寮住まいであるなら当然のように朝飯の時間も決まっていた。未だ残暑で蒸し暑い日々が続いてはいるが、こんな朝ならば快適な空気だ。山奥の田舎なだけあって高専は少しだけ他よりは涼しいのもあるかも知れない。
この時代の校舎にしては古臭い木造の校舎だか寮だかわからない建物をゆく。カルデアの最新どころか近未来の技術の施設に見慣れてしまったお竜さんからすると尚更だ。おまけに建物が連なっているため、慣れなければ迷いそうであると思った。
お竜さんはいつものように空に浮いたまま、夏油に着いていく。いつもと違うとすれば、それは眠いということを隠そうともしないその顔だった。
五条の質問責めに付き合わされて、寝付けなかったお竜さんは中々に不機嫌だ。黙らせようと小突こうが、無下限に阻まれたので。
せっかく手配されていたお竜さん用の寝具やらが整ったと言うのに寝付きは最悪であった。
「五条はほんとに知りたがりだな…。親友としてお竜さんの寝不足の責任を取ってくれ」
「知れてよかったことも沢山あったから無駄ではなかったけれど、別に次回でもよかったのにね」
お竜さんの希望により、夏油の隣の空き部屋の壁をぶち抜いて一部屋にしたのだ。当然のことながらその部屋で五条とお竜さんの問答を聞き続けたのだから、夏油も寝不足である。
寝坊はいかんと時間通りに起きたのだから、眠くてたまらない。だが、朝ご飯の時間は待ってはくれないので渋々起きた。
尚、元凶の五条は食いっぱぐれればいい、とばかりに置いてきた。結局昨日の夜も自室に帰らず寝落ちしたので、起きていなければ変わらず部屋の床に転がっていることだろう。親友を名乗る男は放任主義であるようだった。
これが龍馬と以蔵なら、一応起こそうとするポーズは少なくとも取るだろう。起こされる方がそれに従うかは別として。
「…眠いな」
くぁ、と豪快に欠伸をしたお竜さんは呟く。本当は寝ていたいところなのだが、ご飯とあっては仕方がない。カルデアであったときとは違って紛れもない本体で生身であるので睡眠も食事もそれなりに必要なのだ。
今日は完全に休みなので最悪寝直せばいい、というのがお竜さんの意見である。それなりに真面目に生活してる夏油はしっかり勉強なり鍛錬なりするらしいが。
人数がいない癖して結構広い敷地内をお竜さんを伴って夏油が歩く。家入相手なら歩幅を気にしなくてはならないところだが、お竜さんは浮遊しているのだから、とそれなりに早足だ。
夏油は龍馬より背があるけれども着いて移動するには関係のない話だった。
必要ないだろうとお竜さん自身が言ったので、敷地内の案内だとかはしていない。お竜さんとしては何となくの後をついて回るのが癖になっていたから、覚える必要もないだろうと思ったのだ。
どうでもいいなら放置でもいいのだが、短期間ではあるが、すでに夏油をそれなりに気に入っていたので。
結構な当たりを引いたかも知れない、とお竜さんは夏油を見て思った。
それなりにお人好しで面倒見が良くて、でも退屈なわけではない。だがカルデアのマスターのように善良すぎるというわけでもない。
なんといってもお竜さんの親しい誰かとも似てはいないのだ。面影を見て比較する必要もない。
元より気にする質ではないが、気兼ねしなくてもよいというのは少しだけ楽だった。
五条も自分のマスターにするには勘弁だが、見ている分には面白い。カルデアの濃い面子に慣れてしまっているお竜さんでも、びっくりするほど個性で殴ってくる。
これで無下限とやらがなければうざったくなっても拳で黙らせられたのに、と思うのは秘密だ。
「夜蛾先生がカエルの手配しっかりしてくれたみたいだよ」
そういえば、と夏油が切り出す。
元々カエルは解体の教材として用いられることもあるので、学校として注文するのは容易らしい。
「早速届いたうちの一匹を、自分の練習用だと思って硝子が捌いてしまったらしいけど」
捌いちゃったのは食べるか、との問いにお竜さんは首を振って答える。ちゃんとしたのをくれるならそっちの方がいいに決まっている。女なら黙って丸呑みするのが一番だろう。ちゃんとカエルがもらえるなら今回の一匹くらいは別にいい。
そういえばしっかりした契約の場合、この一匹のカエルが足りなくても契約違反になるのだろうか、とお竜さんは疑問に思った。
正直契約だなんて言って縛りを課したが、結果的に破ることになっても問題ないのだ。神霊であれば破るなんて通常の縛りでも契約でも到底できないことだが、参考にしたものがカルデア式のマスター契約、しかもその仮なので強制力は実は無いに等しい。だからこそあの縛りで提案できたわけだが。
