ONE STEP FORWARD FOR DREAM   作:フラトラ

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CHAPTER 2

 

 ──それは本当に唐突な出来事だった。

 

 まさか幸せだった日々が、突如奪われるなんて当時の俺は考えてなどいなかった。

 

 今でこそ立ち直り普通に生活しているが、その出来事直後は俺の世界から色が失われ、その言葉通りに絶望し、人生を諦めたこともあった。今でもその事を思い出すと涙が出そうになる。

 

 

 

 ──五年前。俺が中学に上がるか上がらないかの頃だ。家族で旅行をしていて首都高を走行している最中、交通事故に遭った。法定速度を大幅に超えた暴走車に後ろから思い切り突っ込まれたのだ。そのまま俺が乗っていたクルマは勢い余って壁に衝突し、当時乗車していた父さん、母さん、そして妹は即死と診断され帰らぬ人となったが、俺だけは一命を取り留めた。

 

 搬送先の病院で意識が戻り、俺だけが生き残った事実を知った時、しばらく悪い夢でも見てるのだろうと本気で信じていた。あまりにも突然で、悲惨すぎる最愛の家族の死。それが現実などと信じられなかった。信じたくもなかった。

 

 それが現実だと認めざるを得なかった時は、冗談抜きで人生で一番泣いたと思う。泣いて泣いて泣いて。涙を捨てては、また泣いた。

 泣き喚いたって家族が帰ってくる訳でもない。時間が戻る訳でもない。それでも泣かずにはいられなかった。最愛の家族を一度に失った悲しみは、とても言葉に表現出来るものではない。

 

 何で俺だけが生き残ったのだろう。何で俺以外の家族が死ななくてはならないのだろう。ああ、せめて妹だけ助かって俺が死んでればどれ程良かっただろうか。そんな考えを口にした時、歩夢と侑に泣きながら激怒されたっけな。

 

 それでも──歩夢と侑に激怒されてもなお──俺の考えは変わることは無かった。本気で死んでやろうと思ったことは両手両足の指の数では足りないし、一ヶ月程は文字通り抜け殻のように無気力に生きていた。

 退院して家で過ごすようになってからも、しばらくは自室に閉じこもり涙を流していた。勿論食欲なんか湧かなかったし、夜も眠れない日々が続いた。

 

 

 ──そんな俺を救ってくれたのが音楽と、他ならぬ幼馴染の存在だった。まず音楽だが、これは様々なアーティストの曲を聴いて勇気づけられた。色んな曲を聴いていく内に段々と精神状態が回復していき、いつしかギターで弾き語りカバーするようにもなっていた。作詞作曲を始めたのもこの頃だったな。

 そして──幼馴染。歩夢と侑の存在。もし俺に彼女達という幼馴染がいなければ、既に俺はこの世を去っていただろう。何度自殺しようとしても二人が必死に止めてくれたし、こんな俺の為に何度も何度も怒って、そして泣いてくれた。

 

 二人──特に歩夢にはたくさん我儘も言った。

 

「ああして欲しい、こうして欲しい」

 

「胸がしんどくなった。心が押し潰されそうだ。今から家に来てくれないか」

 

 当時十三歳前後とはいえ、今考えてみればなんて幼稚じみたお願いだろう。しかし、歩夢と侑は不平不満を言ったことはなく、俺が我儘を言った時はきちんとそれに応えてくれた。本当に頭が上がらない。今こうして俺が生きられていられるのは、お世辞抜きで歩夢と侑のお陰なのである。二人は俺の命の恩人と言っても過言ではない。

 

 願わくば──これからもずっと俺、歩夢、侑の三人一緒に生きていけますように。

 

 そう願わずには、いられなかった──。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「──くん。拓海くん」

 

「んんっ……」

 

 聞き慣れた声と、優しく身体を揺すられることによって徐々に意識が覚醒していく。あれ、俺は一体今まで何を──。

 

「あゆ、む……?」

 

「うん、私だよ。おはよう」

 

「……おはよう」

 

