蛇巫の少女、呪術高専に通う   作:猫島 合

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前回も誤字報告ありがとうございました!とても助かります……

コメントも何度も読み返してはニヤニヤしております。


五話 初恋

その蛇は、宿儺を見つめてニタリと笑った。

 

これは宿儺がまだ生身で、時代が呪いの全盛期だった頃。ふらりと立ち寄った山の池の中から、ソレは厳かに姿を現した。鎌首を持ち上げて、頭上から見下ろすソレに、宿儺は「不愉快」だと攻撃を仕掛けたのだが、効果がない。いや、確かに寸寸に斬り裂いた。手応えはあった。だが、斬ったそばから再生していくのだ。

 

蛇は、至極楽しいというような顔で、宿儺を見下ろしている。

 

「小童、その程度か」

「……不愉快だ。俺を見下ろすな」

「なら、目線を合わせてやろう。幼子には、そうするのが良いらしいな」

「幼子、だと?」

 

この時、宿儺はもう人間の寿命などとうに超えていた。小童、幼子と呼ばれるような歳ではない。子供扱いされたことに、さらに不機嫌になる。純然たる殺意を向けるが、蛇はそれすらも愉快と笑った。

 

ゆっくりと頭の高さを宿儺の目線に合わせる。金色の瞳が、月光に輝いていた。

 

「お前が、件の“両面宿儺”か。しし、存外可愛らしいものよな。生まれて百余年しか経っておらぬ幼子を、“呪いの王”などと。しし、ししし、しししし……」

「…………」

 

嘲笑。宿儺は、生まれて初めてこのような屈辱を味わった。殺してやろうと何度も斬撃を飛ばしているのだが、蛇はさらに嗤うだけ。

 

「さぞ、寂しかろ? 語らう友も居らぬのは。吾は慈悲深いからな、お前の友となってやっても良い」

「断わる」

「そうかそうか。しし、ししし」

 

蛇は、ゆっくりと再び鎌首をもたげた。そして、細長い瞳孔が、更に細くなる。

 

瞬間。宿儺は、その瞳に囚われた。身体が硬直して、息すらも出来なくなる。

 

屈辱だ。屈辱である。

 

こんな蛇畜生に、良いように弄ばれているとは。

 

「吾は暫くここに居る故な。寂しくなったら、また来るといい。遊んでやろう。幼子は、よく遊ぶのが仕事であると聞くしな。しし、ししし」

 

蛇は、長い尾を軽く振って、宿儺を弾いた。べきべきとぶつかった木が折れていき、三里ほど離れた村にまで吹き飛ばされる。

 

宿儺は、苛立ちのままそこの村人たちを鏖殺すると、その足取りでまた先程の池へ走った。

 

到着すると、蛇は待っていたかのようにカラカラと嗤う。

 

「早速来たか」

「殺してやる」

 

それから、殺し合いが始まった。何度日が暮れて、何度月が隠れたか分からないほど長い間にかけて。最初は飄々としていた蛇も、途中から興が乗ったように宿儺を殺しにかかっていた。だが、一向に決着はつかない。池の水は枯れ果て、木々は尽くなぎ倒され、最終的に辺り一体は焦土と化した。ここら一帯は、もう生き物が住めるような環境ではなくなってしまった。

 

お互いの呪力が底を尽きるまで、その攻防は続いた。

 

ひと時の静寂。睨み合いが続く。

 

不意に、蛇が口を開いた。

 

「小童。楽しいか?」

「……楽しいわけあるか戯けが」

「吾は楽しい。こんなに楽しいのは初めてだ。一生こうしていたい位に! まだ続けるであろ? そうであろ? 幼子と戯れるのは、殊に楽しい!吾と遊んで壊れぬ童子など、今までいなかった故な! もっと遊ぼう! しし、ししし、しししし!!」

「……はぁー、……付き合ってられん」

 

宿儺は、途端に肩の力を抜いて、踵を返した。蛇は、きょとんと彼の背中を眺める。

 

「何故?なにゆえ? もう遊ばんのか?」

「…………」

 

蛇は、追いかける事はしなかった。ただ首を傾げて宿儺を見送る。

そして、またニンマリと笑った。

 

「“また遊ぼう”。小童」

 

