炭になれなかった灰   作:ハルホープ

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あけましておめでとうございます。

去年の12月23日に日間ランキングの下の方に入っていたようで、お気に入り、評価、感想ありがとうございます。励みになります。
年末に忙殺されてなければ連続更新したかった……


同じ場所

 那田蜘蛛山。かつて十二鬼月下弦の伍、累が拠点としていた山である。彼が討伐された今となっては人気がないだけのただの山であるそこに、廃灰はいた。

 カナヲとの戦いの後、流石に住処を変えるべきだと思い立った廃灰だったが……些か思うところがあり、ここに立ち寄ったのだ。

 

 

「貴方とは気が合いそうだったんですが……残念です」

 

 少なくとも今まで会った鬼の中では、彼が一番気が合った。彼も同じような考えを持っていたと思うのは、決して自惚れではないだろう。

 彼もきっと、『家族』というものに対して、愛憎入り乱れた歪んだ感情を持っていたはずだ。

 

「貴方はどうです? 最期に、家族に対して何か見つけることができたんですか?」

 

 返事など返って来ないと分かっているが、それでも語りかけるのが止まらない廃灰。今の自分は感傷的になっているのは自覚している。だが、無惨にこのような情けない醜態を晒すわけにもいかず、死者に語りかけるなどという事をやっている。

 

「貴方と同じ場所で同じ景色を見れば、何かが変わったんでしょうかね」

 

 血鬼術は発現した。下級の鬼という烙印はこれで免れるだろう。義務として無惨に報告した所、血を操るのは上弦の陸の血鬼術に近い性質とのこと。ともすれば既にかつての下弦に近い実力はあるとも言われた。

 だが最早それでは足りない。下弦の鬼が解体された。唯一赦された下弦の壱も、最終的には鬼狩りに殺されたらしい。

 

 なんでも柱や、柱ではないものの無惨が執心する鬼狩りを相手に敗北したとのこと。詳しい話は廃灰も知らない。機嫌の悪い無惨に突っ込んだ話を聞くのが自殺行為であることは、廃灰も鬼となってからの数年で知っている。

 

 十二鬼月に求められる強さは、実質上弦並。柱でもない鬼狩りに苦戦しているような自分ではまだまだ未熟だ。

 

 そして廃灰は、先日の戦闘のことを思い出す。

 

 ふとした拍子に家に代々伝わる神楽を思い出し、その直後、あの蝶々の髪飾りの少女の動きと神楽の動きが重なった。なぜかは分からない。おそらくは大元の起源が同じなのだろうといった、曖昧な推測しかできない。

 さらに、追い詰められた時に見えた父の幻影。あれで血鬼術も発現した。

 

 

「……父さん、兄さん」

 

 父はこんな自分でも助けてくれている。では、兄はどうだろう。自分が鬼であるという情報は鬼狩りに伝わっていた。よしんば未確定情報だったとしても、あの少女の報告によって決定的なものとなる。

 

 知られたくなかったようにも、いっそのこと決別されたいようにも思う。

 

『炭治郎に会いたいって言ってるのに、心の奥では会いたくないと思っていて、でもそのさらに奥ではやっぱり会いたいと思っているような……』

 

「……くそっ!」

 

 髪飾りの少女の言葉を思い出し、苛立たしげに土を踏みしめる廃灰。

 あれは図星だった。だからこそ腹立たしい。少女ではなく、自分への鬱屈した怒りだ。

 

 結局、何をするにも力が足りない。兄を探すのも無惨の役に立つのも、この心を占める鬱々とした思いを振り払うのにも。

 

 もし、脳裏に焼き付くあの神楽を練習し、自分のものにすれば、もっと強くなれるだろうか。けれど、習ったわけでもないものを自分の記憶だけで物にするのは困難と言わざるを得ない。

 

 溜息をついてから、廃灰が山を去ろうとした時、騒がしい喧騒が近づいて来た。

 

「逃がすな、追え!! 鬼を山に隠れさせるな!」

 

「ひ、ひぃいい……! な、なぁアンタ、鬼だろ!? 助けてくれよ!」

 

 喧騒の元にいたのはいかにも、といった風体の鬼だった。大方、調子に乗って人を食べ過ぎた結果鬼狩りに目をつけられたのだろう。少し後ろを複数人の鬼狩りが追ってきていた。

 

 

「噂で聞いたんだ、この山の鬼は、弱い鬼を匿ってくれる、強い鬼だって! アンタがそうなんだろ!?」

 

「すごいですね、全部違います」

 

 累は匿っていたわけではなく、家族ごっこに付き合わせる奴隷の如く扱っていただけだ。そもそもその累はとっくに死んでいる。彼は……今にして思えば、そこまで強い方ではなかった。下手をすれば自分と互角だった花の呼吸の使い手相手にも敗北していたかもしれない。そして言うまでもなく、廃灰は累ではない。

 

「残念ですけど人違いです。あまり鬼同士で馴れ合うのもあの方の不興を買うでしょう。僕はこれで」

 

「待て! 逃がすと思うか! 風の呼吸……」

 

