ONE STEP FORWARD FOR DREAM   作:フラトラ

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 お久しぶりです。



CHAPTER 3

 

 ──私立虹ヶ咲(にじがさき)学園。

 

 それは東京のお台場に位置する中高一貫校だ。自由な校風と豊富な専攻が特色で、全国から優秀な人材が集まる人気校であり、全校生徒はなんと三千人を超える。おおよそ高校という規模を遥かに超えたその高校に、俺と歩夢と侑は通っていた。

 

 初めての人や方向音痴の人は、確実に迷子になるほど広大である校舎と敷地。それでいて、最新鋭の設備が整ったこの学園は、まさしく高校生が描く理想の学校だ。連絡などもタブレットで行われ、まさに現代の最先端を征く高校とも言えるだろう。

 

 一応共学ではあるが、女子生徒の方が圧倒的に多い。男子が全体の二割弱程度で、その数は俺を含め五百人程度しかいない。その為、肩身の狭い思いをすることもある。

 

 学科も豊富である。一番オーソドックスな普通科は勿論、外国語を主体として学ぶ国際交流学科に、ファッションやフードデザインを学ぶライフデザイン科。コンピュータやプログラムについて学ぶ情報処理学科などがある。

 

 そして、俺が所属する音楽科。音楽の歴史を学び、楽器の演奏や作曲なども授業の中で行う。二ヶ月ほどの短期海外留学もカリキュラムに含まれており、数ある学科の中でも音楽科が一番充実したカリキュラムが組まれていると思う。

 

 その他にも多数の学科が存在し、様々な専攻が存在する。

 

 ちなみに、UTX高校という似たような高校が秋葉原にも存在しているが、あちらは完全な女子高で所謂お嬢様学校であり、虹ヶ咲学園とは全くの無関係である。

 

 

 

──しあわせですか ねえ しあわせですか

 

 そんな俺はといえば、新しく作った歌を授業の中で弾き語りをしている真っ最中だった。自分で作詞作曲した曲、もしくは既存のアーティストのカバーなどを発表する授業だ。勿論自分で作った歌を発表した方が評価は高くなる。

 この前の新入生歓迎会の時に披露した曲とはまた別の新曲で、今回はまだ曲名すら決まっていない。とりあえず、仮に“無題”としておこう。

 

確かな夢がここにひとつだけあった──

 

 今回はただギターの弦を荒く掻き鳴らすのではなく、スリーフィンガー奏法と呼ばれる弾き方で演奏している。親指、人差し指、中指を駆使し、リズミカルに弦を弾いていく。こうすることによって、演奏に疾走感が生まれたり、音が重なり合って綺麗な和音や世界観を生み出すことが出来る。ただし、単純にギターを掻き鳴らすのとは違い、ある程度高度なテクニックが要求される。

 

 演奏を終わらせると、クラスの皆から大きな拍手を貰った。聞いた話によると、なんとクラスの全員が俺のファンらしい。皆が皆満足そうな表情をしていた。

 

「……やっぱり神崎くんは天才ですね。私から教えられることはもうほぼ無いと思います」

 

「先生そんな。大袈裟ですよ」

 

「いえ、断じて大袈裟なんかではありません。間違いなく神崎くんは天才中の天才です。歌声も演奏の技術もその才能も、全て神様からの贈り物でしょう」

 

「は、はぁ……」

 

 もう何度聴いたか分からない言葉。確かに天才とか言われるのは素直に嬉しい。俺が頑張って努力した結果だから。だけど、流石に神様云々の話になってくると大袈裟としか言い様がなくなる。

 クラスメイトも先生の言葉に同意したり、深く頷いたりしている。誰かしら否定してくれたりしても別に構わないのだが、そんな人はこのクラスに誰もいなかった。

 

「本当に素晴らしい演奏でした。次も期待していますよ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 発表が終わったのでギターを持って自分の席へと戻る。周りのクラスメイトに「新曲凄く良かったよ」だとか「ギター上手すぎ」など言われ、心が弾む。こうして直接賞賛されるのはやっぱり嬉しいものだ。

 

