炭になれなかった灰   作:ハルホープ

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前回の後書きにも書きましたが、前話のラストを少し改訂してます。
前回の話を投稿直後にお読みになった方はご注意ください。


仲間

 無限城で最初に上弦と遭遇したのは、冨岡義勇だった。

 しかしそれも当然のこと。鬼殺隊の面々が無限城に誘い込まれた時、上弦の参、猗窩座は炭治郎に一撃を加えて吹き飛ばした。そしてその瞬間まで義勇は炭治郎のそばにいたのだ。

 少し探索するだけで両者が鉢合わせたのは、必然と言う他ない。

 

「術式展開──破壊殺・羅針……さぁ、始めようか、義勇」

 

「水の呼吸、参ノ型……流流舞い」

 

 戦う前の問答を楽しもうとした猗窩座だが、義勇はそれを無視して一気に斬りかかる。

 

「水の柱か! これはいい、遭遇したのは五十年ぶりだ!」

 

 嬉々として義勇の攻撃を真正面から受け止めた猗窩座は、自らの拳による連撃を放つ。

 

「破壊殺・乱式!」

 

「水の呼吸、拾壱ノ型……凪」

 

 その場から一歩も動かず、正しく凪のように平然としながら猗窩座の連撃を防ぎきる義勇。長く生きた猗窩座からしても初見の技に、興奮気味に叫ぶ。

 

「見たことがない技だ! 以前殺した水の柱は使わなかった!」

 

 相手が手練れなのは見ただけで分かっていたが、よもや長い歴史のある水の型に新たな技を生み出す程とは思っていなかった。終始笑顔の猗窩座に内心苛つきながら、義勇は無表情に攻める。

 

「水の呼吸、漆ノ型……雫波紋突き」

 

 義勇が牽制に放った突き技は、然したる脅威ではないと言わんばかりに軽い動きで弾かれる。

 

「水の呼吸、陸ノ型……ねじれ渦」

 

 弾かれた衝撃を逃がす為に身体を捻り、かと思えばその捻りを利用して一気に斬りかかる。その流れるような動きは、正に変幻自在の水が如し。

 

「流麗! 練り上げられた剣技だ、素晴らしい!!」

 

 惜しみない賞賛の声をあげながら、猗窩座は姿勢を低くして懐に入ろうとする。

 

「水の呼吸、捌の型……滝壺!」

 

 当然、真下への斬撃を繰り出す義勇。しかし猗窩座はわざと刀を腕で受けて、食い込ませることで無理矢理流れるような型の連鎖を止める。

 

「くっ」

 

 だが義勇もさる者。予見していたのか刀は猗窩座の目論見ほど深くは食い込まず、すぐに抜けてしまう。だがその一瞬で十分だった。

 

「脚式・流閃群光!!」

 

「がっは!!」

 

 腕で防いでいる間に蹴り飛ばす。言ってしまえばそれだけのことであるが、猗窩座の膂力で行われたそれは致命の一撃となる。姿勢を低くしたのも、懐具合潜ると見せかけて蹴りの威力を上げる為だ。義勇がすぐに腕から抜いた刀で防いだのと、衝撃を殺す為に咄嗟に自分から後ろに飛ばなければ、彼は蹴り一発で死んでいただろう。

 

 それでも衝撃は抑えきれず、激しく吹き飛ばされる義勇。だが流石は水柱と言うべきか、吹き飛ばされた勢いを利用して、防御から一転、上方向へ垂直に刀を振るい……歪ではあるが弐の型、水車を放って猗窩座の追撃を一瞬遅らせた。さらには吹き飛ばされながら何とか体勢を制御して、足場の悪い箇所での攻防の技……玖ノ型、水流飛沫・乱の足運びで衝撃を殺すのも忘れない。

 

 

 そうして可能な限りの防御をして飛んでいった義勇を追いかけてみれば、案の定というべきか既に義勇は立ち上がり、迎撃の構えを取っていた。だが、それでもなお激しく打ちつけたであろう背中の傷が痛々しい。

 

「俺は頭に来てる。蹴り飛ばされて背中が猛烈に痛いからだ。よくもやってくれたな上弦の参」

 

「義勇、強がりは止せ。単独でこの俺に勝てるわけがないだろう。せめて柱がもう一人いれば、体力の消耗を抑えられただろうが……既に息が上がっているぞ?」

 

「…………ちっ」

 

 

 上弦の強さは柱三人分、というのが鬼殺隊側の大まかな指針だ。上弦の伍を実質一人で打倒した時透無一郎のように、相性次第かつ上弦下位が相手ならば単独でも勝ち目がないではないが……義勇と猗窩座の間に、それは当てはまらない。

 それを義勇も分かっているのか、その表情は無表情が常の彼にしては苦々しい。

 

