翌日。
「……はぁ」
のっぺりとしたドアを腐り目で睨みつける。もし俺の目が究極奥義腐眼を習得していたら今頃この扉どころか校舎もろとも腐り落ちて……想像しただけで酷すぎる能力だ。
特殊能力なんて持っていない一般人Hな俺は、諦めて教室に入る。……その中では、昨日と変わらず雪ノ下先輩が綺麗に背筋を伸ばし同じ本を読んでいた。
それをどこか居心地悪そうに見つつ、やや離れたところに鎮座していた空き椅子に座る。その時
「こんにちは。もう来ないかと思っていたわ、あなた相当のマゾヒストのようね……気持ち悪い」
「断じて違う!」
「ならストーカーね、そろそろ本当に通報した方が良いかしら」
「だから何でそうである前提なんですかね……あと訂正しておきますが、俺は別にアンタに好意を抱いている訳じゃない」
心外極まりないと抗議するも、この傍若無人な氷の女王様はひどく驚いたように違うの?とかほざき出した。呆れを通り越して恐怖すら感じるほどの自意識過剰ぶりである。……しかし、どうもその自意識過剰には理由があるらしい。
「私って可愛いから、昔から近づいてくる男子の殆どは好意を寄せてきたわ。あなたもその類いかと思っていたけれど」
「生憎俺は外見だけで人を好きにならないんで」
いや全くこの通り、過去何度外見だけに惑わされ酷い目にあった事か。おかげで黒歴史の数の多さだけは誇れるほど抱えている。
「……ならあなたは変わるべきよ。あなたの場合一人ぼっちの原因はその腐った根性や、ひねくれた感性だわ。言っておくけれど、あなたは変わらないと社会的に不味いレベルだと思うわよ」
「だーかーらー、余計なお世話って昨日も言ったでしょうが。大体変わるとか変われとか、他人に俺の自分を語られたかない」
「あなたのそれは逃げでしょう?根本的解決になんてならないわよ」
「変わるのだって現状からの逃げでしょう。どうして今の自分や過去の自分を肯定してやらないんですか?」
「……それじゃあ、何も——何も悩みは解決しないし、誰も救われないじゃない」
「ッ……」
睨み合う。成る程確かに雪ノ下先輩の言にも一理はあるだろう。だが、本人が変わる必要がない、変わりたくないと言っているのになぜ変わる必要があるのか。俺にはそこが、理解できなかったし、理解したくもなかった。
と、その時
「雪ノ下ー、邪魔するぞー」
ガララーッと唐突にドアが開き、白衣姿の不良教師が乱入してきた。
「……だからノックをと」
「悪い悪い。おや、どうやら比企ヶ谷の更正に随分手こずっているようだな」
「本人が問題を自覚していないせいです」
「いーや、そもそもその問題自体が存在しないって言ってるじゃ」
再びヒートアップしかけるが、ふむふむと話を聞いていた平塚先生がそこに割って入った。
「まぁまぁ、二人とも落ち着きたまえ。ふふふ、古来より互いの正義がぶつかった時どう解決するかは一つ!——そう勝負だッ!!少年ジャンプにもそう書いてあるだろう?」
「いや、何言ってんだ……?」
……まーた妙な事言い出したよこの人。雪ノ下先輩と二人で呆れ顔で眼前の不良教師を眺めるが、構わず先生は続ける。
「即ち——どちらが人に奉仕できるかレッツバトルだ!!!勝った方が負けた方になんでも命令できる、というのはどうだ?」
「なっ、なんでも?!」
何でも、なんでも、NANDEMO……瞬間俺の脳裏に浮かんだ数千にも上るあんなことやこんな事はとても文字では書きおこせないだろう……マジかよやっちゃって良いんすかそんな事!!ゴクリ……
「お断りしますその男が相手だと非常に身の危険を感じますので」
「あっ、偏見だ!高1男子が卑猥な事ばかり考えているというのは事実無根の言いがかりに過ぎませんよ!」
せ、せかいへいわとか?かんきょーもんだいとか?色々考えてるんでぼく!