 次の人の発表が始まった。俺と同じく自分で作った曲らしい。俺はそのまだ名も知らない歌を聴きながら、良い曲だなと思いつつも、しかし心の奥深くでは全く別のことを考えていた──。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ──今朝のことだ。

 

 いつも通り歩夢が起こしに来て、いつも通りの朝を迎えるはずだった。

 

「おはよう、拓海くん。朝だよ」

 

「んん……あと五分……」

 

 昨晩は作詞作曲の調整で少し夜更かししてしまった為、まだまだ眠い。起きなければならないのは分かっていたが、それでも身体は睡眠を求めていた。

 

「もう、遅刻しちゃうよ? ほら、起きて」

 

「ああっ」

 

 歩夢に布団を剥がされ、我ながら情けない声を出してしまう。今まで暖かい空間にあった身体が部屋の冷たい空気に晒され、急激に冷えてゆく。もう四月終盤とはいえ、寒いものは寒い。

 

「ちょ、歩夢、寒い、布団っ」

 

「ダメでーす。ちゃんと起きて下さーい」

 

「いやマジで。頼む、あと五分だけ……!」

 

「ダーメ。そうやって起きたことないでしょ──わっ」

 

 もうちょっとだけ寝ようと交渉している最中、歩夢が何かに気付いたかのように声をあげる。何事かと思って彼女の顔を確認し、その視線の先──俺の下半身部分──へ目を向けると。

 

 

 

 

 

 ──そこには立派なテントが張ってあった。

 

 

 

 

 

 眠気がスッと一気に覚めていく。散々睡眠を求めていた脳は覚醒してクリアになった。今なら俺の苦手な数学の、どんな問題でも暗算で解けそうな勢いで脳が活性化している。

 さて、ここはどうするか。歩夢は顔を赤くしたまま固まってしまっている。ならば、この言葉しかない。

 

 

 

「いやん、えっち」

 

「なっ、えっ、えええええっちじゃないよぉ!」

 

 俺の言葉に我に返ったようで、面白いほどに慌てふためく歩夢。このままからかい続けたい欲が強かったが、これ以上はセクハラになりかねないので、ここは素直に謝って布団を被せて隠しておく。

 

「ごめんごめん、はしたない所を見せてしまったな。でも、これは仕方のないことなんだ」

 

「べっ、別に大丈夫だよ。ちゃんと分かってるつもりだし、見慣れてるから……」

 

 ──流石に聞き捨てならない言葉があり、思わず起き上がる。

 

「は、はぁ!? 見慣れてるっ!? おっ、お、おおおお前!! 俺に言わずにいつの間にそんなっ!? 誰だ!? 誰とやったんだ!? 俺の知ってるヤツか!?」

 

「……えっ? あっ、ああっ、ちがっ、違うの! 見慣れてるってのは、その、あああ朝勃ちのこと!」

 

 お互い必死になって言葉のやり取りをする。その姿は傍から見たら滑稽に見えるかもしれない。

 

「だって毎日毎日起こしに来てるから! 今までに何度も同じようなことがあっただけだよ! 拓海くんに言ってなかっただけで……!」

 

「あっ、なるほど。そういう感じね……」

 

 何だか拍子抜けしたが、ひとまず安心した。もし歩夢が何処の馬の骨だか知らない男とそういう関係になっていたら、首を吊るかベランダから飛び降りるところだった。

 でも、確かにそうだ。この五年間ほぼ毎日起こしに来てもらっているのだ。朝勃ちの一つや二つ、俺が知らない内に歩夢に見られていたとしても何ら不思議な話ではない。それに、朝勃ちに関してここまで理解してくれる彼女に敬意を表する。それだけでも救われるし、恥ずかしさもあまり感じない。

 

「お、お母さんも言ってた。全然普通のことで健康的なものだって。だ、だからね? 大丈夫……だよ?」

 

「ちょっ、おい! 何で美来(みく)さんにまで言ってんだ!?」

 

「だ、だってぇ……」

 

「だってもクソもあるかっ!」

 

 前言撤回。大丈夫じゃないし滅茶苦茶恥ずかしい。歩夢だけならまだしも、彼女の母親である美来さんにまで知られているとなると話は違う。

 上原美来さん。簡単に言えば俺のもう一人の母親のような存在だ。家族が他界した時も最初の内は沢山迷惑を掛けてお世話になったし、勿論今でも色々なことでお世話になっている。そんな母親のような存在に、俺の朝勃ちを歩夢を通じて知られているとなると、どうしたらいいか分からなくなってくる。

