炭になれなかった灰   作:ハルホープ

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忘れないで

『狛治さん、もう止めて』

 

「っ!!」

 

「……何やってんだ?」

 

 仲間を守るという善逸の覚悟を聞いた瞬間、一瞬よぎった謎の声。それに怖いほどの懐かしさを感じた猗窩座は腕を振るう。だが、当然そこには何もない。

 善逸と義勇もその奇行に訝しげな顔をする。

 

「軟弱……その考えは軟弱だぞ善逸! 死ぬ奴は弱いだけだ、強い者が弱い者を庇うなどあってはならない。杏寿郎もそれで死んだんだぞ!」

 

「爺ちゃんが言ってた……失ってから後悔するなって、仲間を守れって!!」

 

『親父……なんで自殺したんだよ……俺は、親父を守りたかったのに……これじゃ、俺が殺したようなものじゃないか……!』

 

「っ……! 黙れぇえ!!」

 

 幻影を振り切るように、猗窩座が善逸へ向けて突進してくる。

 

「霹靂一閃……三連」

 

 善逸も真正面から受けに行く……と見せかけて途中で斜めに方向転換し、横合いから斬りかかる。

 だが先ほどの不意打ちと違い、来ると分かってさえいればどの方向からの攻撃でも羅針で反応して迎撃するのは猗窩座にとって容易い。

 

「脚式・飛遊星千輪(ひゅうせいせんりん)!!」

 

「がはっ!?」

 

 速度が乗った状態で迎撃されると、相手の攻撃に自分の勢いも加わって余計に危険だ。霹靂一閃の強力故の欠点。

 雷の呼吸の速度を見切った蹴りが直撃し、善逸は大きく吹き飛ばされる。

 

「我妻! しっかりしろ、俺もまだ動けるから無闇に突っ込むな!」

 

 だが吹き飛ばされた先に素早く移動した義勇が、両手でしっかりと善逸を受け止めて彼が地面に激突するのを防ぐ。

 

「イヤァアアアアアア!!!! なんで俺男にお姫様だっこされてんのぉおおおおおお!? 俺にソッチの趣味はねぇえええええ!!!」

 

「……大丈夫そうだな」

 

「ぶべっ!」

 

 武器を構えていない時間を増やしたくない義勇は、すぐに善逸を放り投げて刀を構える。

 

「おい我妻、早く立て」

 

「ええ……俺、滅茶苦茶カッコ付けてアンタ守ったのに、反応薄くない? 酷くない?」

 

 ブツブツ言いながら立ち上がった善逸が、義勇と並んで刀を並べ、再び霹靂一閃の構えを取る。

 

「また同じ構え……そうか、善逸は愚直に一つのことを極め、その若さでそこまでの域に達したのだな!! 気持ちのいい奴だ!」

 

 殊更に善逸の強さを認め、無理矢理に先ほどまでの調子に戻ろうとする。

 

『お前筋がいいなぁ、大人相手に武器も取らず勝つなんてよ、気持ちのいい奴だなぁ』

 

 だが、止まらない。一度思い出してしまえば、後から後から連鎖するように、人間だった頃の記憶が蘇ってくる。

 

「くっ、がっ!」

 

 ──誰だコイツは!? 俺は何を見てる? 俺の記憶なのか!? 

 

 猗窩座が苦しんでいるのも露知らず、善逸はボソリと、構えは解かないまま義勇に話しかける。

 

「冨岡さん、多分今しか言えないから言っとく」

 

「……なんだ?」

 

「禰豆子ちゃんを守ってくれてありがとう。俺、絶対禰豆子ちゃんと添い遂げるよ」

 

「……今だけはお前のそのお気楽な頭が羨ましいよ」

 

 ──守る……? 添い遂げる……? 

 

『怪我……大丈夫?』

 

『いつもごめんね』

 

『私のせいで鍛錬もできないし遊びにも行けない』

 

 ──なんだ、なんだこの女は!! なぜ俺は今になって、こんなことを思い出す!? 

