炭になれなかった灰   作:ハルホープ

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戦闘描写に手間取り+戦闘の前置きが思ったより長くなったので分けます。すいません。



接触

 栗花落カナヲは任務により、北西部にある崖際へと続く小道を歩いていた。

 今回の任務はそこを根城とする鬼と接触し、調査することだ。

 

 黒い布を目元に巻いた、額に火傷痕のような傷のある鬼、という特徴は予めしのぶより聞いている。

 

 なんでもその鬼は特殊な鬼だそうで、場合によっては協力関係すら結べる相手とのこと。

 無論まだ不確定な情報で、カナヲ自身そんな鬼が禰豆子以外にそう続々と現れるとは思えない。だからこそ調査の為に向かっているのだが、その足取りは僅かに重い。

 

 その鬼に鬼の祖である鬼舞辻無惨への翻意があるか、人間に協力する意志があるか……これを相手の『態度』で測らねばならない。

 それは、心というものを閉ざして自分を守ってきたカナヲには、荷が重いと言わざるを得なかった。

 

 

『カナヲは心の声が小さいんだな。俺の弟もちょっとそんな感じだったよ』

 

 ふと炭治郎の言葉を思い出したカナヲは、おもむろに懐から硬貨を取り出す。今まで物事の判断、その全てを委ねてきた硬貨をじっと見つめながら、考える。

 

 もう一つ、今回の調査対象の鬼について聞いている事がある。その鬼は、炭治郎の行方不明になっていた家族かもしれない、とのこと。

 

『うーん、指示に従うのも大切なことだけど……それ、貸してくれる?』

 

「炭治郎……」

 

 ブンブンと頭を振って雑念を払う。対象の鬼が炭治郎の弟の可能性があるのと、今炭治郎の事を思い出すのに全く関連性はない。

 通常の鬼と同じように戦闘になる可能性だってある。気を引き締めなければならない。

 硬貨をしまい、表情を改めたカナヲは、崖に続く小道を鋭く観察しながら歩く。

 

 しばらく進んでいくと……空気が変わった。先日の那田蜘蛛山のような、ピリピリとした張り詰めた空気だ。

 只人ならば気づかないか、自殺の名所だからそういうこともあるだろうと見過ごすような僅かな変化。

 優れた隊士であるカナヲは、その僅かな揺らぎを見過ごさなかった。

 抜刀し、警戒しながらさらに進んで行くと……いた。

 

 崖際に腰掛ける、炭治郎と同じほどの背丈の少年。背を向けているせいで分かりにくいが、情報通り目に黒い布を巻いているようだ。

 

「……そろそろ来る頃だと思ってましたよ、鬼狩りの方」

 

 その鬼はカナヲに背中を向けたまま、ゆっくりと立ち上がる。

 

「ここ最近は、この辺りまで来る人間はほとんど食べてましたし、何よりコソコソと探っていた鴉を逃しましたからね」

 

「確認するわね。貴方は人間に協力する意志がある?」

 

 腹芸はおろか戦闘以外での精神的駆け引きも苦手とするカナヲは、単刀直入にも程がある確認をする。

 

「はい? なんですか、僕を狩りに来たわけではないんですか?」

 

 そう言って振り向いた鬼……廃灰(はいかい)の額には、情報通り額に火傷痕があった。その表情は黒布のせいで見えないが……協力、という予想だにしなかった言葉に少々面食らっているようだ。おそらくは戦う心積もりだったのだろう。

 

「今回の任務は調査だから」

 

「調査? 鬼狩りの体制は知りませんが、随分と悠長な……鬼と鬼狩りが協力できるとでも思ってるんですか?」

 

「できるできないを判断するのは私じゃない。私はただ、あなたにその意志があるかどうかを確認するだけ」

 

 表面上は理性的に言葉を交わしながらも、カナヲは日輪刀を鞘に納めない。廃灰も漫然と立っているように見えて、カナヲを具に観察している。

 

(調査って、どうやればいいんだろう……こんな感じで大丈夫かな)

 

 無表情にツンとしているように見えて、カナヲは逡巡していた。硬貨の裏表、二つに一つの選択以外を判断するのは苦手だ。もっと言えばその二つに一つの選択にしても、自分で判断しているわけではなく運否天賦。

