蛇巫の少女、呪術高専に通う   作:猫島 合

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序 呪物を食む少女

 恥の多い生涯を送りました。

 

 ええ、それはまぁ、酷いくらいに。

 

 わたくしには、断片的ではありますが、未来の記憶がありました。平成という年号の時代で、生きている“私”。恐らく、来世では無いでしょうか。その未来の知識を使って、少しばかりのズルをいたしました。簡単に言えば、未来の技術の逆輸入。

 

 わたくしの住んでいた山村の暮らしにとても役立ちました。また、巫女という立場でありましたので、予知のような使い方もしておりました。

 

 村人達には、頼りにされていたと思います。死の間際まで。

 

 ある月の無い夜。それは来ました。人などぺろりと平らげてしまえそうなとても大きい蛇。

 

 実際に、何人も食べられました。村の人達は、その蛇を退治して欲しいと、巫女であるわたくしにお願いしました。

 

 未来の記憶はあれど、わたくしに怪物を殺す術などありません。せめて、銃のような殺傷力のある武器があれば良かったのに、記憶だけでは作ることも出来ず、途方に暮れました。

 

 村長さんは、それを分かっていたのでしょう。わたくしなどでは、到底無理な事だと。勿論、何とかしようとはしました。だけど、時間がかかりすぎた。

 

 ある日。痺れを切らした村長さんは、自分達を助けて欲しいと、その蛇に命乞いをしに行きました。村長さんは、この時蛇にこう言ったそうです。「この村の巫女を捧げます。その代わり、遠くへ行ってください」

 

 村長さんは、わたくしを生贄に捧げることを選びました。家族や沢山の村人達の命に比べれば、小娘一人くらい安いものです。

 

 霊力も申し分ないわたくしを食べれるなら、と蛇はその約束を承諾しました。

 

 神社で祈祷をしていたわたくしは、直ぐに捕らえられ、服を剥ぎ取られ、手足を切り落とされました。ええ、生きたまま。

 

 切れ味の悪い斧で、何度も腕や脚を叩き斬られました。一振り目で肉が裂けて、血が吹き出て。二振り目で骨が折れて。三振り目で骨が絶たれて。四振り目で別の所の骨に当たって砕けて。五振り目で一皮残してちぎれて。六振り目で、ぽてりと落ちて。

 

 それを四度。両手脚分。

 

 これは驕りですが、わたくしはそれなりに村を支えてきた自覚があります。わたくしのおかげで、作物の収穫量は増え、特産品ができ、暮らしは豊かになりました。……ええ、驕りです。わたくしは、ただ口を出していただけです。村が豊かになったのは、一重に、村人達の頑張りによるものでしょう。

 

 だけど、わたくしは。

 

 こんなに尽くしてきた村に、村人達に酷く裏切られたという気持ちになりました。

 

 ええ、恥ずべき事です。

 

 わたくし一人の命で、大好きな村を救えた、なんて事は考えられなかった。

 

 

 ただ、恨めしかった。

 

 どうしてわたくしが死なねばならぬのか。それがわからなかった。

 

 ですから、わたくしは、恥の上塗りのように蛇の腹の中でひたすらに村人達を呪いました。死んでしまえと思いました。殺してやると思いました。

 

 ……それがいけなかったのでしょう。

 

 気が付けば、呪と化したわたくしに充てられて、その蛇は死んでいました。そして、その腹を突き破るようにして、新しいわたくしは産まれました。

 

 池に写ったわたくしは、それはもう変わり果てた姿でした。

 

 左右三本ずつ、計六本の腕。蛇の下半身。血走った目。

 

 だけど、そんなことは気にならなかった。

 

 それからは、ただ、衝動のままに。

 

 まず村長を殺しました。次に、わたくしを贄にすることに賛同した村人達を。

 

 殺して、殺して、呪い殺して。

 

 この村を滅ぼしてやろうと。本気で思って。

 

 とても楽しかった。とても、楽しかったのです。ここに白状します。わたくしは、酷い巫女です。役目を忘れ、呪いに溺れ、災厄と成り果てた。

 

 そこに、呪術師と呼ばれる輩がやって来ました。わたくしを祓いに来たのでしょう。

 

 煩わしかったので、殺しました。

 

 それを何度か繰り返しました。

 

 復讐は済んでいるのに、それでも渇きが言えなくて、殺し続けました。

 

