炭になれなかった灰   作:ハルホープ

4 / 29
産屋敷

 炎柱煉獄杏寿郎が鬼が出るという列車に向かい、その応援に竈門炭治郎、竈門禰豆子、我妻善逸、嘴平伊之助たちが後を追っている頃。

 産屋敷の館では、産屋敷耀哉と冨岡義勇、そして胡蝶しのぶが膝を突き合わせていた。

 

「忙しいのにすまないね、二人共。これは会議ではないから、楽にしていてくれ」

 

 耀哉が穏やかにそう言った事で、しのぶは正座は崩さないままに雰囲気を多少弛緩させた。

 義勇の方は、眉を一瞬ピクリと動かしただけで、分かりやすい変化はない。

 

「お館様、話とは……?」

 

「炭治郎に関係する、ある情報が入ったのだが……入れ違いになってしまったようだから、まずは君たちに話しておこうと思ってね」

 

 義勇は炭次郎と禰豆子の保護者……とまではいかないが、監督責任を負う立場にある。

 そしてしのぶもつい先日まで両者の身柄を自らの蝶屋敷で預かっていた身。

 鬼舞辻無惨に繋がり得る特殊な立ち位置にいる炭治郎に関する情報を、彼と近しい2人に一先ず話すのは至極自然な流れである。

 

「炭治郎の家族の中に、一人行方不明の子がいた事は聞いているね?」

 

「……はい、存じております」

 

 鬼が人を跡形もなく食うのなど珍しくない。遺体も残らなかったというのは痛ましい事ではあるが、それはそれとして特に不自然さを感じるような事ではなかったので、なぜそれが今ここで出てくるのかと、義勇は訝しげな表情をする。

 

 ……尤も、その表情の変化は極めて分かりにくいものであったが。

 

「そしておそらく炭治郎は、その子が……弟が生きていると信じている」

 

「……二年前は確かにそう言っておりました。しかし、流石にもうそのような甘い考えは捨てているでしょう」

 

「いえ、そんなことないですよ。覚悟はしていても信じることも止めないと、うちの子たちに言っていましたよ?」

 

 耀哉の言葉を否定した義勇の言葉を、しのぶが横から否定する。機能回復訓練中、蝶屋敷の面々と仲良くなった炭治郎がそう話しているのを聞いたのだ。

 

「…………そうか」

 

 それもまた良し、たとえ無に等しい可能性だとしても、希望は怒りとはまた別の力を生みだす原動力になる……と思う義勇。

 

「冨岡さん、私がいつの間にか炭治郎くんと仲良くなってたからって拗ねないでくださいよ」

 

「別に、拗ねているわけじゃない」

 

 思うだけでそういった態度をおくびにも出さないせいで、傍からは何やら拗ねているようにしか見えないのであったが。

 そんな二人のやり取りをにこやかに見ていた耀哉が、これはまだ未確定なんだが、と前置きしてから続ける。

 

 

「その子も鬼になっているかもしれない」

 

 その言葉を受けて、少々弛緩し過ぎていた雰囲気が戻る。

 

 義勇としてもその可能性自体は認識していたが、あくまでも可能性の一つ。既に死んでいると考えた上での『もしかしたら』程度の認識でしかない。

 

「順を追って話そう。北西の崖……所謂自殺の名所に鬼が出るという噂があった」

 

 ス、と床に広げられていた地図の北西部の辺りを指差す耀哉。その指から少しズレた所に赤い丸の付けられた箇所があった。

 

「場所が場所だけにその手の噂は多いからね。しばらく経っても噂が絶えないのを確認してから、子供たちではなく鎹鴉を偵察に出した」

 

 鬼が出るという噂を一々真に受けていては、あくまで政府非公認組織の鬼殺隊の戦力では到底手が回らない。

 行方不明者も出ていない、或いは出てもおかしくない場所の鬼の噂というのは、どうしても優先順位が下がる。

 

「結果は当たりだったよ。噂通り鬼を発見した。だが探知に長けた鬼だったようで、鴉が捕まってしまった」

 

「まぁ、可哀想に」

 

 鴉が鬼に捕まるというのは死を意味する。だが事前調査に力を割けない鬼殺隊に於いては、どうしても鎹鴉や階級の低い隊士を試金石にせざるを得ない。

 

「ところがだ」

 

 耀哉が目配せをすると、部屋の奥から彼の妻、産屋敷あままねが、少々羽が乱れている鴉を伴って現れる。

 

「その鬼は何もせずに鴉を逃したんだ。追跡の血鬼術かもしれないから、念の為藤の花の家を転々とさせたけれど、その形跡もなかった」

 

「カァーー!! カァーー!! 外見的特徴、黒イ目隠シ!! 外見的特徴、額ニ火傷痕!! 探知能力高シ!! 探知能力高シ!!」

 

 まさか捕まえた上でただの鴉と思ったわけでもないだろうと、耀哉は2人に向けて微笑む。

 

「彼はどうやら心根の優しい鬼のようだね」

 

 しのぶはもちろん、義勇も耀哉の言わんとすることが分かった。

 黒い目隠しはともかく、額の火傷痕と高い探知能力……そして何より、コソコソと自分を探っていた鴉を殺さなかったという慈愛にも見える行動。

 しかも一見ただのカラスにしか見えない鎹鴉を見つけるというのは、ただ探知能力が高いだけでは難しい。そう、それこそ悪意や敵意を匂いで察知できるような、炭治郎の鼻のような能力でもない限りは。

 