 そんなカナヲだからこそ柔軟な判断能力を高める為に調査任務を充てがわれたというのは理解しているが、苦手なものは苦手である。

 

 相手が是か非かで答えてくれればそれをそのまましのぶに報告すればいいだけだが、そう単純なやり取りだけでは終わらないだろう。

 事実、廃灰は顎に手を添えて考え込んでいる様子を見せている。

 

「貴女がどの程度の協力を想定しているかは分かりませんが……難しいでしょうね」

 

 しばらくすると、廃灰が否寄りの回答をして来た。

 実を言うと、カナヲもその返答は大方予想していた。確かに情報通り、あの鬼はこちらを見て襲うでも逃げるでもなく普通に会話が成立する。しかしだからといって、いきなり協力しろと言われて協力する鬼……いや、人間同士だとしても、そんな者は滅多にいないだろう。

 細かい判断は今のやり取りをそのまましのぶに伝えて考えてもらえばいい。後の接触は適当な隠にでもやってもらえばいい。

 

 だから問題は、この場でカナヲが複雑な判断をしなければならないような内容の言葉を続けないかであったのだが……。

 

「ですが、互いにある程度の利益がある取り引きなら構いませんよ」

 

「取り引き?」

 

 カナヲの表情が苦いものになる。取り引きという事は、こちらから相手にも何かをしなければならないということ。何を望まれるかは分からないが、どこまでなら鬼の目的を手助けしていいのか、カナヲには判断しかねる。最悪、その取り引きを受けるかどうかも硬貨で決めようか……と身構えていると、軽い口調で廃灰が続ける。

 

 

「僕には探している鬼狩りがいます。その人の居場所を教えてくだされば、僕の譲歩し得る対価を払いましょう」

 

 

 ──実際のところ、廃灰は目の前の蝶の髪飾りをした少女に情報を期待していなかった。同じ鬼狩りだからと言って、探し人である炭治郎のことをピンポイントで知っているとは限らないことは分かっている。

 ただ少女の隙がない立ち振る舞いに自分では勝てないと見て、調査及び協力が目的ならば戦わずにこの場は茶を濁そうと、適当に協力的に見えそうな態度を取っただけだ。

 

 最大限の譲歩とさも親切な風に言っても、鬼狩りの望む無惨の情報は呪いで口にできない……という、詐欺師紛いの言い訳で自分の名前だけ教えて煙に巻くつもりだった。

 

 

「探している人……?」

 

 だから、カナヲがじっとこちらを見てから、ポツリと、その名を呟くとは思ってもいなかった。

 

「それってひょっとして、炭治郎のこと?」

 

 サァ、と爽やかな風がそよぎ、廃灰とカナヲの髪を揺らす。

 直後、彼らの間を揺らめいていた雑草を踏みしめて、廃灰が一歩一歩近寄る。

 

「っ!」

 

 咄嗟に日輪刀を構えるカナヲだが、廃灰はある程度まで近寄ると立ち止まる。そして、感極まったように上を向く。

 

「そうか、やっぱり鬼狩りになったのか……復讐なんて柄じゃないだろうに」

 

「あなた、本当に炭治郎の弟なの……?」

 

「そこまで広まってるんですか、鬼狩りの情報網も案外馬鹿にできませんね」

 

 無遠慮に近づいて来る廃灰。先ほどまで互いに警戒して距離を保っていたのが何だったのかと言いたくなるような行動。

 

 だがそれでも考えて行動しているようで、刀の間合いの目と鼻の先、接敵ギリギリの所でピタリと止まる。

 

「ふっ!」

 

 カナヲは頸に届かないのを分かっていながら、脅しの意を込めて日輪刀を振る。

 

 目と鼻の先という事は、目元には辛うじて届くということ。カナヲの示威行為によって、廃灰が目元に巻いていた黒布がハラリと落ちる。

 

「ここまで近づけば、目を塞いで鼻を強くしなくても分かる……」

 

「っ!?」

 

 目隠しの下から、充血し、赤黒く染まった目が現れた。なぜか言葉を発せてはいるが……飢餓状態にしか思えない目が。

 

「あの時の2人の残り香とは違う、強い匂い……兄さんの、匂い」

 

