チェーンメール。次から次へと転送させる事を目的とした胡散臭い電子メールの事である。まぁ内容が悪質なら問答無用で犯罪だし、そうでなくとも良い事とはみなされない代物である。
で、葉山隼人氏の依頼は今まさに2年のあるクラスで蔓延しているチェーンメールを止めさせて欲しいというものだった。内容はとある3人の男子生徒に対する誹謗中傷。どう見ても名誉毀損で犯罪です本当にありがとうございました。
「……それ、平塚先生は聞いた上でここに相談しろって言ったんすか?」
純粋に気になった事を葉山先輩に尋ねる。すると彼は一瞬俺の方を見て眉をひそめたが、すぐに元の胡散臭い笑顔に戻り答えた。
「いや、先生には悩みがあるとしか言っていないよ」
「……ほーん、そっすか」
その爽やかな声を聞き、僅かに感じた違和感。だがそれについて深く考える前に、話は他のメンバーにより進んでいった。
「にしてもひっどいよねー、戸部っちとかに対する
「ああ、内容はどれも事実無根なものばかりだ。……でもこのメールが回ってくるようになってからクラスの雰囲気が良くなくてさ。それに俺も、友達の事悪く言われて腹が立つし」
うーん、言ってる事と雰囲気だけ見ればクラスの問題を解決する為に身を張って奮闘する爽やかイケメンの図である。だが凄いとは思うが憧れはしない。ぼっちだからクラスとかそんなの関係ねぇ!というのもあるが、もっと根本的に、俺はどうもこのリア充イケメン野郎の笑顔に違和感を……いやはっきり言って好きじゃなかった。
……ただ、恐らくぼっち故の陽キャに対する嫌悪感によるものであろう俺はともかく、俺とは少々ぼっちの方向性が異なる雪ノ下先輩が、何故か葉山先輩に対し通常の3倍刺々しい雰囲気なのは意外だった。
「……それで?あなたの依頼はつまりこういう事かしら。チェーンメールを送った犯人を探し警察に突き出せと」
警察って。まぁしかし、彼女の言う事はド正論である。雰囲気だろうが葉山氏が腹が立とうが、普通に犯罪なのでこんな奉仕部とかいう謎部に相談してる場合じゃねぇだろJKという訳だ。
「い、いやそこまでは……ただ穏便に止めさせる方法は無いかと思って」
甘ァァい!!甘納豆より甘い!いや甘納豆食ったことないけど。だが葉山先輩の言が現実をまるで無視した甘々な代物であることは分かる。かくの如きなぁなぁなことを言い出すくらいなら最初から無視しとけという話だ。なのに胡散臭い正義感掲げて嘴突っ込むという下らなさ。
やはりあの作文は間違っていなかった。青春だのリア充だのは現実逃避の負け犬!故にぼっちこそ新たなる人類、新人類なのである!!これハリウッドで映画化してくんないかな、ダメですかそうですか。
「……警察はともかく、その依頼をするのであれば私は犯人を見つけるわ。そんな下衆なことをする輩は徹底的に叩かないと決して解決しないのよ、ソースは私」
「あんたのぼっち怨念談はともかく、俺もまぁ同じ考えっすね」
途端に冷ややかな視線が俺を貫いた。うおっつめたっ!いや本当に怖いのでやめて下さい俺が悪うござんした……
「……そうか、ゆき——雪ノ下さんがそう言うなら方法は任せる」
あれっ、俺の存在はまるっと無視ですか!まぁ仕方あるまい美少女と腐り目ぼっちどちらを取るかと言われてぼっちを取る奴は居ない。居たらむしろ俺の方から御遠慮願いたいレベル。
……で、かくして方針が決すると、そのチェーンメールの内容精査や人物評などなどの書き込み作業へと移行したのだった。
ま、帰るまでに分かったことは無いんですけどねハハハ!無意味な仕事糞食らえ!
