蛇巫の少女、呪術高専に通う   作:猫島 合

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前回のコメントに「同じ文章が重複している。水増しか?」とありましたが、ペーストミスしてました。すみません。



一話 器が二つ

呪物を食み、処理するための器。倫理的にも呪術規定的にも許されない存在である。であるから、加々知 鉈弥は、生まれた瞬間から死刑が決まっていた。もちろん執行猶予はある。呪物を全て平らげたとき、または受肉の兆しが現れるときまでは生きていられる。

衰弱が始まれば、子供を孕ませ次に繋がせる。

 

加々知家にとって、それが普通なのだ。だが、彼女の叔父は違った。だからこそ、死の間際に五条に彼女のことを託したのだ。

 

 

 

■■■

 

 

 

2018年6月 宮城県仙台市。

 

私と伏黒は、特級呪物の回収に訪れていた。杉沢第三高校にある百葉箱の中に保管されているらしい。

 

“呪いを更に強い呪物で退ける”のために置かれたソレは、近年封印が解け始め、逆に呪いを呼び込む餌になっているのだとか。その話を伏黒に教えてもらった時、素直に馬鹿じゃないかと思った。

 

それ、想定できたことでは? せめてもっと早くに気が付け。呪術師ってのは、案外アホの集まりなのかもしれない。

 

「回収したら誰が食べるの?」

「加々知。特級呪物は普通食べない」

「……ひょっとして、ウチだけ?」

「お前の家だけだ」

「…………まじか」

 

どこも食べて処理してるんだと思ってた。知見を得た(?)ウチの一族は、それなりに忌み嫌われていると聞いていたが、そりゃ嫌われるわな。悪食。けして好んで食べてる訳じゃねぇけどな。

 

それにしても、そんな危険なものを保管している場所が鍵のかかってない百葉箱というのもどうなんだろうか。

 

百葉箱前に立ち、何となく目を瞑って見る。私の目は、呪霊が一切見えない代わりに、その呪力を熱として感知できるらしい。名付けて『蛇ノ目(じゃのめ)』。そのまんま。五条先生が付けました。

 

「おっと……? 伏黒、残念なお知らせがあります。貰ったプレゼントがびっくり箱だった時ぐらい至極残念」

「…………まさか」

「その百葉箱、空だぜ」

 

戸が壊れそうなくらい勢いよく開ける伏黒。思った通り空。濃すぎる残穢が、その場につい最近まで置いてあったことを物語っている。誰かが持ち出したのだ。

 

取り敢えず、五条先生に電話。そしたら戻ってくるまで帰ってくんなと。

 

「殴ろう」

「うん殴ろう。メコメコに」

 

 

 

■■■

 

 

 

次の日。伏黒と二手に別れて校内を探索した。目を瞑ると、そこかしこに呪霊が集まっているのが感じられた。皆、息を潜めるように大人しくしている。が、もし特級呪物の封印が解ければ一斉に活性化するんだろうな。その前に見つけなくては、近辺の人間が危ない。

 

それにしても、学校か。

 

学校って本当にこういう感じなんだな。テレビや漫画で見た通りの作りだ。

 

生まれてからこの方、家の敷地から出たことがない私には、とても新鮮に思えた。

 

ほほう、これが図書室。実家ほどではないけれど、中々いい本が揃ってるじゃあないか。読みたいけれど、我慢。今は特級呪物を探さなくては。引き続き、蛇ノ目で残穢を追う。

 

校内にはあると思うんだけど、如何せん残穢が多すぎて捜しづらい。あっちへフラフラ、こっちへフラフラとしていると、完全に道に迷った。私、そういえば方向音痴らしいね。まともに外に出たこと無かったのに、方向感覚なんて育つはずが無い。

 

しかし、困った。伏黒はどうしてるだろうか。

 

「あれ? 中学生?」

 

後ろからそんな声が聞こえて振り返る。見ると、眼鏡をかけた女子生徒が不思議そうな顔で私を眺めていた。

 

「誰かの妹? もう下校時間よ。どうしたの?」

 

中学生とは、私のことか。いや、確かに発育悪いけども。

 

「……えっと、無くし物を探しに……」

「中学生の妹に高校で無くし物探させるとか酷いわね」

「…………見つかるまで帰ってくるなって言われて……」

 

佐々木さんというその人は、私の話を聞いて至極憤慨していた。いい人らしい。オカルト研究部の活動で暫く校内にいる予定だったのだとか。

 