 カナヲの任務はあくまで調査だが、これだけの至近距離で飢餓状態になれば戦闘は必至。

 素早く飛び退き、改めて刀を構えるカナヲ。

 

「ああ、貴女……兄さんの場所を聞きたいんですが、交渉を続けませんか?」

 

 だが廃灰はあくまで正気を保っている……ように見える。

 

 

「この前は、足掛かりを掴む前に、正気を失ってしまいましたから……ここしばらくちょっと『人に慣れる』練習をしてたんですよ。兄さんに会う為に」

 

『人に慣れる』……野生動物が人に懐くかのような言い回しだが、鬼にとってのそれがそんな牧歌的であるはずもない。

 無論、こんな所に来る人間はほとんど自殺志願者だろうが、それが人喰いを容認する理由にはならない。中には純粋な観光客だっていただろう。

 

 だが、それよりも……カナヲにはどうしても気にかかることがあった。

 

 

 

 

 

「本当に、会いたいの?」

 

 

「……どういう意味です?」

 

 

 一瞬だけ目を見開いた後、廃灰は聞き返す。

 

 

「貴方の目線は嘘を付いてる時のように揺れている。なのに顔には嘘を付いた時の筋肉の強張りがない」

 

 目のいいカナヲは、敵を観察すれば相手が何を考えているか大体分かる。喜怒哀楽はもちろん、次の動きも予測することができる。そんなカナヲから見ても、廃灰の言葉の真偽は分からなかった。

 

「目線、発汗、血流……その全てがちぐはぐ」

 

「人間なんてみんなそんなものでしょう。複雑な心情をそんな生理現象だけで測ることなんてできませんよ。まして鬼は極端な生態ですしね」

 

「違う、確かに誤差も個人差もあるけど、普通体は嘘をつけない。貴方のはまるで……」

 

 カナヲは昔……まだカナエが生きていた頃の事を思い出す。

 余りにも無趣味かつ無感動なカナヲを見かねてか、カナエとしのぶは非番の日に自分を華やかな劇団へ連れて行ってくれた。

 

 劇自体は何が面白いのか全く分からなかったが、劇団員……特に花形の演技には目を見張るものがあった。

 大仰な仕草で嘘のお芝居をしているのに、その表情には嘘が見えなかった。

 

「まるで、駆け出しの役者みたい……嘘と本当が混じり合った、歪な表情」

 

 

 ただ、花形以外の演技にはほんの少し嘘が混じっていて、それが何だか面白かったのを覚えている。

 ……観賞後に感想を聞かれた時に、話の内容はほとんど覚えていなかったのをしのぶに呆れられたものだが。

 

「炭治郎に会いたいって言ってるのに、心の奥では会いたくないと思っていて、でもそのさらに奥ではやっぱり会いたいと思っているような……」

 

「うるさいなぁ」

 

 ボソリと、底冷えするような声がした。

 実力で言えばおそらくはカナヲの方が上。それが分かっていてなお、重圧感が伸し掛かるような殺気。

 

「それともわざと挑発してるんですか? だとしたら敵ながら天晴れ、と言わせてもらいますよ」

 

 目がより赤く発光する。先ほどよりも重度の飢餓状態だ。なるほど確かに普通の鬼とは飢餓状態に入るきっかけが違うようだ。

 

「……すいません師範。やはり、私に調査任務は無理だったみたい」

 

 必要ないことを喋って興奮させてしまった。いくらある程度の理性を保っていたとしても、あそこまで激しい飢餓状態になられたら戦闘は必至。

 しかも義憤に駆られたというわけでもない。相手が炭治郎の弟で彼に会いたがっていると思うと、普段なら気にしないような事がどうしても気になってしまった。

 失態だ。と、カナヲは自らを激しく責める。

 

「でも、別の形で任務は達成する。生け捕りにしてお館様に引き渡す」

 

「僕は自由になりたくて鬼になったんだ。手強そうだからって逃げるような真似はしたくない。何よりそれじゃあ、あの方に申し訳が立たない」

 

 鬼は爪を前に出し、剣士は刀を構える。

 結局の所、どこまでも順当な結果。

 鬼と鬼殺隊が出会った以上、この成り行きは必然だったとも言える。

 

 こうして、廃灰と栗花落カナヲの戦いは始まった。

 

 


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