知り合いが女ばっかりな件について   作:辺待ち時に親追いリーされて絶望あるある説

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愛宕姉妹ほんとすき。


懐いてくる従妹は可愛く感じるのだ

「うーん、そろそろ切るか」

 

 朝、鏡の前に立ち、流石に伸びてきた髪をつまむ。ワックスやジェルで後ろに固めているので、長ければボリュームがあって悪くはないが、日常生活で一々毛先が首に当たるのもむず痒い。となれば善は急げ、その前に、だ。

 

「おいすー! 兄ぃ、どうしたん?」

 

「洋、今日って絹はいる?」

 

「おー、ウチら二人とも家におるけど、どした?」

 

「今から大阪まで髪切りに行くけど、一緒に行くか?」

 

「ちょうどええ、ウチもそろそろ切りたかったんよ。絹にも聞いて折り返し掛けるわ」

 

「あいよ」

 

 即座に、飛行機のチケットを予約し、マンションの前までタクシーを呼ぶ。現在、麻雀人口が増えて各地の大会が増えた事によって、交通の便は以前よりも非常に便利になった。まず地方線が増えた事。これは東京で試合が行われるのもそうだが、各地との交流もあるからだ。

 

 飛行機も国内線が増えた事で結果的に旅行客も増えるし、それによって待ち時間も減るので東京から大阪など一時間もあればすぐに着く。こうした移動がスムーズなのは俺にとってはありがたい、何故ならば、だ。

 

「兄ぃ! ひっさしぶりやなー!!」

 

 空港を出て、ターミナルに向かった瞬間だった。背後から飛びついて来たが、足腰に力を入れて倒れない様に耐える。首だけで振り向けば、生まれた時からの付き合いである洋榎が、トトロにしがみついたサツキとメイよろしくひっついていた。どうでもいいけど、往来の場で恥ずかしくないのかこいつ。

 

「ほれ、離れろ洋。ってか久しぶりって一か月ぐらいしか経ってないだろ」

 

「いうても、その一か月ってのがまた微妙にもどかしいんやないか。届きそうで届かん、跳満の時は無駄に裏乗って7翻なのに3翻の時は一個足りんのと同じやて」

 

「訳分からん例えすな。ところで絹と雅枝さんは?」

 

「車で待ってるって…………なんも言わんのやな」

 

「何が?」

 

 言いたい事は分かっている。けど俺からはその話題は振らない。言われる事も分かってるし、言うべきことも一つだけだからだ。

 

「インハイ。ウチら、また負けてしもうたわ」

 

 普段の洋榎らしからぬ、沈んだ声。確かに学生にとってはインハイはかなり重要。県内大会と全国では意気込みもそれに向けた努力もまた違う。敗北はそれが全て無に帰す、と洋榎は思っているんだろうけれど、俺からすれば違う。

 

「来年勝て。今回の負けは値千金の価値がある」

 

「今勝てんかったら意味ないやんか、そんなん」

 

「けど、負けた事実はどうやったって戻らん。負けっていうのはつまり、自分に改善点がまだある、伸びしろを幾らでも探れるって事だ。なんで俺がこういう事言うのか分かるだろ? 俺だって一年前に、それこそ燃え尽きて死にそうになったぐらい打ちひしがれた。その時お前言ったよな? 一回負けたぐらいでへこたれんな、だったらもっと強くなって、勝ち進めて、堂々とリベンジしてボッコボコにしろ、って。その言葉、そっくり返すぞ」

 

 正直、学生の身分である洋榎にこんな事を言うのは冷たいと思う。大人として割り切れるであろう部分も、今の彼女の年齢であるならば、それこそ人生の全てと思えるぐらいだろう。それも、二年連続でレギュラーになり、二年続けて優勝を奪われている。彼女の悔しさは尋常ではない。加えて残りの期間は一年、彼女が成長すると同時に、ライバルである白糸台も、それ以外の高校も当然成長する。

 

 負けたのは彼女達だけではない、今だけにしがみつかず、負けた瞬間から次に切り替えられる者でなければ何事も上を目指せない。

 

「厳しい言い方かもしれんし、なんで味方してくれないんだ、って思うかもしれない。でも、洋に同情して慰めても得る物は何一つとしてない。だったら俺は、俺だからこそ発破掛ける事しかしてやれない。雅枝さんも、立場は母でも敵の監督だ、余計にそれも辛いだろうから貯め込むかもしれん、けど俺はいつでも味方になってやる」

 

「…………せやな、確かにそうやった。ごめん、兄ぃ」

 