蛇の嗤う声が聞こえる。宿儺は一度も振り返ることなく、その場から消えた。

 

「逃がさぬからな、絶対に、“また遊ぼう”な」

 

蛇は、ひたすらに禍々しく、そう呟いた。

 

 

それ以降、相見えることは無かったのだが、宿儺は蛇が嫌いになった。奴の眷属である可能性が高いからだ。実際に蛇型の呪霊に「主様が“いつ遊ぶのか”と待ち侘びていましたよ」とか声を掛けられた時は、血管がぶちギレるかと思った。執拗い。蛇は総じて執拗い。視線を感じて振り向いて見ると、絶対に蛇がこちらを見ている。

なので、蛇を見たら、積極的に殺すことにしていた。

 

封印から目覚めた後、見覚えのある気配がしたかと思ったら、その蛇の器にされている少女がいた。あいつ、死んだのか! と一瞬喜んだが、その少女の中からねっとりとした視線を感じたので、問答無用で殺そうとした。また付き纏われたらたまったものじゃない。せめていい悲鳴を上げてくれれば、溜飲が下がると思っていたが、その目論見は、器である虎杖悠仁に阻まれた。

 

何度失敗したとしても、宿儺は虎視眈々と加々知鉈弥を殺す機会を伺っている。

 

 

「小僧」

「んだよ」

 

修行の一環として、映画を見ていた虎杖に宿儺が話し掛けた。虎杖の頬できた口が忌々しげに歪んでいる。

 

画面には、魔法で蛇に変えられてしまった少女が映っていた。

 

「蛇に碌なやつはいない。肝に銘じておけ。

あの忌々しい蛇の器も、きっと本性はどうしようもないぞ」

「……まさかとは思うけど、それ、加々知の事か? やめろよ。アイツは良い奴だよ」

 

画面から目を逸らさないまま、虎杖は応えた。手元に置かれている夜蛾特製ぬいぐるみは、スヤスヤと寝息を立てている。長い沈黙の中で、その寝息だけがよく聞こえていた。

 

宿儺は、重くため息をつく。

 

「分かっておらんな。蛇というものが、どれだけ醜悪なのかを」

「そもそも、加々知は蛇じゃねぇよ」

「蛇だ。あの女は、骨の髄まで蛇だ。気色の悪いことにな」

 

べちん。虎杖は、宿儺の口が生えた頬を叩いた。だが、今度はその手の甲に、口が現れる。

 

「さっさと殺してしまえ。それが世のためになるぞ」

「黙れ」

「はぁ、わからんやつだな……後悔するなよ?」

 

それきり、宿儺は話すのを辞めた。ただ、苛立っていることだけが伝わってくる。虎杖には、どうしてそんな事を言うのか理解できなかった。

 

過ごした時間は長くないが、彼女が心優しい人間だということは知っている。泣いている子供を見過ごせず、困っているお年寄りに手を差し伸べ、迷う人がいれば案内する(高確率で自分も迷うが)。校内の花壇に毎日欠かさず水をやり、雑草を抜いていたりもする。彼女が手入れをしている花壇は、他の所にある花壇よりも沢山の花が咲いていた。それを虎杖に見せて、嬉しそうに笑っていたのが、とても印象深く心に残っている。

 

同じく特級呪物を食んでいるということもあり、彼女には強い親近感を覚えていた。だから、そんな風に彼女を悪く言う宿儺が許せない。

 

「なんだよ後悔って……するわけねぇだろ」

 

 

 

■■■

 

 

 

「貴方が、吉野さまですか? 初めまして、姦姦蛇螺と呼ばれているものです」

 

そう言って吉野順平の前に現れたのは、嫋やかな笑みを浮かべた女性だった。ポンチョのようなゆったりとした服を着ている。吉野は首を傾げた。かんかんだら、変な響きの名前である。『呼ばれている』ということは、あだ名か何かなのだろうか。

 

「えっと、」

「真人さまが気に掛けている方が、どんな方なのか気になりまして」

「真人さんの、お知り合いなんですか」

「はい」

 

じゃあ、この人も呪霊なのだろうか。そう考えるが、通り過ぎる人達がチラチラとその女性を見ては惚けたような顔をしている。どうやら他の人にも見えているらしい。

 

