってるし…後でふりかけで食べるしかないかなぁ〜…」
「お料理はされないんですか?」
俺は不思議に思って聞いてみた。
「あぁ…、なんだか周りに止められちゃうんですよね。作るには作るんですけど、下手の横好きとか言われて。何度か手伝った事もあるのに、それ以降だめだって。 だから実家でたくさん作ったお惣菜を実家によったときに貰ってきたりしてるので、最近は温めるくらいしかやったことないんですよね〜…。何故か炊飯器も使えないと思われてるのか心配されるんですよ……。どれだけドジっておもわれてるのか……。 おかしいなぁ」
不服そうな顔でそういう彼女。
「両親にまでたまに温めて食べなさい!と言われて、炊いたご飯を持たされちゃう事もあるし…」
更に落ち込んだみたいに見える。
「うちの畑の野菜も、うまく消費出来なくて…。 野菜育てたりは大好きなのです! 近所の人とか実家にあげてるんですよね〜。 ユウ君、幼馴染がいる時はうちに来たときに、畑の野菜使ってご飯作ってもらえるんだけど…」
「へぇ…、その幼馴染が頻繁に作りにきてくれるんですか…。それは妬けますね」
我ながら声がかなり低くなってしまった。
「え? あはは、妬けるってそんな…。仲のいいお友達ですよ。 ご飯食べてないんじゃないかって、島にいる時には心配して作りに来てくれるか甘えてますけど」
気に入らないな。
絶対その男も、彼女に気があるだろう。
彼女が気づいていないから、まだ友達なだけだろう。
「お米やパスタ、他に材料があるなら、私が作ってあげましょうか? こう見えて料理は得意なんですよ?」
料理が得意なのは君だけではないよ。
彼女がほしいなら彼女から離れるべきでは無かったんだ。彼女は渡さないよ?幼馴染くん?
俺は今後どのように動くのか、同婚約者の立場を手に入れようか想いを馳せる。彼女の家にある畑の野菜や食材を確認し、足りない材料を手に入れ、みことの家に向かうのだ。