 隊士の1人が、足早に立ち去ろうとする廃灰に立ち塞がり、日輪刀を振るう。

 彼我の実力差も分からない愚者なのか、分かっていてなお立ち向かった勇者なのかは……抜き手で心臓を貫かれた今となっては、永遠に分からない。

 

「なっ!?」

 

「こ、この鬼、強いぞ!」

 

「……やっぱり、この前の鬼狩りが特別強かったんだな」

 

 仲間を一瞬で殺された鬼殺隊たちが、慌てて廃灰を警戒する。だがその中でも冷静だった一人が、落ち着いて逃げていた方の鬼を狙う。

 

「まずは頭数を減らす! 水の呼吸、壱ノ型、水面斬り!!」

 

「ひぃいいいいい!! いいぃいやあああぁああああ!!!!」

 

 迫りくる白刃に情けない悲鳴をあげる鬼。

 見苦しい。そう思った廃灰は……手首を斬り裂いて血鬼術で血の刃を飛ばし、その鬼の頸を斬り落とした。直後、剣士の日輪刀が直前まで鬼の頸だった箇所を虚しく斬る。

 

「いっ、てぇええ!!! な、なぁ、もうちょい優しく助けてくれよ!」

 

「よく喋る人ですね」

 

 跳んできた頭部を片手で掴み、適当にその辺りに投げ捨てようとしたが……ふとそれを止めて、じっと首の接合部から血を流している鬼を見る。

 

「……思いついた事が2つほどあります」

 

 底冷えするような視線と声。その鬼は今さらながら、とんでもない奴に助けを求めてしまったのではないかと後悔した。

 

「あの方の血がもっと欲しい。けれど、何の手柄もないのに不躾に頼むのも憚られる」

 

「ぐ、ぎぃ……!」

 

 ミシミシ、と鬼の首を握り潰さんばかりに力を込める廃灰。

 

「西洋の諺によれば、樽一杯の葡萄酒に一滴の泥が混ざれば、それはもう泥だそうです」

 

 ス、と指を立てる廃灰。その指には先ほど切った手から流れ落ちた血が付着している。

 

「貴方の血が葡萄酒なんて洒落たものかはともかく……僕の血は正しく泥のようなものですね」

 

 自嘲するように笑った後……廃灰は血の滴る自らの手を、鬼の額に突き入れた。

 

「ぐわぁああぁあ!!」

 

 それはまるで、自分が無惨に鬼にされた時と同じような行動。それにより……鬼は口から、大量の血を吐き出した。

 

「貴方の血と僕の血が混ざったことで、貴方の血を操れるようになった」

 

 口だけではなく、耳、鼻、目……頭部の穴という穴から血を吹き出す鬼。

 だが、死なない。鬼は無惨の呪い以外では、太陽の光を浴びるか日輪刀で頸を斬られない限り殺せない。

 

「流石はあの方の血……濃い所は僕の血鬼術程度では操れない」

 

 鬼の頭部に僅かに残った血……廃灰の血鬼術で操りきれなかった分の血こそが、無惨の血の最も濃い部分。

 

「累さんが他の鬼に血を分けたり、回収したりしていましたが……僕なら回収だけをできると思ったんです」

 

「て、め、ぇ……! ぐぎゃ!?」

 

 恨み節を言おうとした鬼を遮り、その顔をさらに切り裂いて……無惨の血の濃い部分を吹き出させる。そこに、まるで恋人に口付けでもするかのように、ゆっくりと、勿体ぶって口を近づけて……血を飲み込んだ。

 

「んくっ、んくっ……なるほど」

 

 無惨の血の濃い部分。それを飲み込んだ廃灰だが……いまいちその表情は芳しくない。

 飲み損ねた1滴の紅い血が、滑るように口元から顎へと流れて行く。

 

「元々分けられた血が少なすぎて、これじゃあほとんど意味がない。上弦並の鬼にやらないと無意味か」

 

「あ……ぅ、お……」

 

 息も絶え絶えな様子の鬼を、廃灰は冷めた目で見つめる。

 

「まぁ、死ぬよりは安いでしょう? この山なら陽も届かないし、余生を過ごすように生きていてください」

 

 興味を失ったと言わんばかりに乱雑に、その鬼の首を放り投げる。ゴロゴロとどんぐりのように転がりながら、鬼の首はどこかへ消えていった。

 

 その一部始終を息を呑んで見つめていた隊士たち。

 目の前の鬼は危険だ。強さもさることながら、それ以上に、どこか寒気を覚える異常性がある。

 

 場合によっては隊士一人か二人を殿に退却し、柱とまでは行かずとも甲の隊員に増援を頼むべきか、だがあの鬼はたまたま立ち寄っただけで、この山を拠点にしているわけではないようなことを言っていた。

 ここで狩らなければ、あの危険な鬼をまた見つけるのは難しいかもしれない。だがここで全滅するわけにはいかない。

 そう迷っていた隊士たちだが……

 

「もう一つの方を試しましょう」

 

 ゆっくりと目元の黒布を外し、風に乗せて遠くへと放る廃灰。その後、まるで誘い込むかのように、両手を広げてただその場に立つ。

 

「あなた方の技……全集中の呼吸でしたっけ? どうぞ、打って来てください」

 