「ああ、わたくしは、身体を持っておりますので。非術師の方にも見えるんですよ」

「人、なんですか……?」

「いいえ。とっくの昔に、人間なんてやめています」

 

金色の瞳が、す、と細まった。あまり人にいい感情を持っていないらしい。吉野は戸惑ってはいたが、真人と接するうちに呪いに対する危機感というものが麻痺しており、その女の禍々しさには気が付かなかった。いや、気付いた上で、見なかったことにした。

 

それから、いつも真人がいる場所に行く。真人は不在だったが、せっかく来たからと休んでいくことにした。

 

じい、と蛇螺は吉野を観察した。そして、静かに口を開く。

 

「アナタ、虐げられていたのね」

「…………」

「可哀想に。辛かったでしょう?」

「…………貴女は、いったい……

呪い、なんですよね? なんの呪いなんですか?」

「ふふ、ふふふ。真人さま達とは、少し成り立ちが違います」

 

するりと、上着を脱ぐ。

 

「醜いでしょう。人を恨み、怨み、殺したいと心から願った末路です。ふふ、恥ずべきことです。今でもまだ殺し足りないのです。恐ろしいですか。恐ろしいでしょう? ふふふ、ふふふふ、」

「…………」

「……目を、背けないのですね。変わったお方」

「綺麗、」

「は?」

 

きょとん、と蛇螺は目を瞬かせた。そんなことを言われたのは初めてである。綺麗? こんな身体が? 今、下半身は蛇のものでは無いが、それを差し引いたって、醜い身体のはずである。蛇螺は、ぐるぐると思考を回した。

 

「そ、その。すみません。思ったことが、口に……」

「うそ、では無くて?」

「嘘なんかじゃ、ないです……」

 

吉野は、頬を染めた。

蛇螺は、さらに訳が分からなくて混乱する。そして、無言のまま上着を羽織った。

 

沈黙。

 

目を逸らしたり、恐怖を感じたのならその場で殺そうかと思っていたのに。そのつもりであったのに、完全に興が削がれた。

 

吉野も、内心混乱していた。何故、口に出てしまったのか分からない。恥ずかしい。口説いたみたいな感じになってしまった。顔が熱い。

だけど、思ってしまったのだ。何故か分からないが、“綺麗”だと。心の底から。

 

「あ、あの姦姦蛇螺さん……? 気を、悪くされましたか?」

「……いいえ。その、驚いてしまって……」

「……驚かせて、すみません」

「……いいえ、いいえ。……あの、わたくし……綺麗、ですか?」

「き、綺麗です! すごく!」

「はわ……はわわ……」

 

どうにでもなれ! と吉野は叫ぶようにそう言った。蛇螺は、沢山ある腕で自分の顔を覆う。

 

綺麗。

 

綺麗。

 

綺麗?

 

わたくしが?

 

綺麗?

 

それって、それってつまり。

 

それってつまり!

 

わたくしの事が、好きだということですか?

 

「きゅ、急用を、思い、思い出しました。か、帰ります。すみません。ま、真人さまに宜しくお伝えくださいまし」

「え、あ、はい! 姦姦蛇螺さん、また!」

 

また! またって! また会って良いと言うことですよね!? これ、これって、これってやっぱり!!!

 

きゃあ! と普通の女の子のような悲鳴を漏らして、姦姦蛇螺はその場から逃げていく。残された吉野は、ただ呆然と彼女が消えていった方向を見つめていた。

 

「順平、やるぅ」

「わ、真人さん!? いつからそこに?」

「今来たとこだよ。へぇ、蛇螺って純粋な好意を向けられるとああなるんだ。意外」

「あの人は、一体……」

「可愛いだろ? 俺たちのお姉さんさ」

 

 

その後。姦姦蛇螺は、1人で路地裏に蹲っていた。顔は茹だったように赤い。

 

「どうしましょう……どうしましょう……これが、“恋”なのかしら。そうなのかしら……ダメよ。だって、順平さまは人間だもの。憎くて仕方ないはずよ。そうでしょう? どうしましょう……どうすればいいの?」

 

 

「あれ? お姉さんどうしたの? って、うわぁ!!! なんだ、その腕!?」

「…………喧しいです」

 

 

 

