今週は頑張ります。
「鳴女さん」
遊郭へと向かう柱の足止めを終えた後のこと。廃灰は感情を感じさせない声で言う。
「明日以降、たくさんの鬼狩りと戦う任務があったら、なるべく僕に回してくださいよ」
「それは……」
それは本来なら十二鬼月に回ってくるような任務。当然にべもなく断わろうとする鳴女。
「柱とも劣勢ながらやり合えるのは今証明しました。すぐに互角……いや、殺せるようになりますよ。徒党を組んだだけの鬼狩りなら問題になりません」
だがそれよりも早く、廃灰が制止を逆に制する。
「別にあのお方の命令に背けと言っているわけじゃありません。自由が効く時になるべくで結構です」
「……確約はできませんよ」
「ええ、それで結構です」
相変わらず何を考えているのか分からない廃灰。上弦ではない故にその後の妓夫太郎と堕姫が殺されたことによる会議にも参加しなかった。
ともすれば気ままにも見えるフットワークの軽さだが、鬼狩りは積極的に狩っている故に無惨から叱責されることもない。
それから幾ばくかの時が流れたある日のこと。それなりの規模の鬼狩り部隊の動きを察知した鳴女は、上弦の誰かを送り込もうとしていたのだが、たまたま居合わせていた廃灰が自分が行くと言い出した。
「殲滅できるなら誰が行こうと問題ないでしょう?」
「それは、そうですが」
「上弦も忙しいでしょう? 僕にできることなら僕がやるのは、互いに得しかないと思うのですが」
「……分かりました」
廃灰の言うことは一理あるのも事実であり、鳴女は根負けして廃灰を鬼狩りの大部隊の元へ送る。鳴女にとって不幸だったのは、その少し後にたまたま手が空いていた黒死牟が現れたことだ。
「鳴女……先の……鬼狩りの件だが……私が出よう……」
「それが……廃灰殿が、多くの鬼狩りと戦いたいと申しまして。既に彼を送っています」
「なに……?」
黒死牟がその大量の眉をひそめるのを見て、鳴女は補足説明をする。
「敵部隊の殲滅は、彼だけでも十分可能かと思わたので」
「鳴女……私は……任務の合否を……問うているわけではない……序列の乱れを……憂いているのだ……」
黒死牟は同じ十二鬼月だとしても、上弦の参の猗窩座が上弦の弐の童磨を軽視するような行動を取れば咎める。
それがいくら無惨のお気に入りとはいえ、十二鬼月でもない鬼ならばなおさらだ。
「廃灰殿も、悪気はないかと。鬼が組織という認識があまりないのでしょう」
鳴女の推測はあながち間違いでもないが正解でもない。
組織という認識云々以前に、廃灰は精神的にも実年齢的にも子供だ。上司の仕事を何も言わずに横から奪うのが、面子の問題になるという認識がない。
「闇に生きる……我々は……確かに……組織体系としては……歪……だからこそ……締める所は……締めなければならん……」
実の所、無惨は黒死牟が意識しているほど組織体系を気にしていない。大量の部下を引き連れて悦に入るような性格ならいざ知らず、無惨は本来は鬼を増やしたくないのだ。組織立って行動できる程の数がいるというのも本来なら好ましくない。
無惨は自分に忠実で不快にさせないならば──彼の沸点を考えると、不快にさせないのが困難なのだが──部下がどこで何をしようと関与しない。故にこれは、未だに侍の頃の癖が抜けない黒死牟の個人的趣向とも言えるが……なまじ正論ではあるだけに、鳴女も何も言えない。
「木っ端であれば……捨て置くが……あの方が……評価している……鬼ならば……少し……釘を刺して来よう……私も送れ……」
「はい、黒死牟様」
鳴女の血鬼術で遠くへ送られた廃灰は、そこにいた鬼殺隊たちを壊滅させていた。
まだ立っているのは一人だけ。その剣士はそれなりの使い手だったがそれなり止まり。呼吸を見たいのもあって廃灰はわざとまだ殺さぬように……いたぶるように遠距離から即死しない程度に血鬼術で攻撃する。
「獪岳、危な……ぎゃあああ!!」
「くそっ、このままじゃ……!」
最後に残った剣士……獪岳は近くで倒れている役立たずを盾にして廃灰の攻撃を防ぎながら、何とか逃げる算段を立てていた。
獪岳は雷の呼吸の使い手でありながら基本である壱ノ型を使えないが、素早く走る為の足運び自体は習得している。
獪岳の見立てでは、この鬼には勝てないにしても逃げることは不可能ではない。何とか鬼が遊んでいるうちに隙を見て逃げようとするが……やがて、盾にしていた隊士の生き残りがいなくなってしまった。
かくなる上は死体を盾にしようとした獪岳だが……そんな彼を見て廃灰はため息を溢す。
