やはり俺の後輩生活はまちがっている。   作:信濃氷海

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③ どうも処女ビッチ先輩のクッキー作りは前途多難らしい。(後)

「——本当に良かったのかしらね、先週の由比ヶ浜さんの依頼」

 

 唐突に、雪ノ下雪乃は窓の外を見つめそう呟いた。なんだなんだと読んでいた本(『神秘の島』無論日本語版)から目を離し、かなり間のあいた隣に座る雪ノ下先輩の方を見た。

 

「なんすか急に」

 

「……私は、自分を高められるなら限界まで挑戦すべきだと思う。それが最終的には由比ヶ浜さんの為になるんじゃないかと——」

 

「努力は自分を裏切らない、夢を裏切ることはあるが」

 

 え?とこちらを振り向いた雪ノ下先輩に、皮肉っぽく俺は冷ややかに言った。

 

「努力しても夢が叶うことは少ない、むしろ叶わない時の方が多いっすよ。——だけど、頑張ったという事実が有れば、多少なりとも慰めにはなりますよ」

 

 第一、あの時も思ったが努力が成果を生むのはかなり時間が経った後だ。あの場でそんな待つなんて断じて御免被るし、もし美味い手作りクッキーが作りたければこれから先も由比ヶ浜先輩は努力していくだろう。無論しなくたって、それは今回の依頼とは関係のない話だ。

 

 しかし、それは雪の下先輩にとってかなり不満な理論であるらしい。

 

「ただの自己満足よ。甘いのね、気持ち悪い」

 

「おっと自己満足も甘いも別に構わんが、気持ち悪いはただの罵倒っすよ」

 

「あなたの場合気持ち悪さを直そうともしないから余計気持ちが悪く見えるのよ。恥を知りなさい」

 

「恥なんざとっくの昔から知ってますよ。むしろ知りすぎてマブダチレベル」

 

「……本当に気持ち悪い」

 

 と、早くも恒例の罵倒合戦が始まりかけたその時、部屋に鳴り響くノック音……なんか嫌な予感がするぞ?帰っていいかな?あ、駄目だドアは一箇所しか開かないんだった。

 

「やっはろー!」

 

 なんだその頭悪そうな挨拶。入ってきて早々妙な事を叫んだ由比ヶ浜結衣を腐り目で見る。つーか、また何かの用?仕事したく無いんだけど……

 

「……何か」

 

「あれ、あんまり歓迎されてない感じ?……雪ノ下さん、あたしの事……キライ?」

 

「別に嫌いではないわ。……ちょっと苦手なだけで」

 

 それおんなじ意味だし!とぷんすか怒り出す由比ヶ浜先輩。さーわがしーなー……

 

「で、何か用かしら」

 

 無駄話など一切せずに用件を尋ねる雪ノ下先輩。そのいつでも合理的な姿勢はグッドですね。まぁ俺が強制的にこの部活に放り込まれているのはバッドですが……

 

「この間のお礼!クッキー作って来たから!」

 

 そう言って、カバンから妙にデカい袋を取り出すと、彼女は雪ノ下先輩の近くに行きはいこれと手渡す。見る間にうげぇという顔になった雪ノ下先輩は食欲が……と小さく拒否しようとするも、まるで聞こえていないらしく由比ヶ浜先輩はもう一つの袋を出しつつマシンガンのように喋り出した。

 

「いやー続けてみると楽しいよねー!今度お弁当とか作ってこようかなーって思ったり?でさーゆきのん、この部室でお昼一緒に食べようよー!」

 

「い、いえ……私は一人で食べるのが好きだからそう言うのはちょっと。それにゆきのんというのは気持ちが悪いからやめてもらって——」

 

「あ、それでねゆきのん!あたし放課後とか暇だし部活手伝うねー!これもお礼だから!」

 

 あの、ちょ、由比ヶ浜さん話聞いてるのかしらと慌てふためく雪ノ下先輩の姿は心底メシウマだったが、キマシタワーな空間を邪魔するほど俺は無粋ではない。ヒキガヤハチマンはクールに去るぜ……

 

 と、廊下に出ると

 

「ヒッキー!」

 

 ヒュッ!と何かが背後から飛んでくる。手裏剣か?!と避けようとするもすんでのところでキャッチに切り替える。なんとか掴んだそれは——

 

「一応、お礼の気持ち!ほら……ヒッキーも手伝ってくれたでしょ?」

 

 ニッ、と笑い再び部室へ去っていった。……全く、本当に揺れちまったらどうしてくれんですかね。

 

 誰もいない中庭のベンチに座り、5時過ぎの夕日を浴びつつ俺はソレを袋の中から取り出した。

 

「……禍々しいなオイ」

 

 ハート?それとも石仮面の成り損ないか?少々歪なそのクッキーを、俺は苦笑しつつ口に放り込んだ。

 

「うぐ!!……」

 

