黎明廻戦   作:鯖のごった煮

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気づけば勢いで書き殴っていました。

ごじょせん過去編時空から始まります。


第一話 ボンドルドという特級術師

 老人の呪詛師は焦っていた。

 

「何故じゃ…。何故……」

 

 正しく言うならば、この世の理不尽を呪っていた。

 

 廊下を駆け、時には天井を這い、逃げ続けながら、ただひたすらに彼は怨嗟の声を溢し続けていた。太陽の下では隠れられるものも隠れられない。これが夜ならまだ逃げようがあったというのに。ああ全く、自分はとことん運の女神から見放されている。

 

 そうだ。自らの人生は、昔から不運の連続だった。

 

 幼い頃から見えた呪霊という存在、人の負の感情の吹き溜まり。見えないものが見えるということを彼の両親はひどく気味悪がった。だから彼らは、彼の弟にばかり金と時間を使ったのだ。屈託なく接してくれた唯一の愛犬(ともだち)である太助だって、とうの50年前に亡くなっている。もうどん詰まりだ。どん詰まりでなければ、呪詛師(ひとごろし)なんてやっていないけど。

 

 そして今、彼を追いかけ続けているのは。

 

「おやおや。せっかくご足労頂いたのに、つれないですね」

「なァっ!」

 

 存外近くから聞こえた声に、呪詛師は思わず総毛立った。反射的に符をばら撒き、それを媒介して式神を生成する。こんなものは足止めにもならないだろうが、それでもないよりはましだ。一刻も早く、奴から距離を離さなければ。

 

 何せ声の主はあのボンドルド。『黎明卿』と呼ばれる呪術界の規格外たる特級術師なのだから。

 

 あれに関する逸話、あるいは噂は耳が腐り落ちるほどある。長く生きた呪詛師は、そのおおよそ殆どを聞いたことがあった。

 

 曰く、近年活発な呪霊たちの処理に独自の術師隊を利用し大きく貢献している。

 

 曰く、現代呪術界を塗り替え得る複数個の呪具を自ら開発した。

 

 曰く、低級の呪術師でも連続戦闘可能な栄養食を提供している。

 

 ここまでを聞くと何やら聖人にも思えるかもしれない。けれど、呪詛師は知っている。彼の聖人めいた功績、その裏側にある悍ましい過程の数々を。

 

 彼はやり方を選ばない。強大な呪いがいれば、それが棲む地域一帯をより強力な呪いで犯す。規格外な呪具を開発したければ、呪霊、人間を問わない悍ましい実験を行いそれを見出す。海外では数億もの懸賞金がかけられていると言えば、その悪行のほどが伺えるだろう。もっとも呪術界の上層部は、それらを知らない体で通しているらしいのだが。

 

 勿論。呪詛師の中には彼にかけられた懸賞金に目が眩み、その命を狙った者も数多くいた。けれど、皆行方不明になった。死んだのではなく、行方不明。

 

 その意味が分からないほど、呪詛師は愚かではなかったのだ。

 

「はぁっ…はぁっ」

 

 しかしながら、もう限界が近い。老いさらばえた自身の足は、疲れからかがくがくと震えている。年配の自身にとってもっとも最適な戦法は会敵速殺。このような逃走劇など、呪詛師の望むところではなかった。

 

 一方で、彼にはある希望があった。

 

「ここまで…逃げ続けたのだ……。流石に…あれとて諦めたはず……」

 

 即ち、ボンドルドが自身のことを諦めてくれるのではという考え。一見楽観にも感じられるが、実際ボンドルドらの今回の任務は呪詛師の排除ではない。

 

 呪詛師の当初の目的は、3000万の賞金がかけられた中学生の少女の殺害。そしてボンドルドはその護衛だ。自身以外の複数人の呪詛師が来ている可能性がある以上、護衛対象から離れることはあれにとっても悪手のはず。呪詛師のことも、深追いはせずに見逃してくれるやもしれない。

 

 そんな希望が頭によぎってしまったからだろう。

 

「確認……確認じゃ…」

 

 呪詛師はふと振り返り、自らの後ろを見た。彼の背後に脅威がいないことを、確認しようとしてしまった。

 