 

 

『私は狛治さんがいいんです……私と夫婦(めおと)になってくれますか?』

 

『はい、俺は誰よりも強くなって……一生貴方を守ります』

 

 

「……先ほどの鬼になれという発言を撤回しよう……貴様は不快だ、惨たらしく殺す」

 

 ゆらり、と幽鬼のように蠢いた猗窩座。その瞳からは、今までの楽しむような感情はなく……ただただ純粋な、殺意のみがあった。

 

「殺してやる……殺してやるぞ我妻善逸!!」

 

「ええ!? 俺だけ!? なんで俺だけなのぉ!?」

 

「砕式・万葉閃柳(まんようせんやなぎ)!!」

 

 力任せの振り下ろし。義勇と善逸はそれぞれ左右に跳んで回避する。

 

『誰かが井戸に毒を入れた! 慶蔵さんやお前とは直接やりあっても勝てないから、あいつら酷い真似を!』

 

『惨たらしい……あんまりだ! 恋雪ちゃんまで殺された!!』

 

「守るなどと嘯いた所で、何ができる! お前のか弱い仲間は今この瞬間にも殺されているだろう!!」

 

 実際の所は猗窩座も知らないが、上弦が手を出さないような一般隊士が下弦級の力を持たされた鬼相手に無傷というのは考えにくい。

 事実その言葉を受けて善逸は顔をしかめ、義勇は眉を一瞬だけひそめた。

 

「守るなどという言葉の無意味さを知れ!」

 

 左右に離れ、互いに助けに入れない状況。それでも善逸の速さを考えればこの程度の距離はすぐに詰められる。故に猗窩座は善逸を狙う。

 怒っていても、こと戦闘においては決して冷静さを失くしてはいないようだ。

 

「霹靂一閃……六連!!」

 

「無駄だ!」

 

 既に霹靂一閃は見切った。数を増やそうと関係ない。方向転換を繰り返して背後から急襲した善逸を、裏拳で吹き飛ばす。

 

「死んでくれ善逸!! 尊敬すべき強者として、綺麗な思い出のまま!!」

 

 とはいえトップスピードの善逸にクリーンヒットさせるのは猗窩座としても困難。裏拳は当てることだけに注力したもの。

 雷の如き速度がなくたった善逸に、改めてトドメを刺すべく、猗窩座は拳を振るう。

 

「破壊殺、空式!!」

 

「水の呼吸、拾壱ノ型……凪」

 

 だが、猗窩座の攻撃に割り込んだ義勇が、凪で攻撃を切り払う。

 

「死に損ないが邪魔をするなぁ!!」

 

 接近して、義勇に拳を振るう。だが……ボロボロであるはずの義勇は、正面から猗窩座の拳を受け止めた。

 

「なにっ!? 馬鹿な、義勇、お前のどこにこんな力が残っていた……!?」

 

「弱い者を守るのが無意味だと言ったな……」

 

 義勇が思い出すのは、親友の錆兎のこと。弱い義勇や他の試験生を守り、自分だけが犠牲になってしまった友。

 少し前まで、自分は水柱に相応しくないと思っていた。ただ守られただけの自分が柱などおこがましいにも程があると。

 

 でもそれは、逃げていただけだ。守られた者、残された者が果たすべき責任から、目をそらしていただけだ。

 

 

「錆兎は俺たちを守って、そのせいで選別で死んだ。何も残せなかったという奴もいるだろう!! アイツが守った者たちも、ほとんどは1年もしないうちに死んだ!! 本来なら実力がなかったんだ、それも当たり前だ!!」

 

 こんなに喋ったのはいつぶりだろう。炭治郎と初めて会った時以来かもしれない。そう思いながらも、義勇の魂の叫びは止まらない。

 

「でも、俺がいる! 村田たちもいる! たとえ一人もいなくなっても、俺たちが守った者たちが後に続く!!」

 

 それが、人の永遠。人の想いの力。鬼殺隊が繋いできたもの。

 

「我妻! お前も守れなかったからと言って不貞腐れるな!! 死んだ者に対してできることをやり抜け!!」

 

 

 ──死んだ者に対してできること……? ふざけるな、そんなこと、あるわけがない! 死んだらそこまでだ!! だから俺は……

 

 

「たとえ守れなくても、ソイツを忘れない限り、本当の意味で死ぬことはない! だから俺は、俺たちは錆兎を絶対に忘れない!!」

 

 ──黙れ。黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!!! 俺に、俺に思い出させるな!! 

