炭になれなかった灰   作:ハルホープ

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今回はちょっとリョナ注意です。
時間がかかったのもそれ関係でバランスに滅茶苦茶悩んだからです。


灰に陰る

「んっ、ぅ……」

 

 脇腹を走るジクジクとした熱と、肩に感じる引っ張られるような痛みで、栗花落カナヲは目を覚ました。カナエがよく褒めてくれた長い睫毛すら重く億劫に感じる中、ゆっくりと瞼を開ける。

 目を開けた直後だからだろうか、いつもより視界がボヤけている……と考えた所で、自分の目が悪くなっていることと、今はそんなことを考えている場合ではないことを思い出す。

 

 

「目が覚めましたか、カナヲさん……でしたっけ? もっと寝ていればよかったものを」

 

 

 目の前には歪んだ和室……さっきまで黒死牟と戦っていた場所とは別の無限城の光景が広がっていた。無表情にこちらを見ている廃灰の姿もある。どうやら、廃灰は気絶したカナヲにトドメを刺さずに別室に連れ込んだようだ。気絶している間に全て終わってしまうという最悪の事態は回避できたようだが……それでも最悪に近い状況なのは変わらない。

 

「っ……!」

 

 カナヲは拘束されていた。天井から伸びる血のように赤い縄で手首をひと纏めに吊るされ、足も一つに縛られていてあと少しのところで地面に付いていない。肩に感じた痛みは、全体重を肩だけで支えていたせいだった。

 

「僕の血の縄なんで、下手に暴れない方がいいですよ」

 

「廃灰……!」

 

「とはいえ、これからすることを考えたら、暴れるなって方が無茶ですかね」

 

 そう言う廃灰が手に持っているのは、松明。夜目の効く鬼が、暗くもないのになぜそんな物を持っているのか、カナヲには分からなかった。

 

「気の利いた止血の仕方なんて知らないんで、原始的な方法で行きますよ」

 

 止血という言葉にカナヲが疑問符を浮かべるよりも早く。黒死牟に斬りつけられて血が溢れているカナヲの右脇腹に、燃え盛る松明が乱暴に押し付けられた。

 

「ぐっ!? がっ、あがあぁあああああ!!! ふぐっ、ぐ、ゔぁあああ!!」

 

 

 ジュウジュウと肉の焼ける音が響き、焦げ臭い匂いが充満する。あまりの激痛にカナヲはのたうち回るが、拘束されていては逃げることも叶わない。

 暴れれば暴れる程、手首を縛る縄は食い込んでいくようだ。鬼との戦いは無傷で済むばかりではなかったが、炎に焼かれた経験はなかったのと、黒死牟との戦いで精魂尽き果てた直後のせいで、悲鳴を抑えることができなかった。

 

「おあ"あ"あ"あ"があ"あ"あ"あ※###…………!!」

(ぐっ、こんな、奴に……! 悲鳴を聞かせても、喜ばせるだけ、なのに……!)

 

「あー、舌だけは噛まないでくださいね」

 

 猟奇的な趣味でもあるのかと思ったカナヲだが、廃灰は特に悲鳴を聞いて喜んでいる様子もない。ただ淡々と、5秒、10秒、20秒……たっぷり1分間、松明を押し付け続けた。

 

「ぐっ、ッはぁっ!! ああ゛あ゛あ゛っ……! ああっ……う゛……あぁあぁあぁ゛……ぇぇぁ……」

 

 その間にも痛みで何度も何度も気を失うが、その度に更なる熱と痛みで無理矢理目覚めさせられる。

 カナヲの悲鳴も擦り切れた頃。廃灰はようやくカナヲの体から松明を離した。彼女の脇腹には、痛ましいまでの火傷痕が付き、皮膚も爛れているが……出血も止まっていた。

 

「これで失血死はしないでしょうし、精々役に立って貰いますよ、囚われのお姫様」

 

 その辺りに松明を放り捨てる廃灰。やり方は物を扱うかのように雑だが、行為自体は治療……いや、延命措置である。

 息も絶え絶えながら、気丈に廃灰を睨み付けるカナヲ。

 

「……一体、なぜ……私を、生かしているの……? 人質に、でも……するつもり? なら……!」

 

「おっと」

 

 舌を噛もうとしたカナヲの顎を掴んで、自害を止める。やはり、カナヲを生かすつもりのようだ。

 

「んむ、ぅ……!」

 

「死ぬならもう少し待ってからにしてくださいよ。せっかく傷を焼いたんですか……ら!!」

 

「ぅぐっ!」

 