「ま、普段は強がってばっかりだからな。受け止めるのも兄貴分の役目よ」

 

「ん」

 

 頭を撫でてやれば、少しだけ鼻を鳴らした洋は暫く俯いていた。でも、目元を擦って前を向けた顔は、間違いなく次を見据えた顔だった。

 

「お、戻ったな。今日はまぁ、そういうのも忘れてぱーっと遊ぼうや。今日の俺の財布の紐は緩いぞ?」

 

「ホンマか?! じゃあウチの部屋にエアコンとテレビとゲーム機と自動卓と……」

 

「まて、待て。限度考えろお前せめて一つだろ」

 

「なんや、財布緩いんならそんくらいええやろ!!」

 

「そんくらいの限度考えろボケッ! 絹に全部買うぞコラッ!」

 

「あー! またそうやって絹ばっかり甘やかしよる!! 胸か! 男は胸か?! ウチかてケツ負けとらんぞ?!」

 

「公衆の面前でケツとか言うな!!」

 

「…………兄ちゃん、お姉ちゃん、遅いから迎えに来たら……何やってん…………」

 

 いつの間にか来てた絹に思いっきり溜息を吐かれ、その場は終了した。

 

 駐車場へと到着すれば、洋と絹を足したような人物、二人の親である雅枝さんが車のハンドルに体を預けながら、こちらを見て手を上げた。相変わらず見た目は若く、今年40歳とは思えないほどだ。普通にアラフォーと言われても通じるレベルである。

 

「雅枝さん、久しぶりです」

 

「おー、世那。二人は毎月そっちに遊びに行ってるけど、ウチは年一回とかやからなー。いっつもチケット代助かっとる」

 

「別に良いですよ。雅枝さん来る分もチケット出す余裕はありますけど?」

 

「ウチは監督の立場もあるからな、それに従妹はともかく親が来たら、ウチはともかく世那はスキャンダルになるやろ。一応は有名人やろ?」

 

「別に気にしないんだけどなぁ」

 

「世間は結構野次馬やし、それ一つで燃えたりするから週刊誌はいつでもネタ追ってる。気を付けるに越したことはない。それに、偶にこっち来てこうやって連れてってもろてるし、それでええねん」

 

「……そうですか。ま、今日は精一杯楽しみましょう」

 

「せやねー。今日、兄ちゃんが行く場所聞いてウチめっちゃ驚いたもん。関西で一番人気で予約半年待ちのサロンやろ? どうやって予約とったん?」

 

 絹は洋と違い、実に女の子っぽさが目立つようになった。洋もガサツという訳ではないけど、変に漢気があってある意味関西人っぽさはある。絹はそれに年相応のお洒落を意識しているので、そういった場所にも詳しいのだろう。俺へと問い掛ける声はあからさまにテンションが高かった。

 

「俺の試合、そこがスポンサー契約してくれてるからな。だから偶に俺が大阪に遊びに行くときはいっつも髪切ってあるっしょ?」

 

「言われてみれば確かにそうやった。まぁでも、高そうやし行けたとしてもそう簡単に行かれへんけど」

 

「もし気に入ったら話通しておくからメンバーズカード作って貰えばいいと思うよ。俺からの紹介なら一か月も待たないだろうし」

 

「それって大丈夫なんか? 無理やりどっかに割り込む感じなんとちゃうん?」

 

 後部座席から聞こえる洋の質問に、隣の絹も確かに、と呟いている。

 

「一日通しての営業時間も、予約された時の内容で変わってくるからな。一日に取ってる件数は変わらんから、中には短いコースや長いコースでバラつきもある。店側は営業時間が過ぎない様に予約入れるから、それ終われば片づけやら何やらで基本的に営業終了の一時間半くらいはフリーなんだよ、この手の予約が取れん店ってのは。それに、俺みたいにスポンサー関係の人とか専用で必ず部屋は空いてるのが基本だよ。そうじゃないと大物芸能人とか御用達にしないからね」

 

「成程、裏であくどいことしとるって訳やな」

 

「言い方考えろ」

 

 コントもほどほどに、目的地に着く。目の前にあるのは三階建ての怪しげな黒塗りのビル。光沢があり、如何にも高級ですといった雰囲気をこれでもかと醸し出していた。中に入れば予約で待っている女性客がいるが、身に着けている靴、時計、鞄全てが分かりやすくブランド品一色である。

 