「そうね、好きになっても良いわよね。だって、わたくしのことを“綺麗”だと言ってくださったのだもの。“私”が好いていた漫画にもあったじゃないですか『恋はいつでもハリケーン』。好きになってしまったのなら、仕方ないのよ。そうよ。そうよ。そうなのよ。ふふ、ふふふ、ふふふふ、ふふふふふ………」

 

姦姦蛇螺は、嗤う。そして、足元に転がっている男の死体を踏み付けにして路地の奥へと消えていった。

 

 

 

■■■

 

 

 

虎杖は困惑していた。

 

ツギハギの呪霊が吉野順平を殺した。だが、突如と現れた腕が6本ある女が、吉野を抱きしめた途端、醜い姿に変えられた吉野の身体が、元に戻ったのだ。

 

「可哀想に、可哀想ね……可哀想な順平さま……」

「蛇螺? なにしてんの?」

「真人さま。わたくし達は、愛し合っているのです。愛した方を救いたいと思うのは、普通のことでしょう?」

「愛し合ってるぅ?」

「ええ! 恋人同士ですわ!」

 

意味がわからない。だが、吉野が生きていることは確かだった。すぅすぅと穏やかに寝息を立てている。虎杖は、隣でそんな順平を抱き締めている女の顔を見た。似ている。同級生である加々知鉈弥に。彼女をもう少し成長させたら、こんな感じの目鼻立ちになりそうである。

 

「じゅ、順平!」

「ふふ、安心してくださいまし。きちんと治しました。アナタは順平さまのお友達なのでしょう? ふふふ、ふふふふ、初めまして。順平さまの恋人です。姦姦蛇螺と呼ばれている者です」

「姦姦蛇螺……って、加々知の」

「あら! “私”ともお友達なのですね! ふふふ、ふふふふ、ふふふふふ、なら殺すのは最後にして差し上げますわ!」

蛇螺は、吉野をゆっくりと床に寝かせて、自分が着ていた上着を優しく掛けた。そして、踵を返して立ち去っていく。

 

「え? 帰るの? 蛇螺」

「ええ。付き合い始めたとはいえ、まだ顔を合わせるのは恥ずかしいのです。ここでお暇させていただきます。

真人さま。次に順平さまに酷いことをしたら、アナタを殺します」

「はいはい。わかったよもう」

 

そう言って、蛇は嵐のように去っていった。

 

完全に見えなくなった頃。宿儺が口を開く。

 

「やはり蛇は醜悪だ。碌な奴がいないな」

 

 

 

■■■

 

 

 

結果として、吉野順平は助かった。だが、身体に蛇が締め着いたような痣が残っている。ぐるりと首から左の足首まで。一匹の蛇が巻き付いているかのような痣。五条は、それは姦姦蛇螺の呪いだと言った。

 

彼は、姦姦蛇螺の所有物となったのだ。

 

七海の手によって報告がなされたが、上層部から返ってきたのは飼い殺せとのお達しだった。死刑にしないのは、一重に姦姦蛇螺からの報復を恐れているからである。あの厄災の蛇の尾を踏むのを心底怖がっている。

 

吉野自身は健康体で、呪いによる弊害も無い。むしろ、前よりも元気なぐらいだ。額にあった火傷跡も消えた。

 

監禁せよとも言われたが、五条はそれをガン無視した。若者から青春を取り上げるなんてことは、何人たりとも許されないことだとのこと。

 

虎杖が生きていることを知っているので、学生として高専に通い始めるのはまだ先であるが、虎杖は彼が生きていることが嬉しかった。

 

あの時は、ダメかと思ったのだ。

 

「どうしたの? 悠仁」

「いや、なんでもねぇ。これからよろしくな! 順平……あのさ、あの姦姦蛇螺ってやつとどういう関係だったの?」

「え? 1回しか会ったことないからよくわかんないけど……」

「え?」

「え??」

 

宿儺は、ひっそりと同情の視線を吉野に向けた。本当に蛇というものは執拗いので、恐らく碌なことにならない。

 

それより、さっきから窓の外に黒い蛇が張り付いているのだが、果たして目当ては宿儺と吉野、どちらなのだろうか。

 

はぁー……うざ……。蛇はホントにウザい。

 




蛇信仰
宿儺のストーカー
眷属が沢山いる。

宿儺は、加々知がそばに居ると絶対に出てこない。

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