 

 

 

「俺がアイツの、生きた証だ!」

 

 

 

『狛治さん、私が、病気で死んだら……一つだけ、お願いがあります』

 

『そういう事を言うのは止めましょう。それに、心残りを残しておいた方が生きる気力になります』

 

『いえ、それでも……言わせて欲しいんです』

 

 ──恋雪は母が看病疲れで自殺したと聞いた時、どう思ったのだろう。申し訳なさで一杯だったはずだ。本当はもっと伝えたいこともあったはずだ。

 

『たとえ、お別れになっても……時々でいいから……私のこと、思い出してください』

 

 ──俺は自殺する気など毛頭ないが、心配の種を残すのも憚られた。だから真剣に、彼女の話を聞いていた。

 

『私のこと……忘れないで』

 

『確かにいつかは俺もこの道場から出ていきますが、別に会いたくなったらいつでも会えばいいでしょう』

 

『え……? いつ、でも……?』

 

 ──道場を継ぐような話でも降ってこない限りいつかは出ていく。それでも、それで交流が終わるとは思えないくらいには、彼らを信頼していた。

 

『ん、どうかしましたか?』

 

『いえ……ありがとうございます、狛治さん』

 

 

「ああもう! さっきから何自分語りしちゃってんのこの人ぉ!! 錆兎って誰ェ!?」

 

「アレはもう何年前になるか、俺が鬼殺隊に入る前……」

 

「いや今説明する!?」

 

「お、れ、は……」

 

 守る力。欲しくて欲しくてたまらなかったはずのそれを、目の前の少年は持っている。

 忘れない心。大切な人が死んで、全てを投げ捨てた自分になかったものを、あの青年は抱いている。

 

 それが、それがとても……羨ましくて、妬ましい。

 

 ──ああ、廃灰はこんな感情を、ずっと抱いていたのかもしれない。アイツのことはよく知らないが、不思議とそう思う。

 

「終式!! 青銀乱残光(あおぎんらんざんこう)!!!」

 

 どうにもならない激情をぶつけるように、猗窩座は自身最強の技を放つ。全方向に向けての、数え切れない乱撃。

 

 正面にいた義勇も凪で防御するが、到底防ぎきれるものではない。

 義勇の後ろにいた善逸にも、無数の攻撃が迫り……

 

 

「雷の呼吸、漆ノ型……火雷神(ほのいかずちのかみ)!!!」

 

 

 再び、猗窩座の右腕が斬り飛ばされる。先ほどの不意打ちとは違う。善逸がいることが分かっていてなお、全く見えなかった。

 善逸が自分だけで考え編み出した独自の型。壱ノ型を極め抜いたその先に開花した新たな境地。

 

 突撃技しか使えない善逸が、牽制技しか使えない兄弟子と共に肩を並べて戦うことを想定して生み出した型。

 だから、当然と言えば当然ながら……義勇の補助的な立ち回りを受けて放つそれは、とても使いやすかった。

 

 義勇の凪と違い、完全新規ではなくあくまで基礎は霹靂一閃だったのも、合わせやすさに一役買った。義勇としては善逸が霹靂一閃を打ちやすいように受け流していたからだ。

 

「水の呼吸、壱ノ型……水面斬り!!」

 

 片腕になった猗窩座。しばらくしたら腕も生える。決めるなら今しかない。義勇は渾身の力を込めて、横薙ぎを払う。

 

 

 

パキン

 

 

 

「あっ……」

 

 思わず口をついて出た、間の抜けた声。猗窩座との闘いの中で酷使に次ぐ酷使を繰り返していた義勇の日輪刀は、最悪の時に折れた。クルクルと回りながら、真上に飛んでいく。

 

「刃が保たなかったか……今度こそ終わりだ!!」

 

 善逸は神速を超える速度の犠牲に、急停止ができずに遠くにいる。助けに来ることはできない。死んだ、とどこか冷静に俯瞰する。

 

 最期の一瞬になって思い出すのは、やはり錆兎のこと。

 

 錆兎の遺体は見つからなかった。ただ、半ばから折れた刀だけが見つかった。

 他の試験生を助ける過程で無茶をし過ぎたせいというのは、誰の目にも明らかだった。

 

 今、義勇の刀も同じように折れた。錆兎と同じ死に方をするのは、悪くない終わりに思えた。

 

 

『お前は絶対死ぬんじゃない。姉が命をかけて繋いでくれた命を、託された未来を、お前も繋ぐんだ義勇』

 

 

 ……いや、違う、錆兎なら……男ならまだ諦めない。たとえ刀が折れても、最後の最後まで諦めなかったに違いない。

 

 どれだけ零れ落ちても、心を燃やす。俺たちは、ずっと一緒だ。

 

「錆兎ぉおおおおおおお!!!」

 

 刀が折れて逆に身軽になった。義勇は空中に跳んで猗窩座の残った左腕の薙ぎ払いを避ける。そして……落ちてきた刀の刃先……折れた部分を素手で掴む。

 

 折れた刀の刃先と、半ばで折れた鍔がある方の二刀流。いや、二刀流とも言えない、ヤケクソとしか言いようのない攻撃。なんの型でもない、ただ刃物を振り回しているだけ。

 

「くっ、ぅおおおお!!」

 