「どんなの? 探すの手伝うわよ。日が暮れるまで時間があるし」

「……百葉箱の中に隠してた大事なものを、誰かが持って行っちゃったみたいなんだ」

「百葉箱?」

「うん。このくらいの小箱。中になんか御札でぐるぐる巻きにされてるのが入ってる」

「…………それって」

 

ため息混じりに正直に話す。佐々木さんはしばらく考え込んだあと、着いてきて、と言った。首を傾げつつ着いて行く。どうせ道に迷ってるんだ。

そこは、人気のない教室だった。中にガタイの良い男子生徒が1人席に着いている。

 

「これよね?」

「!」

 

目を瞑って見る。思わず恐怖心を覚える熱量に、それが特級呪物『両面宿儺の指』だとすぐに分かった。

 

思わず、佐々木さんの顔を見る。佐々木さんは困ったような顔をして頬をかいた。

 

「ごめんなさい。貴女のだったのね」

 

男子生徒が「いいのか?」と問うと、佐々木さんは「人のものを勝手にどうこうするほど、自己中じゃない」とカラカラ笑っていた。

 

「ね、これ、中はどうなってるの?」

「内緒だぜ。優しいアナタ。知らなくていいことがこの世にはあるんだ」

「なによそれ」

 

また笑う。感じの良い人だ。こんな人が先輩だったら、きっと楽しかっただろうな。はい、と手渡される。それを受け取ろうと、手を伸ばした。

 

ばちり。

 

「は、」

 

私の指が触れようとした瞬間、そんな音が聞こえて封印の札が剥がれた。はらり、と呆気なく落ちていく。突然のことに頭が真っ白になる。きゅう、と自分の瞳孔が縮まるのを感じた。

背中から首の当たりが一気に冷える。

 

嫌な予感がして、目を閉じて周囲を見渡す、熱を感じて上を見ると、大量の呪いが私たち目掛けて降り注いできた所だった。

 

「ッ」

「え、なに、人の指……? てか、なんで勝手に……」

「逃げろ!」

 

どん、と佐々木さんを押す。彼女が驚いた顔で尻もちを着いたのが見えた。

 

私の上に、大量の呪霊が覆いかぶさってくる。

 

……伏黒に連絡しときゃ良かったな

 

 

 

■■■

 

 

 

伏黒は、苛立っていた。虎杖悠仁とかいうフィジカルお化けから特級呪物の気配を感じ取ったのは良かったが、彼が持っていたのは空き箱だけ。本体は学校にいるオカ研の先輩が持っていると言う。しかも開封式とか命知らずな事をするらしい。

 

それに、先程から加々知と連絡が取れない。何度コールをしても電波が届かないの一点張りだった。

 

校内に入り、玉犬と集まっていた呪霊を蹴散らしながら走る。

 

「加々知どこ行きやがった!」

 

叫ぶも、返事は無い。

 

呪霊の多い方向に進んで行くと、女子生徒が大きな呪霊に取り込まれそうになっているのを発見した。

 

だが、間に合いそうにない。

 

あわや、宿儺の指ごと飲み込まれそうになった所に空き箱を持っていた男子生徒、虎杖悠仁が窓の外から飛び込んできて間一髪で救出していった。

 

それからは、読者の皆さんの知っての通りの展開である。

 

危機的状況を打破するため、虎杖悠仁が宿儺の指を飲み込んだ。

 

「やはり、光は生で感じるに限るな」

 

受肉。最悪な万が一。

 

伏黒が、ごくりと息を飲んだ。

 

「伏黒。状況説明してくれ」

 

そこに、呑気な声が聞こえてくる。振り向くと血濡れの加々知が、手にアイスピックを握り締めて両面宿儺を見据えていた。蛇のような金色の瞳が、月明かりに輝いている。

 

「アイツが、両面宿儺の指を食って受肉した」

「……やっぱ特級呪物って食いもんなんじゃん」

「違う」

 

「ほう……? 貴様、あの蛇を食ったのか?」

「姦姦蛇螺をご存知なのか? 恐ろしいアナタ」

「いや。……なるほど、まあ良い。鏖殺だ。まずはお前からだ、女。イイ声で鳴けよ」

 

加々知が、眼前にアイスピックを構える。適わないことは百も承知だが、無抵抗のままなんて選択肢は無かった。

空気が嫌にヒリつく。

 

だが、そんな空気は突然自分の首を掴んだ虎杖悠仁によって霧散した。どうやら、抑え込むことに成功しているらしい。同じく特級呪物を食べている加々知には、今彼の中で何が起こっているのか想像できた。

 

 

 

■■■

 

 

 

虎杖悠仁は、目の前でニコニコと笑っている少女に戸惑いを隠せずにいた。

 