いくら角がとれて丸くなったお竜さんであろうと、出会ってさほど経っていない人間に三回の命令権なんて与えるはずがない。精々嫌いなものを無理やり食べさせられるくらいの強制力だ。
通常、神との契約は破れぬもので厳守しなくてはならないものだが、そもそもの契約の認識がカルデア式のゆるゆるの契約なので破っているわけではない、とルールの隙間をくぐり抜けるどころか自分の認識でゴリ押しただけなのだ。
絶対命令権のように勘違いしてくれたのはああ見えて詰めが甘い子供相手だからできたことだろうとお竜さんは思っている。五条といい夏油といい、到底高校1年生の見た目では無いけれど。
あの悪属性筆頭の教授に鍛えられたカルデアのマスターならこんな簡単には契約しなかっただろう。いや、やっぱり契約内容の裏を見越した上で損なんかない、と引き受けていたかも知れない。
ふと、何となく気になった。
「ゲトウとゴジョウはいくつだ?」
「高1って言ってわかるかい?」
「わからん」
まあそうだろうな、と如何にも予測通りですという顔をする夏油。お竜さんも聖杯知識のあった頃ならば知り得たかも知れないが、今はそんなものはないし持ち越せたのは覚えている分だけである。
「高校1年生なら少なくとも15。誕生日を迎えてたのなら16だ。昨日話した硝子も含めてみんなね」
「意外と若いな」
思えばそのカルデアのマスターも人理修復のその最初はこんな年齢だったのだっけ。龍馬とお竜さんがカルデアに加わったのは人理を取り戻してそしてさらに1年と半年も後だったから、その時期のカルデアのマスターを見ることはできていないが。古参のメンツであればあるいはまだ純真な姿を知っていたかも知れない。
それにしても15、16とは。お竜さんの記憶が確かであればアビゲイルよりは年上で天草とかアナスタシアよりは年下だ。見た目で言えばこの中の誰よりも大人びているが、喧嘩の仕方やら煽り合いがなんとも年相応なことか。
自分の横を歩く夏油を覗き見る。カルデアの規格外の体格の連中に慣れてしまったから気にしても居なかったが、何気にこの歳で龍馬くらいにはタッパがあるのだ。マスターが如何にも未成年の標準という風貌であったと言うから、五条といい夏油といい、きっとデカい方なのだろう。
龍馬と以蔵とそう変わらないお竜さんだから傍目に見ても少しマシに見えるだろうが、ここに沖田や信長が並べばその身長差は歴然だったはずだ。
こんな奴らが今まで出会ってきた人間の中で一等幼いのか、と認識するには嘘みたいだった。今まではいくら享年や現界している見た目が幼かろうが、中身は歳不相応なものが多かったのだ。お竜さんにとっては人間の年齢なんてものはどうでもいい話であったが、あのカルデアのマスターと盾のあの娘よりも年下なのだと思うには些か奇妙に感じた。
「ちなみにお竜さんは2000歳くらいだと思う」
ふわふわでアバウトなのはウン百年単位で封印されていたり寝ていたためである。お竜さんはまつろわぬ神であるので、史料であれば邪馬台国と敵対した狗奴国にもちょこっとは載っているはずだ。何なら天津神が降ってくる前に在った国津神であるので、古いという神秘の指標からいえばトップクラスだ。
「神秘が古い方が強い。つまりお竜さんが最強だ」
「また新しいワードだ、悟も居る時に詳しく話してくれ。多分聞きたがる」
んべ、と夏油に向かって舌を出し、めんどくさいと表情で語る。昨夜は散々滅多に使わない記憶領域から知識を引っ張り出してきたのだ。これ以上となるとしばらくは嫌だった。何より五条はしつこい。納得するまで質問漬けにするのだから堪ったものではなかった。
「神秘はより上位の神秘に敗れる。つまり古いヤツ。現代の呪術くらいなら多分ウロコに傷もつかない」
五条のよくわからん呪術食らっても無傷だった、とお竜さんは言う。ここまで語ればあとは夏油が五条に話すだろうとの魂胆だ。これも面倒ではあるがその上を五条がいくので夏油に放り投げればいいのでは、という考えだ。
「お竜さんに本気で傷をつけたいなら三種の神器レベルで古いモノか、天逆鉾みたいに逸話で特攻が刺さるヤツか神性特攻のだな」
「そのレベルの呪具なんて現存しているか怪しいくらいだよ」
尚、神秘として仮に上回れたとしてお竜さんの硬度がなくなったわけではないので、ダメージが通るかどうかは別である。
夏油からすればそんな呪具がやすやすとあるわけもないと思っているので、これは掛け値なしに悟と二人合わせて最強になれるのでは、と想像する。
夏油の術式は呪霊を操るものであり、それを自身の力であると考えているので、ナチュラルにお竜さんも自身の戦力であると計算している。借り物だなんて言われても、契約をもぎ取ったのは夏油なのだから夏油の力であるのだ。
