みことの後を追っていくと、洗面所らしき所から水音がしてきた。おそらく彼女は口にしたとおりに、顔を洗いに来たのだろう。
声をかけていいものか悩んでしまい、俺は声をかけそびれてしまった。
キュ……、小さな音とともに水音が止む。
「誤解しちゃ駄目…。彼とはお友達なんだもの…、それが正しいんだから……」
ぽそりと彼女が呟いた言葉に、俺は呆然とする。
今はなんと声をかければいいのかわからず、元いた場所に何事もなかったように座り込む。
「はぁ……」
多分焦ってはいても嫌がってはいない…、だから俺を見て欲しくて笑って欲しくて、触れたくて…性急に事を運んだ自覚はある…。
『誤解しちゃ駄目…。彼とはお友達なんだもの…、それが正しいんだから……』信用なんてこんな短時間に築けるはずもないし、わかってはいたはずなんだが…。さっきの言葉はかなり心に刺さった。
みことが「驚かせちゃってごめんなさいね〜」と、恥ずかしそうな表情を浮かべ部屋に戻ってきた。
「ゲームの続きを見ます? やめて今日は解散にしましょうか?」
どう答えていいのかわからず、俺は「みことが辛くないならゲームの続きを見ようか…」それだけ伝える。
少しだけ気まずい空気が流ているけれど、「わかりました」と明るく聞こえる声で応えてくれた。
そしてまたイベントが発生した。
シュミナ・パピヨンとマクシミリアンが寄り添うシーンがテレビ画面に表示され会話が進んでいく。
いつもはあまり表情を崩さないマクシミリアンが、ヒロインを見つめながら甘やかに微笑みを浮かべ、甘い言葉を紡いでいく。
「私は、君だけを愛している。どうか私のものに……なってくれないか?」
そして嬉しそうに頷いたヒロインに……、優しくキスをするマクシミリアン。
……。 辛い。 正直本当に辛い。
前世の俺はあの女をこれっぽっちも愛していなかったはずだ。このときも近くてビアンカが見ていたのだろう。
流石にこんな場面に乱入はしてこなかったのだろうが、かなりの怒りを俺に向けていたはずだ。
そうでもなければ、俺はあんな風にあの女に対して笑わないだろうし、あんな風に嬉々として甘やかな愛の言葉など囁くはずがないのだ。
俺は歪んだ形であれ、ビアンカ以外に心が動かされたことなどなかったのだから。ビアンカがどんな感情であっても、俺だけを見る瞬間にだけ仄暗い喜びを得ることができたのだから。
そして物語は進んでいき、婚約者であった王子を筆頭にビアンカを貶めていく。婚約破棄に娼館に落とされる彼女。画面には俺の顔には出ていなかったが、おそらく心の中で笑っていたことだろう。やっと高貴な彼女がただの男爵にしかすぎない俺の手に堕ちてきたのだと…。
彼女を溺愛していた侯爵も、ことが大事になりすぎた為かビアンカを助ける事はできなかったのだろう。
前世の俺がビアンカを娼館に運ぶ役目を受け、娼館に入れられたとの後日談が語られていった。
スタッフロールが流れ、思い出のスチルが代わる代わるエンディングテーマに合わせて映し出されていく。
幸せそうなシュミナ・パピヨンとマクシミリアンが寄り添うシーンが最後に大画面に映し出され、セピア色にかわった後にFINの文字が映し出された。
多分、このあと利用価値のなくなったヒロインと別れ、どこかでビアンカを監禁し、何食わぬ顔でリーベッへ王国で金を得て生きていくのだろう。
相変わらず俺は俺のままらしい。