炭になれなかった灰   作:ハルホープ

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最終回です。


最終話~空が灰色だから、手をつなごう~

 これはそれからの話。

 

 多大な犠牲を払いながらも無惨を討伐し、本来なら喜びを噛み締めているはずだったであろう鬼殺隊士たちは、どこか重苦しい空気を醸し出していた。

 

 怨敵無惨は倒したが、炭治郎がまだ鬼のままだ。灰里も灰になって消えたが、どうにも滅したのか逃げられたのか判断に困る消え方だった。禰豆子は灰里は生きている気がすると言っており、輝利哉の産屋敷家特有の勘も同意見だった。

 

 これは完全勝利ではない。故に「まだ終わりではない」という不完全燃焼感の中、怪我人の治療に当たっている蝶屋敷はどこか重い空気に包まれていた。

 

「って、伊之助さん、また盗み食いして! それは皆さんにお出しする料理ですよ!?」

 

「し、してねぇよ、盗み食いなんて!」

 

「口いっぱい詰め込んでなに言うのよ」

 

「別にいいだろ! どいつもこいつも辛気臭い面して飯あんまり食ってねぇし、それなら俺が食う!!」

 

 だがそんな空気を読まないのが嘴平伊之助という男だ。

 

(しっかし、なんでコイツすぐ俺に気づくんだ? もしかして強ぇのか?)

 

 口に詰め込んだ料理をモグモグと無理矢理飲み込む伊之助に、アオイは呆れたようにお盆を差し出した。

 

「ほら、お腹空いたならこっち食べて。このお盆に載ってるものはあなた専用ね。これだけはいつでも食べていいから」

 

「お、おう……ありがとよ」

 

「だから盗み食いは止めてね」

 

 そう言って再び料理を続けるアオイに……伊之助は今までで一番、ホワホワした。

 

 

 

 それから数日後。

 

 山奥にある竈門家では、竈門禰豆子、我妻善逸、嘴平伊之助、栗花落カナヲ……そして竈門炭治郎が集まっていた。

 いつもの顔ぶれに見えて、しかしそれは少し違う。

 

「禰豆子ちゃあああああああん!!!! ほんとにほんとに行っちゃうのぉおおおお!??」

 

「うん、今度は私が旅に出て、お兄ちゃんを治す」

 

 

 禰豆子は今まで兄が背負っていた籠を背負い、炭治郎は今まで妹が着けていた猿轡を嵌めていた。

 いつもの顔ぶれに見えて、正反対の兄妹。でも正反対に見えて、互いを思いあう心は何一つ変わっていない。

 

「本当はお兄ちゃんには多分、籠も口枷もいらないけど」

 

「ゲン担ぎってやつだな!」

 

 太陽を克服し、人も食べる必要がない。誰も炭治郎が人を襲うとは思っていないが、やはり念には念を入れるべきだ。それに伊之助の言うように、ゲン担ぎの意味もある。

 

 

「カナヲちゃん、家のことお願いね」

 

「うん、こっちに青い彼岸花が咲いたら、鴉に頼んですぐに知らせる」

 

 これからカナヲは炭治郎の家に住んで二人の帰りを待ちながら、青い彼岸花が咲いていないか確認する。

 右目は黒死牟に斬られ、左目は終ノ型の使用で視力が落ちたが、どちらも見えないわけではない。戦闘や旅は無理だが、普通に生活するくらいなら支障はない。

 それにアオイたちも頻繁に様子を見に来てくれるとのことだ。

 

(しのぶ姉さん、カナエ姉さん……お嫁に行きます、っていうのは、気が早すぎるかな?)