 そんなことを続けていたある日。

 

 五条と名乗る呪術師が、わたくしの元に現れました。

 

 とても強かった。恐ろしい程に。

 

 わたくしの下半身と上半身を切り分けてしまいました。

 

 ですが、わたくしも必死に抵抗しました。結果、祓いきることができずに、わたくしを封印することにしたようです。

 

 村の奥の森の中に、わたくしは封じ込められました。上半身と下半身を別々に分けて。

 

 その上半身が、わたくしです。

 

 その後、正気に戻ったわたくしは、ただ一人。暗い森の中で、こうして自責の念を頭の内に飼いながら、静かに過ごしているのです。

 

 下半身は、どこにあるのかは分かりませんが、無くなって気が付いたことがあります。呪いとしての核の部分は、きっとそちらだったのです。わたくし上半身は、比較的に理性的でしたから。

 

 そして、冷静になった頭で、ふと思ったのです。あの未来の“私”は、一体何だったのかと。わたくしがこう成り果てた以上、生まれ変わりなんて出来るはずがありません。

 

 なら、平成の世で女子高生をしている“私”は一体。

 

 あなたなら、お分かりになりますか?

 

 真人さま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2018年4月。新潟県新潟市中央区花園1丁目1-1。 新潟駅 南口。伊地知は車である少女を迎えに行っていた。

 

 加々知 鉈弥(かがち なたみ)。今度から呪術高専一年に仲間入りする。一人で出掛けたこともない箱入り娘で、新幹線はおろかタクシーすら乗ったことが無い。また極度の方向音痴ということもあり、伊地知が迎えに行く羽目になったのだ。

 

 そんなんで東京に住むとか大丈夫なの? と思う。

 

 ちらり、と時計を見る。約束の時間はとうに過ぎている。ため息をついてスマホを取り出し、何度目か分からないコールを鳴らした。

 

「…………」

 

 出ない。

 

 またため息。駐車料金が高くなっていくのを感じながら、ただひたすら件の少女を待った。

 方向音痴だとは聞いているが、地元で迷うなんてことあるのか。

 

「……はあ、」

「ため息を着くと、幸せが逃げるそうだぜ。幸が薄そうなアナタ。ほら、吸え。逃げた幸せを。正月の雑煮を啜るが如く。喉に詰まらせる勢いで」

「!?」

 

 突然背後から声を掛けられ、肩を揺らす。振り向いてみると、小綺麗な顔付きの少女が真顔で伊地知を見上げていた。事前に見た写真と同じ顔。加々知 鉈弥である。

 

「どうも」

「……ど、どうも」

「すまねぇ。間違って万代口(正反対)で待ってた。スマホも音を消してたから気が付かなかった。素直に謝罪。土下座もやぶさかではない」

 

 やぶさかでは無いの使い方はそれで合ってるのか。こんな所で土下座をされたら困る。女子高生に駅前で土下座させる大人って、一歩間違えなくても通報物だろう。

 

「アナタが伊地知さん。お間違いない?」

「お間違いないです……」

「私、加々知 鉈弥。伊地知と加々知って似てる。親戚?」

「恐らく違うと思います」

「そう。伊地知さんに似た親戚、5人くらい居そう。よく居る顔。さっきも何人か同じ顔とすれ違った。兄弟沢山いるんだね」

「どうせモブ顔ですよ……」

 

 掴み所がない少女だ。だが、話しているだけでペースに巻き込まれていく。早速車に乗ってもらった。助手席に座った彼女は、カバンからCDを出して勝手に伊地知の車のオーディオで再生し始める。マイペースな子だ。

 

「高専の人達って、どんな感じ?」

「……そうですね。賑やかな人達ですよ」

「そう。それはいい。賑やかなの好き。それを側から眺めてるのは楽しい」

「混ざればいいじゃないですか」

「混ざっていいものなの?」

「……良いんじゃないですか? 同じ学校の仲間なんですから」

「そうなのか。じゃあ、そうする。上手くできるかな」

 

 むふ。と笑う。その言動で、この子には、友達と呼べるものが周囲にいなかったことが予想された。事前情報では、この子の教育は、全て家の中で行われ、学校には行かせてもらえなかったらしい。

 

 特に会話を弾ませるわけでもなく、オーディオから流れてくる知らない曲を聴きながら、高速道路に乗る。不意に、彼女のスマホがバイブし始めた。どうやらアラームらしい。

 