「おや……さしもの雪ノ下雪乃と言えど、恐れるものがあるという事か?もしかしてそんなに勝つ自信がないのかね?」
おお、煽る煽る……平塚先生の安すぎる挑発に、しかし雪ノ下はみるみるうちに不機嫌オーラを強め眉を顰めた。
「……その雑な挑発に乗るのは酷く失敬ですが、分かりました。その腐り目男を完膚なきまでに粉砕して消えてもらいます」
消えてもらうって部活からって事ですよね?物理的に消えてもらうって事じゃないですよね?……この女のことだ後者も十分やりかねんな。
かなりドン引きしつつ、かくしてこの妙な奉仕部バトルは幕を開けた。……つっても微塵もやる気が湧かないんですがねHaHaHa!
※
雪ノ下がこの胡散臭い勝負を承諾した後、実に満足そうな顔をして平塚先生は去っていった。引っ掻き回すだけ引っ掻き回して退散とか平塚先生マジ不良教師。やはり社会人ってクソだな絶対に働かない(強い意思)。
暫くぶつぶつと文句を言っていた雪ノ下先輩も、いつしか再び席につき読書を再開している。……マジで読書部に改名した方が良いんじゃないの?それなら俺も大賛成するのだが。
ま、名前が変わらなくともやる事が読書くらいしかないのは同じだろう。そう思い、俺はあらかじめ持ってきていた新書本『世界のお菓子大全』——愛しの小町が手作りスイーツなるものに興味を示し始めた為——を取り出し読み始めようとした——
コンコン
——瞬間鳴り響くノック音。……平塚先生か?いやあの人がノックなんてする筈がない、つまり……
「どうぞ」
いつの間にか本をしまっていた雪ノ下先輩がそう入室を許可する。ああ、俺の貴重な読書タイムが……
「し、しつれいしまーす」
——入ってきたのは、ビッチでした。
ピンクっぽい茶髪、短いスカート、着崩したブラウス、そして極め付けに……SUGOIDEKAIですね。何がって……ゲフンゲフン。
結論、リア充ポイント満貫である。この時点で俺は此奴がリア充と判断し警戒態勢を……いやぼっちがいくら警戒態勢とったところでリア充相手には無意味なんですがね。
「平塚先生に言われて来たんですけどー……」
キョロキョロ教室内を珍しげに見渡しながら中へ入ってきた少女は、そんな事を言いつつ視線を移動させ——
「んなっ?!なんでヒッ……比企ヶ谷くんがここに……」
何という事でしょう、見知らぬ女子生徒が俺を見た瞬間悲鳴をあげて後ずさりました。八幡に八万ダメージ!!八幡だけに!!!!
「……一応ここの部員なんで」
言外にあんたはどこのどいつだと示しながら、俺は腐り目をそのビッチへ向けた。さらに後ずさる女子生徒。
「やめなさい比企ヶ谷くん、通報するわよ本気で」
「いや俺マジで何もしてないんすけど……」
抗弁しようとするも無慈悲な視線が俺を貫くッ!!ケッ、どうせ俺の意見なんて空気より軽い。何なら地球の重力にすら抗って宇宙に飛び出すまである……そのうち八幡は考えるのをやめた。
「ゴホン、2年F組の由比ヶ浜結衣さんね」
咳払いを挟み、すらすらとそのビッチの素性を看破する雪ノ下先輩。はえー、全校生徒知ってるって話は本当だったのか……噂に違わずイカれたスペックだな……
あたしのこと知ってるんだ!と何故か嬉しそうにビッチ……もとい由比ヶ浜先輩はそこらに放ってあった椅子を勝手に持って、雪ノ下先輩の近くに置く。
「あ、あの近い——「雪ノ下さんだよね!うわーすっごい綺麗ー!肌も真っ白だし、顔も大人っぽいし……」ゆ、由比ヶ浜さん?」
ナニコレ、キマシタワーか?百合モノのアニメは嫌いじゃないが……
「しかもすっごい良い匂い……やっぱホンモノの美少女ってすっごいねー!」
「に、匂い?!あの由比ヶ浜さんお願いだから距離をとって——」
……結局、氷の美少女と巨乳ビッチの謎の百合展開(?)は暫く続き、俺の妄想が捗る事になったのである、完(大嘘)