 一方で、洋は白いチュニックにジーンズ、絹はキャミソールに白いパーカーとハーフパンツ。雅枝さんはデニムスカートにシャツで、それぞれきちんと着こなしているが、目の前のご婦人と比べて服のブランドは特にない。なのでこういう場所に来る場合、座っている人達はそれを見て、当日飛び入りで来たもの知らずな客、と失礼な勘違いをすることがある。

 

 それがどうした、という話だが、身内がバカにされるのは俺だってあまり好ましくない。なのでそれぞれにワンポイント、俺が遊びに来た時は着けて欲しい、と先んじてプレゼントしてある。

 

 とまぁ、これらは俺の見栄でもあり、そもそも滅多にいないのだが、今日はどうやら違ったらしい。

 

 時折、見栄っ張りのマダムや、ちょうど目の前で座っている少しチャラそうなカップルなどは、如何にも分不相応だと言わんばかりに三人に目を向ける事がある。

 

 確かに目の前のカップルもヴィトンやバーバリーなど揃えてはいるが、シーズンが過ぎて少し安くなったモノばかり。だからこそ、値落ちしにくい物を当然送っている。

 

 まず洋、ネックレスやピアスという柄ではないのでフランクミュラーの時計と分かりやすくクロエの財布。絹にはスティーブマデンのスニーカーと絹の色をイメージしたスカイブルーのバーキン、雅枝さんは大人なのでカルティエのネックレス。

 

 俺は特に拘りはないが、何となくお気に入りなのでゼニスの時計とジョーダンのスニーカーとバレンシアガの上着。後は念のためのカモフラージュでレイバンのサングラス。特に何事もなく過ぎればそれでいい、と思ったのだが。

 

「場違いじゃね? あの四人、親子じゃん」

 

「ちょっと、そういう事言ったらダメでしょ。かわいそうじゃん」

 

 まぁ、こういう事をいう奴もいるもんで。受付のカウンターの部屋が無駄に広いので普段であれば聞こえないのだが、三人は初めてなのでカウンセリングシートに記入していて聞こえなかった様子。

 

 俺は別に良いが、三人が小馬鹿にされて腹が立つのは自分でも器が小さいとは思う。けど笑って済ませられるかと言えばそれもまた違う。なので、人も少ないのでサングラスを外す。

 

「あれ、世那、それバレへんようにって掛けてたんとちゃうん?」

 

 戻って来た雅枝さんの声に吊られて、二人が此方を見た。何にバレない様にしたのか、と思ったのだろう。こっちを見て、彼女の方は気付いていなかったが、男性の方は明らかに反応していた。誰か分かったのだろう。

 

「あ、ホンマや。どしたの? 兄ちゃん」

 

 釣られて、絹もこっちを見た。洋榎は関せず変な唸り声を上げながら苦戦している。そこまで悩む要素あるかなアレ。

 

「いや、室内だと別に良いかなって。外だと一人気付けば囲まれるからさ。室内だと写真撮ってください、って言われても数人くらいじゃん?」

 

「ほーん、そんなもんか。有名人って結構めんどいんやな」

 

「まあ、だからこういう所に来るんですけど」

 

 と、話していれば、意を決してと言わんばかりにカップルが近づいてくる。

 

「あの~、依倉選手ですよね? ファンなんですけど……サインとかして貰ってもいいですか?」

 

「あぁ、いいですよ。どれに書きます?」

 

「あー、それじゃあこの財布にして貰っても大丈夫ですか?」

 

「分かりました……書きづらいっすね、やっぱ財布だと」

 

 笑いながら言えば、向こうも小さくあはは、と笑って帰す。サインを終えた後は握手をするが、最後に一言。

 

「狭いとはいえね、聞こえるんで、あんまり滅多な事言わない方がいいですよ。特にこういう場所だと、ね?」

 

 肩を両手で叩けば、何も言わずにに首を縦に振って戻っていった。

 

「……過保護やなー」

 

 座った瞬間、まだカウンセリングシートに苦戦してる二人を後目に、雅枝さんが呟いた。

 

「気付いてました?」

 

「そら毎日ジャラジャラ言うとる部屋で監督しとるからな。あのぐらい聞こえるわ。別に気にせんのに」

 

「まぁ、自分でも器ちっちゃいなーと自覚してるんですけど、自分じゃなくて三人も馬鹿にされるのはそりゃムカつきますよね」

 

「まぁええけど」

 

 アホだなーと笑う雅枝さんを後目に、ようやく二人も戻っていた。

 

「どしたん?」

 

「いや、なんでも。終わったんなら奥の方行こうか」

 