「はぁ、もう結構です。雷の早業を見たかったのですが、これ以上は時間の無駄のようですね」
いつまで経っても反撃せずに逃げ回るだけの獪岳に痺れを切らし、廃灰は血鬼術で刀を作る。
「せめて最期は、何か型を見せてから死んでくださいよ!」
「ひ、ひぃいい……! 待ってくれ、俺の知ってる情報なら全て話す!! だ、だから……!」
「ヒノカミ神楽、火車!」
恥も尊厳もかなぐり捨てて命乞いをする獪岳。これで廃灰が上弦であれば勧誘という選択肢もあったが、彼は現状その権限がない。
故に、鬼殺隊でありながら鬼に媚びる異質で卑劣な裏切り者に興味を持つこともなく、ヒノカミ神楽を放つ。獪岳は死を覚悟するが……
「月の呼吸、参ノ型、厭忌月・銷り!!」
そこに、本来居合わせるはずだった人物が、遅れて現れる。
「ごあっ!?」
血鬼術で具現化した月輪に吹き飛ばされる廃灰。錐揉み回転しながら、近くの廃屋に叩き付けられる。
「ひいぃいいい!?」
獪岳は情けない悲鳴をあげているが、恐怖と威圧感のあまり逃げ出すこともできずに震えている。
廃灰はまだ隙を見れば逃げることもできたろうが、今現れた鬼……黒死牟は次元が違う。逃げるどころか背を向けることさえもできずに殺される。彼我の実力差が分かる程度の実力は供えていたのが、却って不幸だった。
だが黒死牟は最早獪岳など見ていない。彼の六つの目は、四百年以上その脳裏に焼き付き続ける弟の技を使った、目の前の鬼に釘付けとなっていた。攻撃したのも、勝手に体が動いていたからだ。
「ぐ、ぐぁああ……!!」
廃灰は突然の不意打ちに全く対応できなかった。吹き飛ばされた先の家の残骸からは必死に這い出したが、立ち上がることができないでいる。
黒死牟はうつ伏せで倒れる廃灰に近づくと、刀の切っ先で廃灰の顎をクイ、と持ち上げて凄む。
「その技は……どこで覚えた……」
「じ、上弦の、壱……? なぜ、ここに……」
「答えろ……! その技を……日の呼吸を……どこで覚えた……!」
何が何だか分かっていない廃灰を、有無を言わさぬ凄みで威圧する。
日の呼吸の適正を持った、黒刀の剣士自体は少ないながらも存在する。だが日の呼吸を知る者は黒死牟と無惨が皆殺しにした。あの技を使える者がいるわけがない。
「ごふっ、ごふっ……! うちに、代々伝わる神楽ですが、それが何か?」
「神楽……だと……? それが……舞踏の……類いだとでも……言う……つもりか……?」
ツゥ、と顎の先の首に刀を滑らせる黒死牟。
「僕にだってよく分からない。ただなぜか、戦いに応用できた……それだけです」
多分、兄さんもそうだ。
そう続けた廃灰の言葉を聞くや否や、黒死牟は刀を鞘に収めると、今度は自らの手で廃灰の首を掴んで持ち上げ、その顔を穴が空くほど見つめる。
「違う……私の……奴の血縁ではない……それでもなお……あの男は……何かを後世に……遺したとでも……言うのか……?」
透き通る世界。それによって廃灰の体組織を見透かした黒死牟は、自分や縁壱の……継国の血は廃灰に入っていないことを確認した。
「……そういえば、鬼狩りの使う呼吸も、この神楽と似てるんですが……貴方は知ってるんですか?」
「私、は……何を残した……? 何を残せる……? こんな所でまで……私は……あの男に……縁壱に……!!」
廃灰の言葉も耳に入っていない。嫉妬に塗れた表情で、折れるほど歯を噛み締める黒死牟。ミシミシ、と、廃灰の首を掴む手にも力が入る。
「かっ……はっ……!」
どれだけ気道を圧迫されようと、鬼が酸欠で死ぬことはない。苦しい事は苦しいが、どこか冷静に、激昂している黒死牟を見つめる廃灰。
その醜い嫉妬、燃えるような激情、偏屈な劣等感……それらが滲み出している黒死牟の表情は……どこか、自分と似ている気がした。
「そこまでだ、黒死牟」
その時、またも突然その場に現れたのは……全ての鬼の祖、鬼舞辻無惨。無惨の声が聞こえた途端、黒死牟は廃灰の首を放す。
地面に倒れ伏した廃灰が激しく咳き込む。
「無惨様……なぜ、こちらに……?」
「半天狗と玉壷が敗れた。だが……半天狗は里なんぞよりもっと良い情報をもたらした」
上弦が一度に二人も敗れたにも関わらず、無惨は全く気分を害していなかった。それは……千年求め続けた宿願が、遂に達成間近だからだ。
「耳飾りの剣士と共にいた鬼が、太陽を克服した」
わざと少しもったいぶってから、無惨が禰豆子……太陽を克服した鬼について語る。
「耳飾りの……剣士……?」
だが無惨の思惑とは裏腹に、黒死牟の意識は太陽を克服した鬼ではなく、耳飾りの剣士の方に向けられた。