 

 若干涙目になっている歩夢。その表情ですら愛おしいと思えるが、歩夢を泣かせたことを侑に知られたらどうなるか分かったものでは無い。とりあえず、一旦落ち着こう。

 

 お互いに深呼吸。

 落ち着いた頃、先に口を開いたのは歩夢だった。

 

「……ねえ。そうなるってことは、やっぱりえっちな夢でも見てるの?」

 

「……ん? いや、そうでもないぞ。夢の内容に関係なく、する時はするもんだ。男の生理現象だからな」

 

「そ、そっか。そうなんだ……。へぇ、ふーん……」

 

 先程とは打って変わって、まじまじと興味深そうに布団で隠れた俺の下半身部分を凝視してくる歩夢。いくら彼女とはいえ、そんなにじっと見られると恥ずかしいものは恥ずかしい。下手したら変な気分になりそうだ。

 

「あの。いつまで見てるんですかね」

 

「──えっ!? あの、えと! そ、そう! あの、私、朝ごはん作ってくるね!」

 

「お、おう」

 

 歩夢は凄い勢いで俺の部屋から出ていった。思わず溜め息をつく。俺が原因とはいえ、朝からバタバタして少し疲れてしまった。とにかく、早く着替えよう。時計を見れば、いつもより遅い時間だった。もたもたしていると本当に遅刻してしまう。

 

 ──いつの間にか、朝勃ちは嘘のように収まっていた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 結局あの後、歩夢とは気まずい雰囲気のまま放課後を迎えてしまった。朝ご飯を食べる時も、学校へ向かう通学途中も、そして学校内でも、歩夢は(かたく)なに俺と目を合わそうとしなかったし、話を振ってもすぐに終わってしまった。俺が全然気にしてないと言い聞かせてみても、まるで聞く耳を持たなかった。

 

 当然、侑にはどうしたの、と心配そうな声色で怪しまれたが、馬鹿正直に歩夢に朝勃ちを見られてからずっとこんな感じなんだ、と言える訳もなく。適当にはぐらかすしか方法は無かった。まあ歩夢も俺の意図を汲んでか、同じようにはぐらかしてくれたので、そこは助かった。

 

 どうしたものかと頭を悩ませながら放課後の校舎を歩く。夕暮れの最中(さなか)、傾いた太陽の光が窓から差し込んでくる。部活に向かっている生徒もいれば、我先にと帰路へ向かっているだろう生徒もいる。通り過ぎゆく教室内を見れば、残って課題に追われている生徒もいたり、スマートフォンでゲームをしたりしている生徒もいて本当に様々だ。

 

 今日は俺も帰ろうか。スマートフォンを確認しても誰からの連絡も入っていない。歩夢と侑も二人で遊びに行ってるのだろう。二人で遊べば、今日あったことも忘れるかもしれない。そう思った俺は、下駄箱に向かって歩き出した。

 

 下駄箱に着くと、予想に反して見慣れた女の子が目に入った。その様子から、誰かを待ってるようだ。特に気にすることもせず、普通に声を掛ける。

 

「歩夢」

 

「あ、拓海くん……」

 

「誰か待ってるのか?」

 

「……えっと。拓海くんを待ってたの」

 

 やはり気まずさを隠せない様子で、それでいて若干を頬を染めながら。夕日に照らされて困ったように微笑む彼女の姿は、とても魅力的に見えた。

 

「俺? 連絡くれればすぐに行ったのに。待たせたろ?」

 

「ううん。全然大丈夫だよ」

 

「侑は?」

 

「友達と遊ぶ約束があるみたいで、先に帰っちゃった」

 

 そっか、と言いながら俺は上履きから下足に履き替える。歩夢も俺に続いて靴を履き替えた。

 

「じゃあ、二人で帰ろうか」

 

「……うん」

 

 校舎を出て、二人並んで家路につく。こうして歩夢と二人きりで帰るのは何時ぶりだろうか。憧れていた歩夢と二人での下校。しかし、今の状況が状況なだけに、素直に喜べずにいた。