 妙な味だ。不味いと言ってもいい。だが……食えなくは、ない。気合と根性、そしてマッ缶で無理矢理咀嚼し胃に流し込む。食い終わり見上げた空は、春の夕暮れだった。

 

「……ヒッキーって呼ぶなビッチ」

 

 

 ——こうして、俺と彼女らのまちがった青春が始まる……かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日談、というか今回のオチ。

 

「手作りクッキーの味?あー、そういや確かにずっと前お兄ちゃんが作ってたね」

 

 いや、その後もちょくちょく作ったりしてたんだよ。ただやっぱり完成度はイマイチだから結局全部自分で食ってたが……

 

「何考えてんのか知らないけど、別に小町はあのクッキー嫌いじゃなかったなー」

 

 え、本当に?!マジで?!由比ヶ浜先輩にした話はあくまで俺の願望であり、実際には「は?何こんなゴミ渡してくんだよ捨てるわアホくさ」と思われていてもしょうがないと思ってたんだが?!

 

「流石にせっかく作ってくれたのにそんな事言う訳無いじゃん。味もすごい美味しい訳じゃ無いけど、そもそも美味しいもの食べたかったら市販のもの買えばいいし」

 

 ……もしここで、小町が違う事を言っていたら俺は“小町が実は義妹説”を押し通して、小町ルート突入からの祝言入籍まで突っ走っていただろう。だが喜ぶべきか悲しむべきか、小町の理論は俺のと全く同じものだった。

 

 これが比企ヶ谷の血脈か……

 

「っていうかお兄ちゃん、急にどうしたの?前は黒歴史だーって言って昔の事絶対自分から話そうとしなかったのに」

 

 うぬ、流石我が妹勘が鋭い。願わくばその直感リソースをもうちっと勉強の方に回して欲しいのだが……

 

 ここで変に口八丁並べて誤魔化すと、途端に小町の機嫌が急降下するのは明白だったので、俺は素直に奉仕部について言った。ハチマン、ショウジキ、ウソツカナイ。

 

「……ふーん、女の子の匂いがするね」

 

 ——な?!馬鹿な、部員の性別については意図的にぼかしていた筈なのに……

 

「だってもし部員が男子だったら、いくら先生に言われててもお兄ちゃんどうせ一日二日で辞めてるはずだし」

 

 それはアレか?俺が女子に弱い腑抜けという事かな小町ちゃん?まぁ間違ってない気もするが……しかしあの氷の女王を世間一般の女子と同列に扱うのもどうかと思うが……

 

「ま、1番の理由は勘だけどね!でも当たってるでしょ?」

 

 ……黙秘権を行使する。

 

「いやー良かったよ、小町も心配だったんだよ?お兄ちゃんせっかく同中の人あんまりいない高校入ったのに、入学初日に入院しちゃって大丈夫かなぁって」

 

 ……クラスじゃ孤高のボッチだけどな。

 

「まぁ流石に小町だってお兄ちゃんがいきなり高校デビューしてパリピっぽくなるなんて思ってなかったから、そこはもうお兄ちゃんぽくて良いんじゃない?けどそうやって女の子と一緒の部活入れば……きゃーお義姉ちゃん出来るの小町楽しみー!」

 

 よく言うよ、外野は気楽で良いな。あの氷の女王様と友達にすらなれなかった俺が、そんな関係になれる訳無いだろ。つーかあんな常時ロジハラ女なんざこっちから願い下げだっつーの。

 

「その割に話だけ聞いてると結構相性良さそうだけどね。ま、しばらくは頑張ってみたら?本当に嫌だったら辞めればいいけど、でもまだ違うんでしょ?」

 

 ……それは、まぁ……今のところ本読むかクッキーっぽい何か食うかしかしてないからな。あと罵倒合戦。

 

「ならいーじゃん!そして来年その先生にこう言ってやりなよ、『俺はやり遂げました。先生、ラーメンではなく貴女を頂きたい』……きゃー!!」

 

 い、意味分からん……あとその手の冗談あの人に言わん方がいいと思うぞ。色んな意味でぶっ殺されそう。

 

「ま、小町から言う事はこんな所かなー?あ!今度その部員の人と会わせてね!妹としてお義姉ちゃん候補を見定めときたいから」

 

 はいはいまた今度な。もう眠いから寝る。

 

「あ、逃げるな!それは小町的にポイント超低いよお兄ちゃん!!……ホント、逃げ足だけは速いんだから」

 

 唯一の取り柄なんでね。小町のぶつぶつ言う声を背後に聞きつつ、俺は自室に戻る。……ま、確かに小町の言う通りだ。嫌になったらすぐに辞めちまえばいい。

 

 ——だが嫌になる前までは……読書部屋にでもさせてもらうさ。それに勝負で雪ノ下先輩負かしてあんな事をゲヘヘ……

 

 

 ……かくして俺のお下劣な妄想と共に夜はふけていく。その妄想が現実になるか、それとも儚い人の夢となるのかは、まだ——

 

 

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