人生のやり直し。それが出来るのであれば、どれほど人生が楽になるだろうか。そう考えたことがある人は、1人や2人じゃないはずだ。
俺、
Vtuberになりたい。そう思ったことも何回かあった。しかし「楽してチヤホヤされながら金を稼ぎたい」という思いが原動力にあるなら長続きはしないだろうし、女ではなく男のVtuberはかなりハードルが高い。そもそも、踏み出す勇気すらなかった。もしもその踏み出す勇気があるなら、俺は正社員にだってなれていただろう。
今日もバイトへ行き、いつも通りに働き、疲れ果てた身体で絵を描く。そんなサイクルが待っているはずだった。俺を轢こうとする、トラックが眼前に迫るまでは。
「……ぅ?」
「おい人間。落ち着いて話を聞け。お前は今から死ぬ」
トラックのライトが眩しく、これから起こることを想像して、思わず目を瞑った俺はいつまでも来ない衝撃に疑問を抱き、目を開く。すると眼前には、真っ黒で顔のない人型の何かがいた。
「身体が、動かない!?」
「時を止めた空間で、頭だけ動かせるようにしたのだ。喋れるし瞬きも出来るが、身体は動かない。
さて。お前の人生、後悔はなかったか?」
「……後悔しかなかった」
「それが普通であろうな。後悔の無かった人間など、極僅かしかいない」
真っ黒な存在は、俺に語り掛ける。これは走馬灯とは、また違った何かだろうな。目の前の存在は死神か悪魔か。それとも神か。何にせよ、俺が今から死ぬのは変わりないだろう。
「私は悪魔だ。見て分からんか?真っ黒な存在が、神なわけなかろう」
「……頭が足りなくてすまない。高卒なんだ」
「謝らんでもいい。
でだ、悪魔な私がお前に取引をしに来た理由は一つ。貴様が願っていたことを叶える代わりに、寿命を半分貰おうというものだ」
「願っていたこと……?
人生をやり直したい、というものか?」
「それだ。その願いを叶え、時間を巻き戻す。お主はここでの交通事故で死ななくなるため、寿命は大幅に伸びるだろう。その半分を貰おうというものだ」
すると悪魔は、人生をやり直させてくれると言った。ついでに寿命を、半分貰うとも言われる。確かに魅力的な提案だが、寿命を半分削るということは、80歳までいきることのできる人生が、40歳にまで縮むということ。
どんなに寿命が長くても、50歳までは生きられないということだ。今死ぬか、人生をやり直した上で、短命な人生を楽しむか。その選択なら、俺は今死ぬ方を選ぶ。
「おいおい、人生をやり直せると言うことは、今よりもっと楽な生き方が出来るということだぞ?
疲れ切った身体で判断させたのがまずかったか?」
「疲れてなくても、今死ぬ方を選ぶよ。それに、悪魔を名乗る奴の言うことを信用は出来ない。本当に減る寿命が半分なのかも怪しいし、どの時点での半分なのかも分からない。時間を巻き戻すとは言っても、この交通事故を回避する数秒だけとかなら意味がない。赤ん坊になるとして、記憶や知識は大丈夫なのかという不安もある」
「……んー、じゃあそうだな。巻き戻す時間は5年。半分になるのは捲き戻ってからの寿命で、寿命が半分になっても、この5年間は間違いなく死なないと保証してやる。あと記憶や知識はそのままだから安心しろ」
そう悪魔に告げると、引き留められて考え直すよう言われる。細かな条件が付けたされた後、悪魔はさらにニヤリと笑って、条件を付け足した。
「さらに、減らされるはずの寿命を日本円で売ってやるよ。10億円も稼げば、減らされた半分の寿命は元に戻るぜ?」
「……寿命、安すぎない?」
「減らされる寿命に関してだけだ。寿命を延ばす場合は、桁どころか単位が違うからな」
「ということは、寿命を倍に延ばすとかは、10兆円?」
「バーカ。10兆円どころじゃねえよ。10京円でも足りねえ」
その条件は、10億円で寿命を買い戻せるとのこと。ここでようやく俺は、人生の巻き戻しに興味が出た。悪魔の甘言に乗って、契約をしてしまう。
「じゃあ、5年分の時間を巻き戻すぜ。と言って、一度過ぎた時間を巻き戻すことが出来ると思うか?」
「……出来なさそうだな?」
「ああ、だから5年前の世界にそっくりな別世界に、お前に相当する魂へお前という存在を上書きする。残念だが、お前の考えているようなギャンブルでの大儲けは出来ない。簡単に寿命を買い戻されては困るからな」
悪魔は最後、とんでもないことを言って姿を消す。と同時に俺はトラックに轢かれ……。
気が付けば、女の子になっていた。
5年前、ということは俺は高校1年生のはずだ。悪魔は消える前、別世界の俺に相当する魂に俺を上書きすると言った。だからか、しっかりと記憶は思い出せるし過去の俺とほとんど同じ人生を歩んでいたようだ。
鏡を見る。大して美人ではなく、どちらかというと不細工。まあ俺が不細工なのだから、どう足掻いても不細工ではあるだろう。化粧をすれば化けるような気はするが、所詮は装飾。ただ胸はそこそこに大きく、背も縮んだとはいえ女子にしては高い部類。
悪魔はこういう時、男が女になった時のリアクションとか隠れて楽しんでそうだけど、俺が言えることは一つ。
「いよっしゃあああああ!」
TS願望がそれなりにあった俺は、家の中で高々と喜びの声を叫んだ。美人でなくても、女になれたのなら大万歳だ。直後、心配した母ちゃんが部屋に様子を見に来た。ごめん母ちゃん。根暗な娘がいきなり奇声を上げたらそりゃ驚くよね……。