 

「…………」

 

「…………」

 

 二人の間を沈黙が支配する。聴こえてくるのは道路を走る車の音や、電車などの環境音だけ。この前のように、出来れば歩夢と手を繋ぎたいが、今繋いだら余計に面倒なことになりそうなので辞めておく。そもそも、そんな勇気ないし。

 

 何を話そうか。今朝のこと? いやいや、蒸し返してどうする。それは愚の骨頂すぎる。じゃあ今日発表した新曲のこと。……それもダメだ。話が続く気がしない。

 

 俺がああでもない、こうでもないと悩んでいると、意外にも歩夢がその沈黙を破った。

 

「……あ、あのね、拓海くん。今朝はごめんね?」

 

「ん? ああ。だからもう気にしてないから大丈夫だって」

 

「でも、私いっぱい見ちゃったし、お母さんにも言っちゃったし、嫌だったよね……」

 

「嫌というか、まあ流石にちょっと恥ずかしかったかな」

 

「ほら、やっぱり……」

 

「でも、歩夢は理解してくれたじゃん。この際、美来さんに知られたことは抜きにしよう。本当だったら変態扱いされててもおかしくないのにさ。歩夢は何も言わずにいてくれた。それだけでも十分だよ」

 

「そういうものなの?」

 

「そうだよ」

 

 これが歩夢じゃなくて他の女の子だったら、今頃俺は学校に来れてなかっただろう。写真を撮られ、それを学校中の生徒にバラ撒かれ、変態だクソだの言葉の暴力で殴られ、挙句の果てに誇張の入った嘘まみれの推測で濡れ衣を着されられる。そんなことになれば人生お先真っ暗間違い無しだ。見られたのが歩夢で本当に良かった。

 

 ちなみに、これが侑だった場合。彼女も彼女で理解してくれると思うが、彼女はまず爆笑して、それをいいことに延々とイジってきそうだ。偏見ではあるが。

 

「まあ、今後はそういうことがあっても、見て見ぬふりをしてくれると助かるかな。それでこの話は終わりってことで」

 

「う、うん、分かった!」

 

 ふう、とりあえずこれで一件落着かな。歩夢もどこか安堵した様子で、胸を撫で下ろしていた。これならば気まずくなる心配はないだろう。良かった。

 

 

 さて、これで心置き無く会話出来るな。滅多にない歩夢と二人きりでの下校の時間を楽しめる。その幸せな時間を、一秒でも無駄にせずに噛み締めたい。

 

 そう思った矢先だった。

 

「あ、あの!」

 

 背後から声を掛けられる。知らない声だ。誰だと思って振り返ると、そこには見知らぬ女の子が息を切らして立っていた。服装から、ウチの高校の女子生徒だということが分かる。

 

「神崎拓海さん、ですよね?」

 

「あ、はい。そうですけど……」

 

 俺の名前を知ってることに吃驚しつつも、歩夢にアイコンタクトを送る。どうやら歩夢も知らない子らしい。だとすると、本当に誰だこの子。色々思考を巡らせていると、一つの可能性が脳を過った。

 

 ──もしかして、俺のファン?

 

 それならば俺の名前を知ってても納得がいく。実際、声を掛けられたことは一度や二度のことでは無い。サインだって要求されて書いたこともあるし、一緒に写真を撮ってあげたこともある。それにしても、やっぱりこうして直接声を掛けられると本当に嬉しい。

 

 今回もファンの一人だろうと楽観的に考えていたのだが、次に彼女の口から放たれた言葉は、俺の予想の遥か斜め上を行くものだった。

 

 

 

「……お願いがあります。私──いえ、私達の為に、曲を作ってくれませんか?」

 

「「……えっ?」」

 

 ──覚悟を決めたような真剣な顔の女の子に対して、俺と歩夢はただ素っ頓狂な声をあげることしか出来なかった。

 

 





 ありがとうございました。

 作中で主人公が歌っている歌詞は、長渕剛さんの「18インチの罠」という歌からです。CD原曲では無く、1981年秋のスタジオライブ音源を想像して書き上げました。

 次回もよろしくお願いします。

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