炭になれなかった灰   作:ハルホープ

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今回ファンブックの内容と一部矛盾する描写があります。ご容赦ください。


恋の味は何の味?

 時は多少前後して、上弦の弐が君臨する、蓮の花の部屋。そこでは蛇柱伊黒小芭内と、恋柱甘露寺蜜璃が上弦の弐、童磨と対峙していた。童磨の足元には、彼の宗教、万世極楽教の信者の女性たちが倒れ込んだり蹲ったりしている。童磨の口元に溢れる血を見れば、既に女性たちが何人も犠牲になったことは想像に難くない。

 

「やぁやぁ初めまして、俺は童磨。君たちは?」

 

 朗らかに話しかける童磨を無視して、伊黒は甘露寺に耳打ちする。

 

「甘露寺は捕まってる女たちを頼む。俺が時間を稼ごう」

 

「ええ、まずはあの人たちが最優先ね!」

 

 今は一刻を争う事態だが、だからといって犠牲者を増やすことはしたくない。特異体質である自分の力を誰かを助ける為に使う甘露寺はもちろん、罪深い一族の贖罪の為に戦う伊黒も、その想いは同じ。

 

 だが……伊黒が童磨を引きつけるように、わざとその身を晒すように躍り出た瞬間……

 

「きゃああああああああ!!!」

 

 童磨の近くにいた女性が、凄まじい悲鳴をあげる。

 伊黒と甘露寺はもちろん、童磨ですら何事かとその女性に目を向ける。

 

 

「なんでよぉ……! なんでアンタがここにいるのよぉ……! なんで教祖様の邪魔をするのよぉ……!」

 

「き、さま……!?」

 

 伊黒はその時初めて、童磨の近くに蹲っていた女性の顔を見る。それは、記憶の中のそれとは違うが、確かに面影を残していた。

 

「この生贄が!!!! どこまで私の人生の足を引っ張るのよ!! 私はただ、前みたいに、一生遊んで暮らせる所に……極楽に行きたかっただけなのに!!」

 

 かつて生き別れた、伊黒の従姉が、そこにいた。

 いつからか行方が分からなくなり、生活能力のなさからどこかで野垂れ死んだのかと思ったが……変な宗教にハマっているとまでは思わなかった。

 

「あれぇ? 君、あの人の知り合い?」

 

 それまで伊黒の従姉を餌としてしか見てなかった童磨も、ここで初めて彼女に興味を持ったようだ。

 

「お前……! くっ、話は後だ、早くこっちに来い! ソイツから逃げろ!」

 

「嫌よ! 私は、私は極楽に行くんだから!!」

 

「馬鹿! ソイツがただの鬼なのはお前だって分かるだろう!」

 

 伊黒が思わず声を荒らげた瞬間、さぁ、と風が吹き……伊黒が口に巻いていた布が、童磨に擦り取られていた。

 

「ふぅん、なんで口を隠してるのかと思ったら……そういうことか」

 

「き、さ、まぁ……!」

 

「あれぇ、怒っちゃった?」

 

 いくらよそ見していたとはいえ、殺意も殺気もなかったとはいえ、柱である伊黒が知覚できない速度で布を取り去られていた。そのことに焦りを覚える。

 そしてそれ以上に、誰にも触れられたくない傷を、従姉がいる時に、よりによって甘露寺の目の前で晒してしまったことで……伊黒は腸が煮えくり返るような怒りを童磨に向ける。

 

 

「伊黒、さん……? その傷……」

 

「か、甘露寺……」

 

 だがその怒りも、甘露寺の困惑したような声を聞いた瞬間に霧散していた。伊黒にとって口の傷は、ただの古傷ではない。自らの生涯……産まれてきたことそのものが罪深い自分への罰の象徴である。

 鬼にへりくだり、鬼が人様から奪った金で贅沢三昧の優雅な生活を送る、盗っ人猛々しいという言葉でもまだ生温い最低の一族だ。

 

 思わず顔を背け、傷を隠そうとする伊黒。

 

 

 

 

「野性的で素敵だわ……! 不死川さんの影に隠れて、伊黒さんも傷の似合う男の子だったのね!」

 