 挑発……というにしても余りにも無防備過ぎる。まるで、ただ攻撃を受けることこそが目的かのように……ただただ無防備に、不気味に立っている。

 だが、こんなまたとない状況でなお逃げの手を打つような人間は、そもそも鬼殺隊などに入らない。

 ほんの一瞬迷った後、隊士たちは各々の型の全集中の呼吸を繰り出した。

 

「水の呼吸、壱ノ型、水面斬り!!」

 

「雷の呼吸、肆ノ型、遠雷!」

 

「風の呼吸、弐ノ型、爪々・科戸風!!」

 

「炎の呼吸、壱ノ型、不知火!」

 

 頸だけは守りながら、隊士たちの斬撃をその身に受ける廃灰。普段は隠している目を大きく見開き、その一挙手一投足を見逃さないように……

 

 

「はぁ、はぁ……くっ、こいつ、頸が硬い!!」

 

「やはり強い鬼か……! 仕方ない、増援を頼むぞ!」

 

 これだけの連撃をしても倒しきれない。諦めて鎹鴉を送り出す隊士たち。飛び去っていく鴉を、何もせずにただ見送る廃灰。

 

「無駄なことを。その鴉が鬼狩りの本拠地に着く頃には、とっくに終わってます」

 

「なに?」

 

「……あなた達の動き、覚えましたよ」

 

 廃灰は自分の爪で手首を切る。人間であればそれだけで失血死する程の夥しい血が、手首から地面に落ちていき……接地する直前でひとりでに浮き上がり、彼の右手を中心に、長刀のようなものが形作られる。

 

「没刀天、とでも名付けましょう」

 

「血の、刀……!?」

 

「刀剣を扱ったことはないですが……貴方たちを参考にするなら、剣術が合いそうですからね」

 

 重さのない、自らの血鬼術による血の刀。剣術は素人だが、それが逆に血鬼術と刀の融合を自然なものとさせた。

 ある程度剣術を齧っていたら、重さのない長刀など逆に使いにくいだけの無用の長物であっただろう。

 

「感謝しますよ、僕の記憶だけでは成し得なかった、欠けた部分を上手く補えそうです」

 

 全集中の呼吸は、全てが日の呼吸の派生。派生ということは、部分的にせよ彼らの型には日の呼吸と重なる部分があるということだ。

 無論廃灰は、ヒノカミ神楽の元になった日の呼吸が、全ての呼吸の始祖であることまでは知らない。だが、何となく起源が同じであるというところまでは推測できていた。

 

 ならば彼がこの行動を取ったのは……目を見開いてわざと技を自ら喰らい、全集中の呼吸の動きを知ろうと試みたのは、必然だった。

 

 

「ヒノカミ神楽……円舞!!」

 

 円舞。ヒノカミ神楽の中でも基本的な、神楽の中で最初に舞う踊りだ。まだ基本中の基本のこれしかできない。だが、もっと鬼狩りと戦い、もっと全集中の呼吸を見れば……どんどん別の舞もできるようになるはずだ。

 

 円を描くように振るわれた血の刀が、鬼殺隊の剣士数人の首を一気に落とす。

 

「なっ……! 全集中の呼吸!?」

 

「そんなはずはない! 見たことのない動き、アレはただの猿真似だ!」

 

 残った隊士のうち二人が散会し、左右から挟み込む。だが、円の動きに対して挟み撃ちというのは、些か悪手だったと言わざるを得ない。

 

「ヒノカミ神楽、円舞!!」

 

 再びのヒノカミ神楽で、廃灰を挟み撃ちにしていた隊士は二人とも殺された。

 

「く、そぉおおお!!」

 

 最後に残った隊士が、雄叫びをあげて迫りくる。

 

「落日散血!」

 

 刀を形作っていた血が、散弾銃のように弾け、最後の一人の体のあちこちを抉る。

 

「くく、くくははは……」

 

 

 覚醒した。ただ思い出しただけではなく、あの神楽を自分はものにできた。その全能感、爽快感に、廃灰は暗い笑みを浮かべる。

 奇しくも廃灰は、炭治郎と同じ場所でヒノカミ神楽に目覚めたのである。

 

 久方ぶりに感じる清々しさと共に、廃灰は山を去った。

 

 

 

 

 

 

 

「イテテテ……あの鬼め、よくもやりやがったな……」

 

 ゴロゴロと転がりながら、廃灰に首だけにされた鬼は愚痴る。体の再生にはまだまだ時間がかかるだろう。

 確かに命は助かったが、このままでは人間も食えない。しばらくしたら襲い来る飢餓状態に、今から憂鬱になる。

 

「あん?」

 

 急に目の前が比喩でなく真っ白になり、その鬼は困惑する。何かで視界を塞がれたようだ。少し首をズラして、白の正体を確認する。

 

「なんだ、ただの花か」

 

 自然への造詣が深くない鬼は、そのまま何も気にせずに再びゴロゴロと転がっていく。

 

 彼が去っていった後には……明らかに自然に咲いたものではない一輪の白百合が、まるで死者への手向けのように、そっと供えられていた。

 


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