輝きたくて   作:インスタント脳味噌汁大好き

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引き抜き

新規のベンチャー企業の場合、引き抜かれることを防止するために競業避止義務について就業規則に書かれていることは多い。私が一夜漬けで作った就業規則にも書いているし、恐らくゲーミングクラブの運営会社も規定していることだろう。

 

これは同業他社への転職を防ぐものだけど、同業他社へ転職して実際に訴えられるケースというのは少ない。管理職など重要な役職に就いていた者に対しては退職金の返納などを迫られることもあるが、基本的には「職業選択の自由」が優先される。

 

何でこんな話をしているのかと言うと、本来であれば早々に復帰宣言が為されて解決するはずのゲーミングクラブの騒動が、ずっと騒がれ続けているからだ。そしてDMの方に誰一人としてフォローしていない、されてないTwitterアカウントから「万が一があったら拾ってくれ」というメッセージが送られて来ている。

 

アカウント名は海斗。十中八九、崇禅寺海斗の裏垢だろう。あれだけ普段大胆不敵なRPをするのに、会社との交渉中から保身に走るとは案外臆病な人なのかな。

 

これに対する返答は「その万が一があってから相談しろ馬鹿」というシンプルなものにした。実際、辞めてからの接触じゃないとこちらとしても被害を被るだろうし、間違いなく法廷論争になる。

 

……パワハラがあったと内部告発をして、その後も会社に所属し続けるのは大変なことだ。そもそも、メンタルケアの必要な人間が過半数をしめてそうなメンバーで、これからVtuber活動を続けていくのも大変だろう。何よりゲーミングクラブの社長さんが、Twitter上で不平不満をぶちまけており、非常にヤバイ空気なのがこちら側にも伝わって来る。

 

「A子さん、これから6期生を一気に5人デビューさせるとして、予算は足りる?」

「……社長の3D配信で、100万のスパチャが入れば余裕でしょう」

「……あー。また予算が溶けるんじゃあぁ。

まあ要するに、最悪私の給料を0にすれば無問題ということだよね?」

「社長に投げられるスパチャの内、玉手箱の取り分である21%、21万円があれば余裕という意味で言ったのですが」

「あれ?じゃあ今結構余裕ある状態だね?」

「玉手箱も収入源が増えましたからね。ただし、例の5人を引き受けるなら1周年ライブまで本当に余裕がない状態が続きますよ」

 

3学期になって、高校へ行かなくても良くなった私は昼間からオフィスに入り浸る。お弁当が美味いんじゃ。最近はA子さんもお弁当を頼むようになってくれたので嬉しい。

 

「お久しぶりです、社長。明けましておめでとうございます」

「あけおめことよろ。

今日はシーバルさんと橋本さんがボイス収録の日か。何か2人揃ってるの珍しいね?」

「ええ。今日は帰りにコイツに美味い肉食わせる約束なので」

「おー。橋本さん良かったね」

 

私がオフィスを構えたビルには色んな企業さんが入っているけど、玉手箱はワンフロアを丸ごと借りている。事務所に併設された防音室と3D用のスタジオは、予約を入れれば誰でも使えるようになっているけど、今はボイス収録のためだけにある感じだね。もっと箱が大きくなったら、もっと大きなビルに引っ越したい。

 

シーバルさんと橋本さんはスーツを着ていると、いかにもなサラリーマンに変貌するのでこのビルに入って来る時も違和感とかないんだけど、まだ十代後半の私が入ろうとすると違和感バリバリである。1階の受付の人とかに、慣れるまで何度も止められた記憶。

 

シーバルさんと橋本さんが防音室へ行くのを見送って、姉辺りにこの2人が揃って防音室へ入ったことを伝えると掛け算しそうだなと思ったその時、休憩中のはずだったC子さんが叫ぶ。

 

「ゲーミングクラブ運営が声優変更を発表しました!5人全員です!」

 

その瞬間、事務所にいる半数ぐらいの人間がスマホを取り出して情報を確認しに行く。我が社は業務中でもスマホを取り出して良い、アットホームで雰囲気の緩い会社です。しかしまあ、事態の変化が急すぎる。話し合いをすると言っていたけど、そこで決定的に声優陣と運営陣で捻じれたらしい。

 

……まだゲーミングクラブのチャンネル登録数は、34万人と前の世界の崩壊時である50万人と比べると少ない。本来であれば、あと3か月は数字が伸び続けたが、玉手箱という異物があったため、34万人という数字になったのだろう。

 

しかしそれでも、大事件には変わりない。パワハラを認めた上で、話し合いをすると発表した翌日の出来事だ。当然ヘイトは、運営側に向く。チャンネル登録数は一気に減り、僅か1時間で5000人も減った。これはVtuber界の勢力図が、大きく変わる。

 

DMを今、崇禅寺さんの裏垢へ送るか送るまいか。悩んでいると先に向こうからDMが来る。それは「助けて欲しい」というシンプルで簡潔な6文字のメッセージだった。

 

……どうでも良いけど、A子さんによるとその時の私はかなり獰猛な笑みを浮かべてたらしい。でもまあ、本来なら殺されるはずの金の卵を産むガチョウが、脱走して自分の下へとやってきたら、誰だってほくそ笑むんじゃないかな。

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