「ん、」

 

 彼女は、自身の膝に乗せていたリュックサックをゴソゴソと漁り出した。そして小瓶を取り出す。中には黒くて艶々しているものが沢山入っていた。伊地知は、冷や汗を流す。

 

 その小瓶の中身から、呪物の気配がするのだ。

 

 彼女は、蓋を開けて三つほどソレを取り出すとあろう事か口の中に含み入れた。

 

「そ、それが例の……?」

「ごくん、

 うん。これが例のもの。水なし三錠」

「そんな下痢止めの薬みたいに……」

 

 事前に聞いてはいたが、いざ目の前で口にするのを見ると、震えてしまう。

 

 “特級呪物”を処理するために、何世代も掛けて食べて続けている一族なんて、正気の沙汰ではない。

 

「私の代で、ようやく終わりが見えてきたんだ。絶対に、次の世代には引き継がせない」

 

 呪物の入った小瓶を振る。一体何人犠牲にして、この量まで減らしたのだろうか。

 

「受肉したりとかは……」

「今のところ、兆しは無し。HUNTER × HUNTERのゾルディック家って知ってる? 小さい時から服毒させて、耐性をつけるやつ。

 それと同じ感じ」

「…………」

「単純計算で、あと1年。あと1年で全部食べられる。そうすれば、私は、私達は自由」

 

 少女のその年相応な笑顔が横目で見えた。異常だ。異常でしかない。何故、拷問じみたことを課せられているのに、そんな風に可愛らしく笑えるのか。伊地知は、単純にその少女が怖かった。一刻も早く、目的地に到着して離れたいと思った。せめて、他にも誰かいてくれれば良かったというのに。

 

 アクセルを踏む力を増す。

 

「もし私が“蛇”に成り果てたとしても、五条先生が介錯してくれることになってるから安心」

 

 ああ、早く解放されたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東京に着く頃には、鉈弥は寝てしまっていた。幾ら呼び掛けても起きる気配がない。伊地知は途方に暮れた。下手に女子高生に触ると、なんか怒られそうである。ワタワタと困っていると、窓を誰が叩いた。五条悟だ。

 

「や。オツカレ」

「あぁ……はい、ただいま戻りました……」

「あれ。鉈弥、寝ちゃったの? 仕方ないね」

 

 助手席側に回り、ドアを開ける。シートベルトを外して軽く抱き抱えた。一瞬薄く目を開いたが、特に気にするわけでもなく再度寝に入る。肝が据わってる。

 

「恵との顔合わせは明日かな」

「あ、あの、この子の荷物」

「持ってきてくれる?」

「え、でも。このリュックの中に……」

「ああ。例の“姦姦蛇螺の鱗”ね。大丈夫。入れ物は僕が作ったものだから、持ち運んだくらいで害は無いよ」

 

 伊地知は、泣きそうになりながら鉈弥の荷物を持った。威圧感のようなものが肌を指す。怖い。これが特級呪物。こんなものを食べているのか、この子は。

 

 おえ、と想像して嘔吐く。いくら少しずつ慣らして耐性をつけていたとしても、長くは生きられないだろう。

 

 先代は二十歳になる前に死んだという。十六でスペアとしての鉈弥を産んだそうだ。この子も本来ならば母親と同じようになる筈だった。子を無理やり孕まされ、加々知家に閉じ込められながら、死ぬまで呪物を食む。それを五条悟は救いあげた。

 

 呪術師としての才能を見出し、口八丁と多少の脅しで家族を黙らせ、高専に引き入れたのだ。

 

「だって、若人が青春を謳歌せずに母親になるだなんて、荷が重すぎるじゃん。それに子供に子供を無理やり産ませるなんて、人間のすることじゃない」

「…………」

「大丈夫。この子はきちんと器として姦姦蛇螺を抑え込むことに成功してる。今までの器達とは強度が違う。そうそう乗っ取られたりはしないよ」

 

 あの五条悟がそう言うなら、そうなのだろう。

 伊地知は無理やり自分を納得させた。その後、無事に荷物を部屋まで送り届けて、そそくさと帰路に着いた。ああ、やっと終わった。

 

 不意に、車に彼女持参のCDを忘れてきていたことを思い出した。また会わなくてはいけないらしい。

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の名前は、加々知 鉈弥。今年で16歳。いままで、実家の敷地内の中で過ごしてきた。文字通りの箱入り娘である。まあ、実際には軟禁に近いのだが。