 

 

 

 だが甘露寺は、伊黒の焦燥も知らずにいつも通りキュンキュンしていた。

 

 

「甘露寺、これは、ただの古傷じゃない。これは……いや、それより構えろ、来るぞ!!」

 

「いや行かないよ。俺も君のお話聞きたいなぁ。そうだ!」

 

 さも名案を思いついたとでも言いたげに、パン、と手を叩く童磨。その瞬間、童磨の近くで気絶していた女性たちが目を覚ます。

 

「女の子たちが逃げるまでは手を出さない。その代わり、退屈しのぎに君の話を聞かせてよ」

 

「そ、そんな、私たちは教祖様に救済されて極楽に行くはずでは!?」

 

「アハ、君面白いね! 食べられる直前になっても俺が神の子だって信じてるおバカな子は中々いないよ!」

 

「た、たべ……!? ひぃいいいいい!!」

 

 童磨が鬼であることなど分かっていたであろうに、ギリギリまで神と極楽を信じていた愚かな従姉。

 

「生贄! どうせ隠すような話じゃないし、話してやりなさい!! 私はその間に逃げるわ!!」

 

 腰を抜かしたかと思えば、従弟の複雑な心情などお構いなしに近くにいた女性を踏みつけ、自分だけでも助かろうと必死に逃げ出す。

 そんな彼女に、伊黒は怒りよりも哀れみを覚えた。

 里の中にいるだけで、何も働かなくても鬼が金を運んで来てくれる。周りの大人は誰もそれに疑問を覚えていない。そんな環境でずっと過ごしていて、まともな人間になれるわけもない。ある意味彼女も一族の被害者だ。

 

「さて、と……話は聞いてたよね? まずは君たちの名前を教えてよ。自己紹介は大事だからね!」

 

「か、甘露寺蜜璃、です……」

 

「……伊黒小芭内」

 

「うんうん、さっきも言ったけど俺は童磨! よろしくねぇ二人とも」

 

 女性たちが逃げるのを尻目に伊黒と甘露寺に話しかける童磨。甘露寺は警戒しながら、伊黒は苦虫を噛み潰したような顔で、それぞれの名を名乗る。

 

「それじゃあ、君のその傷やさっきの子との関係について、話してくれるよね?」

 

 ギリ、と唇を噛む伊黒。できれば自分の過去など話したくない。そもそも鬼と言葉を交わそうとも思わないくらいだが、囚われた女性たちを見殺しにするわけにはいかない。守りながら戦うには、上弦の弐という数字は重すぎる。

 結局伊黒はポツリポツリと、甘露寺が聞いている前で自らの虫唾が走る生まれについて話すしかなかった。

 

「俺の、家は……鬼に媚び諂う、クズの集まりとしか言えない一族だった」

 

「へぇ、襲われて命乞いでもしたの?」

 

「……違う。鬼が襲った家から金品を貰う代わりに……生贄を定期的に出していた」

 

 それから語るのは、伊黒にとって認めがたいが忘れることもできない、唾棄すべき過去。

 

 ある一体の鬼に寄生するクズ共のこと。そんなクズの間に産まれ、地下牢に閉じ込められ、生贄として食べられるのを待つだけの人生だったこと。信じられるのは蛇の鏑丸しかいなかったこと。一瞬の隙をついて逃げ出したら、怒った鬼に一族が従姉以外皆殺しにされたこと。自分も殺される寸前で炎柱に助けられたこと。炎柱は従姉と引き合わせてくれたが、逆恨みした従姉に大人しく死ねば良かったのにと詰られたこと。

 

 それから、一族の……自分に流れる罪深い血の贖罪に、鬼殺隊の道へ進んだこと。

 一通り話し終える頃には、女性たちは全員蓮の部屋から出ていた。どこかで隊士と会えれば、隠に保護してもらえるだろう。

 

「アハハハ! 面白いお話だったね!」

 

 白々しい声を出しながら顔だけはニコニコとしている童磨。

 

「蜜璃ちゃん、君は今の話を聞いてどう思った?」

 

「どう、って……」

 