 

 カナヲは髪飾りにそっと触れる。元々着けていたカナエの形見の髪飾りは黒死牟との戦いで投擲した時に壊れてしまった。今着けているこれはしのぶの形見だ。

 しのぶ、実弥、無一郎の遺体は残っていた。黒死牟の力を吸収した灰里は、そのまま死体を捨て置いてカナヲを別室で縛ったのだ。

 今さら人喰いなんてしても意味がないと思ったのか、或いは心の奥底に残っていた良心がそうさせたのか、それとも単なる気まぐれか……それは分からない。

 

 とにかく遺体が残った。二人を隣の墓で眠らせることができた。それだけで今は、少しだけ救われた気がした。

 

「っ!!」

 

 その時、カナヲの手にあの時の感触が……しのぶを介錯した時の感触が蘇ってくる。

 肉を斬る感触なんて鬼で何度も味わった。なのにあの時のことだけは今でも手に残っているようだ。

 今でもたまに飛び起きることがある。

 

 そうして震えているカナヲの手を……炭治郎が握った。

 

「炭治郎?」

 

「むー」

 

 竹の猿轡を噛んだ炭治郎は言葉を紡げない。けれどそんなもの必要ない。この手の温もりだけで、炭治郎の思いが、優しさが伝わってくる。

 

「……ありがとう」

 

 あの時のことはきっと一生忘れられない。でも忘れるつもりもない。

 だって辛いことも含めて全部、みんなとの思い出だから。

 

 

 

「きぇええええええええい!!!! 見せつけんじゃねぇえええええ!!!!」

 

 手を握りあう二人を見て、善逸が暴走して奇声をあげた。

 

「うっうっ……禰豆子ちゃん、やっぱり俺も着いて行っちゃダメかなぁ!?」

 

 大声を出したと思ったら急にめそめそしだした善逸が未練がましく言う。善逸は特に行く宛もないし、付いてきてもらっても別に問題はない。けれど……

 

「ありがとう、でもこの旅は、私たちだけで行きたいんだ。そうしなくちゃいけない気がするの」

 

 この旅は鬼との戦いとは違う。もちろんある程度の危険やトラブルはあるだろうが、禰豆子と炭治郎の二人なら何の問題もないだろう。

 

 それに最初のように、家族だけの旅。その果てにこそ、探し求めているものが見つかる気がする。

 

 

 禰豆子はそっと懐から、灰を取り出す。これは灰里が消えた時その場に残っていた灰だ。

 ほんの少しだけ握った灰を風に乘せると、いつも風向きを無視してある方向に……陽光山の方に向かっていく。

 

 灰里はきっと生きている。そして日の光で死のうとしてる。だけど、死ぬしかない罪があるとしても、その前に人間として罪を償うことはできるはずだ。

 

 幸せの青い鳥を探した兄妹は、結局それを捕まえることはできなかったけれど、「本当の幸せ」を知ることができた。

 

 だから、家族がいる幸せを知っている自分たちなら、きっと幻の青い花を見つけることができる。

 

「行こうか、お兄ちゃん!!」

 

「むー!!」

 

 新しい旅路は、こうして始まった。

 

 

 

 

「行ってくるよ、兄貴、師匠」

 

 玄弥は鬼殺隊士たちの墓……兄の墓の前にいた。玄弥は上弦との戦いで、無惨との決戦で、灰里の強襲で、戦いが終わった後に鬼化の影響で、本当ならいつ死んでもおかしくなかった。けれど兄に、師匠に、友に守られて生き残った。

 

「お館様の図らいで、警察の練習所に入れることになったんだ」

 

 守ってくれた人たちのように、自分もこれからは人の為に生きる。幸い産屋敷家のコネがあれば道は選び放題だった。軍人か警察か迷ったが……人を守る警察官の道を選んだ。

 

「分かってる。だからって自罰的になるなって言うんだろ。もう師匠の説法は耳にタコができるくらい聞いたよ」

 

 玄弥は悲鳴嶼の墓石を撫でる。

 

「警官やりながらどっかで所帯もって……家族増やして爺になるまで生きて……お袋にしてやれなかった分も、弟や妹にしてやれなかった分も……兄貴に返せなかった分まで、俺の家族を守る」

 

 そう言いながら玄弥は、実弥の……兄の墓石に向き直る。

 

「兄貴は、最初っから俺にそうして欲しかったんだろ?」

 

 兄の気持ちに気づくのが遅すぎた。兄の優しさなんて、自分が一番知ってたはずなのに。

 