※
翌日。いつものようにベストプレイスにて昼飯をうすらぼんやり食う。ちなみに今日は昼練は無い。流石に運動部でも無い俺が毎日続けるのは無理であり、戸塚先輩もそれを知ってか知らずか数日おきに休息日を設けていたのだ。さすがは戸塚先輩!略してさすとつ。
と、そこでふと人の気配を感じる。ぼっちはそう言った感覚が常人の八万倍敏感なのですぐ気づく。なんなら気付きすぎて暗殺に怯え家に帰るレベルまである。
ま、人通りが少ないと言ってもたまーに通りがかることはある。この間の由比ヶ浜先輩みたいに。基本的に俺は話しかけられなきゃ反応しない……どころか話しかけられても無反応がデフォなのでああいった例外でもなきゃどーでも良い事なのだ。
——そんな事クズい事を考えていたら。
「あっ、こんにちわー♪」
目の前を通った女子生徒が挨拶してきた件。いや待て早まるなどうせ近くにいる別の人に向かって言ったに……って誰もいないの確認済みだったわ。
結局キョドり属性が発動して、俺はもごもご声らしきものを喉から発するのみだった。ぼっちだからねしょうがないね。
俺の酷い対応に、その女子はやや顔を顰めるもすぐに向きを変え何処かへ歩いて行く……と思ったら巻き戻しみたいに後ろ歩きで戻ってきた。あ、今は早戻しらしいっすね『異世界おじさん』にそう書いてあった。たしか。
「……んー?あっ!もー先輩かと思ったら同じクラスの
どこか引っ掛かるように薄目で俺をじーっと見つめた後、妙に馴れ馴れしく女子は言った。は?もー先輩?牛先輩ってこと?
無論そんな訳は無く、恐らくこう言うことだろう。“学年が上の人かと思ったら同学年の人じゃないですか”と。……で、同じクラス?
「……どちら様で?」
大真面目にそう尋ねる。すると、目をぱちくりさせたその女子生徒は、恐る恐るこう返してきた。
「え……じ、冗談、ですよね?」
「いやマジで。基本的にクラスの奴の顔どころか名前も知らん」
知っているのは精々町田の奴くらいだが、あれとて下の名前は知らんし興味もない。
「……ぷっ、あははは!!いやービックリですね、そーですか本当に知らないんですかー」
腐り目に力を込め、知らないと断言する俺に対し、一拍おいて大笑いしだす女子。……なんか面倒な事になってきたな。
「じゃ俺アレがアレなんで……」
「いや待ってくださいよ、何勝手にフェードアウトしようとしてるんですか全くもー」
もーじゃないが。先手必勝でこの場をおさらばしようとした俺のすそを引っ掴み、なかなかにイイ笑顔で文句を言う女子。ちょ、分かったからそんなに近づかないでくだち……
「んー……ごほん、私は一色いろはです♪一応同じクラスの、しかも比企……くんの斜め後ろの席なんですけどねー」
「いや知らんもんは知らん。あと俺の名前は
斜め後ろ……ああ、いつも男子に囲まれてる鬱陶しい所か。取り巻きの男子どものせいで昼になると俺の席が占拠されるのどーにかしてくれませんかね。
「あ、あー……いやでも!でもですよー!お昼休みになるとそもそもヒキガヤくんの方がすぐにどっか行っちゃうじゃないですかー!」
つまり取り巻きをどうにかするつもりはないと。まぁしかしぶっちゃけもうどうでも良い話だ。席が不法占拠されるのは宜しくないが、既にここベストプレイスを手に入れている以上食う場所には困らんし。
「まぁでも、一応言ってみますね。あの人たち運動部が多いし、私もサッカー部のマネージャーやってるんでそこそこ仲良いんですよー」
哀れ取り巻き諸君、そこそこ止まり乙っていうかざまぁ。飯が美味いぜ!
……サッカー部?そして運動部、か。
この時俺の脳裏にある考えが浮かんだ。無論上手くいくかは未知数だが、まぁ最悪俺がこの一色とかいう女子に嫌われるだけで済む。
ならば——
「あー、一色だったか?一つ聞きたいことがあるんだが」
「?なんですかー?」
その発言に、僅かに一色の雰囲気が固いものになる。しかし別に変な事を聞く気は無い。
……いやまぁ、内容的には十分“変な事”かもしれんが。
「——2年の、ある3人について知ってる事を聞かせてもらって良いか」