 甘露寺は伊黒の方を見る。今度こそ伊黒はハッキリと視線をそらし、彼女の視線から逃げる。だが甘露寺は大きく動いて目を背けた伊黒の正面に回ると、まっすぐに伊黒の目を見て言う。

 

「みんな色々事情があるのは知ってたから、驚きはしたけど、それだけだわ!」

 

 ……本当は「影のある男性って素敵!」と思って相も変わらずキュンキュンしていたが、流石に空気を読んでそこまでは言わなかった。

 

「甘露寺……俺はみんなのような、純粋な被害者とは違う。鬼に寄生するクズから生まれた、罪深い命なんだ」

 

「でもそれ以上に、たくさんの人を鬼から救ったわ! それに伊黒さんは、ただそういう場所に産まれただけで、何も悪いことしてないじゃない!」

 

「甘露寺、君は……君は本当に、まっすぐで眩しい人だ」

 

「ふーん、そうかそうか、つまり君たちはそういう関係だったんだね!」

 

 儚げに微笑む伊黒と、それにまたときめく甘露寺。そんな二人を見ていた童磨が、なぜか未だに楽しそうな顔をしたままで立ち上がって、扇子を構える。

 

「まぁいいや、それじゃあ……」

 

 始めようか、と続ける前に、伊黒が素早く切り込んでいた。

 

「おっと、せっかちだなぁ」

 

「蛇の呼吸、弐ノ型……狭頭の毒牙」

 

 蛇のようにうねる斬撃で、扇子の防御をすり抜けて童磨に斬りかかる。

 童磨は面白そうに伊黒の手首のうねりを見てから、悠々と後退する……が、その手には、伊黒から奪った布がなかった。

 

「ふん、布は返してもらったぞ」

 

「傷も素敵だったけど、やっぱりそれがあった方が伊黒さんって感じがするわ!」

 

 童磨から奪い返した布を口元に巻き直す伊黒。後から刀を構えた甘露寺も、それを見て笑顔を向ける。

 

「うーん、本当はもう少し遊びたかったけど……これ以上はあのお方にも怒られちゃうし、仕方ないか」

 

「戯れ言を……蛇の呼吸、参ノ型……塒締め!」

 

「恋の呼吸、壱ノ型……初恋のわななき」

 

 それぞれの全集中の呼吸で迫る二人に対し、童磨は扇子から大量の氷……自らの血を凍らせた粒子を粉雪のように振りまく。

 

「血鬼術……粉凍り」

 

「……うぐっ!?」

 

 伊黒も甘露寺も優れた隊士だが……否、優れた隊士であるが故に、それを避けられなかった。警戒すればするほど、全集中の呼吸を深くしてしまう。

 粉凍り……吸った者の肺胞を壊死させる粉雪は、全集中の呼吸の剣士の天敵。初見で避けるのは不可能に近い。

 

 だが流石は柱というべきか、二人とも少し吸った段階で冷気の危険性に気付き、全集中の呼吸を止め、口と鼻を抑えて普通の呼吸に切り替えた。

 

 だが、たとえ冷気をほとんど吸わなかったとしても、呼吸を止められたという事実は重い。

 

 特に伊黒の体力は少ない。幼少期のことがあってほとんど物を食べられなくなった伊黒に、恵まれた体を作ることはできなかった。呼吸を中心とした技巧派である伊黒にとって、呼吸を封じる上弦の弐は特に相性の悪い相手。思わず氷がまだ来ていない後方まで後退る。

 

 

「たぁあああああ!!!」

 

 

 だが逆に、全集中の呼吸なしの素で常人の八倍の筋力を発揮する甘露寺ならば、比較的相性が良い相手だ。扇子から飛んでくる迎撃の氷を避けて、甘露寺は童磨に日輪刀を振るう。

 

「すごいね、呼吸なしでここまでやる柱は初めて見たよ!」

 

 しかし甘露寺と童磨の相性の良さは、あくまで「呼吸なしでも筋力が強い」という一点において、という話でしかない。並の鬼ならともかく、上弦の弐相手にそれでは、些か以上に見劣りすると言わざるを得ない。

 甘露寺の刀を難なく受け止めた童磨は、全集中の呼吸無しでのその威力に少し驚いたようだ。

 