つまり最強トリオが結成できる、とまでを連想した。年齢にしては大人びている夏油であっても、高校生であるので最強という称号には些かロマンを感じるのだ。いや、年齢関わらず男であるなら心躍る二文字だろうとまで思う。
「お竜さん」
「なんだ」
足を止める。目的地である食堂はもう目と鼻の先であったけれども。
ちょっとした決意を胸に夏油は呼びかける。
「実は私と悟で最強って呼ばれてたんだ」
そう前置きする。過去形に図らずともなったのはこれからは三人でにならないかな、とそう思ったからだ。
五条に敵わないと思ったことは未だになかったが、ちょっと見劣りするくらいには思っていた。最強っていう肩書は共に呪霊相手に負けなしだからであり、同じ強さということではない。
無下限の攻守共に逸脱した性能は本物だ。五条と夏油がいい勝負をしたとしても、最終的に五条が負けることは無いだろう。何しろ無下限に攻撃を通す方法が現状では無いのだ。
夏油が手持ちの呪霊を盾にしたとして、そもそもが弱らせて調伏したものになるのだからそれまでの強さでしか無い。使い勝手として考えるのであれば比べるべくもないが、戦闘として考えるのならば足りないくらいだった。
だが、お竜さんがいればそれは変わる。上位の神秘であるお竜さんは呪術を物ともしない。ならばこちらが負けるということはなくなるのではないか、そう思ったのだ。
「でもちょっと足りないかな、と考えていたところなんだ」
五条がこの場にいたら絶対に出せもしなかった話題だ。本人がいたならば盛大に拗ねるかキレるだろう。もしかしたら珍しく夏油を説き伏せる五条が見られることもあるかも知れない。
それでも、並び立つならばただの少しの引けを取るのは嫌なのだ。
「お竜さんは私と一緒に最強を目指してくれる?」
誰から見ても並び立つと称されるまでに。そう、成りたいのだ。
出会って3日。神様相手に図々しい願いではあるのは承知の上。まだ信用を勝ち取れたとは言えないほどの期間しか過ごしてはいなかったけれど、なんとなくお竜さんとならできるだろうと根拠もなく思ったのだ。
ふむ、とお竜さん逡巡する。こういった約束じみたものは無闇に確約すべきではないとわかっているからだ。
「まあ考えてもいいが、圧倒的に絆レベルが足りない。あと目指すまでもなくお竜さんは最強だから、ゲトウも最強でいいだろ」
マスターの実力はサーヴァントの実力も込みでいいだろ、お竜さん今はサーヴァントじゃないが、とお竜さんが宣う。絆が5ほどにでもなれば再考の余地ありだろう。お竜さんは属性善の心優しい神様であるので、背に乗せて飛ぶほどに親しくなったのであればそういうこともありだろう、と。
お竜さんには理解し難いことだが、クソワラビと称されていた陰陽師だったりインドの弟の方だったり、中々に実力がどうのとこじらせた連中もいたし、珍しくはない願いのだと思う。人の機微というものがわからんお竜さんでも知っていることだ。
「その絆レベルとやらはどうしたら上がる?」
「連れ回したりカエルくれたりしたら上がるぞ」
カエルは嘘である。でもご飯くれる人間に懐くのはそうだろう。
「じゃあご飯食べたら一緒に鍛錬しよう。動きをどう合わせるとか考えることも必要だろう」
「いやだ」
これにはノータイムで否と返す。
例えにだした絆レベルは降下しないが、実際の気持ちは降下することもある。お竜さんはご飯をとったら寝直すつもりであったので。サーヴァントであった時ならば了承できたかも知れないが。
「わかった、明日だ。明日にしよう。それなら大丈夫かい?」
まあそれなら、と頷きでもって返す。
この先に何が起こるとも知れず。ならば備えておくのもありだろう、とお竜さんはらしくもなく思った。常であれば龍馬にすべてそういう指針は投げるのだが、居ないのであれば自分がしっかりとする他無い、と張り切っているお竜さんなので。まあ、今日は勘弁だと思っているけれど。
お腹を擦りつつお竜さんが催促する。
「話しすぎでお腹空いた」
「ごめんごめん」
恨みがましいといった顔で振り向くお竜さんに、ふふ、と笑みを漏らしつつ答える。
じと、とした目で見られてもあまり怖くはなかった。
少しの悩みが解消されて、憑き物の落ちた晴れ晴れとした微笑みで告げる。
「君とはうまくやれそうだ」
「奇遇だな、お竜さんも丁度さっきそう思ったとこなんだ」
難産でした
前話の誤字報告ありがとうございます、実はあの機能初めて使ったので感動しました。便利。
型月情報は情報ごっちゃになってる可能性もあるので間違ってても優しく教えてください
と言っても、真実はきのこのみぞ知るって感じだろうなぁって思ってます