紫苑の髪に、金色の瞳。白い肌。紛うことなく美少女である。東京へ向かう新幹線で、向き合うように座っている。その隣には五条が喜久福を食べながら外を見ていた。ちなみに、伏黒は疲れたのか虎杖の隣で爆睡している。

 

「えっと、」

「加々知 鉈弥。君と同類」

「どーるい?」

「私も特級呪物の器なんだ」

 

なんて事ないように続けて「死刑も決まってる」と笑って見せた。

 

「死刑……、お前も?」

「うん。長くて1年後かな」

 

虎杖は、言葉を失った。こんな小さな女の子(同い歳だが)が、自分の死刑を笑って受け入れている。眉間にシワがよる。加々知は、それに気が付いてまたケラケラと笑った。

 

「なんでそんな顔するの? 私は覚悟が出来てる。成し遂げて死ねたのなら、それは誉だ」

「…………」

「鉈弥」

 

静かな声で、五条が加々知を呼んだ。見ると、諭すように真顔で加々知を見つめている。加々知は、ただ首を傾げた。

 

「それは、誰かの受け売りだよね?」

「ああ。爺様だよ」

「そう」

 

静かな声。

 

爺様。

 

『悠仁、』

 

虎杖の脳裏に、祖父の声が聞こえる。気が付くと、目の前の加々知の手を力強く握っていた。

 

「握手?」

「…………」

 

加々知の素っ頓狂な声を無視して、ただ力強く握り締める。

 

ああ、なんだこれは。胸糞が悪い。

 

「悠仁、気持ちはわかるけど。それ以上は鉈弥の手が折れる」

「えっ、あっ、ごめん!」

 

ぎちり、と鈍い音がするまで握っていた手を慌てて離す。加々知は少し困ったように眉を下げながら、赤くなってしまった手をさすった。思った以上に力を込めてしまっていたらしい。頭をひたすらさげて謝る。

加々知は、ひらひらと手を振って直ぐに許した。

 

正直な話。虎杖悠仁に執行猶予が着いたのは、加々知鉈弥という前例があったことが大きい。五条は、彼女を引き合いに出して我儘を突き通したのだ。悠仁もどこかでそれを察したのだろう。自分の掌を見つめて、何も話さなくなった。

 

そして加々知は、「そういえば」と五条に問いかける。

 

「宿儺の指の封印。なんか私の指先が触れた瞬間に解けたんだけど。どうして? 五条先生おわかり?」

「あー、それはね。綻んでた封印に姦姦蛇螺の強い呪いが外から打ち当たったからだと思うよ。あれ、僕、鉈弥は触んない方がいいって言わなかったっけ?」

「言ったっけ?」

「言ってないかも」

 

伏黒が起きていたら、多分キレだして殴りかかっている。

加々知は、少し半目で五条を見たあと諦めたように溜息をついた。

 

「先生。スマホ壊れたから新しいの買って。それでチャラ」

「だから連絡つかなかったんだ」

「呪霊にバキバキにされた。新型のヤツがいい」

 

虎杖は、そこで初めて見た加々知が血塗れだったことを思い出した。伏黒よりもボロボロだったはずだ。なのに、今はケロリとしている。不思議に思って首を傾げた。そこに察したらしい五条からの補足説明が入る。

 

呪術初心者の虎杖には、ハンテンジュツシキがなんなのかよく分からなかったが、取り敢えず“加々知は回復が早い”ということだけ理解した。

 

「オートリカバリー機能搭載の私です」

「オート……」

「ちゃんとマニュアルで出来るようになれば、もっと便利だけどね。ちなみに僕は出来るよ」

 

 

それからは、虎杖も眠たくなってきたようで、うつらうつらと船を漕ぎ始めた。男子達が眠っているのを横目に、2人で喜久福を食べる。美味しい。

 

五条は、惚けた顔で喜久福に舌つづみを打っている加々知の顔を眺めながら、彼女の叔父のことを思い出していた。

 

彼女の叔父は、五条が高校生の時に出会った。

 

優秀とは言えなかったが、それなりに腕の立つ術師であった。

 

『俺は、自分の姪が嫌いだ。心底嫌いだ。ジジィ共の言いなりになって、命をすり減らして呪物を食い続けてるのが気持ち悪い。蛇みたいな金色の瞳が気色悪い。姉さんの命を奪って生まれてきたあいつが憎い。加々知家の呪いの全てを身に宿して生まれてきたのに、屈託なく笑うあいつが不気味で堪らない。

 

