ONE STEP FORWARD FOR DREAM 作:フラトラ
「──よし、できた」
作曲を始めてから一体何時間が経過したのだろう。気が付けば外は明るくなっていた。時刻は午前七時前。いつもだったら歩夢が起こしに来る時間帯だ。
「ふぁ〜あ、ねっみ」
大きな欠伸を一回。流石に身体に疲れも溜まっている。
あれから一睡もせず、ただひたすらに作曲にのめり込んだ甲斐があって、一晩で曲を完成させることが出来た。今まで幾度となく歌を作ってきたけど、一番早い完成といっても過言ではないだろう。だからといって曲のクオリティが低いという訳でもなく、数ある俺が作った曲の中でも指折りのクオリティを誇ると思う。改めて、モチベーションがいかに大事なのかと身に染みた。
今回の曲は今まで作ってきた曲とはまた一風変わった曲に仕上げた。俺の曲はフォークソングのような曲調のものばかりだったが、今回の“CHASE!”はロック調の曲となった。今までロック調の曲は作ったことが無かったので、初めての試みとなったが、自画自賛したくなる程良い曲となった。
優木さんは言っていた。“誰もが大好きと言えちゃう世界を、私の歌を通じて広げていきたい”と。そんな彼女の野望を高らかに歌い、一歩を踏み出そうと背中を押してくれるのが、この曲だ。
ただ、これで曲作りは終わりという訳では無い。後は優木さん本人に聴いてもらって、そして歌ってもらって、曲のキーやテンポなど、細かい部分を彼女の希望通りに調整してからそこでようやく終了となる。
優木さんはこの曲を聴いてどう思うだろうか。喜んでくれるだろうか。そんなことを睡眠不足の頭の中で思いながら、作り終えた曲を再生する。ちなみに、ボーカルは仮で機械音声に任せている為、今の段階だと無機質に感じてしまう。本当だったら俺が歌った方が良かったのだろうが、作曲の時間帯が真夜中だった為、近所迷惑になることを考慮して機械に歌わせている。しかし、優木さんのあの歌唱力と声があれば、とんでもない曲に化けるに違いない。俺は今から優木さんに歌って欲しいという気持ちでいっぱいだった。
そういえば、優木さん以外のスクールアイドル同好会のメンバーもこの曲を歌うことになるんだよな。あくまで優木さんメインで考えて作ってしまったけど、大丈夫だっただろうか。今更だが、ちょっと不安になってきた。
そんなことを考えていた時だった。俺の部屋の扉が開く。歩夢が起こしに来た。
「……あれっ、起きてる」
「ん、おはよ、歩夢」
「おはよう、拓海くん」
歩夢がこちらに近付いてくる。ふわり、と俺が大好きな彼女の甘い良い匂いが鼻を擽った。
「もしかして、ずっと起きてたの?」
「ああ、まあな。お陰で今めちゃくちゃ眠い」
「それはしょうがないよ。それで? 夜通し何やってたの?」
「作曲だよ。ほら、昨日優木さんに頼まれた件」
「……ふーん、そうなんだ」
俺の顔と作曲を行っていたPCの画面を見比べて、心做しか若干不満そうにする歩夢。その態度に何も疑問を抱かない訳では無かったが、それより彼女にも新しい曲を聴いてもらうことにした。
「歩夢にも聴いてもらおうか。歌は今のところ機械なんだけど、まずは楽曲やメロディに対して率直な感想が欲しい」
「う、うん、分かった」
ヘッドフォンを渡し、歩夢が装着したのを確認してから最初から再生する。曲が流れ始めたのか、歩夢は少しだけびくっと身体を震わせて、だけどすぐに真剣な様子で聴き始めた。
こうして彼女に完成前の曲を聴いてもらうのは初めてではない。というより、ライブで披露するなどの、人前で発表する曲は必ずと言っていい程試聴を頼んでいる。やはり人前で発表する曲は一度身近な人に聴いてもらいたい。そんな思いで頼み始めた。
最初はロボットのように全肯定しかしなかった歩夢。しかし最近では、知識が付いてきたのか自分の意見も言うようになってきた。全肯定でも勿論嬉しいけど、個人的には意見を言ってくれた方がありがたい。今後の曲作りの参考にもなるし。
曲が終わったのか、ヘッドフォンを外した歩夢。
「……うん、良かった。サビも盛り上がるし、本当に良い曲だと思う」
「そっか。それなら良かった」
「でも、珍しいね。拓海くんがこういう歌を作るなんて」
“こういう歌”と比べてるのは俺が今まで作ってきた曲だろう。やはり何度も頼んでいるだけあって、歩夢も違いが分かっているようだ。
「まあな。今回は元となる歌詞や優木さんの想いもあったし。それに準じて作っていたら自然と、な。初めて作る曲調だったけど、気に入ってもらえて良かったよ」