「だが、ここで殺すには惜しい。義勇、お前も鬼にならないか? もっともっとその技を研ぎ澄ますことができるぞ」

 

「……興味ないな」

 

「そうか……残念だ!」

 

 どうせ勧誘は無駄だと内心では分かっていたのか、一気に距離を詰めてくる猗窩座。

 

 

ズ……

 

 

 

 義勇は極力刀を抜きたくはないと常々思っている。誰彼構わず娯楽のように手合わせするのも好きではない。

 けれども今。己が圧倒される強者と久々に出会い、短時間で感覚が鋭く練磨されるのが分かった。

 

 閉じていた感覚が叩き起こされ、強者の立つ場所へ引きずられる。

 ギリギリの命の取り合いというものが、どれだけ人の実力を伸ばすのか……義勇は理解した。

 

 

 

ズズズ……

 

 

 

「水の呼吸、壱ノ型……水面斬り」

 

 迫りくる猗窩座に対して放ったのは、水の呼吸における基本技。先ほどまでならば余裕を持って受け止められていたであろう斬撃で……猗窩座の腕に浅くない切り傷ができる。

急に技のキレが増した義勇の頬には……寄せては返す波のような形の痣が発現していた。

 

 

「痣が発現したか! いいぞ、速度が上がっている!!」

 

「水の呼吸、肆の型……打ち潮」

 

 どこまでも楽しませてくれる義勇が嬉しくてたまらないという様子の猗窩座。

 痣の発現によって上がった技の速度に、猗窩座は瞬時に付いてくる。

 

 ここに来て、義勇は猗窩座という男の本質を知る。

 この男は修羅だ。戦うこと以外全てを捨てた男。

 

 いくら痣を出したとはいえ、鬼と人の体力差は埋まらない。徐々に義勇の動きは鈍くなっていく。

 

「くっ……水の呼吸、拾の型……生生流転!」

 

 凪が守りの奥義ならば生生流転は攻めの奥義。不利だからといって博打のように一か八かで大技を使うというのは義勇も本来嫌う所である。だが現実問題、動けるうちに使わなければ追い詰められていくばかり。隙が多いリスクを許容してでも連続攻撃を放つ。

 

 龍のようにうねる連続回転攻撃は、羅針によって動きを見切っている猗窩座でも何発かは喰らう。だがそれだけだ。猗窩座の正確な防御の前に、やがて回転を維持することができなくなる。

 

「どうやら水の型は全て出し尽くしたようだな……もう十分だ義勇、終わりにしよう」

 

 そうして待っていたのは、至近距離で脇腹を晒すという最悪の状況。

 刀を犠牲にしてでも一撃だけは耐えようと構えるが、そんな咄嗟の甘い防御に防がれる猗窩座ではない。

 

「よくぞここまで持ちこたえた!!」

 

 そして、猗窩座の拳が、これみよがしに振りかぶられた時……光が迸る。

 直後、今まさに義勇の体を貫かんとしていた猗窩座の右腕は、斬り飛ばされていた。

 

 

 

 

★ ★ ★

 

 

「輝利哉様、よろしかったのですか? 彼の近くには別の上弦がいた可能性もありましたが……」

 

「想定以上に義勇が上弦と接触するのが早かった。義勇の救援に行ける『速さ』を持っているのは、鬼殺隊広しといえど彼しかいない」

 

 

★ ★ ★

 

 

 

 

 

「雷の呼吸、壱ノ型……霹靂一閃」

 

「お前は……我妻?」

 

 一瞬、先ほどまでの激闘が嘘のようにシン、と静まり返る。カチン、と刀を鞘に納める音……そして猗窩座の腕が地面に落ちる音が、場違いなほどハッキリと響いた。

 その一瞬の静寂を破いたのは、喜色にまみれた猗窩座の声。

 

「素晴らしい!! 不意打ちは好かんが、ここまで完璧に決められると認めざるを得んというものだ!」

 

 猗窩座は義勇から離れ、斬り飛ばされた右腕を掴んで傷口にグリグリと押し当てながら叫ぶ。いくら上弦の鬼とは言え、手ならともかく腕を生やすのは少々手間だ。再利用する方が早いと踏んだのだろう。

 

「俺の羅針の範囲外からの、目にも留まらぬその早業……雷の剣士だな?」

 

 無限列車の時に善逸は猗窩座の近くにはいたのだが、彼は禰豆子と共に後方車両を守っていた。その後は禰豆子を太陽から守るのに必死で、猗窩座と煉獄の戦いの場には行けなかった。故に、善逸と猗窩座に面識はない。

 

「闘気も練られてはいるがまだ若々しい。継子か? 是非お前の名前を聞かせてくれ! 我妻というのは家名だろう?」

 

 早口に捲し立てる猗窩座とは対照的に、善逸は静かに答える。

 