「無惨様……もしや……耳飾りとは……あの男の……? だとしたら……なぜ……私に……伝えてくださらなかったの……です……」
黒死牟にしては珍しく、非難めいた口調を無惨に向ける。無惨は少し気を悪くしたようだが、機嫌が良かったので饒舌に返す。
「その剣士の戦いは他の鬼を通して見た。確かに耳飾りは同じだったが、技は別の呼吸が主だった。実力もあの男とは比べるべくもない。わざわざお前に伝えるほどのことでもないと思ってな」
「……そうですか……」
「そう憮然とするな、私とてあの化物のことは忘れたい。あまり私やお前で相対したくなかったのだ」
その結果、中途半端な鬼をぶつけたり放置しているうちに、柱に次ぐ程の実力を身に着けているが……それも問題だとは思っていない。
鬼狩りなど居場所さえ見つければ上弦たちだけで……最悪自分自身で戦えば簡単に殲滅できる。鬱陶しいのは潜伏して邪魔されることだけだ。と、無惨はほとんど危機感を覚えていない。
「とにかく、太陽を克服した鬼が現れた以上、最早是非もない。鳴女に血を与えて上弦とし、鬼狩りの本拠を探る」
「いよいよ……無惨様の……悲願が……成就されるの……ですね」
「総力戦だ。私も血を惜しむつもりはない。各地の鬼に血を与えて下弦程度の力を持たせる」
故に、これより鬼側も総力戦に向けて戦力を整えるため、一時的に各地での鬼被害が消えることになる。と、そこで無惨は、ようやく黒死牟の攻撃から立ち直って平伏する廃灰に目を向けた。
「廃灰、君には上弦の伍の数字を与える。私の役に立つがいい」
「……上弦の伍? 僕が?」
「単純な強さは君の方が上だろうが、鳴女の血鬼術の利便性を考えればな」
「いえ、そうじゃなくて、僕が、上弦に……」
「何を言う。鳴女の他に新たな上弦に相応しい者は、君しかいない」
きょとん、と、イマイチ実感のなさそうな様子の廃灰。彼は究極的には兄と再会することにしか興味がない。鬼としての地位を上げると言われても実感がないのは致し方ないと言える。だが……だからこそ、この後に起こることは彼にとっての一大事だった。
「早速血を分けてやろう。なに、君ならば耐えられるはずだ」
「うぐっ!」
そう言って、治りきっていない黒死牟に付けられた傷口に、無遠慮に指を突き入れる無惨。まるで、鬼になった時の再現。違うのは、与えられる血の量が、あの時よりも遥かに多いこと。
「ぐ、ごぽっ……!」
溢れ出そうな嘔吐感に、思わず口を抑える。だが無惨の思惑通り、苦痛はそこで終わり、肉体が弾け飛ぶようなことはなかった。
そして、あの時と違うことがもう一つ。
無惨の血が増えたことで、無惨の細胞に刻まれた記憶が流れ込む。それは、魘夢が無惨の血を分けられた時に、塁の目を通して見た耳飾りの剣士の顔を見たのと同じ現象。
半天狗の目を通して、無惨が常々鬱陶しく感じていた耳飾りの剣士の顔を、ここで初めて確認する。
「は、ははは……」
それは、廃灰が焦がれ、憧れ続けた男の顔だった。その横には、見知った顔もある。
「あはははははははははははは!!!!」
狂ったような笑い声をあげる廃灰。鬼に血を分けた時の反応として、高揚感に酔うのは別段珍しいことでもない。故に無惨は特に気にせず、無惨が現れてからずっと命乞いを繰り返している獪岳を鬼にでもしてしようと近づく。
「なんだ、そうだったんだ……無惨様が言ってた剣士が、兄さんだったんだ」
ずっと探していた人は、間接的に関わって来ていた鬼狩りだった。
「太陽を克服した鬼が、姉さんだったんだ」
あの日鬼になったのは自分だけではなかった。姉もまた鬼になった。だが人を喰い、太陽の下を歩けぬ自分と違い、姉は人を食べなかった。太陽すら克服してみせた。
「やっぱり凄いよ、兄さん……それに姉さんも」
ただ流されるままに鬼になり、人を喰ってきた自分とは違い、二人は運命に抗ってみせた。それがとても眩しくて……どこか妬ましい。
けれど、こんなやりようのない閉塞感と雁字搦めを感じるのもすぐに終わる。
兄が鬼狩りとして生きているということを改めてハッキリと知った。復讐なんて柄じゃない兄が戦う理由も知った。これで向き合える。戦える。決戦の時は近い。
──やっと、やっと兄さんと会える。そうすればきっと何かが変わるはずだ。僕は本当の意味で、自由になれるんだ。
嬉しそうに、ただただ嬉しそうに笑う廃灰。そんな彼を……黒死牟はどこか興味深そうに見ていた。
無惨様たちって絶対報連相できてないと思う。
黒死牟って炭治郎のことどのくらい認識してたんですかね?
まだファンブック読めてないので後から修正するかもです。