「うん」
後は侑にも聴いてもらおうか。他ならぬスクールアイドルが歌うことになる曲だ。俺と同じく元スクールアイドルオタクの彼女にも良いと言ってもらえれば、この曲は間違いなく皆から受け入れられるだろう。
「じゃあ私、朝ご飯とお弁当作ってくるね」
「ああ、いつもありがとう。頼む」
「ううん、いいの。それよりも今日寝てないんでしょ? ちょっとの間だけでも寝たらどうかな。朝ご飯出来たら起こしてあげるから」
「いいのか? じゃあお言葉に甘えて」
「うん、おやすみ」
微笑みながら俺の部屋を後にする歩夢。お言葉に甘えるどころか、俺はいつも歩夢の優しさにズブズブと甘えてばかりいるのだが。このままだと本当にダメ人間になってしまいそうで、少し危機感を抱きつつある。
──まあ、この先もずっと歩夢といるだろうし、別にいいか。
さて、一仕事終えたら一気に眠気がじわじわと身体を蝕んできた。十数分くらいしか眠れないだろうが、歩夢の言う通り少し仮眠を取ることにする。
ベッドに横になると、俺はすぐに眠りの世界に旅立って行った。
◆
所変わって虹ヶ咲学園。午前の授業は終わり、昼休み。俺は屋上で昼飯を食べた後、作った曲を渡す為に、昨日優木さんに教えて貰った生徒会長の連絡先にコンタクトを取ろうとしていた。しかし、朝送ったメッセージに未だに何の反応もない。一応この学校は、授業中以外であれば自由にスマートフォンを使用していい筈なのだが。
「にしても全然既読が付かないな……」
もしかして書いてあったIDなどが間違っていたのか。一瞬それも考えたが、メッセージのトークの画面には“中川菜々”と表示されている。間違いない、生徒会長の名前だ。であれば、スマートフォンの電源が切られているか、赤の他人からのメッセージを拒否しているか。
まあ、授業が全て終わるまでスマートフォンの電源をオフにしているのだろう。例え休み時間中には使用して良かったとしても、だ。何せあのクソ真面目な生徒会長のことだしな。
優木さん自身も、まさか昨日の今日で曲が出来るとは思ってはいるまい。それを踏まえて、数日後に連絡が入ると生徒会長に伝えていても何もおかしくはない。
この昼休み中には来ないなと判断した俺は、彼女へ「放課後、屋上で待ってます」とだけ最後にメッセージを送る。相変わらず反応は無い。そこでスマートフォンをマナーモードにしてブレザーのポケットに仕舞う。
「……やば、眠いな」
心地良い風と日光が、嫌という程眠気を誘う。ましてや今日はそもそも寝てないし──朝ちょっとだけ寝たが──、歩夢が作ったお弁当を食べて満腹になった直後だ。眠くならない訳が無い。
堪らずブレザーを脱ぎ、それを枕に座っていた場所に横になる。頭上には気が狂いそうな程綺麗な青空が広がっている。青い空に白い雲。こんなにも良い天気だというのに、幸いにも俺以外誰もいない。果てしなく澄み渡っているスカイブルーの空は、今俺だけが独占してるんだ、などと柄にもないことを考えてみたり。
……本格的に眠くなってきた。昼休みが終わるまで後20分。決めた、少しだけ仮眠を取ることにする。今回は歩夢がいないから、寝過ごさないようにアラームも忘れない。
そして朝と同様に、俺が意識を手放すのにそう時間は掛からなかった──。
◆
「──ちょっと、起きてください」
「……んあ?」
誰かに身体を揺すられている。折角人が気持ちよく眠っていたのに、この至福の時間を邪魔するのは一体誰だ? 堪らず文句の一つでも言おうとした所で、俺を起こした張本人が目に入り一気に頭が覚醒する。
「ふう、やっと起きましたか。おはようございます。音楽科二年、神崎拓海くん」
「せ、生徒会長……」
手を後ろで組みながら俺の目の前に立っているのは、朝からメッセージを送っていた張本人、生徒会長。本名を中川菜々、またの名を“鬼の生徒会長”。
グレーの長髪を三つ編みでまとめ、眼鏡も掛けていて絵に書いたような真面目な人である。性格もやはり真面目で、他の生徒が校則を破る等の不正や不良行為を見掛けた場合、すぐに注意しに来るほど。更に真偽は不明だが、数千人在籍している虹ヶ咲学園の生徒全員の顔と名前を覚えているらしい。
「遅くなって申し訳ありません。つい先程貴方からのメッセージを確認したところで」
「ああ、いいよいいよ。それより今何時──あっ」
そこでようやく気付く。ちょっと待て、落ち着いて記憶を辿る。
俺は今まで何をしていた? そう、昼寝だ。じゃあ何時から? それは昼休みから。それで今の時刻は──?