「……失礼ですが、それだけで炭治郎の家族とは判断できないのでは?」

 

「ふふ、そうだね。これは勘だよ、いつも通りのね」

 

 あくまでも参考程度に留めて欲しいのだが、と前置きしてから、耀哉は続ける。

 

「懸念すべきは、禰豆子と同じような特殊な鬼が、鬼舞辻の手に渡ったかもしれないということ」

 

 鬼としての適性はある程度血縁関係に由来する。無惨の血の量や個人差で上下はするものの、一家揃って鬼になった場合、基本的にその強さは近くなる。

 

「鬼舞辻の目的が何にせよ、そう簡単に1000年叶っていない進化をするとは思えない。だが、調べるに越したことはない」

 

 長年の付き合いの悲鳴嶼行冥にさえまだ言っていない事だが、耀哉の勘によれば鬼舞辻無惨の目的は『永遠』。特殊な進化を経て太陽を克服した鬼が現れたとしたら、無惨は間違いなくその鬼を喰って自らも太陽を克服する。禰豆子に起こっている『予想外の何か』も、おそらくは太陽の克服に繋がる進化だ。

 

 そして輝哉は産屋敷家特有の勘を信用はしているが盲信はしていない。確認が取れるならば取った方がいいという地に足のついた感覚を持っていた。

 

「特殊かつ協力的な鬼かどうかだけでも分かれば、やりようはたくさんある」

 

 まだ接触はしていないが、『協力者候補』である珠世の存在を脳裏に浮かべる耀哉。太陽を克服し得る鬼と、無惨の呪いを克服した鬼……それは無惨を誘き出す最良の策になる。

 血を克服した禰豆子でも太陽を克服する可能性はあるが、選択肢は多い方がいい。それに、最早耀哉の子供同然である禰豆子は可能ならば囮にはしたくない。無論、それが最善手であるならば躊躇いなく実行できるのが産屋敷耀哉という人間だが。

 

「……御意。では私は失礼して、早速目撃情報のある場へ……」

 

「すいません、その任務、私の継子に任せていただけませんか?」

 

 早々に退出しようとする義勇を制したしのぶ。基本的に必要最低限の議題が済んだらすぐに退出する義勇も、浮かしかけた腰を降ろすしかなかった。

 

「構わないよ。重要性の割に柱に任せる程の危険度ではないからね」

 

「胡蝶、何を企んでいる?」

 

「その鬼は炭次郎くんや禰豆子さんのご家族かもしれない鬼で、鴉を無傷で逃がしたと……」

 

「胡蝶、見る限り鴉は軽症だが打ち身をしているようだから無傷ではないぞ」

 

 義勇の純粋な訂正は屁理屈にしか聞こえなかったので、しのぶはチラリと義勇の方を見てから無視した。

 

「ということは禰豆子さんのように、人間とも仲良くできる鬼かもしれない、ということですよね?」

 

「ああ、その可能性も少なからずあるね」

 

「つまり、ただ斬るのではなく、臨機応変な対応が求められると」

 

 数年前に戦死したしのぶの姉、胡蝶カナエは最期まで鬼と人間の融和を願っていた。

 ならば多少なりと話の通じる鬼がいるとなれば、自分たち遺された姉妹の手で調べたいというのが人情だ。

 

「ちょうどカナヲの手が空いたので、調査に行かせる事ができます。あの子はあの子で問題はありますが、冨岡さんよりは調査向きかと」

 

 だが、生の感情をあまり周囲に曝け出したがらないしのぶは、まるで言い訳のようにそう付け足した。

 事実、炭治郎たちの機能回復訓練が終わったカナヲは今、予定に余裕がある。

 

「そうだね、ならばこの任務はカナヲに一任するとしようか。義勇もそれで構わないかな?」

 

「御意のままに」

 

「ではこの件はこれで決まりだ。二人共、下がっていいよ」

 

 

 


 

 

 

「胡蝶、何を企んでいる?」

 

 耀哉の元を去った後、義勇は会議の場でなし崩し的に無視された発言を再び繰り返していた。

 

「はい? なんのことですかぁ?」

 

「とぼけるな。まさかお前に限って、本気で人に無害な鬼がいると思って継子を送り出したわけではないだろう」

 

「えぇ……冨岡さんがそれを言うんですか?」

 

 禰豆子を人に無害な鬼だと信じ、自らの切腹まで賭けている冨岡には言われたくない、と思うしのぶ。

 

「炭治郎を庇った姿を直接見た俺と、お館様の話を聞いただけのお前を同じにするな」

 

「はぁ、そうですか」

 

 しのぶからすれば、炭治郎を庇ったという初耳の情報で偉そうにされても困る。というかなぜそういった具体的な情報をあの時那田蜘蛛山で話さなかったのだろうと文句の一つも言いたくなった。

 

 ……まさか「あれは二年前」から詳細に経緯を話すつもりだったのだろうか? と、考えるのが面倒になったしのぶはため息を吐き、最初の質問に事務的に答えることにした。

 

「別に他意はありません。あの子もそろそろ臨機応変さを身につけた方がいいと思っただけです。件の鬼が有害にせよ無害にせよ、調査任務ならお誂え向きですから」

 

「そうか。あまり親交はないが、確かに不器用で口下手そうな娘だったな」

 

「うふふふ、そうですね」

 

 会話も面倒になったしのぶは適当に相槌を打って会話を終わらせた。

 その額に僅かに青筋が浮かんでいたことには、義勇は終ぞ気づかなかった。

 




次回、オリ主の初バトルです

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。