後日談というか、今回のオチ。
またしても徹夜確定した俺は、マックのコーヒーに砂糖とミルクをしこたまぶち込んで即席マックスコーヒーもどきを作り、がぶ飲みする事で眠気を退散させていた。おい雪ノ下先輩、そんなヤバげなテロリスト見るような目で見るんじゃない!まぁ砂糖入れすぎてコーヒーの風味消し飛んでるけど。
つーか俺は忘れていない……バーの帰りに彼女らがとっとと帰ってしまい、結局俺が全額払う羽目になった事を……畜生残り少ない俺の財産が……
「——大志、アンタこんな時間に何してんの!」
「……それはこっちのセリフだよ。姉ちゃんこんな時間まで何やってんだよ」
と、そこへやってきた一人の少女の姿。川崎沙希だ。どうやら来る気にはなったらしい。ならば、ここからは俺のターンであ……おいおいそんなマジの殺気突きつけられちゃビビって話もできやしねぇ。なので川崎先輩もうちっとその、殺意の度合いを下げて下さると……
ここで俺が「弟は無事だ先輩、少なくとも今のところはな」と言ったら散弾銃で蜂の巣にされていただろう。だが、とっととこの案件を終わらせたい俺はそんな茶番はやらずに本題へ入る。
「大志の相談で俺たちが勝手に動いたんで、そいつに文句言うのは筋違いっすよ。……川崎先輩、なんであんたが急にバイトを始めたか、当てていいすかね」
どこか煽るようにそう言うと、更に彼女の殺気が強まった。うひぃ……だが、手短に終わらせる為の致し方ない犠牲だ続けよう、頑張れ俺!
俺はぼっち特有の観察能力と推理能力をフルに使い、これまでの情報について考えていた。この依頼の件で、この前から大志に色々話してもらった川崎家の現状。4月から大志が塾に行き始め、そして——
進学校である総武高校で、2年に進学した姉の川崎沙希のこと。
「うちの学校じゃ大抵のやつは進学希望。大志から話聞いた限り川崎先輩も成績的には十分進学組に入るみたいですし、そういう奴は大抵2年の半ばごろから予備校に通い始める。……バイトはその為っすよね」
腕を組み、訥々と今回の件の推察を語る。……前回の葉山先輩の依頼の時もそうだったが、俺にはもしかしたら安楽椅子探偵の素質があるやもしれん。まぁ今回はあちこち動き回った訳だが。
全てを悟った大志が、複雑そうに姉の方を見る。対して川崎先輩の方も知られたくなかったという風にため息をついた。
と、その沈黙を何故か小町が破った。彼女がにへらっと語るのは、かつて自らが家出した時のこと。その時、迎えにきてくれたのは兄たる俺だった——
「まぁつまりこういう事ですよ。沙希さんが家族に迷惑かけたくないのと同じくらい、大志くんも沙希さんに迷惑かけたくないんですよ。その辺分かってもらえたら、下の子的にはありがたいかなーって」
「……俺も、そんな感じだよ」
大志が小町に追随する様に頷く。すると、それをじっと眺めていた川崎先輩は、やがて諦めたように嘆息した。そこへすかさずある提案をする。
「川崎先輩、その予備校の事で一ついい話があるんすよ——スカラシップって、知ってます?」
「スクラップ?」
「由比ヶ浜さん静かに……奨学金の事ね、それが……ああ、そういう事ね」
……由比ヶ浜先輩のアホの子レベルの高さはともかく、雪ノ下先輩が言った通りスカラシップとは奨学金の事である。最近の予備校は、成績が良い生徒の学費を免除している所が多い。
入院中に考えついた悪魔的秘技とは即ちこれである。文系科目で無双しスカラシップを取り、さらに加えて親から予備校代をせしめればそっちを全て俺の懐に放り込む事ができる。フハハ素晴らしき錬金術!!それを元手にFX始め、全額溶かして破産するまで未来が読めた。いや破産しちゃうのかよ。
……かぷりこかぷりこ、まぁ俺の錬金術は今はどうでも良い。俺は、手短にスカラシップの詳細についてパンフを渡しがてら川崎先輩へ説明する。
——これで、雪ノ下先輩曰くの“魚の獲り方”は教え、奉仕部は御役御免となった。後は、彼女自身が判断するだろう。
「……ありがとう」
去り際に、彼女は一言そう言って大志と共に帰っていった。その姿をぼんやり眺めつつ、俺は欠伸と共に伸びをする。くあぁ、疲れた……
「……“きょうだい”って、ああいうものなのかしらね」
と、俺の数歩後ろで同じように川崎兄妹を眺めていた雪ノ下先輩が呟いた。だがそんなものは人によりけりとしか言いようが無い。“一番近い他人”という言い方もできるのだから。
「そうね。……それはとても、よく分かるわ」
ポツリとそうこぼし、雪ノ下先輩は妙にテンションの低い……というか、先程から何事か考え込んでいる由比ヶ浜先輩と共に去っていく。よく分かる、ねぇ……その様子だと雪ノ下先輩にもいるのかね、兄弟姉妹のどれかが。ま、どうでも良い事だが。
に、しても。やれやれ、今回もまた面倒な依頼だった……特にスーツ着て潜入捜査!が一番面倒だった。二度とやらんぞあんな事……
俺の残り少ない財産を更に掠め取って、心底嬉しそうにハンバーガーのセットをパクつく小町を恨みがましく一瞥し、俺は自転車置き場へと向かった。早朝の薄明かりが、千葉の街を照らしている——
——ここで終われば、『面倒な依頼だったな』で済んだ。だが……
真実を知らずにいたツケが、回ってくる。
「ふあぁ……あ、そうだお兄ちゃん、結局会えてたんだねー」
「は?会えてた?誰と」
「お菓子の人だよー、見た目すっごい変わってたから気付かなかったけど、
——結衣さんってすっごい美人だよねー」
——足が、止まった。以前小町はこう言っていた。あの犬の飼い主が、後日家に来てお菓子の詰め合わせを渡し帰っていったと。そして、今彼女はこう言った。
結局会えてたんだね、お菓子の人——由比ヶ浜結衣と。
震える声で、小町に問いかけ……ようとしてやめた。真実を知ってしまった以上、もはや問いを投げかける事に意味はないと悟ったから。
俺の内心のざわめきに気付かず、小町は歩み続ける。だが、俺は——
……やっぱ、青い春なんて幻想だ、薄っぺらい虚構だ。——最初から、そんなモノはあり得なかった。
——あの事故が無ければ、由比ヶ浜先輩と接点なんてできなかった。故に——この関係は
間違っている。そして、間違いは……
「——正さなければ、ならない」
「?なんか言った、お兄ちゃん?」
なんでもないと誤魔化し、俺は歩みを再開した。そうだ、春はもう終わる。ならば、その精算は
眼前に光る赤信号、俺はゆっくりと
目を、閉じた——