「やあ、さっきぶりですね」

 

 呪詛師は見た。その姿を認めてしまった。I字仮面で自身の顔を隠した、白笛を携え黒衣を纏う特級術師。紫色に光るそれは、彼の記憶にある何よりも恐ろしくて、悍ましくて。

 

「ぁ」

 

 逃げることすら諦めた呪詛師を、ボンドルドは暖かく受け入れた。

 

 

 

 

 

 時は、数時間前へと遡る。

 

 

 

 

 

「ボンドルドさんってさ、今回のガキん…護衛対象のパパなの?」

 

 五条悟は缶ジュースを飲みつつも、目の前の黒衣の術師にそう問いかけた。

 

「ええ、血は薄いですが私の娘です。可愛いですよ」

「血は薄い、っつーことは実の子じゃないのか」

 

 ボンドルドの娘自慢を無視して五条は口を開いた。横合いからの夏油の視線が痛いが気にしない。ボンドルドだって気にしてなさそうだし別に良いだろう。

 

 そもそもだ。元々五条と夏油二人での護衛任務だったらしいので、飛び入り参加したのはボンドルドの方である。いくら自分たちが学生で、相手が最高位の特級だと言ってもそうであるなら関係ない。むしろそういう事情があるからこそ、五条は好奇心が湧いたまであった。

 

 この見た目不審者の特級術師が、星漿体とやらにどんな価値を見出しているのか。好奇心は猫を殺すと言うが、五条たちは最強なのできっと死なない。ならば追求あるのみである。

 

 悟の内心を知ってか知らずか、ボンドルドは鷹揚に手を広げた。

 

「サトル、家族とは血の繋がりのみを言うのでしょうか。私はそうは考えていません。慈しみ合う心がヒトを家族たらしめるのです。血はその助けに過ぎません」

 

 謎に馴れ馴れしいサトル呼びからの長話。五条は思わず目を細めた。しかもこれ、所謂ポジショントークというやつだ。五条は親友(げとう)と喧嘩するぐらいにはポジショントークが嫌いなので、こんな話は全く願い下げである。

 

「愛です。愛ですよ、サトル」

 

 ふと横を見れば、夏油もちょっと胡散臭そうにボンドルドを見ていた。まあこんな宗教家もびっくりな演説をされれば仕方ないだろう。流石に相手は特級なので、話自体はしっかり聞いているみたいだが。

 

「それに、家族とは他人同士が出会い築き上げるものなのですよ」

「へーそうですかー」

「悟、流石にちょっと無礼が———」

 

 夏油の非難の声は、背後の爆発に遮られた。聳え立つビルの一室からの立ち上がる炎。確か、あの丁度ビルで護衛対象(あまないりこ)は待っているはずだ。

 

「これって」

「おやおや、先手を取られたようですね」

「みたいだな」

 

 見れば、ビルから一つ、落ちてくる影がある。もしかしなくてもあれが天内理子に違いない。あのまま地面に激突すれば体は爆散。星漿体はご臨終だ。

 

 五条の判断は速かった。

 

「夏油」

「ああ、分かっている」

 

 五条の肉体に刻まれた生得術式、無下限呪術。それの補助を受けて夏油が天内の元へと急行する。夏油とて上空に飛ばせば落下死の危険があるが、彼の術式ならばまず問題ない。ビルに待ち構えているであろう呪詛師は言わずもがなだ。

 

「いやぁ、セーフセーフ」

「いやはや、驚異的な連携でした。なんと素晴らしい」

 

 安堵の声を上げる五条と、感嘆の声を上げるボンドルド。

 

 そのそれぞれに放たれたナイフ群。音もなくかつ高速で迫るそれらを、五条は術式で、ボンドルドは身を翻すことで難なく躱した。

 

「これは驚いた。五条悟と……ボンドルド特級だね。色々噂は聞いてるよ」

 

 街路樹からぬるりと現れた呪詛師。ボンドルドに並ぶレベルで奇天烈なその格好は、おそらくは『Q』のもの。だって帽子にQって書いてるし。

 

「噂が本当か確かめさせてくれよ」

「いいけど」

 

 ナイフを中空に纏めた五条は、余裕たっぷりに横目でボンドルドを見た。

 