 顎を掴んだ手に力を込めて、顎が外れるかと思うほどの強さで締め付ける。ミシミシと嫌な音が響き……突然パッと、手を離した。ジンジンと麻痺して口に力が入らず、カナヲは舌を噛むことができない。

 

 

「……ええ、貴方なら察知していたと思いますが、彼は呆けてしまっていました。もう戦力にはならなかったですよ」

 

 急に手を離した廃灰は、虚空に向けて何か語りかけている。

 

「いいじゃないですか、その辺りは鳴女さんに頑張ってもらわないと。ええ、僕はあくまで当初の予定通り動きます」

 

 ブツブツと呟く様に不気味さを感じると同時に、無惨との連絡だと気づいたカナヲは何とか鬼殺隊に有利な情報が聞けないかと耳を傾ける。

 

 だが結局、有用な話は何も聞けないまま、廃灰は話を打ち切ったようだ。虚空に向けていた顔を、カナヲに向けなおす。

 

「さて、なんで貴女を生かしたか、でしたっけ? 簡単です。貴女……兄さんが好きでしょう」

 

「……は? あ、貴方、何を言って……」

 

「気持ち悪いんですよ、あの頃、漠然と考えてた不安な未来が……家族が結婚して離れていって、一人ぼっちになる未来が、生々しく感じる」

 

 気絶する直前に炭治郎の名を呟いたのを見て、カナヲが炭治郎に淡い気持ちを抱いているのを察した廃灰は、暗く濁った瞳で彼女を見る。何か汚いものでも見るような目付きだ。

 

「いや、違うな。それは人間の頃の僕の言葉だ。今の僕の言葉で言うなら……兄さんもそうかもしれないから」

 

 鋭い爪を立てた右手をカナヲの首筋に当てながら、説明する気が微塵もない、自分の中を整理する為の言葉を紡ぐ廃灰。

 

「兄さんの目の前で貴女を殺したら、兄さん、貴女のこと忘れられなくなるかな」

 

 首筋から心臓の辺りにツゥと指を這わせる。出会ったあの日、下級の鬼であった頃ならば破くのにも苦労したであろう隊服はあっさりと裂かれる。

 

「僕のこと、憐れまずに、本気で憎んでくれるかな」

 

「……可哀想に。貴方は、自分を見て欲しくてたまらないのね。まるで、親に構って貰えなくて拗ねる子供みたい」

 

「は、よくこの状況で挑発できますね」

 

「挑発なんかじゃない。本気でそう思ってるの。貴方は憎まれる土台にすら立っていない。貴方が何をしても、ただただ哀れまれるだけ。貴方のやってることは、無意味な空回りに……うぐ!?」

 

 カナヲの言葉が終わるよりも先に、彼女の首を締め上げて言葉を中断させる。

 

「まったく、舌ばかりよく回る人だ」

 

「ぐぅ……あ゛ぁ゛っ!」

 

 ギリギリと締め付けられながらも、カナヲは見透かしたような目で廃灰を見る。その視線が余計に煩わしくなったのか、廃灰は絞め落とす前に乱暴に手を振るってカナヲを離した。

 

「げほっ、こほっ!」

 

 呼吸ができるようになったカナヲは咳き込んで必死に空気を吸い込む。と、咳き込んで揺らされたことで、裂けた隊服から『あるもの』が滑り落ちそうになる。

 

「……貴女、面白いもの持ってますね」

 

 先ほどまでの苛立たしげな様子を消してと近づいてきた廃灰は、カナヲの体に手を這わせる。 昔、買われた男に「まぁこんなんでもニ、三年もしたら抱けるようになるか」と言われて触られた事を思い出し、ビクリと体を弾ませるカナヲ。

 だが廃灰は身を固くしたカナヲに気づく様子もなく、無遠慮に懐に手を入れて目当てのものを見つける。

 

「ああ、あの方に打ってた薬ですか?」

 

 廃灰の手に触れたのは……人間化薬。無惨に使ったものとは別の、残された切り札。

 

「止めて、それは……!」

 

 これは切り札である以前に、自分の手で介錯したしのぶの形見とも言えるもの。渡すわけにはいかない。だが拘束されたカナヲにできることはなく、抜き取られてしまう。

 

「こんなもので人間になるのかな」

 

 手の中で人間化薬を弄ぶ廃灰。

 

「これで人間として罪を償うなんて綺麗事が真実になるのかな。ねぇ、どうして僕にあんなこと言ったんだい? 殺す覚悟はとっくにできてたんでしょう?」

 

