ぱっこん
ぺっこん
ぱっこん
ぺっこん
間の抜けた音が、テニスコートに響き渡る。
「……」
「……」
ネットを挟み対峙するは二人の男子生徒。双方沈黙したまま機械的にラケットを振るっている。
……はぁ。その片割れである俺はげんなりしてため息をついた。全く、何が悲しくて野郎と二人で昼休みにテニスなどやらねばならないのか。
もしこれで、ご褒美の一つでもなければ即口八丁並べ立てて逃げ去るのだが——
「二人とも、がんばれー!」
コート脇からラリーを見ていた戸塚先輩が天使の声で応援してくれる。チャージ完了!!マーベラァァァァァァァァァァァァス!!!!一瞬にしてエネルギー充填率八〇〇〇〇パーセントを軽く超えた俺は、天元突破した力でハチマンスマッシュをキメた。見てますか、戸塚先輩——!
「っ!……」
しかし敵もさるもの、一瞬嫌そうな顔になったものの的確に対応してボールを返してくる。ぐぬぬ……
その後暫くラリーを続けた後、戸塚先輩が可愛らしすぎる声で休憩にしようと提案してくる。無論俺は一も二もなく賛同し、相手の男子——町田もぶっきらぼうに頷き、コート外のベンチ周辺で給水タイムにあいなった。
「比企ヶ谷くん本当に上手いね!昼休みの練習に来てくれて本当に助かるよ!」
いやぁそれほどでもハハハ。やっぱテニス部入ってウィンブルドンからの戸塚先輩ルートに変えようかなーと調子に乗るどうも俺です。まぁ実際には帰宅部の金髪DQNガールと氷の女王様にテニスの腕で普通に完敗するんだから無理ゲーなんですがね。
「あと町田くんも、せっかく昼休みなのに自主練に付き合わせてごめんね……」
「……お気になさらず。好きでやってるんで」
はっ!好きってまさか……町×戸だと?!ゆ、ゆるさん!!
無論そんな訳は無く、単にテニスが好きなだけらしい。……にしても、俺がいうのも何だが妙な奴である。
見た目は高身長痩せ型イケメンで、若干陰があるのを除けば十分校内カーストの上位に行けるだけのスペックはあるだろう。またこの間の実力テストでも特に理系科目でトップクラスの成績を叩き出していたという正に正統派優等生である!!アレこれ得意科目文系に変えれば俺もだよね?即ち俺もスペック的には校内カースト上位という事QED。
……まぁ、当の町田がカースト上位どころかぼっち気味である時点でこの証明は破綻しているんですがね。
もっともあくまでぼっち気味であってぼっちではない。むしろ毎朝クラスメイト全員と挨拶を交わし、会話に混じることもあるのを見ると、ぼっちソムリエの俺に言わせればただのファッションぼっちである。真のぼっちにあらず……
「……それより、なんで比企ヶ谷はあんなテニス出来るんだ?」
俺が利きぼっちに精を出していると、不意に町田がそんな事を尋ねて来た。何故……か。別に大層な理由は無い。強いて言うなら昔からペアがいなくて壁打ちばっかして来たからか?
そんなような事を言ったらヤベーやつみたいな目で見られた。悪かったな生粋ぼっちで。
「……まぁ何だって良い。練習相手には最適だからな」
「そりゃどーも」
人それをビジネスライクと言う。利害の一致による——町田は最適な練習相手を欲し、俺は戸塚先輩の願いを叶えたい——私情なき関係。それは俺にとってむしろ心地よいものであり、それ以上の馴れ合いを不要としている。そう、だから——
※
「うす」
超適当な挨拶と共に部室に入る。するといつもは無反応のはずの雪ノ下先輩がポツリとこんな事を言った。
「——会わなかったの?」
「はい?」
会うって誰と?会うような人この学校に居ないんですけど……自分で考えてて死にたくなったどうもぼっちです。
「あーー!!いたー!!」
と、そこへズザサーっ!という擬音が見えそうな勢いで由比ヶ浜先輩が部室に突っ込んできた。何事?
「……あなたがいつまでたっても部室に来ないから、わざわざ探しに行ったのよ。由比ヶ浜さんが」
すごく丁寧に事の次第を教えて下さる部長サマ。でもそういう言い方だと雪ノ下先輩は興味すらなかった風に聞こえますけどね!