「なるほど、見た目の割に凄い筋肉だね! 特異体質ってやつかな?」

 

「えっ、ひゃああああああ!!?」

 

 いつの間にか甘露寺の後ろに回り込んでいた童磨。だが彼は遊んでいるかのように攻撃をしない。彼女の柔肌の下に隠れる筋肉を確かめるように、ねちっこい手つきで無遠慮に二の腕を触る。

 

「これなら、俺の氷にも少しは耐えられるかもしれないね!」

 

「え? んっむぐぅ!?」

 

 童磨は二の腕を触っていた手を甘露寺の顔に持っていき、口と鼻を塞ぐ。その童磨の手には微量の粉凍りが張り付いており、嬲るように少しずつ、氷が甘露寺の口内から体内へ入っていった。

 

「やっぱり辛かったかな? ほらほら、早く逃げないと死んじゃうよ?」

 

「むご……んー!! んぐうぅううう!!!」

 

「貴様ぁ!! 甘露寺から離れろゴミがぁ!!」

 

 それを見て、伊黒の怒りは爆発した。何とか全集中の呼吸を繰り出すべく、氷の少ない地面スレスレまで顔を伏せる。

 

 彼は思い出す。生贄……いや、家畜の自分を肥え太らせようと脂っこいものを大量に地下牢に持ってこられた事を。噎せ返る油の匂いから逃れる為に、匂いを嗅がないように少ない空気で必死に呼吸していた頃を……! 

 

「蛇の呼吸、壱ノ型……委蛇斬り!」

 

 一気に間合いを詰めた伊黒が、未だにベタベタと甘露寺を触っている童磨を袈裟斬りにする。今度は先ほどの余裕綽々の態度ではなく、思わず、といった調子で後退る童磨。

 童磨から解放された甘露寺は激しく咳き込み、足取りが覚束ないが……伊黒の日輪刀を持っていない方の手で抱き支えられて安定する。

 

 

「大丈夫か、甘露寺」

 

「げほっ、こほっ! い、伊黒さん……!」

 

(キャーー!! キャーーー!! 伊黒さんに抱っこされちゃったわ!! お、重くないかしら!? 重くないかしら!?)

 

 恋愛に関して夢見がちな所のある甘露寺は、悪漢に襲われている所をカッコいい男の子に助けられたいという、囚われのお姫さまめいた願望を持っていた。

 そもそも彼女が鬼殺隊に入った理由は──特異体質である自分の本当の居場所を守るという目的の、あくまでオマケだが──結婚相手足り得る強い男を探すためというもの。

 今はそれどころではないというのは重々承知しているが、憧れのシチュエーションに大興奮である。

 

「うーん、やっぱり面白いなぁ、君たち」

 

 そんな二人を楽しそうに見ている童磨だが……その実、彼には感情がない。感情豊かに見えるのも、そういう振りをしているだけで、伊黒の過去の話を聞いても本当は何も心に響かない。

 

 だが、先ほど甘露寺が叫んだ恋の呼吸というのを聞いて、少し興味が湧いた。初めて聞く呼吸だ。

 

 たとえば恋の味、という言葉もある。食べてみたら、意外にも恋というものが分かるかもしれない。

 無論、別に本気で期待しているわけではない。だが長く生きていると、そうやってちょっとした事に暇つぶしの種を見出すのが上手くなる。

 

 恋云々抜きにしても、甘露寺は『おいしい』獲物だ。数年前に女の柱を食べ損ねて殺してしまった時は随分と損をした気分になったものだが……ようやく極上の餌にありつけそうだ。童磨には感情はないが、味覚はある。美味しいし栄養もあるので若い女性の肉を好むの自体は間違ってない。

 

 上品に扇で口元を隠しながら……ペロリと、彼は唇を舐めた。

 




ファンブックによれば伊黒さんの従姉は本当は宗教なんかにハマらずに、残った財産を使って普通に暮らしてるそうです。
あと、上弦戦は基本二話で決着がつく感じになります。思ったより進まなかったですが、次回で童磨戦は終わらす予定なのでお待ちください。
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