「ボンドルドさん」

「分かっています。君たちの戦いには手を出しませんよ」

「何?」

「私とて、サトルの実力には興味がありますから」

 

 その言葉の意味が、真意が分からない呪詛師ではない。『Q』最高戦闘員としての自負を傷つけられ、呪詛師——バイエルは額に青筋を浮かべた。

 

「では『Q』の君、なるべく耐えて下さいね」

「大丈夫さ。泣いて謝れば殺さないでやる」

「…クソ共が」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな訳で、波乱と共に始まった護衛任務は天内理子の要望で、場所を彼女の通う高校に移すこととなる。五条はごねたし、実際呪詛師の襲撃もあったが、そこは特級と将来有望な学生二人。難なくこれを撃破した。

 

 そして今、一つの問題が発生した。

 

「ミサトが誘拐された、ですか…」

「すみません…。私のミスです」

「そうか? ミスってほどのミスでもないでしょ」

 

 黒井美里は天内の付き人で、ボンドルドと同じく彼女の親代わりである。学校内では夏油と行動を共にしていたが、呪詛師襲撃の際、黒井の進言により夏油は彼女より先に天内へと急行した。

 

 結果として起きたのは、推定呪詛師による黒井の誘拐である。

 

 五条としては天内を殺されるより遥かにマシだし、誘拐なのでまだ何とかなっていると思っている。しかし夏油としてはやはり思うところがあるのだろう。五条のフォローも虚しく、夏油の表情は苦渋そのものだ。

 

「リコ、落ち着いて。ミサトはまだ何とかなりますよ」

「そうだな。相手は次人質的な出方で出てくるだろ。天内と黒井さんのトレードとか、天内を殺さないと黒井さんを殺すとか」

「これはこれは、ご明察ですね」

「でも交渉の主導権は天内のいるコッチ。取引の場さえ設けられれば、後は俺たちとボンボルドさんでどうとでもなる。天内はこのまま高専に連れていく。硝子あたりに影武者やらせりゃ——」

「ま、待て!!」

 

 五条の提案は、天内の大声に遮られた。

 

「取り引きには妾も行くぞ!! まだオマエらは信用できん!!」

 

 その言葉にまず反応したのは、彼女の父代わりであるボンドルドだった。

 

「いけませんリコ。あなたは高専で待っていて下さい」

「けど、このままだと黒井が…!」

「リコ、取り引きには私も同行します。大丈夫です、きっとミサトは帰ってきますよ」

「でも…でも……もし、同化までに黒井が帰ってこなかったら!」

 

 声を震わせる天内。ボンドルドは僅かに首を傾げていた。どうにも娘に手を焼いているようだ。仮面の下の困り顔が透けて見える。

 

 けれどきっと、そこに怒りはないんだろうと五条は思う。

 

「私まだ、黒井にお別れも言えてないのに」

 

 天内の瞳は涙ぐんでいた。きっと今の言葉が、天内の根底にある思いだったのだろう。それを受けてボンドルドは、彼女の小さな身体をゆったりと包み込んだ、抱擁した。そこには確かな愛があった。彼の動作は、天内を気遣うその一挙一足は、真実彼女を娘として尊重していた。

 

 ふと横を見れば、夏油も柔和な表情でそれを見ている。

 

「…分かりました。リコももう一人前のレディです。共に参りましょう。君とならきっと、越えられないものなどないはずです」

「うんっ…うんっ…!」

 

 満面の笑みの天内を静かに離し、ボンドルドは五条と夏油を見やった。

 

「君たちも、それで大丈夫ですか?」

「ええ。特級(あなた)が認めるのであれば、私たちとしても異論はない」

「ただし、途中でビビって帰りたくなっても俺はシカトするからな。覚悟しとけ」

「その時は、私が連れて帰りますよ」

「ボンドルドさん、過保護も大概にしとけよ」

 

 五条の声は内容の割に優しかった。先程までの一連のやりとりで、彼はボンドルドの印象を上方修正していた。それはきっと、夏油も同じだろう。

 

 得体の知れないコーヒー豆から、ちょっと変人な優しいパパへ。

 

