ビアンカの死は、前世の俺にかなりの衝撃を与えたようだ。
パラディスコ王国のミルカ王女に毒を盛られ、俺が駆けつけたときにはもう手遅れだった。
それからの記憶はあまり思い出せない。
ただ慟哭と喪失感だけが、今世の俺を苛み続ける。
なんの因果か今の俺も前世と同じマクシミリアンと言う名をつけられていた。黒い髪も褐色の肌も、黒い瞳も昔のままだ。あまり笑顔を見せないところまで、そっくりでわらってしまう。
顔立ちは多少は違うのだろうが、自分ではよくわからないし興味もない。
だが、この見かけのせいで、求めてもいないのに欲に満ちた目で女が寄ってくる。ビアンカだけがいればいいのに。
でも彼女はきっと、この世界にはいない。
あれ程の美しさであれば、存在を隠しきれるはずもないだろう。
何もかもが面倒に感じて、俺は東方の小さな島国である日本に行ってみることにした。
『このスペインでも人気のある、乙女ゲームの〜胡蝶の恋〜のマクシミリアンに似ている』と、女性たちが口を揃えて言うものだから、僅かだが興味がでたのだ。
無駄に感じながらも日本語も覚えた。
日常会話や読み書きなら問題ないと思う程度にだが、出来るようになった。勉強は得意な方だしな。
だが日本に来ても変わらない。男に飢えた肉食獣の様な女性の視線がまとわりついてくるばかりでイライラする。
もう少し静かな小さな島にでも行けば…。
もう少しは穏やかに過ごす事が出来るだろうか…?そう思い、ある島に向かって船に乗った。
のどかと言えばいいのだろうか。海に囲まれお年寄りが多いようにも見える小さな島。ここでは絡みつくような不快な視線は感じない。
「予約していた旅館とやらは……」と、地図を見ながら歩いていき、チェックインを済ませる。
荷物を置き一息つくと、少し島を歩いてみようと思った。島の空気のせいだろうか、少しだけ落ち着いた気持ちになれる。
本島とは違い自然が多く、民家や店舗らしきものも疎らにしか建っていない。そのまま気の向くままに歩いていくと、こじんまりとした佇まいの建物があった。
ほんの少しとはいえ本も並んでいるようなので、本屋だろうか。本島から比べても、最低限しか書籍しか置いていない印象だ。
なんの気無しに入り口へと足を運ぶと、本を購入したらしい女性の客が出てきてぶつかってしまった。
その女性は買ったばかりの本を、大切そうに抱えていた。
ぶつかる!と思った時にはもう遅く、小柄な女性だったのもあってか、ぶつかった勢いを消せないまま、後ろへと倒れ込んでいった。そのときに慌てたのか、女性は本も落としていた。
危ないと思い、背中に手を回し女性の姿勢が安定したところで、本を拾うふりをして距離を置く。
好意があるなど、誤解されても面倒だからな…。
「あぁ〜、ぶつかってしまってごめんなさい!欲しい本を買えて浮かれてました。それに助けていただいてありがとうございます!」
ペコリと勢いよく頭を下げ言い募る女性。
ショートカットの黒髪に、健康的に日焼けした小麦色の肌、惜しげもなくホットパンツからスラリと伸びる足。明るく元気のいい声。
記憶の中にいるビアンカとは正反対のタイプに思える。
比べたからどうだというのか、そう思いながらもその習慣は消せない。
彼女は謝ってからこちらに顔を向け、再度「本当にごめんなさい」と申し訳無さそうに言うと俺の顔を見た。
ぱっちりとして黒目がちな瞳はなぜか好感が持てるように感じた。
「マクシミリアン!?私の…最推しっ!? はわわ〜……」
俺の顔を見た次の瞬間、そう叫んだかと思うと顔を赤らめ俺の顔をまともに見ていられないとでも言うように、顔を下に向けた。
彼女は僅かにプルプル震えなからもフリーズしたみたいに動かなくなった。
『何故だろう。彼女の視線は不愉快じゃないな。小動物のようで寧ろ可愛い…いや面白いのか?』
無意識に口元が弧を描いていた。
どんな形であれ、前世の記憶が蘇ってから、誰かに興味を持つのは初めての経験だった。
俺はこの島で大切な何かを見つけたのかもしれない…。