「俺の、お兄ちゃんは……世界で一番、優しい人、だか、ら……!」

 

 そこで感極まったように崩れ落ちる玄弥。

 

「う、うぅ、ゔわぁあああああああああああああ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……少し休憩しようかな」

 

 鬼殺隊士たちの治療が終わり、全員が蝶屋敷を去った後。

 アオイはしのぶの残した資料を元に、鬼の人間化及び青い彼岸花について研究を続けていた。

 だがそれは無惨が1000年かけても分からなかった分野。しのぶや珠世のような才媛がいない中での研究は、あまり順調とは言えなかった。

 けれど止めるわけにはいかない。これはいつか禰豆子が青い彼岸花を見つけて帰ってきた時の為に、やらなくてはならないことなのだ。

 

「よぉアオイ!」

 

「伊之助さん?」

 

 勢いよく扉を開けて伊之助が入ってくる。入口には立入禁止の立て札をしていたはずだが、彼には効果がなかったようだ。休憩中だったからよかったものの、これが実験中だったら危険なことこの上ない。

 

「ほら、これやるよ!」

 

 注意しようとしたアオイの前に、伊之助はどんぐりや花で溢れそうな両手を差し出した。

 

「あのー、伊之助さん? これは?」

 

「珍しい花だろ! お前のやってるけんきゅーに役立つかと思ってな!」

 

「はぁ……いりません。しかも四葉のシロツメクサって……珍しい花ならせめて彼岸花にしてくださいよ」

 

 青い彼岸花以外にも珍しい彼岸花なら何か人間化への手がかりになるかもしれない。そう思って頭の中でまた研究についての計算を始めたアオイは、伊之助が急に屈んだことに気づかなかった。

 

「おら!」

 

「わわっ!? 伊之助さん、なにを!?」

 

 伊之助はいきなりアオイの足を掴むと、有無を言わさず肩車した。慌てて肩を掴んでバランスを取るアオイ。

 

「ガハハハ! 一回捕まえちまえばこっちのもんだぜ! 猪突猛進!! 猪突猛進ーー!」

 

「え、ちょ、このまま表に出るつもりですか!?」

 

 そのまま外に出てどこかへ走る伊之助。通りがかる人の奇異の視線が恥ずかしい。

 

「伊之助さんってば! ああもう! 研究の途中だったのに! 一体なんなんですか、嫌がらせですか!? そんなに私のこと嫌いですか!?」

 

「俺はアオイは好きだが辛気臭い奴は嫌いだ!」

 

「えっ」

 

 あおいはすきだがしんきくさいやつはきらいだ。

 伊之助の言葉を一泊置いて咀嚼しているうちに、いつの間にか近くの花畑まで来ていた。

 

「いい加減降ろし……きゃっ!?」

 

 暴れた拍子に二人揃って転んでしまったが、下は柔らかい花畑だったので幸い大事なかった。そもそも二人とも少し転んだ程度で怪我するような鍛え方はしていないが。

 

 

「しのぶでも無理だったんだ、お前にできなくても誰も何とも思わねぇよ」

 

 二人揃って花畑で寝そべる形になった後、伊之助がボソリと呟いた。

 戦えなかった自分が、生き残った者ができるせめてものことだと思って、アオイは怪我人が去ってから研究室に籠もりきりだった。

 ということはつまり、伊之助は……

 

「伊之助さん、ひょっとして私のこと、心配してくれたんですか?」

 

「ま、まぁな! あれだ、てきざいてきしょってやつだ! アオイはややこしいことよりも美味い飯作ってる方が似合ってるぜ!」

 

 どういう風の吹き回しか知らないが、伊之助は自分のことを心配してくれたらしい。しかし考えてみれば、彼は鬼殺隊に入ってからどんどん人間らしくなっていた。

 仲間への思いやりが、心が強くなっていた。

 

「ありがとうございます、伊之助さん」

 