 

 私の一族は呪術師としては特殊で、ある一つの悲願を抱えている。その悲願達成が一族の最優先事項であるため、表立っての活躍というのは無い。

 

 その悲願とは、遠い親戚である五条家に仰せつかった使命。“特級呪物 姦姦蛇螺の鱗”の処理である。

 

 何世代にも渡って、私達加々知家の女はこの特級呪物を食べ、死ぬ事で処理をしてきた。

 

 何故、女だけかというと、姦姦蛇螺の呪に耐えられるのが、女だけだったという単純明快な答えである。男が食べると、爆散するらしい。知らんけど。

 

 世代を重ねる毎に耐性がついて行き、私の代でようやく二十四時間毎に三枚の鱗を一度に処理できるようになった。初めは五年に一枚とかだったとか。

 

 残りの鱗は小瓶一つ分。

 

 これを、私が全て食べきることが出来れば。

 

 私達は自由になれる。

 

 本来なら、家の敷地から出ることが出来ず、家族から監視されたまま一生を終えるはずだった。

 

「君が今代の姦姦蛇螺の器?」

 

 その人は、突然現れた。

 

「ねえ、外に出たくない?」

「出てみたいけど。万が一、私が外で蛇に成り果てたら人が死ぬ。それはダメだ」

「ふぅーん。でも、出たいことは出たいんだ」

「うん。出たい。スタバとか行きたい」

「イイネ! じゃあ行こうか」

「???」

 

 その軽い雰囲気に、自分の背後に宇宙を感じたのをよく覚えている。

 それからトントン拍子に話が進んで、気が付いたらスタバでチョコとか生クリームとかマシマシのフラペチーノを二人で飲んでいた。なんだこれ。

 

「美味しいね! そっちも一口ちょうだい」

「……じゃあ、そっちもくれ」

「仕方ないなぁ」

 

 戸惑いつつも、初めて飲むフラペチーノに舌つづみを打つ。

 

「キミ、呪術高専に通うことになったからよろしくね」

「まじ?」

「まじまじ」

「いいの? 私が蛇になったら、周りにいる人間全員死ぬよ。気が付いたら、みんな私の腹の中。それでもよろしいか?」

「大丈夫! その時は僕がちゃんと対処するからさ。見ての通り最強なの」

「…………なら約束。最強のアナタ。私がもし我を忘れ、災厄の蛇に成り果てたら、きちんと殺してくれ」

「うん。約束」

 

 そういうことで、晴れて高専生である。同級生はあと二人いるらしい。

 校長先生との尋問のような面談はかなり地獄だったが、なんとか入学を許可して貰えた。

 

 今日は五条先生に紹介されて、同級生の一人の伏黒さんと顔を合わせた。素っ気ない人だ。悪い人ではなさそうだが。

 

「よろしく」

「……よろしく」

「じゃあ、顔合わせも済んだことだし、二人で任務と行こうか」

「いきなりですか? 加々知は経験者じゃないんでしょう?」

「うん。恵がフォローしてあげて」

 

 呪の実物も見たことがないのに、出来るだろうか。一抹の不安を抱えながら現場に連れていかれる。初めて乗る電車にテンションが上がって気は紛れたが、それでも手の汗が止まらなかった。

 

 呪力はあるから、呪霊は見えると思う。

 

「加々知。危なくなったら、気にしないで逃げていい。俺が何とかする」

 

 伏黒さんが、そう言ってくれた。でも、それではダメなことぐらいわかっている。怖くはない。身の内に潜んでいる蛇の方が怖い。

 

 目的地の廃墟に到着する。五条先生が私に小刀を貸し出してくれた。それを握りしめて、足を踏み入れた。

 

 伏黒さんが先行する。

 

「私、がんばる。伏黒さんの足を引っ張らないようにはするぜ」

「なぁ、さっきから気になっていたんだが」

「?」

「その、“伏黒さん”っていうの辞めてくれ。なんか他人行儀だ」

「そう? じゃあ伏黒 恵」

「フルネームもやめろ」

「伏黒?」

「まあ、それでいい……この部屋か」

 

 一番気配が濃い部屋に着く。二人で顔を見合わせて、ゆっくりと扉を開いた。何もいない。

 

「……デカイな」

「え?」

「は?」

 