 

 薬をその辺りに立て掛けた廃灰は、ゆっくりと振り返る。

 

 

 

「……兄さん」

 

「言ったろ。俺は……たとえ殺す覚悟をしていても、赦すこともやめない」

 

 そこには、鳴女の血鬼術で転移させられた炭治郎がいた。

 

「ずっと考えてたんだけど、やっぱりこの状況が悪いよね。そりゃあ赦す赦さない以前に、上弦の伍なんて下っ端放っておいて本丸を叩きたいに決まってるさ。逃れ者の鬼と協力してるのも似たような理由だろう?」

 

「た、んじろ、う……」

 

「っ! カナヲ!!」

 

「へぇ? やっぱり兄さんもこの子のこと、憎からず思ってるんだ。あの朴念仁の兄さんがねぇ、僕は嬉しいよ」

 

 脳裏で読み上げる、と言った表現が似合う白々しい声音で告げる廃灰。

 

「カナヲを離せ。俺たちの戦いには関係ないだろう」

 

「鬼狩りの時点で関係大ありだよ。それに、兄さんに恨んで貰いたいって言ったろ」

 

 廃灰がパチンと指を鳴らすと、カナヲを吊るす血の縄とは別に、もう一つの縄がカナヲの全身を締め上げる。

 

「ぐっ、くぅっ!」

 

「これで準備は整った。仮にこの子が死んだら別の鬼狩り。それでもダメなら、姉さんを探しに行く」

 

「灰里、お前……!!」

 

「怒ったのかい? そうだよ、その顔が見たかったんだ!!」

 

 炭治郎はグ、と唇を噛む。

 

「それでも、やっぱりもう一度聞かせてくれ、なんで、なんでそんな……!」

 

「なんで? 理由なんてないさ。あったとしても、それ自体はくだらないものさ」

 

 廃灰は目を閉じる。鬼なんて、どいつもこいつも自分勝手で我儘な……廃灰のような幼稚な精神性のものばかりだった。

 

「たとえば、頑張って書いた小説を貶されたから。何となく苛ついたから。人を超える力を持った化物が一線を超えるきっかけなんて、そんなくだらないことだと思う」

 

 自らの手首を切って、血鬼術による刀を作り出す。

 

「人間だって、たまに信じられないくらいくだらない理由で人を殺すだろう?」

 

 それは、ただ血で長刀の形を作っていただけの没刀天が、さらに長く進化したもの。槍のような長さの血刀……神去雲透(かむさりのくもすき)

 

「僕が兄さんに理由をあげる。僕を恨む理由を。慈愛の心を持って正面から討つなんて綺麗事、許さない」

 

「ぐぅっ!? あがッ!! ぐああああああああああ!!!」

 

 

 廃灰が腕を高く掲げれば、カナヲへの締め付けがさらに強くなる。血を吐きながら悲痛な悲鳴をあげるカナヲ。

 

 

「思い出すなぁ、昔締めた鶏もこんな風に縛られてて、こんな風に鳴いてたっけ。ククク、何なら今回も兄さんはそこで見てるかい? このまま僕が、この子を絞め殺す瞬間を!!」

 

「っ! 灰里ぃいいい!!!」

 

 かつて炭治郎は、家畜を締めることができなかった。鬼を殺すこともできなかった。それは慈しみの心が強すぎたから。鬼殺隊に入ってからも、炭治郎は慈愛の心を保ったまま鬼を討ってきた。

 

 

 けれど今。目の前でカナヲを傷つけられ、幼い頃の思い出まで穢すような発言をされ。駆け出した炭治郎の心には、燃えるような怒りがあった。このまま背中を押し続ければいつかは落ちる。廃灰は満ち足りた気分に浸りながら迎え撃つ。

 

 

 

 

「ヒノカミ神楽!!! 円舞!!」

「ヒノカミ神楽!!! 円舞!!」

 

 

 

 

 

「……綺麗……」

 

 締め付けられながらも炭治郎の戦いを見守り、廃灰の隙を見つけて脱出しようとするカナヲ。彼女の目に……同じように舞い、同じように戦う兄弟の姿が映る。神楽の名の通り、舞うような動きで戦う彼らの姿は……とても美しかった。

 このような状況でなければ、思わず見惚れてしまいかねない程に。

 




今回無駄にネチネチとカナヲをリョナっただけじゃないか……
こんなんしなくても「静かに暮らせばいいだろう」理論を言えばキレさせられますけど、そこまでの精神性はオリ主にはないのでお膳立てする必要がありました。
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