みことは本屋で買ってきた書籍を、その手に持ち実際に胡蝶の恋というゲームを見せてくれるという。
「ゲーム機がおいてあるお部屋に、案内しますね!」そう言い、歩き出す。
俺が新たに淹れた緑茶を、みことが持っていくと言って聞かなかったが、なんとか回避に成功する。俺は盆に乗せて持っていく。
みことには申し訳ないが、お茶缶の中身をばら撒いた姿が記憶に新しい為、不安があったからだ。
板張りの廊下を歩いていたみことは、「ここです!」と言って扉を開いて入っていった。
俺もそれに習い部屋に入り、盆をちゃぶ台と言ったか…低いテーブルの上に置く。
暗いのでカーテン開けますね〜と、光を入れた部屋の中を見て俺は絶句した…。
胡蝶の恋というゲームのポスターが所狭しと貼ってある。
前世の俺の姿をした男性のフィギュアやマグカップ、ポスターにタペストリーなど、それらのアイテムの多さと言ったら。
みことがマクシミリアンを好きだというのは本当なのだろう。だが、今の自分はそこまでに見られていない…それを痛感するだけに嫉妬心も煽られる。
前世の自分に嫉妬するなど、自分でもバカバカしいとは思うが…。
しかし、更に人数の多く描かれたポスターにめをやると、記憶の中にいたお嬢様の婚約者の王子や、その騎士など、その絵に描かれている人物は、確かに俺の記憶にある者達の姿によく似てている人物達。
フィリップ王子は、ビアンカにあれほど想いを寄せられながらも、彼女が苛烈だったからと微塵も振り返りもしなかった男だ。忌々しい。
彼女に想いを寄せられても困ったのだろうが、彼女が幸せに生きていたのであれば、俺もこの思いを抑え込み飲み込めたのだ。
更に、前世での胸の痛みを呼び覚ます存在でしかない、あの双子の姿もある。本当に記憶はゲームの中の世界だ言うのか……。
正直に言えば、俺達の過去を娯楽のコンテンツの一つとして、遊ばれているのかと思うと腹が立つ。
この世界でどうであれ、俺達はちゃんと苦しみや痛みを抱え、感情を持って生きていた。それを否定されたような不快感もある。
そんなことを考えていると、頬にふわりと温かい感触が触れた。
「大丈夫?」
みことが頬に触れて声をかけてきた。
「オタク部屋過ぎて、びっくりさせちゃったかな?それに今日この島に来たばかりなら疲れてますよね……。ご飯まで作ってもらっちゃったし…」
「ありがとうございます、確かに圧倒はされましたが、問題ありません」
「でも少し休んだほうが良くないですか? けど、この部屋にはクッションとか置いてないんですよね…。膝枕とか…、あはは…なんてね。憧れシチュエーションなので言ってみましたが恥ずかしいですね!何言っちゃってるんだろ…。クッション持ってきます!」
そう言うと立ち上がろうとする、みことの手を取った。
「貴女に…甘えても良いですか? 何故か貴女に触れていると心が安らぐのです。初対面の男にこんな事を言われても、貴女は困るのでしょうが…」
正直に言うと、俺の心は折れそうだった…。
長年抱えてきたものが、本物ではないかもしれないという事実に。痛みに苦しんだ心がまがい物の記憶なのかという事実に。
みことは少し考えたあと、手を広げて抱きしめてくれた。
「何かわからないけど、ずっと辛かったんですね。大丈夫ですから…。きっと解放されますから……」
彼女は、そんな優しい言葉を俺に語りかけながら、背中をなでてくれた。
『そうか…俺は苦しかったのか…。解放されたかったのか…。すべてを諦め、そんなことにも気が付かずに生きてきたのか…』
心做しか、目頭が熱くなり視点が曇った。
どうしても彼女が欲しい……。
俺だけを見てくれたら…、きっと前を向ける気がした。