「ああぁあああああ!!」

 

 普段から雄叫びを上げるように叫ぶような性格でもない二人が互いに声を大にして張り合う。

 猗窩座の切り飛ばされた右腕が再生し、頸を狙う二刀を両手でそれぞれ防ぐ。

 

「うわあああぁあああ!!!」

 

 その後ろから走り来るは……我妻善逸。

 

 火雷神(ほのいかずちのかみ)は足に深刻な負担をかける。連続しては放てない。霹靂一閃も漆ノ型のすぐ後には使えない。

 型を使えないなら、使わなければいい。善逸が繰り出したのもまた、型でも何でもない。ただ走り寄って、ただ斬るだけ。

 

 義勇の二刀流も、まるで彼一人が握っているのではないように力強い。少しでも気を抜けば、そのまま頸にまで届きそうだ。

 

 

 故に猗窩座は……迫りくる善逸の刃を、受け入れるしかなかった。

 

 

「勝っ、た……? 勝ったぞぉおおおお!! やったよ禰豆子ちゃぁああん!!」

 

「……いや、まだだ!!」

 

 頸を落として無邪気に喜ぶ善逸。だが義勇は、まだ猗窩座の闘気が消えていないのを感じていた。

 

 

 頸を落とされながらも、フラフラと立ち上がり再び構える猗窩座。義勇は折れた刀を構え、善逸が絶望の叫びを上げた時……彼らの間に、黒服の壁が出来上がった。

 

 

 

 ★ ★ ★

 

「輝利哉様、先行部隊の一部が、予定通り増援に行きました」

 

「ああ、それでいい。柱やそれに準ずる戦力抜きに先行しても、無惨の餌になるだけだ。ここは確実に上弦の参を潰す」

 

 

 ★ ★ ★

 

 

 

「冨岡さんと我妻が弱らせてる!! 何としてもここで仕留めろ!!」

 

「二人は早く無惨の所へ! 出戻りだけはさせません!!」

 

「俺たちの命で、二人の一分一秒を稼ぐんだ!!」

 

「冨岡さん、俺の日輪刀を使ってください!!」

 

 現れたのは、無惨の所へ向かっていた先行部隊。輝利哉の判断で、善逸と義勇の救援に赴いたのだ。

 

「……頼む。行くぞ、我妻」

 

「ええ!? ちょっと休ませ……引っ張らないでぇええ!! マジで体痛いのぉおおおお!!!」

 

 不安はあるが、それでも仲間を信じている。一度頸を落として弱まった以上、数の暴力で押せば勝てる。最後の一押しで、無惨に抵抗できる戦力を疲弊させるわけにはいかない。

 

 そう判断した義勇は、休みたいだの痛いだの疲れただの騒ぐ善逸を連れて、無惨の元へ走った。

 

 

 その間にも、猗窩座の体は勝手に再生を始めている。だがそれを無理矢理抑え込んで、一般隊士たちの刃が届くのを待つ。

 

(ああそうか、俺は……)

 

 目の前の隊士たちの姿が、あの日の道場生たちと……恋雪と慶蔵を殺された復讐に行ったら、武装して待ち構えていた道場生たちと重なる。無論、正義の心を持って悪鬼を討たんとする彼らと、悪逆無道の道場生たちを同一視するのは、彼らに失礼であるが、それでも重なって見えた。

 

(俺は本当は、あの時……)

 

 守る力も、思いやる心もない。そんな役立たずの狛犬が自分だ。

 役立たずが役立たずなりにやらなければいけなかったことは、無意味な復讐などではない。

 

 あの時自分は、彼らを殺すべきではなった。

 

 いつだったか、破竹の勢いで十二鬼月となり、数字を上げている猗窩座に、無惨が言った言葉がある。

 

『猗窩座……流石は人の身の頃から道場を二つ潰して、鬼呼ばわりされただけのことはある』

 

 あの時は記憶がなかったから気にも留めなかったが……無惨は確かに二つと言った。なぜか? そんなの考えるまでもない。猗窩座の隣の道場と……猗窩座自身の道場だ。

 

 猗窩座が殺した道場生たちは鬼の仕業ということになった。それと前後して隣の道場に変死者が出ていれば、それも鬼の仕業ということになる。当たり前だ。奉行所の書類にはともかく、人の間を好き勝手に流れる噂ではそういうことになるだろう。

 それに毒殺の証言自体はあったろうが、加害者も被害者もいなければ奉行所とは言え調べようがない。

 

 

 彼らさえ殺さなければ……

 