あいつなんて、生まれて来なければ良かったと思っている。どうせ大人に慣れずに死んでいくのに、殺されてしまうのに。

 

あいつが哀れで憐れで堪らない。

 

なあ五条。頼みがある。

 

あいつを、外に連れ出して欲しい。こんなに世界が広いんだって分からせて欲しい。嫌がらせだ。あいつの世界がどんなにちっぽけでくだらないのか、分からせてやって欲しい。

 

そして、死ぬ事がどんなに恐ろしいことか、思い知らせて欲しい。

 

あいつは蛇なんかではなく、ただの馬鹿でちっぽけな人間だって、人間なんだって…………教えてやってくれ。

 

頼む。頼むよ五条。お願いだ……お願いだよ……』

 

早口な人だった。最期まで。

 

託されてしまったのなら仕方ない。思ったよりも加々知家の頭目がしぶとく、時間がかかってしまったが、何とか彼女と会うことが出来、連れ出すことに成功した。

 

最初にあった時よりも、随分と人らしくなったと思う。

 

頭を撫でてみる。艶々としていて触り心地が良い。

 

「……五条先生。私の頭で手ぇ拭いてる?」

「なわけないじゃん」

「粉拭ったよな」

「拭ってないよ」

「ほんとに?」

「ほんとほんと」

「嘘だったら針千本な」

「実はちょっと粉ついちゃった」

「…………」

 

とす、と軽く脇腹を突かれる。無下限が発動しない位の柔い力加減だ。本能的に理解しているのだろうか。

 

とすとすとす。連続して突かれる。こそばい。

 

「あははは」

「ぎぃ……」

 

むすり、と顔を顰める。

 

本当に、人らしくなってきたものだ。

 

 

 

■■■

 

 

 

姦姦蛇螺は、新しく手に入った“両脚”を慣らすように舞っていた。一糸まとわぬ美しい肢体が惜しげも無く晒されている。それを真人はニコニコと笑いながら眺めていた。

 

「真人さま。ありがとうございます。仮初とはいえ、こうしてまた歩くことが出来るだなんて思っていませんでした」

「あまり無理な動きはしないでね。取れちゃうから」

「はい。夏油さまもありがとうございました。わたくしの新しい脚を探してきていただいて。ふふふ、とても素敵な脚ですね」

「気に入って貰えてなにより」

 

花御が、姦姦蛇螺に服を差し出す。一礼してそれを受け取り、6本ある腕をゆったりとした袖口に通した。それは巫女服だった。鮮やかな赤い袴が非常に艶やかである。

 

「夏油さま。それで、わたくしはいつになったら“私”に会えるのでしょうか」

「そうだね。10月31日の計画決行日頃には、会えるだろうさ」

「そう……なら、早く本調子に戻らなくてはいけないですね。再会した時に、恥ずかしくないようにしないと」

 

ふふ、と花が綻ぶように笑う。こうして見ると、本当に可憐である。その禍々しい雰囲気を抜きにすれば。真人は目を細めた。この女も、どうしようもなく“呪い”なのだ。現に、人間を真っ二つにして奪ってきた脚をなんの抵抗もなく使っている。

 

その“呪いとしての”本質が元来から備わっていたからこそ、“蛇”の腹を打ち破ることが出来た。

 

『蛇信仰』。それが、姦姦蛇螺が取り込んだ“呪い”の正体である。その信仰は古く、縄文時代から続くものであった。また、世界各地でも蛇信仰は伺うことが出来る。神話と蛇の関係は想像よりも根深い。

 

そういった畏怖の念から生まれたのが、後の姦姦蛇螺を襲った蛇であった。

 

恐らく、あの“呪いの王”と同等、もしくはそれ以上であったと推測される。

 

それを、ただの小娘が腹を破り、その権能を奪ってみせた。

 

にわかに信じ難いことである。

 

世が世なれば、きっと彼女は歴史に名を轟かす呪術師、あるいは呪詛師になっていたのではなかろうか。

 

……今は、特級の呪いとして名を馳せているわけだが。

 

「早く。早く時が来ないかしら。わたくし、待ち遠しくて溜まりませんわ」

 

姦姦蛇螺は、まだ来ない最高の日を夢見てうっそりと笑った。

 

実に“呪い”らしい、禍々しい笑みだった。

 

 

 




分かりづらいかもですが、蛇螺さんは別に死んでいる訳じゃないので生身です。呪力が無い人にも見えます。

Q.じゃあ、鉈弥ちゃんは受肉されないんじゃないの?
A.彼女が食べている鱗は元々“蛇信仰”のモノです。つまり、受肉したとして出てくるのは……
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