 伊之助、善逸、炭治郎と関わる機会の多かったアオイは、最初から精神的に成熟していた炭治郎やいまいち成長してるようで成長してる気がしない善逸と違い、伊之助がどんどん大人になっていくのをそばで見てきた。

 

 そんな彼の思いやりに触れ、アオイははにかんだように笑う。

 

 

「お、おう……だーー!! 俺様をホワホワさせんじゃねぇ!! 走るぞアオイ!! 俺もお前もこういときゃ走りゃスッキリするもんだ!」

 

 そう言うと伊之助は、再びアオイを肩車する。

 

 

「ちょ、ちょっと伊之助さん! もう!」

 

(ホワホワって藤の花のお婆さんとかによく言ってるやつよね……さっきの好きって、ひょっとしてお母さんみたいとかそういう意味!?)

 

「おらおら、猪突猛進ー! しっかり捕まってろよアオイ!! 落っこったら……針千本飲ますからなー!」

 

「それは約束を破った時の……きゃ! 危ないってば伊之助さん! あははは!!」

 

 

「ガハハハ!!!」

 

 

 その日。二人の明るい笑い声が、花畑中を駆け巡っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 産屋敷邸には、当主である産屋敷輝利哉と、柱の生き残りである冨岡義勇、伊黒小芭内がいた。

 

 

「正式に鬼殺隊を解散しようと思う」

 

「お館様……」

 

「まだ鬼は絶滅したわけではない。分かっているよ。だがもう、組織として維持できるほどの人材もいないし、きっとこれからは増えることもない」

 

 炭治郎は人を襲わないだろう。灰里は死んだわけではないというのが禰豆子や輝利哉の勘だが、同時にもう彼は人を襲わないというのも両者の勘であった。それに隊士たちは次々に自分の新しい道を歩みだしている。もう、頃合いだろう。

 

「もちろん、炭治郎と禰豆子の旅への支援、アオイの研究の援助は続ける」

 

 それ以外にも支援を望む元隊士がいれば、助力を惜しまない。玄弥のように次に歩む道を決めた者がいれば、招待状や推薦状をいくらでも書く。

 

 そう続けた輝利哉は、妹と共に二人に頭を下げる。

 

「長きに渡り世のため人のために戦って頂き、産屋敷家一族一同、心より感謝申し上げます」

 

「顔を上げてくださいませ! 礼など必要ございません!」

 

「鬼殺隊が鬼殺隊であれたのは、産屋敷家の尽力が第一」

 

「輝利哉様が立派に努めを果たされたこと、御父上含め産屋敷家の御先祖の皆様も、誇りに思っていることでしょう」

 

「……ありがとう、ございます」

 

 そう言って年相応に泣き出す輝利哉。それを見て、柔らかな表情で顔を見合わせる伊黒と義勇。

 

 

「冨岡、お前はこれからどうするんだ?」

 

「そうだな……碁を打ちながら盆栽でもしてみるか」

 

 老後の余生の過ごし方として何となく想像できるものを言ってみた義勇。

 伊黒はその姿を脳内で描き、似合っているな、と思った。

 

「ふ、お前らしい発想だな」

 

「……? どういう意味だ?」

 

「お前はそのままでいい、って意味だ」

 

「よく分からないが……」

 

 首を捻る義勇の天然っぷりに苦笑いする伊黒。

 

「義を見てせざるは勇なきなり」

 

「急にどうした?」

 

「いや、いい名前だと思っただけだ。お前は両親から愛されて生まれてきたんだな」

 

「……ちゃんと喋ったのは初めてだが、伊黒は以外と面白い奴だな」

 

 

 こうして、最後の柱合会議は和やかに終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 伊黒小芭内は、とある山の麓に辿り着いた。彼は鬼殺隊解散の柱合会議の後、部屋に残って「ある頼み」を輝利哉にしたのである。

 

『それで小芭内、望みとはなんだい?』

 

『私に、陽光山の監視を命じて頂きたいのです』

 

 その頼みを聞いた時、輝利哉の表情は曇った。

 

『鬼殺隊はもうなくなるんだよ、小芭内。それに陽光山に廃灰がいるというのはただの勘でしかない』

 