 部屋中を見渡す。だが、呪いの姿は見えない。

 

「……まさか、お前」

 

 不意に、伏黒が吹き飛んだ。何が何だか分からず、当たりを見渡す。だが、やはり何もいない。

 

「み、見えてないのか!?」

「見え……? もしかして、ここに?」

「見えてないんだな!?」

「なんも見えん」

「嘘だろ……っ」

 

 いや。ごめん。本当に何も見えない。伏黒はさっきの一撃で足を負傷したらしい。立ち上がることが出来ずにいた。私のせいで不覚を取ってしまったようだ。

 

 足を引っ張らないようにするぜ。なんて言ったが、速攻で引っ張った。

 

 伏黒は、手で印を結んで、「玉犬!」と叫んでいたが、何が変わったようにも見えない。

 

「これも見えないのか……?」

「え、なんかいるの」

「ッ!」

 

 伏黒が目を見開いた。ごめん。本当にごめん。私、何も見えないみたい。

 

「逃げろ! お前には無理だ!」

「でも、伏黒……」

「呪いも見えないのに、祓えるわけが無い!!

 あの禪院先輩だって、補助具の眼鏡をかけている」

 

 ゼンイン先輩とやらのことは知らんが、どうやらかなり危機的状況らしかった。

 

 呪術師になれない?

 

 なら、この学校に居られなくなってしまうのだろうか。

 

 そしたら、また、あの湿っぽい屋敷に?

 

「……それは、だいぶ嫌だぞ」

 

 どん。と身体になにが当たって私も吹き飛ばされた。伏黒とは反対側にである。ゴロゴロと無様に転がって、頭をコンクリートに打ち付けた。伏黒がなにか叫んでいるのが聞こえる。が、打ったところが痛すぎて返事ができない。

 

 初任務で絶体絶命とか、まじで笑えねぇな。

 

 どろり、と切れたらしい額から暖かい液体が流れてきて、目に入る。痛くはないが視界が遮られた。呪の姿も見えないのに、これでは逃げることも……あれ?

 

 ふらり、と立ち上がり、前方の“ソレ”を“目を瞑ったまま”、“見据えた”。

 

「???」

 

 見えないけど、見える。自分でも分からないけど、感じる。なにか、熱のようなもの。

 

 私と伏黒の間にいる、なにか大きいもの。もしかして、これが呪い?

 

「あ、はは……なんだ。見えんじゃん」

「加々知! 危ない!!」

「うん。大丈夫だ伏黒。ちゃんと出来そうだ」

 

 実家の敷地は山丸々一個分で、その中だけなら自由に動けた。暇を持て余した私は、山の中でパルクール的な追いかけっこを爺様方の目を盗んでやっていたのだ。だから、動けないことは無い。近くに転がっていた小刀を拾い上げて、構える。

 

 目指すは、一番熱を感じるところ。

 

 私目掛けて向かってくるものを避けて、避けて、避けて、懐に入り込んで。

 

 獲物に牙を突き立てるように、小刀を振りかぶって、差し込んだ。

 

「せっかく外に出れたんだ。家に帰るなんて、真っ平御免だぜ」

 

 すぐ近くから、別の熱が見える。これが、伏黒の言ってた“玉犬”だろうか。それの協力もあって、なんとか呪を祓うことができた。

 

 伏黒に駆け寄ると、ハンカチで雑に目元を拭われた。少し乾いてパリパリになっていたが、ようやく目を開けることが出来た。少しぼやけるが、問題ないようだ。

 

「……あれ、傷、思ったよりも小さいな。

 取り敢えず、出るか」

「ん」

 

 伏黒に肩を貸して建物を出ると、五条先生がひらひらと手を振っていた。

 

「先生、知ってましたよね。コイツが呪いを見れないって」

「うん。何となくそうじゃないかなって思ってた。でも、何とかなったでしょ?」

「目を瞑ったら、熱みたいなのが見えないのに見えた!」

「そっかそっか」

 

 五条先生に小刀を返却しながらそう言うと、彼は教師らしく言葉を続けた。

 

「恐らく、天与呪縛の一種だと思うよ。どんな状況でも呪が一切見えない代わりに、熱として感知できる。蛇のピット器官みたいな感じで」

「蛇……」

「どこに隠れていようが、鉈弥にはハッキリ分かるはずだ。気配を辿るよりも明確な精度でね」

 