慌ててスマホの時計を確認すると、そこには間違いなく“16:00”と書かれていた。実際には鳴ったであろうアラームの通知やメッセージの通知と共に。この時間は既に全ての授業が終わり、放課後になっている時間だ。
ということはつまり、俺は昼休みから今の時間までずっと寝ていたことになる。
……やっべ。マジでやらかした。サーッと、身体中から血の気が引いていくのが嫌でも分かった。
「? どうかしましたか?」
「い、いや! なんでもない!」
まさか馬鹿正直に、ずっと今までここで寝ていたとも言えず。その事を彼女に知られたら真っ先に職員室連行コースだ。そうなると先生からの大目玉は間違いない。嘘を付くのは少々心が痛いが、後で先生には体調不良で休んでいたと伝えておこう。
「そうですか、なら良いのですが。……それよりも、曲が出来たというのは本当ですか?」
俺の態度に不思議そうにしていた生徒会長だったが、深く探るようなことはして来ず、本題に入ってきたので助かった。
「ああ、本当だよ。……はい、これ。このUSBメモリの中に楽曲データが入ってる。一応フルの楽曲と、オフボーカルバージョン、後ボーカルのみの三形態あるってことを伝えてもらえれば」
制服のポケットの中からUSBメモリを取り出し、彼女に渡す。しかし、受け取ったそれを渡されてもなお、未だに半信半疑の様子だった。
「えっと、優木さんが作曲を頼んだのは昨日でしたよね?」
「そうだよ」
「ですよね。まさか一日で出来上がるなんて考えてもなかったです。それで──その曲って、今ここで聴くこと出来ますか?」
「え? まあ俺のスマホにも入ってるから聴けるけど……」
「でしたら、私もちょっと聴いてみたいです。優木さん達が歌うことになる曲に、純粋に興味があって」
やたらと食い気味に聞いてくる生徒会長。少々興奮を隠せていない様子。彼女にこんな一面があっただなんて意外だった。優木さんと同じく、自分の好きな物を前にすると暴走気味になるタイプだろうか。
少し考える。正直に言えば生徒会長は優木さんと幼馴染なだけの部外者だ。そんな彼女にまだ発表前の楽曲を聴かせてやる義理があるのかというと、答えは間違いなくノー。
「……ダメですか?」
しかし、今の彼女を見ていると、中々断りづらい。まるで幼い子供のように、眼鏡の奥の双眸を潤ませて、そして輝かせて。こちらに期待と懇願の眼差しを向けてくるのだ。参ったな、今まで生徒会長に抱いていた怖いイメージが完全に崩れ去ったぞ。
「いや、まあ。ダメじゃないよ。うん、聴きたいなら、どうぞお好きに」
「わあっ、ありがとうございます!」
生徒会長に聞いてもらったとしても、別に減るもんじゃないしな。寧ろ何か一般人目線のアドバイスや意見を聞けるかもしれない。そう判断した俺は、スマホを出し作った曲をいつでも再生出来るように準備をした。生徒会長は黄色いイヤホンを取り出し、俺のスマホに差し込んで曲を聴き始めた。
曲が始まったのか、目を見開いて固まった生徒会長。
「……すごい」
イントロを聴いてすぐ、そんな言葉を漏らしたのを聞き逃さなかった。そして、目を閉じて静かに聴き始めた。
──それにしても、生徒会長って優木さんに似ているな。
髪の色は勿論そうだけど、スタイルとかの姿形を見ても本当にそっくりだ。声も似ている。顔はそんなマジマジと見ていないから判断できないけど、眼鏡を外せばかなり似ているんじゃないか? 二人は幼馴染らしいけど、親戚──いや、双子と言われても全然納得出来る。
もしかしたら同一人物なのではないか。そんな考えが浮かんだ所で、生徒会長がイヤホンを外す。どうやら曲の一番を聴き終えたようだった。
「……すごい、本当に良い曲だと思います。優木さん達も喜ぶに違いありません。後は、その……疑ってすみませんでした」
「全然大丈夫だよ。俺がちょっと張り切りすぎて一日で出来上がっちゃっただけだから」
まあ、その張り切りすぎた結果、寝過ごして授業をサボるというやらかしをしたのだが。今度からは本当に気をつけるようにしよう。