「…それにしても、ボンドルドさんって思ったよりパパしてたんだな」

「ええ、私はリコのパパですから」

「パパパパ言うのを止めるのじゃ! 何だか小っ恥ずかしい!」

「はっ。ガキんちょが良く言うよ」

「何じゃとお!!」

 

 4人は1年の後輩を応援に呼んで、相手が取引場所に指定した沖縄に急行した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、『黎明卿』がどうしたって?」

 

 競輪場の中で、孔時雨は伏黒甚爾と落ち合っていた。

 

 ボートレースは曜日を問わず頻繁に開かれる。故に、甚爾のようなろくでなしにとって競輪場は絶好の暇つぶし兼稼ぎ場所となるのだ。孔は彼が賭けで勝っているのを見たことがないが。

 

「いやな、ちょっとした忠告だ」

 

 呪術高専がそうであるように、呪詛師業界は呪詛師のみでは成り立っていない。金を払い、殺しを頼む依頼者。金を貰い、人を殺す呪詛師。そしてその双方をとり持つ仲介役。三者がいて初めて機能する世界なのだ。どんな業界にだって、ある種の秩序(バランス)というものは存在する。

 

 孔はその内で仲介役と呼ばれる立ち位置、そして甚爾は立ち位置のみで言えば呪詛師側だ。

 

「何だそりゃ。オマエらしくもない」

「俺のためにも言ってんだよ。それぐらい察せ」

 

 つい先程まで孔たちは今回の依頼、星漿体殺害についての打ち合わせをしていた。ついでに仕事ぶりの記録も。打ち合わせは概ね終わり、これにて解散という所で甚爾が孔を呼び止めたのだ。

 

 未だ何が何やらと言った様子の孔に、訳知り顔で甚爾は口を開いた。

 

「孔、アイツには絶対に近づくな」

「はあ?」

 

 ボンドルドといえば、呪術界の名だたる特級術師だ。孔は小耳に挟んだ程度しか知らないため甚爾にとやかくは言えない。しかしながら、少なくとも表側の情報にはそこまで彼を脅威と断定するものはなかったはず。

 

 一体全体、目の前の『術師殺し』は何を恐れているのだろうか。彼の働きぶりを知るからこそ、孔の疑問は晴れることがない。

 

「アイツ、とんでもなく強かったりするのか?」

「違ぇよ。むしろアイツは弱い方だ。武装は脅威だったが、間合いに入れば何とでもなる」

「じゃあ何でって…オマエ、戦ったのか?」

「昔ちょっとばかし粉かけられてな」

 

 そう語る甚爾の口の端は、僅かばかり歪んでいるように孔は思えた。

 

「流石は特級っつうべきか、煽りも話も通じなかったよ。頭んネジ逆巻きに締めたみたいなヤツだった」

「それは災難だったな。それで」

()()()()()()

 

 孔は目を丸くした。有り得ないはずのことを聞いたからだ。だって、そんなことはおかしい、矛盾している。

 

 動揺する孔を見て、くつくつと甚爾は笑う。

 

「おかしいよな? アイツは今も生きていて、それどころか今日ものこのこと顔を見せていた。まさか影武者じゃあるまいし、一体どういうことなんだろうなぁ?」

「……オマエが、殺り損ねったつう可能性は」

「無ぇよ。俺の殺り方、知ってんだろ」

 

 そうだ。依頼者からの特別な指定でもない限り、甚爾の殺し方は陰惨極まりない。具体的に述べるならば、対象を刺して刺して刺しまくるのだ。腹を掻っ捌かれ、全身に切り傷を刻まれて。それでもなお立ち上がるとすれば、それはもう人間の域を超えた何かだ。

 

 つまり、ボンドルドは。

 

「まぁそういうことだ。オマエも精々気をつけろよ。アイツはマジで得体が知れない」

「ああ、了解したよ。けど一つ聞いていいか?」

「何だ?」

「オマエ。今回の星漿体の件、大丈夫なのか?」

 

 孔の問いを受けて、甚爾は笑った。『術師殺し』として、圧倒的な実力を持つ男はあくまで笑っていた。その自信には、彼自身の経験が裏打ちされている。

 

「言ったろ。俺はアイツを一回殺してるんだ」

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