 此処はあくまでも一般用の待合室。既に今日はプライベートルームを取ってあるのでまっすぐそちらに向かう。

 

 高級感のある赤いマットの敷かれた廊下を進めば、普通の美容室がまるまる一つ入るほどの大きなスペースに辿り着く。此処は俺の様に、知り合いを連れて利用出来る大人数用のプライベートルームで、それぞれが同時に施術してもらえるという訳だ。まぁ髪切りに来て施術ってなんだって話だが。

 

「世那君、今日は御利用ありがとうございます」

 

 すると、サロンに入って来たのはこのサロンの社長だ。個人的にも懇意にさせてもらっており、整体もやっているので俺としてはこの社長の系列店に良くお世話になっている。まぁスポンサーだから利用するのも当然なんだけど。

 

「社長、わざわざありがとうございます。すみません、我儘言って」

 

「いえいえ、此方も世那君のお陰で予約も増えましてね、アレ、試してみたら当店や東京の支店でも利用して予約するお客様が増えたんですよ」

 

「兄ちゃん、アレって?」

 

「俺の試合見に行った時のチケット持ち込むとさ、マッサージフルコースが三十分無料になる奴。絹は後で全部やって貰えるから大丈夫」

 

「そうなん? ……でも、大丈夫?」

 

 と、視線を向けたのは俺の背後で髪を切るのを担当している男性スタッフだった。

 

「そういう事か。女性相手はちゃんと女性スタッフが対応するよ。流石に三人に男は付けられないし、付けて変な事したらまぁ大変な事になるよね」

 

「世那君に暴れられたら大変ですからね、此方でもきちんと対応しますので、絹恵様、どうぞご心配なく」

 

「様ってそんな、ウチそんな偉くないんでやめてくださいよぉ」

 

「いえいえ、世那君からのご紹介ですから。これからもご利用頂ければ一人用のプライベートルームにもご案内出来ますので」

 

「支払いはこっちに回ってくるから心配せずに週一で利用して大丈夫だぞ。ヘアサロンだけじゃなくてマッサージもやって貰えるし、洋と絹は麻雀で座りっぱなしだろ? 雅枝さんもデスクワークとかで疲れ溜まるだろうから、遠慮なく使ってよ」

 

 運ばれてきた水を飲み、用意された椅子へと向かえば各々適当に座り始める。

 

 頭をほぐす様に洗ってもらいながら、ふと本日行われている大会が気になり始めた。結果は本人から聞いた後に試合を見ようかとも思ったのだが、どうするか悩む。

 

「どうかされましたか?」

 

「ああいや、気にしなくて大丈夫です」

 

 まぁ、後で結果を見ればいいか。今は取り敢えず体を委ねておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、ものごっつええマッサージだったわー」

 

 とんでもなくオッサンの様な発言をしながら肩を伸ばす洋だが、俺も同感なのでなんとも言えない。揉み返しもないほど完璧に仕上げられたお陰で体はほんのり熱く、妙な倦怠感はあるがさほど気にならないぐらいだ。

 

「今日の晩飯どうするん? 家? 外?」

 

「どうせだったら出前取って、皆の家で麻雀とかどう? 雅枝さんと打つのも久々だし」

 

「成程。それじゃあ飲み物とか買っていかなアカンな」

 

 

 即断即決とは素晴らしい。スーパーでそれぞれジュースや酒を買い込み、自宅に到着すると同時にピザと寿司の出前を注文。冷静に考えたら寿司とピザって組み合わせ結構変だな。

 

「いやー、ひっさびさに来たー。他人の家ってどうして匂いが違うんだろうな」

 

「兄ちゃん、気持ち分かるけどなんか変態っぽいで」

 

「え、マジで」

 

 でもこれはあるあるだと思いたい。数日間出掛けて自宅に戻ると匂いが違って違和感を感じるとかあるあるだと思うんだが。

 

「まぁ、美女が三人いる家やからな。そらフローラルな香りもするでぇ」

 

「雅枝さーん、醤油皿どこー?」

 

「おい!スルーされたらただ恥ずかしいやないか」

 

「そうだな、絹は可愛いな」

 

「ウチは?」

 

「もうちょっと大人しくなりなさい」

 

「あ、はい」

 

 取り皿も用意し、飲み物も準備は完了。後は出前が届くのを待ちながら雀卓を起動する。さて、久々に洋と絹の打ち方を楽しむとしようか。




次回麻雀回。

麻雀やるときは牌譜とか考えるので結構時間掛かります

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