「……そう言って貰えると助かります。あ、それと、私からもお礼を言わせて下さい。今回は曲を作って下さり、本当にありがとうございましたっ……!」
「お、おう」
生徒会長は深々と頭を下げ、まるで自分のことのように感謝を告げる。どうしてだろう、頭を下げている生徒会長の姿が優木さんと重なった。俺と歩夢のように、優木さんと生徒会長は強い幼馴染の絆で結ばれているのか、はたまたやはり二人は同一人物なのか──。
普通に考えたら前者なのだろうが、どうしても俺には引っかかる点があった。
「じゃあ、後は優木さんにUSBを渡しておきますね」
「ああ、頼むよ。あ、そうそう。曲のキーやテンポとか、何か細かい部分で希望があるなら言って欲しい、って伝えて貰えるかな?」
「分かりました。伝えておきます」
とりあえず、これで一段落だ。後は優木さんからの伝言待ちだな。仮に希望がない場合は煮るなり焼くなり彼女の好きにしてもらう。優木さん達スクールアイドル同好会が、どうこの曲を歌い、どのようにして表現するのか。歌の練習やダンスの振り付けなどもあるから、完璧な披露までにはもう少し時間が掛かるだろうが、今からライブが待ち遠しくて仕方がない。この高まった情熱は、過去の優木さんのライブを見て満たすことにしよう。
「さて、と。私はそろそろこの辺りで失礼します」
「あ、うん。生徒会の仕事もあるだろうし、忙しいところ悪かったね」
「いえ、お気になさらず。……それでは、また」
そう言って生徒会長は俺に背を向けて歩き出した。うーん、やっぱり優木さんと似てる……よな? 今度会った時はちょっと聞いてみるか。
さてと、用も済んだし帰るとするか。あ、そうだ。午後の授業の担当の先生に謝りに行かないと。
そういえばメッセージも来ていたなと思いスマホを開く。
「うわっ」
思わず声を出してしまったのは、メッセージが合計で150件以上来ていたからだ。しかも現在進行形でスタンプが留まることなく送られ続けて来ている。いわゆる“スタ爆”というやつだ。
こんなことをするのは一人しかいないと思い、メッセージアプリを開く。歩夢からは五件、そして俺の予想通り侑からはたくさんのメッセージが送られてきていた。
歩夢からのメッセージは、「今日一緒に帰れる?」「ねえ」「おーい」といったメッセージと不在着信が二件。侑からのメッセージは、文で送られてきているものが無く、まさかの全部同じスタンプだった。しかも既読を付けたにも関わらず、未だに送り続けてきやがる。暇かよ。
急いで電話を掛ける。相手はもちろん歩夢。すると1コールが終わる前に電話に出た。
「もしもし?」
『もしもし、拓海くん? 今どこにいるの?』
「屋上だよ。今までずっと寝ててスマホ見れてなかったんだ、ごめん」
『今までって……もしかして授業中もずっと屋上で寝てたの?』
「うん、まあ、そんなとこ」
『ええっ!? 何やってるの、もー……』
電話越しで歩夢が呆れてるのが分かる。侑も傍にいて聞いているのか、「あちゃー」といった声が聞こえてきた。
「おい、侑。そこにいるんだろ? よくもスタ爆してくれたな」
『えー? 授業サボって昼寝しててさ、反応がないタクが悪いんじゃん』
「うぐっ」
それを言われると何も反論出来ない。ちくしょう。
『しかも相手は愛しの歩夢ちゃんなのにさ?』
「ちょっ、おまっ」
『ちょっと侑ちゃん! な、何言ってるの!? もう!』
『あはは、ごめんごめん』
侑がニヤニヤして。でも歩夢は、頬を膨らませて怒っている姿が電話越しでも容易に想像出来る。“ぽむぽむ”と全然痛くないパンチをしながら。全く、今回は侑に一杯食わされたな。
「はぁ……。とりあえず今どこいる?」
『う、うん。教室だけど、今から昇降口に向かうところ。拓海くんも来て? 一緒に帰ろ?』
「ああ、分かった。でも教室と職員室に寄ってくから、ちょっと待っててな」
『うん、じゃあまた後でね』
『待ってるよー』
「おう」
電話を切る。よし、急いで荷物を纏めて職員室に行って用を済まそう。歩夢達が待ってる。
俺は若干小走りで屋上を後にするのだった。
閲覧ありがとうございます。