 ……何だか悪い夢を見ていた気がする。その内容はあまり覚えていないが、多分家族に関することだろう。忘れたいけど忘れられる筈もない、()()()の夢──。

 

「大丈夫? 何だか酷く(うな)されてるみたいだったけど……」

 

「ああ、大丈夫。起こしてくれてありがとな」

 

 歩夢の言う通り、俺は魘されていたようだ。身体中汗はびっしょりだし、七時間以上は寝た筈なのに精神的に疲れている感じがする。今日は休日だが、起こしてくれて本当に助かった。

 

「それなら良かった。朝ご飯は食べる?」

 

「うん、じゃあいただこうかな」

 

「分かった。じゃあこれから作るから、準備出来たら来てね」

 

 そう言って俺の部屋から出ていく歩夢。俺は「おう」とだけ返事をし、彼女の背中を見送った。

 

 こうして歩夢が俺を起こしに来てくれるようになってから約五年が経過する。約五年──そう、あの事故の年から歩夢はほぼ毎日俺を起こしに来てくれているのだ。

 俺からそう頼んだ訳では無い。彼女の少しでも俺の助けになりたいという純粋な優しさからである。それで歩夢には家の合鍵を渡し、彼女はいつでも俺の家に出入りできるようになっている。

 高校に入学してからは流石に止めようとしたのだが、何を言っても聞かず、何故か俺が折れることになったのは丁度一年くらい前のこと。

 歩夢だって毎朝早起きして大変だと思うのに、朝ご飯と弁当だって作ってくれる。それがごく当たり前の事になっている。彼女の優しさにどっぷり甘えてばかりで、本当に何から何まで世話になりっぱなしで男として失格かもな。

 

 ちなみにだが俺と歩夢、そして侑は同じマンションに住んでおり、俺と歩夢に至ってはお隣さん同士である。家から出て十秒もしない内にお互いの家を行き来できる。侑の家も隣と言えば隣だが、厳密に言えば一つ別のフロアに位置している為、歩夢の家に行くよりは時間が掛かる。

 

 こういう所も、生まれながらの幼馴染である理由の一つだ。

 

 

「……とりあえず、着替えるか」

 

 寝間着と肌着が汗で肌にへばりついて気持ち悪い。身体は汗臭いだろうし、これでは歩夢に合わせる顔がない。俺は着ていた服を全て脱ぎ、全身の汗をタオルで拭いて新しい下着や服に着替え直した。

 

 着ていた服を洗濯機に放り込み、トイレを済ませ。そして歯磨きも忘れない。仮にも好きな人の前だ。間違っても息が臭いとは思われたくない。入念に口の中を洗浄する。

 朝の身支度が全て終わり、台所へ向かうと歩夢が丁度玉子を焼いているところだった。既にいい匂いが漂ってきている。俺は内心でガッツポーズをする。歩夢の玉子焼きは世界で一番美味いといっても過言ではない。大袈裟かと思われるかもしれないが、それでも本当に美味しいのだ。

 

「今日は玉子焼きか」

 

「うん。あとお味噌汁もあるよ。もう少しで出来上がるから、待っててね」

 

「いつも面倒かけて悪いな。本当にありがとう」

 

「ううん。面倒だなんてそんなことないよ。私がやりたくてやってることだから」

 

 そう言って歩夢は微笑む。何度も何度もこの表情を見ている筈なのに、未だに慣れない。俺には眩しすぎて思わず目を逸らしてしまう。

 

「……そっか。そう言ってくれると助かるよ」

 

「うん、ふふっ」

 

 料理に戻る歩夢。上機嫌で鼻歌を歌いながら、慣れた様子で手際良く玉子を焼いていく。その腕前は一応料理が出来る俺レベルからするとほぼプロ並だ。彼女の鼻歌と、玉子の焼ける心地良い音がこの空間を支配していた。

 

 

 

 ──ふと、唐突に。生前の母さんのことを思い出した。

 

 

 

「──あ」

 