『存じております』

 

『そんな勘の為に君のこれからの人生を縛ることは、私にはできない』

 

『私は鬼に寄生した里で生まれました。鬼が滅び、鬼殺隊が解散しても……私と鬼の縁は切れません』

 

 

 悲しげに首を横に振る輝利哉にしかし、伊黒はなおも畳み掛けた。

 

『自分が生まれてきたことを赦し、幸福と思いたい。そのためには……最期まで鬼と向き合わなければいけない』

 

『そうか……それが君の願いなんだね』

 

 ゆっくりと目を瞑り考えた後、輝利哉は微笑んだ。

 

『分かった。それに元々監視を頼む予定だった萬屋ではいざという時に対応できないだろう……陽光山の監視を、君に任せる、小芭内』

 

『ははっ!! お館様、このような余命幾ばくもない男に大任を任せていただき、ありがとうございます』

 

 

 

 

 

 

「最早残された余生を無為に過ごすしかないと思っていたが……こんな俺にもできることがあった」

 

 用意してもらったのは簡単な小屋。住まいはこれで十分だ。あの頃の牢屋暮らしに比べれば天国だ。

 

「安心しろ甘露寺、君の家族は平和に過ごせる……何も心配しなくていい」

 

 共に上弦の弐と戦った伊之助のように山の幸を取って生活することくらい、伊黒には簡単だ。だから用意してもらう物は最低限でよかった。

 

「遠い未来……君の弟の子孫と……俺の従姉の子孫が交わる日が……いつか来るかもしれない」

 

 自分たちには訪れなかった未来。でもいつか起こるかもしれない未来。

 

 

「そんな未来が訪れるまで……君も、この世界も、俺が守る!!」

 

 

 

 大正末期から昭和初期、まだ国が村々の全てを把握しきれていない頃に、その村はできた。

 

 富士山よりは低いが日本一日当たりのいい山と言われる陽光山の麓。私有地であるが故に観光地としては栄えなかった山の麓にその村はあった。

 

 行き場のない者が集まってできた集落。人が集まるにつれ仮住まいの小屋を後から後から改修増築し、いつの間にかみんながそこに定住した。

 

 その村には、ある言い伝えがあった。

 

 山から悪しき者が降りてくる。その時は全力で山に追い返せ。ただし蛇の神が赦した者は通していい……そういった信仰とも噂とも付かない話が伝わっている。

 

 

 


 

 

 

「……思ったより、早かったな」

 

 とある山奥に少年がいた。その少年の体は、ボロボロと崩れていっている。異常にしか見えない状況にしかし、少年は満足気だ。

 

「まだ生きてるかも分からないしこの体が保つかも分からないけど……行こう」

 

 崩れかけの体に鞭打って山を歩く少年の前に……大蛇が立ち塞がった。

 

 

 客観的に見れば少年の方が危険に見える状況。だが少年は真っ直ぐな瞳でじっと大蛇を見つめていた。大蛇もまた、正面から少年を見据える。

 

 やがて大蛇は満足したように頷くと、シュルシュルと山の奥へ消えていった。

 

 お前のことは見定めた、と言わんばかりに。罪を償う為に前へ進むのだと、厳しく背中を押すように。

 

 

 そして少年はゆっくりと山を降りていく。近くの村から「山から人が!?」「蛇神様……蛇神様だ……なんとお懐かしい」「言い伝えは本当だったのか……!」とざわめく人々が出てくるのを尻目に、迷いのない足取りで進む。

 

 

 そうして歩いていった先で、子供の泣き声が聞こえてきた。

 少年は泣き声の聞こえてきた方に目を向ける。そこで泣いている幼い子供の顔立ち見て、一瞬驚いたような表情を浮かべた少年は……子供に歩み寄った。

 

「泣いてるの?」

 

 少年は屈んで子供と目線を合わせると、優しく問いかける。

 

「お父さんとお母さんは?」

 

「……おうちにいる」

 

「そっか……まだ、元気なんだ」

 