まぁ、確かに今日は部室に来るのが遅れた。何故か?先程廊下をのそのそ歩いていると横暴教師平塚教官にばったり出くわしたのだ。後ろ暗い事など何も無いはずなのに常にキョドっているぼっちエリートたる俺へ、妙にご機嫌そうに「奉仕部の活動を順調にこなしているそうだな感心感心!」とか言って背中をバシバシ叩いてきた。体罰かな?まぁ別に痛い訳じゃ無いから良いけど。
——だがそこから雲行きが怪しくなってきた。若手に任される理不尽な仕事の愚痴に始まり禁煙化の嵐への抗議、出前屋減少の嘆き、……果てにはこの前失敗した婚活の泣き言まで。いや俺人生相談所じゃないんですけど!
「もーすっごい大変だったんだよー!1年の教室回ってみても居ないし、人に聞いても「比企ヶ谷?誰?」って言われるし!」
平塚先生、ファイト……と心中で合掌していた俺に、プンスカしながら文句をつけてくる由比ヶ浜先輩。いや待って、他の奴らに俺の名前が知られていないのは俺のせいでは無い。社会が悪い!!
「あなたの場合はそもそも覚えてもらう気が最初から無いだけでしょう」
んーー??なんのことかなフフフ……
「……そ、それでヒッキー!その……スマホ貸して!」
「いや普通に嫌ですけど」
「即答?!」
脊髄反射でそう答えたが、しかしよく考えたって結論は変わらん。いくら俺のスマホが時計兼ソシャゲ(アイドルをシャンシャンするやつと偉人サーヴァントにしてバトるやつ)専用に堕していたとしてもだ——!!
「べ、別に変なことはしないよ!ただこーゆー時ラインで連絡取れれば便利じゃん!」
ライン、ライン……?何それドイツの川の名前?ラインで連絡ってラインラント進駐されちゃってんの(意味不明)?
「え、ヒッキーライン知らないの……ならメールでも何でも良いからとにかく貸して!」
おっと知らないの?はハラスメントだぞ。まぁ知らんもんは知らんし興味も無いから特に気にもならんが。……で、連絡手段、ね。
ここで俺の脳内に呼び起こされた無数の黒歴史!これ本にして自己啓発的な題名つければ売れるかな?全然自己啓発してないけど。
「ならどーぞ」
「うわっ!……もーいきなり投げるなし!って、あれヒッキーロックしてないの?」
「落として流出しても困る情報が入ってないんで」
ええー……と軽く引いていた由比ヶ浜先輩だったが、その後まあいいかとスマホを鮮やかに操作して操作して……
結局、俺の手元に返って来たスマホには、
……まぁ説明がふわふわ過ぎて大体は家で自分で調べたんですけどね!
※
俺のライン実装問題がひと段落すると、部活はいつものようなゆるい雰囲気に戻った。俺も定スペースとなった椅子にどっかり座り、さて今日も読書に勤しむか、と一冊の文庫本——『桐島、部活やめるってよ』を読み始める。ああ……願わくば俺も桐島のように突然部活を辞めてやりたい。まぁ俺が辞めたって『比企谷八幡は奉仕部を辞めた。完』で終わりそうですけどね。
まぁ文学でも現実でも、人間関係を観察するのは楽しい。それは客観的に眺めることができる俺のみに許された特権と言っても過言では無い。神の視点とは即ち俺の視点だった可能性まである。俺は神だった……?
そこでふと視線をずらした俺は、部室内をぼんやり見渡した。……思えば最初ここに来た時は雪ノ下先輩しかいなかったし、物も一つの椅子以外は後ろの方で積み上げられ、ひどく殺風景な光景だった。
しかし今や、並べられた椅子は3つに増え、さらには長いテーブルまで置かれるようになった。
これは成長なのか、それとも
と、その時
コンコンコン
「……どうぞ」
ドアが丁寧にノックされ、一人の男子生徒が入ってきた。
「えーっと……奉仕部ってここだよね?」
短めの金髪。長身イケメン爽やか系……端的に言おう、リア充○ね。まぁしかしこのいけ好かないイケメン野郎には以前会った事がある。戸塚先輩の依頼の際、妙な難癖をつけて勝負になったリア充軍団、そのボス的存在だった。
……で、えー……名前が確か……はや、はや……はやみん?いやそれは雪ノ下先輩に良く似た声の声優さんだ。えーっと……まぁどうでもいいか。
「あー!隼人くんじゃーん」
と、俺が此奴の名前を思い出そうとしてあっさり諦めていると、驚いたような声で由比ヶ浜先輩が叫んだ。
「やあ結衣。平塚先生に聞いてみたらここに行くと良いって言われてね。それで——」
「要件は何かしら、葉山隼人くん」
おおう、すっぱりぶった斬ったな。爽やか系イケメンの顔が僅かに歪んだのを面白そうに眺め、俺は思った。——どうせ仕事なら、願わくばこのイケメンが理不尽な目に遭い続けますように、と。