 気が付けば目頭が熱くなっていた。生前の母さんの料理する姿と、今の歩夢の姿が重なって見えて思わず涙が零れてしまった。

 既に母さんの死から立ち直っていたと思っていたのに。もう泣かないと決めていたのに。

 

 やはり人という生き物は脆く、弱い──。

 

 

 

「ひゃっ……!? た、拓海くん……!?」

 

 次の瞬間には、台所に立った歩夢の背中を抱き締めていた。母さんのことを思い出したからか。歩夢が母さんに重なって見えたからか。それは俺でさえよく分からない。

 

 ──ただ、こうして彼女を抱き締めたのは俺なりのささやかな覚悟でもあった。

 

「ごめん。でも──少しだけこのままで」

 

「い、い今料理してるから、あああ危ないよ」

 

「分かってる。けど、ごめん」

 

「……拓海くん、泣いてるの?」

 

 慌てた様子から一変、不安そうな声色で──それでいて慰めるような優しげな声色で問い掛けてくる。まあ、そりゃあバレるよな。

 でも、歩夢にこれ以上弱い所を見られたくない俺は──。

 

「目にゴミが入っただけ。大丈夫」

 

 ──と、誰にでも分かるような嘘で誤魔化してしまう。勿論、それに騙されるような歩夢ではない。

 

「……嘘だよ。だって、声震えてるもん」

 

「…………」

 

「おばさん達の事、思い出してたのかな」

 

 簡単に見抜かれてしまった。それも俺の考えていた事までを当ててくるおまけ付き。

 やっぱり歩夢には敵わないな、と諦めて全てを話そうとした時だった。背後から歩夢を抱き締めている俺の手に、彼女は自らの手を重ねてきたのだ。

 

「歩夢?」

 

「拓海くんには、私が──ううん、私と侑ちゃんがいるから」

 

「え……?」

 

「未だに辛いよね。泣いちゃう時だってあるよね。でも、そんな時は今まで通り私達が慰めてあげるから大丈夫。ずっと側にいるから大丈夫。侑ちゃんは分からないけど、少なくとも私は──」

 

 一呼吸置く歩夢。

 

「──私は、これから何年、何十年経っても拓海くんの側を離れるつもりは無いよ」

 

 歩夢の温かさが、そして優しさが。俺の傷付いた心に染み渡り、徐々に癒されてゆき、やがて全身を包み込む。仮にも好きな女の子に、こんなことを言われて嬉しくない訳が無い。これ以上無いくらいの幸せとは、正に今この瞬間のことを言うに違いない。

 一見、告白ともプロポーズともとれる言葉だが、俺も歩夢も特に気にしてはいなかった。歩夢の言葉は俺のことだけを親身に考えた言葉で、これは彼女なりの一つの覚悟でもあったのだろう。

 

 俺は歩夢を抱き締める手に更に力を込め──改めて覚悟を決めた。

 

「……ありがとう。俺も、歩夢から離れるなんて考えられない。絶対に離したくないよ」

 

「……ふふっ、そっか。嬉しいな。でもちょっと苦しいかも」

 

「あっ、ごめん」

 

 そこで我に返り、慌てて歩夢から離れる。「あっ」というやけに寂しげな歩夢の声が耳を通り抜けていった。まだ付き合ってすらいないのに、好きな女の子を抱き締めるとか我ながら随分なことをしたものだ。それにしても歩夢、すっごい良い匂いしたし、身体も柔らかかったな……。

 

「ご、ごめん。料理の邪魔しちゃったな」

 

「う、ううん。全然大丈夫だよ。あと少しで出来上がるから──」

 

「じゃあ俺も手伝うよ。邪魔しちゃったお詫びとしてさ。皿とか出しとけばいいか?」

 

「あ、それは助かるよ。お願いしてもいいかな」

 

「おっけー」

 

 

 この後、歩夢と一緒に朝ご飯を食べた。

 歩夢の玉子焼きと味噌汁は、やっぱり頬っ辺(ほっぺた)が落ちるほど美味かった。

 





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