 そう呟いた少年に、子供は首を横に振った。

 

「元気じゃない。お父さんがね、死んじゃうの。みんなはお別れを言いなさいって言うんだけど、お父さんが死んじゃうなんて信じられなくて」

 

「それで、ここまで走ってきたんだ」

 

 少年は子供の頭を優しく撫でる。初めて会ったひとなのに、子供はなぜか嫌な気分がしなかった。

 

「君はお別れを言わなくちゃいけない。そうしないと、ずっと後悔するよ」

 

「うん、分かってる……でも、お父さんが死んじゃうのをみんなが受け入れてて……僕だけ仲間外れにされたみたいで……不安なんだ」

 

 どうして嫌な気分がしないのか分かった。その少年はどこか、子供の父に似ている気がした。だから子供は、初対面の少年に対して、素直な心情を吐露できた。

 

「不安、か……そうだよね、僕も未来が不安だった。父さんがいなくなる時に逃げてしまった」

 

「お兄ちゃんも?」

 

「うん、逃げて逃げて……後悔ばかりの人生だった」

 

 そう言って再び子供の頭を撫でようとする少年。けれど少年は自分の右手を見て、そっと手を引っ込める。その手からサラサラと灰が流れていることに、ついぞ子供は気づかなかった。

 

 少年は代わりに、まだ灰になっていない左手を差し出した。

 

「……手を繋ごう」

 

「え?」

 

「誰かと手を繫いで、一緒にいれば……不安は消えないけど、立ち向かう勇気が湧いてくる」

 

 そう言われた子供は、オズオズと少年の手を握った。

 

「お兄ちゃんの手……冷たいね」

 

「君のお父さんの手は温かいだろう?」

 

「うん。お父さんは……太陽みたいに、あったかい」

 

「なら、お父さんの手を握りに行こう」

 

「……うん」

 

 子供が頷いたのを見てから、少年は子供の手を引っ張って歩きだす。

 

「僕のおうち知ってるの?」

 

「君のお父さんのこともよく知ってるよ。最後に会ったのはずいぶん前だけどね」

 

 そう言いながら少年は空を見上げる。太陽のような人が天に召される日には相応しくない、生憎の雨模様だった。今にも雨が降り出しそうなほど、灰色の空をしている。

 

「一雨降りそうだね。助かるよ」

 

「助かる?」

 

「日焼けしちゃうからね」

 

 おどけて言う少年に、子供は首を傾げる。

 

「お兄ちゃんは雨が好きなんだ。でも、僕は……雨が振りそうな時は、何だか不安になるんだ」

 

「太陽が隠れるから不安なんだよ。太陽が嫌いな人なんていないさ。たまに眩しすぎて目を背ける時もあるけど……それは嫌いだからじゃない」

 

「それじゃあ……空が灰色だから、手をつなごう?」

 

「もう繋いでるよ?」

 

「こっちの手も!」

 

 そう言って少年のもう片方の手を握る子供。少しサラサラした感触が、気持ちよかった。

 

「こうすれば勇気2倍だよ!」

 

 先ほどまでの影のある態度はどこへやら、朗らかに笑う子供。それを見て少年は、なぜか泣きそうな顔になる。

 

「そうだね……足りないなら、もっと欲しいって自分を曝け出して……もっと求めればよかったね」

 

「お兄ちゃん?」

 

「雨が振りそうで、未来が不安で、どうしようもない時は……こんな風に、手を繋げばよかったんだ」

 

 そうして少年と子供は辿り着いた。たくさんの思い出がある、自らの生家に。

 

 

 

 

 

 

「……やぁ」

 

「遅いよ、ばか……」

 

 

 

 

 ────僕は、運命とか宿命とか受け継がれる意志とか、そういう言葉が好きだ。

 

 

 

 

「おかえり」

 

 

 

 

 

 ────どんな時も一人じゃないって、信じられるから。

 

 

 

 

「ただいま」

 

 

 

 

 




途中で長い間更新が空くこともありましたが、何とか完結できました。
ありがとうございました。
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