「我妻善逸……柱でもなきゃ継子でもない、平隊士だよ」

 

「そうか、俺は猗窩座。善逸、お前の技は素晴らしかったが、それ故に惜しいぞ」

 

 繋ぎ合わせた腕の調子を、拳を握りしめたり緩めたりして確かめながら猗窩座が言う。

 

「あとほんの一瞬遅く……俺が義勇を殺した瞬間に、腕ではなく頸を狙っていれば、俺とて危うかったというのに」

 

 義勇は強敵故に、致命傷を与えてから実際に息絶えるその瞬間までを最も警戒する。事実猗窩座が煉獄と戦った時も、最後の最後で気を抜いたからこそ太陽で灼け死ぬ一歩手前まで追い詰められたのだ。目の前の相手を最も警戒するからこそ、不意打ちのタイミングとしては完璧。だというのに善逸はそれをせず、義勇を助ける為に猗窩座の振りかぶった腕を斬り落としてきた。

 

「やはり下らぬ情に邪魔される人間の身というのは枷でしかない。どうだ? 善逸、お前も鬼に……」

 

「うるせぇよ」

 

 善逸は最初、仲間の救援になど行くつもりはなかった。

 鬼になった裏切り者の兄弟子、獪岳を殺して師匠の仇を討つつもりであった。

 

 それは、彼の鎹鴉ならぬ鎹雀のチュン太郎が必死に誘導して来ても変わらない。

 チュン太郎と組んだ当初こそ他の鴉と違って喋れないチュン太郎との意思疎通には困ったものだが、流石に無限列車以降、単独任務が増えてきた辺りからある程度なら伝えたいことも分かるようになった。

 

 そのチュン太郎の必死さから、なんとなく誰かが危ないということは善逸にも伝わる。

 だが、善逸には斬らなければならない相手がいた。裏切った兄弟子の不始末も師匠の仇も、何としても善逸がやらなければならないことだ。

 

 だから、無視しようとした。

 可愛い女の子や仲の良い炭治郎と伊之助が死ぬかもしれないというのに思うところはあるが、それ以上に獪岳を殺すという使命感が勝る。

 鬼殺隊の連中なんてみんな死ぬ覚悟がある奴らばかりだ。情けない自分や裏切り者の獪岳のような者なんて普通はいない。

 

 そう考えた時、ふと、善逸は昔師匠から言われた言葉を思い出す。

 

『善逸、獪岳、なぜワシがお前たちを弟子に取ったか分かるか?』

 

『才能あると思ったからだろ? 俺はその期待には答えられそうにないけどさ』

 

『は、とことん覇気のない奴だ』

 

 アレはまだ獪岳も善逸も鬼殺隊の選別に行く前。3人で暮らしていた頃のことだ。

 

『才能だけじゃないぞい』

 

 指導の時以外は気の良い爺ちゃんでしかない師匠が、珍しく飯時に説法めいた事をしたから、善逸もよく覚えている。

 

『現役の頃のワシは、鬼が憎くて、走って、走って、走って……気がついたら、周りには誰も残っていなかった』

 

 遠い目をする師匠の姿は、老いてなお盛んな元柱ではなく、くたびれた老人のそれにしか見えなかった。

 

『もう二度と大切なものを失いたくないから鬼殺隊に入ったが……全て失ってから、仲間の大切さに気づいた。復讐に囚われ、本質を見失った』

 

 その時ばかりは獪岳も、憎まれ口を叩かずに黙って聞いていた。

 

『怒りは強さに繋がる。だが同時に……憎しみは人の目を曇らせる』

 

「俺は、お前らを倒しに来たわけでも、爺ちゃんの仇を討ちに来たわけでもない……」

 

『善逸、獪岳……お前たちのように、鬼に憎しみを抱かない若い芽が、今の鬼殺隊には必要なんじゃ』

 

 

「柱の人たちとか何か怖いし、炭治郎と伊之助以外の人はガツガツしてて話しづらいし、禰豆子ちゃん以外ぶっちゃけどうでもいいと思ったこともあるよ。でも……」

 

 

 

『善逸、鬼に恐怖するのは構わない。だから憎むな……憎しみに囚われそうな時は思い出せ……苦楽を共にした仲間を!』

 

 

 

「禰豆子ちゃんだけじゃない……俺は、仲間を守りにきたんだ!!!」

 

 

 啖呵を切った善逸の言葉を聞いた瞬間……猗窩座の耳に、どこか懐かしい、声が聞こえた。

 

『お前はやっぱり俺と同じだな。何か守るもんがないと駄目なんだよ。お社を守ってる狛犬みたいなもんだ』

 

 




無限城編はこんな感じで独自解釈マシマシになる予定です。
おっかなびっくり書いてるので評価、感想くださると執筆の助けになります。気が向いたらよろしくおねがいします。

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