輝きたくて   作:インスタント脳味噌汁大好き

2 / 114
Vtuber、はじめました

人生が巻き戻ったところで、情報を集める。今の俺の名前は、国吉 美春(みはる)というそうだ。悪魔が言っていたギャンブルでの金稼ぎについては、早々に諦めた。例えば競馬について、過去の競走馬の名前が違っているし、この時代を走っているはずの名前の馬が一頭もいない。

 

となれば、絵を描いて地道に稼ぐか?しかし俺の絵は、残念なことに神絵師と言われる方々の絵と比べると大変に残念な絵だった。というか比べることがおこがましい。

 

10億円。人生が巻き戻れば簡単に稼げると思えたその額は、現実になると一気に重く圧し掛かる。だから悪魔は、わざわざこの条件を付け足したのか。どうせ誰も、普通には達成できない条件だろうしね。簡単じゃんとかいう奴は、その簡単な方法を現実でやってみてほしい。

 

このまま高校に行き続けても、打開策は見いだせない。前の俺と同じく、ボッチだったようで友達もいないし、声をかけてくる人すらいない。正直に言って、高校へ通うのは辛い。成績も、大して上がらなかったし。

 

だらだらと1年が過ぎ、高校2年生になる。一人称が私になった以外、特に変わったことはなく、このまま行けば前世と同じような暮らしが待っているだろう。そう考えた私は、強硬策に出る。この世界、前の世界とそっくりな世界とは言っても、差異はある。だからVtuberが流行ることは確定事項ではない。でも今から数か月後に、世界で初めてのVtuberが誕生する可能性はそれなりに高い。

 

それまでにデビューできれば、人気にはなれなくても「実は世界初でしたVtuber」になってそこそこの額は稼げるかもしれない。万が一、いや億が一人気Vtuberになれば、10億円を稼ぐのは夢物語ではなくなるかもしれない。

 

さっそく、自分で絵を描いてそれをアバターにする準備を行う。一応、それらしい知識があったとはいえ、一からVtuberとしての準備をするのは大変だった。配信機材やマイクの準備だけでも大変なのに、絵を動かす技術がこの時代にはそんなにねえ!仕方なく私は、ぎこちない動きでも配信開始の準備を行う。

 

画面に映るのは、絵の私。ロングの金髪に、制服のような服。頑張ってお淑やかなお嬢様をイメージして描いたのに、どう見ても不良なお嬢様になってる。わりと没個性だなこれ。お嬢様キャラはインパクト重視としては良いけれど、人気になるのは無理そう。ま、美人さんだしある程度までは問題ないかな。

 

……この私の行為が、今後のVtuber界隈を破壊する行為になるかもしれないということは十分に理解している。もしかしたら、Vtuber界が滅茶苦茶になるかもしれない。その結果、推しに会えなくなるかもしれないし、Vtuberが前の世界ほど人気じゃなくなるかもしれない。

 

でもそんなの関係ねえ。10億円稼ぐなんて、真っ当な精神じゃ無理なんだよ。世界を一つ壊す覚悟でもなければ、社会の最底辺だった俺が大金を稼ぐなんて無理だ。そう自分に言い聞かせて、配信開始のボタンを押す。

 

「こんばんは。世界の皆さん。世界初のバーチャルユーチューバー、華山亜季ですわ」

 

世界初のVtuberが稼働するはずのXデーより2週間以上前。Vtuber華山 亜季(かやま あき)はデビューした。自らをVtuberと名乗り、これからゲームやお絵描きの実況配信頑張って行くぞと言った配信に来た最大人数は、僅かに6人。コメントは「ナニコレ」と「こん!」の2つだけ。一時は3人の時間帯すらあったため、泣きそうになった。なにこれ。心折れる。

 

「じ、自己紹介ですわ。ゲームは何でも好きですの。好きな食べ物はアイスですわ」

 

とってつけたようなお嬢様言葉に、どこにでも居そうな女の子の自己紹介。見に来てくれる人は少なかったけど、それ以上にずっと見るという人は少なかった。でも、その3人はチャンネル登録をしてくれたのか、チャンネル登録数は2人から5人になっていた。

 

別に3Dじゃないし、立ち絵も美しいわけじゃない。トーク下手なんて分かり切っていたし、1人でしゃべり続けるのも結構疲れる。それでもチャンネル登録数という数字が増えた時、とても嬉しいと言うか、この1人の人間に私は影響を与えることが出来たんだなという実感が湧いてくる。

 

1人でじっくりと、30分しかない初配信を見返すと喋れていない空白の時間帯がキツイ。声がいつもより高く、個人的には見ていられない。スタートダッシュには完全に失敗した。Twitterのフォロワー数なんて14人しかいないし、配信の感想なんてエゴサしても出てこない。

 

それでもXdayまでの間に、5回の配信をする。高校生としての生活をしながら、Vtuberの活動をするのはそれほど苦じゃなかった。精々、華山亜季が学生じゃないのかと勘繰られただけだし。

 

チャンネル登録数は36人と、順調に増えている。最近は、コメント欄に書き込んでくれる数人のお蔭で無言の時間がどんどん少なくなってきた。人間、慣れれば出来るようになるもんだけど……想像以上にキツイ。

 

しかし、とうとう配信していない時でもチャンネル登録数が増え、37人になる瞬間をスマホで確認する。ふへっと気持ち悪い笑みを浮かべてしまうけど、ここは私の自室。少しぐらい顔面が崩れても良いだろう。この数字を増やせるよう、今後も頑張ろう。

 

あ、1人減って36人に戻った。もうだめだ。病む。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。