 恋雪たちの死が鬼の仕業による変死の一つとして流されてしまうことはなかった。

 アイツらを哀れにも変死した鬼の被害者に仕立てあげることもなかった。

 あの世で父親をさらに哀しませることもなかった。

 

 奉行所がアイツらを裁いてくれることを信じて、一つでも多くの証拠を残すために……

 

 

 

 

(俺はアイツらに、殺されるべきだったんだ)

 

 

『狛治さ……』

 

「来るな!!!」

 

 駆け寄ってくる恋雪の幻影を制止する。彼女はきっと、地獄まででも付いてくるだろう。でもそれは駄目だ。彼女のような善人が、極悪人に寄り添って地獄に墜ちるなどあってはならない。

 

『「怯むな! 相手は一人だ!! 行けぇええええ!」』

 

 そして向き直る。鬼狩りの勇者たちに。人殺しの愚者たちに。地獄への道先案内人に、恋雪や慶蔵は勿体なさ過ぎる。あの道場生たちが丁度いいだろう。

 

 

「死ねぇええええええ!!!! 悪鬼ぃいいいい!!!」

 

『死ねぇええええええ!!!! 狛治ぃいいいい!!!』

 

「お前さえいなければ、煉獄さんは死なずに済んだのに!」

 

『お前さえいなければ、俺が恋雪と結ばれていたのに!』

 

「……ありがとう」

 

 上弦の参、猗窩座は一般隊士四十余名に斬り刻まれた。頸を斬られてもなお生き汚くしぶとく再生する猗窩座に手間取ったが、根気強く斬り刻み続ける隊士たち。一般隊士たちにも広く慕われていた煉獄の仇である猗窩座をこの手で倒すという正義を胸に、何度も何度も刀で滅多刺しにした。

 そして、最早朝まで死なないのではと思えるような、長い長い時間をかけた末……とうとう猗窩座を滅することに成功する。

 

 その間、猗窩座は一切抵抗することはなかった。

 だが、興奮状態だった隊士たちは、後から全員の無事を確認するまで、終ぞそれに気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「これで良かったのか?」

 

「はい、俺は……俺はきっと、優しさに甘えて、恋雪さんを地獄に巻き込んでしまったかもしれない。けど、そんなの許されない」

 

 地獄とも天国とも付かない、夢か現実かも分からない、あの世。狛治の前には光に溢れた暖かい場所があり、師範と恋雪が悲しそうに立っている。

 そして狛治の後ろには、地獄の業火が燃え盛る仄暗い空間が広がっており、かの道場生たちの怨嗟の声が響いている。

 

 こちらから光へ行くことはできないが、あちらから地獄へ来ることはできる。恋雪は今にもこちら側に来そうだ。けれどそれを、狛治が首を横に振って止める。

 

「あんな所に貴女を連れていけない。恋雪さん、お願いです……俺に貴女を守らせてください」

 

「狛治さん……」

 

 手を伸ばして、ゆっくりと狛治の手を自らのそれと絡める恋雪。数百年越しの想いを確かめ合うように、互いに触れ合っていたが……やがて名残惜しそうに、二人の手が離れる。

 

「私、忘れません。貴方の罪が赦されるまで待ちます。来世でもその次でも、貴方が生まれ変わって……また巡り会えることを、信じています」

 

「俺も……今度こそ忘れません。罪を償えたら、きっと貴女に会いに行きます」

 

 少しずつ遠くなっていく、天国との距離。今抱きしめたら、きっと恋雪は地獄の果てまで付いてきてくれる。でも、それはダメだ。だから最後だけは彼女を守れた自分を、ほんの少しだけ好きになれた。

 

「狛治ィ……たかが二人殺しただけの俺たちが未だに地獄にいるんだ……お前が輪廻転生できる日なんて、一生来ねぇよ」

 

「……かもしれないな。それでも構わない。恋雪さんと師範を、今度こそお前たちから守れるなら」

 

 後ろから迫る道場生たち。狛治は遠くなる天国の二人に背を向けて、道場生たちと向き合う。あの手この手で狛治をダシに恋雪を誘い地獄に、また良からぬことを企んでいるに違いない。

 だが今度こそそんなことはさせない。

 

「守る。善逸のように。想いぬく。義勇のように」

 

 いつか一緒に、輝くために。

 

 

 




猗窩座ファンの方、すみません。炭治郎と闘わなかった猗窩座が救われるのがどうしても想像できず、このような展開になってしまいました。
ある意味これも炭治郎と戦うのを横取りしたオリ主の罪とも言えるかもしれない……。



3月11日、ラストにあの世の描写を追加しました。

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