 蛇としての、力。なるほど姦姦蛇螺か。

 鳩尾のあたりを撫でる。

 

「はは、精々利用させてもらうぜ。

 先生、お腹減った! ジャンクなものが食べたい! ハンバーガーとか!」

「お前怪我してんだろ。大丈夫か」

「私のは治った。伏黒ももう治ったろ?」

「は?」

「あー、はいはい。鉈弥。普通の人はすぐには治らないんだよ 」

「???」

 

 いや。治るでしょ。骨折とかでもこれだけ時間が経ってれば余裕で治るでしょ。

 

「反転術式……?」

「蛇は時に不死と再生の象徴だからね。簡単には死なないのさ」

 

 今日知ったこと。普通の人間は怪我をしたら治るのに時間がかかるらしい。

 それから、五条先生が伊地知さんを呼び付けて、車で学校の寮まで帰った。

 

 その時に、伊地知さんから昨日忘れていったCDを返して貰えた。忘れていったのを忘れてた。なんかめちゃくちゃ怯えられてるけれど、私はわりと伊地知さんが好きである。気を張らなくていい大人って感じだ。親しみがある。

 

「伊地知さんにもポテトを差し上げましょう。お迎えありがとうございます」

「ひ、……あ、ありがとうございます……」

 

 そろそろ服呪の時間だ。スマホのアラームが鳴った。それを止めてから、小瓶を取り出して鱗を三枚取り出す。隣の伊地知さんが息を飲んだ気がするが、気にせずに口に含んだ。

 

「…………」

 

 ミラー越しに後ろの席に、座っている伏黒の顔が見えた。微妙な表情である。

 

「水なしで大丈夫だぜ」

「いや。そういうことじゃなく……」

「受肉はしないよ。したことない。したとしても、五条先生が殺してくれるから平気だぜ」

 

 また更に微妙な表情をされた。なんか、憐れむような、悲しむような、色んなものが混ぜこまれたような顔である。なんでそんな顔をするのか分からない。

 

「あ、煮沸消毒してから瓶に詰めたから、汚くはないよ」

「衛生観念の問題じゃないんだが……」

「???」

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

「君の言う“未来の私”というのは、恐らく加々知 鉈弥のことだろうね」

「加々知 鉈弥……」

「ああ。君の半身を食んで育った子だよ。その繋がりを、人間だった頃の君は“見ていた”んじゃないかな」

 

 夏油さまは、そう言ってわたくしに写真を見せてくださいました。その写真を食い入るように見つめる。

 

 ああ、嗚呼……

 

「この子は、“私”です! 本当だ、確かに“私”です! ふふ、ふふふ、そう、そうなの……そういう事だったのね……器。可哀想にあの忌々しい蛇の器にされてしまっていたのね……

 

 夏油さま。ありがとうございます。

 わたくしのやるべき事が分かりました。

 

 わたくし達は、今一度ひとつになるべきですね

 

 

 わたくし、姦姦蛇螺は、この可哀想な“私”を救いましょう。

 

 巫女として。半身として。魂を分けた姉妹として」

 

「ふふ、」

 

 夏油さまと真人さまは、そんな決意をしたわたくしを見て、にこやかに笑っておられました。

 

 待っていてくださいな。“私”。きっと救ってあげますわ。




加々知 鉈弥
姦姦蛇螺の器。24時間毎に鱗を三枚服呪している。完璧に押さえ込んでいる為、受肉もしなけば発狂も衰弱もしない。
しかし、いつ蛇になるかも分からない。

呪力はあるが、呪霊の姿が一切見えない。
その代わりにピット器官のようなもので呪いの熱を見ることができる。
反転術式を使用可能。今回はそんなに大きな怪我はしなかったが、腕がちぎれても生やすこと位は容易い。痛覚は普通にある。

加々知家は、五条家の遠い親戚にあたる。

好きな食べ物はジャンクフード。
イメージソングは 米〇玄師の『Undercover』

姦姦蛇螺
元ネタは洒落怖でお馴染みの巫女。
呪霊陣営にいるの“上半身”。比較的に理性的ではあるが、やはり“呪い”。「恥ずべき事」とは言っているが、人が死のうが何にも思っていない。
巫女としての吟味はあるが、それらしく振舞っているだけで、本性は残虐。

イメージソングは あさきの〇りむ童話『いきもの失格』(作者的にしっくり来た)
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